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25 事件

「病院に入れなかったから、近くで宿を取ったというのはどうだろう?」


 二人を探している最中、ミニケがふいに言った。


「それなら、僕らのギルドに戻っても変わらない距離だ。自宅にもいなかった訳だし、その線は薄いと思うよ」


「いいえ。そもそも、ロネットがギルドに現れていないのだから、行き違いという可能性は完全に無いと言って良いでしょう。あの子は何の連絡も無しに、仕事をすっぽかす様な子じゃないわ。8年も同じパーティーでやってきたけど、そんな事は一度だって無かったもの」


 エルドラはそう断言した。彼女は、二人がやはり何かしらのトラブルに巻き込まれたとみている様だ。


「うーん、そうか。クーナちゃん一人ならともかく、ロネットちゃんまで一緒にいたんだもんね。とりあえず、憲兵隊に捜索願いを出したらどうだい?」


 ミニケの提案に、僕は首肯する。


「そうだね。大事おおごとにはしたくなかったけど、そうも言っていられないようだ」


「うん。待てよ、病院……ああっ!」


 これまた唐突に、ミニケが声を上げた。

 僕とエルドラは何事かと、立ち止まってミニケの方を見た。


「どうした!」


「ボクっ、入院費払ってない!」


 ミニケのとんでもない告白に、僕らは同時に面食らう。


「「はぁ!?」」


「慌てて出て来ちゃったから、つい……」


 ミニケは気まずそうに苦笑する。

 そんなミニケを、エルドラが呆れた様子で叱りつけた。


「笑い事じゃないでしょう! こんな時に、貴女って人はっ!」


「まあまあ。ちょうどいいさ。一度原点に戻って二人の足跡を追い直してみよう」


 気が立っているエルドラをなだめて、僕はそう提案する。

 エルドラは「そういうことなら」と、一応納得した様だった。


「ごめんよ、ふたりとも」


「貴女は、もう少しその粗忽な性格を反省なさい」


「返す言葉もございません……」


 エルドラに叱られて、ミニケは萎れて小さくなっていた。




 僕らが病院に着くと、何故かロビーに憲兵隊の姿があった。

 その中にデイビスの姿を見つけて、僕は声をかけた。


「あっ、デイビスさん」


「よう、誘拐犯ども」


 デイビスは僕らの姿を見るなり、苦笑した。


「誘拐犯?」


「病院が通報して来たんだ。早朝にいきなり妙な二人組が来て、患者一人がさらわれたってな。こっちは昨日の件の報復に巻き込まれたんじゃないかって、焦って来たんだぜ」


「……」


 僕ら三人は気まずい空気に苛まれながら、お互いに顔を見合わせた。確かに、あの急ぎ様では誤解を受けても仕方がない。


「お騒がせして、すみませんでした」


 僕とエルドラはデイビスに頭を下げる。

 その間に、ミニケはちゃっかり会計窓口まで移動していた。


「あっ、治療費払いに来ましたー」


 呑気な声が微かに聞こえてくる。

 あの人、一人で逃げやがったな! この気まずい空気は、アンタにも責任があるんだぞ!


 そう抗議してやろうかと思った矢先、どういう訳かミニケが申し訳なさそうな顔をして、こちらに戻って来た。


「レイズ君、お金貸して……」


「持ってないんですか?」


「全部置いて来ちゃた……」


 羞恥が極まって泣きそうになりながら、ミニケは両手を差し出す。


 なんだか不憫で、怒る気が完全に失せてしまった。まあ、ここに運ばれたときは金銭を持ってくる余裕も無かっただろうし、これは仕方がない事だ。


「しょうがないな」


「ほんと、ダメなマスターでごめんね……グスン」


 僕から金袋を受け取ると、ミニケは少し泣きながら会計窓口へと戻って行った。

 その後ろ姿を僕ら同様、困った顔で見送ってから、デイビスが訊いてきた。


「で、一体何があった? 病人を無断で連れ出すくらいの事は有ったんだろう?」


 僕は今朝から、クーナとロネットの姿が見えない事を話した。


「――竜人の娘と、それに付き添っていた仲間が行方不明か。だが、付添人は大人だろう?」


「だから問題なんだ。ロネットと一緒にいたにもかかわらず、二人の行方が分からない。この病院とギルドの距離はそう離れていないし、ロネットの自宅と彼女の勤務先ギルドにしても同じ区画の中だ。探している間にそう何度も行き違いが起きるほど、広い範囲じゃないんだ」


 そう伝えると、デイビスは言いにくそうに情報を教えてくれた。


「……断定はできないが、一つ心当たりがある。昨日の夜、例のギルドの付近で傷害事件があった。やられたのは冒険者で、近くの病院で治療を受けたって話だ。事件の詳細は部署が違うから分からないんだが―――」


 そこまで言ったところで、エルドラがデイビスに詰め寄った。


「その病院の場所を教えて!」


「あっ、ああ。ピースル通りの裏手にあるデカい病院だ。行けばすぐに分かる」


 デイビスから場所を聞いたエルドラは、そのまま走り出す。


「あっ、エルドラさん!」


 僕もその後を慌てて追いかけた。


 教えられた病院の窓口で事件の事を訊ねると、あっさりと病室を教えてくれた。

 僕らがそこへ行くと、病室の前で憲兵二人が小難しい顔で佇んでいた。 


「なんだね、君たちは」


「ここに、冒険者が運ばれたって聞いてきたんですけど!」


 エルドラが憲兵たちに迫る。

 憲兵たちはエルドラの勢いに圧されつつも、僕らの装いから事情を察した様だった。


「ああ。君たちは、彼女の知り合いなのか?」


 憲兵に視線を促されて僕らが病室を覗くと、そこに変わり果てたロネットの姿があった。

 ベッドで眠る彼女の姿はまるで、強力な魔物と戦った後の様に傷だらけだった。

 自身を治癒できる彼女がここまでの深手を負うのは、よほどの事だろう。


「ロネット!」


 エルドラが病室に駆けこんだ。

 自分は冷静にならねばと息を整えて、憲兵に事情をたずねる。


「一体何があったんです?」


「まだ何も。意識ははっきりしている様なんだが、話そうとしないんだ。仲間の君たちになら、何か話すかもしれない」


 憲兵たちが困っている様に見えたのは、そういう事情があったかららしい。


「すみません。一度僕らだけにしてもらえませんか?」


 そう頼むと、憲兵たちは快く承諾してくれた。彼らも仲間を通した方が、話を聞き出せると考えたのだろう。


「ロネットさん、一体何があったんだ?」


 ロネットのベッドに近づいて、そう声をかける。

 痛むのか、苦痛に顔を歪めながらロネットが口を開いた。


「く、クーナちゃんを……助けて…………」


「クーナちゃんがどうしたって?」


 ミニケも動揺した様子で、問い詰める。


「私、あの子に斬られたんです。奴隷魔法で、無理やりに操られていたみたいで――」


 ロネットの言葉は、正直予想外の物だった。クーナがロネットをここまで滅多打ちにしたなんて、信じられない。


「そんなはずは……あの子にかけられていた魔法は、憲兵隊が解いたはずだ」


「あれは、普通の魔法じゃない。本人の自我を奪って、行動を完全に支配していたようでした」


 ロネットの証言を受けて、エルドラが思案顔をする。


「高等魔法……いえ、そこまで行くと別ジャンルね。呪術がかけられていた? そんな希少レアな技術、一体誰が?」


 エルドラは問い詰めるような顔を、僕らへと向けた。

 そんな顔を向けられたって、僕らにも見当がつかない。


「あの子は元々、北皇マフィアの人身売買に巻き込まれていたんだ。その時確かに奴隷用の拘束魔法をかけられていたが、それは僕が保護した時に憲兵隊が解いてくれたはずだ」


「クーナちゃんは人を騙したり、裏切るってタイプじゃない。魔法の事は知らないけど、たぶん、その子の言っている事は正しいと思う」


 僕とミニケの発言を受けて、エルドラは難しい顔でかぶりを振った。


「別にあの子を疑っている訳じゃないわ。ロネットはその辺り専門家だから、この子が呪術だと言うのなら、それは信じる。問題なのは、一体誰が、どんな目的でこんな事をさせたのかよ」


「タイミング的に考えて、『吹雪の旗』の連中が反撃して来たって事はあり得るよね」


 ミニケの推測に、僕は頷く。


「ああ。デイビスさんに、もう一度連中を問い詰めてもらう必要がある。それがクーナさんの居場所を追う手掛かりにもなるはずだ」


 問題なのは、誰かに操られているクーナの行方が分からないという事だ。

 こうしている間にも、あの子が何かとんでもない事に巻き込まれているのではないかと、不安でならなかった。

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