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23 街の調停者

 憲兵隊の基地で押収資料を確認した僕らだったが、大元の方は意外と徹底した危機管理をしているのか、カリアビッチに繋がる項目は見つけられなかった。


 見つかったのは、ギルド崩しに関する物ばかり。ほとんどは僕らの調査どおりの内容で、連中がこの件の犯人なのは確定した。

 何かしらの理由でギルドを追い出された冒険者たちを集めて、詐欺集団を組織していた様だ。結局、彼らを通して北皇マフィアとの繋がりを探るのは不可能な様だった。


 ギルドマスターが何か話せば良いのだが、それはデイビスの腕次第だろう。


「結局、大した記録は見つからなかったね」


「5時間以上も資料を漁って、結局何も出ませんでしたなんて。気の滅入る話ね」


 憲兵隊の基地を出ると、エルドラは疲れた様子で身体を伸ばした。


「付き合わせてごめんね」


「良いのよ。私が手伝うって言ったのだから」


「ありがとう。しかし、また詰んでしまった」


 奥の手が無いわけではないが、それを使うにはやや抵抗がある。

 どうしても関わりたくない相手の力を借りなくてはいけないからだ。


 そんな嫌気が偶然を引き寄せるのか、黒い馬車が僕らの横で停まった。高級な箱車は、たった今想像していた相手の所有する物だ。


「レイズ様、お久しぶりです!」


 箱車の小窓から、可愛らしい少女が顔を出す。


「レイズ……様?」


 エルドラが訝しげに僕の方を見た。また子供かよって思われてるんだろうな……辛い。


「お久しぶりです、コーデリア様」


 エルドラの視線を無視して、僕は少女に首を垂れる。

 箱車の扉が開き、中から低い男の声が響いた。


「乗っていけ。送るぞ、レイズ」


 断ると言う選択肢が許されない相手からの誘いなので、仕方なく僕は箱車に乗り込んだ。成り行きでエルドラも隣に座る。


 目の前に座るのは一組の親子。コーデリアとその父親、オルコラだ。

 コーデリアはともかく、僕はこのオルコラという男となるべく関わりたくない。

 というのも、彼がこの街の裏社会で最も力のある男、つまりはマフィアのボスだからだ。


「それで、今日はどういった御用で?」


 僕はコーデリアとオルコラ、二人に用件を聞いた。

 幸いな事に、コーデリアが口を開く。


「あら、わたくし達が会うのに理由がいりまして? 婚約者なのですから、理由が無くとも傍にいたい時くらいあります」


「っ!」


 エルドラがすごい勢いで僕の方を見た。怖くて、隣を向けねえよ。


「……そのお話は、お断りしたはずですが?」


「あら、そう言えばそうでした」


 クスクスと、コーデリアは笑う。多分、本気で受け取ってはもらえてないのだろう。

 自分で言うのはどうかと思うが、コーデリアは僕が好きで仕方がないらしい。


「……」


 沈黙しながらも存在感を訴えるエルドラに気づいて、コーデリアは名乗った。


「ああ、申し訳ございません。初対面ですのに、まだ名乗っていませんでしたね。私、コーデリアと申します」


「エルドラです」


「もしかしてエルドラさんは、レイズ様の――」


「いえ、今はまだただの同業者よ。今のところは、貴女の心配するような事は無いわ」


 "まだ"とか、"今のところ"とか含みのある言い回しが目立つが、ギルドを去る時に言われたあれって、冗談じゃなかったのか?

 なんだか、更に居心地が悪くなってきた。


「それは良かったですわ。子供の私じゃ、エルドラさんのような大人の女性には勝ち目が薄そうですもの」


 コーデリアはエルドラの含みに気づいていないのか、さっぱりとした笑顔でそう返す。

 邪気が無さすぎるが故に、この子はどこかおっかない。

 エルドラもそんな気配を感じたのか、少し引き気味に話を逸らすような質問をした。


「……あの、お二人はどういった関係で?」


「ダンジョンで偶然助けた子」

「私の救世主ですわ」


 二人同時に答えたので、色々とごっちゃになってしまった。


「ダンジョンで助けた?」


 エルドラは僕の回答を採用する。


「9年ほど前になるか。私の敵対者がこの子を攫って人質にしようとしたのだ。その敵対者というのが思慮の浅い連中でな。ダンジョンに籠れば私の追手を撒けると考えた」


 オルコラがエルドラの疑問に答える。それを、コーデリアが引き継いだ。


「ですが、魔物に襲われて悪漢たちは早々に全滅。当時6歳だった私に成す術は無く、ダンジョンの中を独り逃げ惑っていました。今思い出しても本当に怖くて、ずっと穴の中に隠れて泣いていたのを覚えています。そんな私を見つけて、レイズ様は助け出してくださったのです」


「へぇ、レイズさんらしいわね」


 エルドラはニヤリと笑って僕の方を見た。


「僕らしいかい? それは本当に偶然だったんだけど」


「偶然でも何でも、目の前に困っている人がいたら放っておかないでしょう。貴方は」


「そうなんです! 清らかなまでの無償の善意。今どき騎士にすら見る事の無くなった精神を、この方はお持ちなんです。それがレイズ様の魅力なのですわ」


「貴女分かっていますね」と言う様な発言が聞こえてきそうな表情で、コーデリアとエルドラは視線を交わす。なんかよく分からないが、仲良くなったようでなによりだ。


 僕の方は褒め殺しが続いていてちょっと辛い。


「レイズ様は、私を助けた事に対する対価を何も要求しませんでした。ただ、偶然通りがかっただけだからの一点張りで」


「ああ、分かる気がするわ。貴方って、人からお礼をもらったら駄目みたいに考えるわよね」


「ははっ、ミニケさんにもそんな事で怒られた気がするよ」


「ですから、私は考えたのです。私の命に対する対価とは、これはもう一生をこの方に捧げるしかないのではと」


「うーん、極端」


 難色を示す僕に、エルドラは意外に否定的だった。


「そうかしら。私にはその気持ち、ちょっとわかる気がするな」


「やはり、エルドラさんはレイズ様の事を―――!」


 コーデリアが面倒な話を蒸し返そうとした途端、馬車が停まった。


「コーデリア、着いたぞ。私は少しレイズと話がある。先に行っていなさい」


 オルコラにそう言われて、コーデリアは渋々従った。


「はぁい。もう少しお話していたかったのですけど。残念ですわ」


 コーデリアは馬車を降りると、身を翻して僕らに一礼した。


「それでは、ごきげんよう。レイズ様、愛していますわ」


 御者によって扉が閉じられ、妙な空気だけが残される。いや、妙な空気を感じているのは僕だけか。


「案外モテるのね、貴方」


 エルドラが揶揄からかう様に、そう言って笑った。


「そんな風に思った事は一度も無いんだけどね」


「娘に付き合わせてしまって悪かったな」


 オルコラは感情の見えない声で、そう言った。彼はいつもこんな調子で、外見や声の調子で感情を読み取ることはできない。


「いえ。構いませんよ。子供の前で、あまりきたない話はしたくない」


「気遣いは無用だよ。あれは私の娘なのだから。そんな物は嫌と言うほど見てきているさ。親としては失格かな」


「それは否定しませんよ。僕が一番嫌いなのは無責任な親だ。子供に無用な咎を負わせる親は最低だ」


 僕はオルコラを責めた後で、それがただの劣等感から来る自己満足である事に気づいた。馬鹿な話だ。彼を責めた所で、親父を責めた事には決してならないのに。


「謝罪を、オルコラさん。自分が言うべき事ではありませんでした」


「構わない。言われても仕方のない事だ」


「オルコラ! まさか、フィーンズ商会の代表?」


 エルドラが小声でつぶやいていた。目の前にいる男の正体に気づいて、驚いている様だった。


「さて、本当の用件を聞きましょうか」


 恥の気配を払拭したくて、僕は集中するために話を切り出した。


「ああ。お前が最近、北皇の連中の周辺を嗅ぎまわっていると聞いてな。それについて話を聞きたい。――いや、情報を買いたい」


「流石に早いですね。僕が情報屋を始めた事はもうご存じで?」


「この街の事を把握しておくのが私の仕事だからな」


「自分はただ、ギルド内で起きていた横領事件を追っていただけですよ。北皇の連中に関わったのは、あくまでもその過程で起きた事です。まあ、そこで行き詰ってしまっているので、僕としても彼らの情報は多く手元に置いておきたい。情報交換という事でどうでしょう。お互いに彼らについて知っている事を出し合いましょう」


「良いだろう」


「ではこちらから」


 僕は"ギルド崩し"を調べるに至った経緯と、その結果『吹雪の旗』を襲撃する事になった理由を説明した。


「なるほど。ギルド崩しか。お前たちがあのギルドを襲撃した理由は分かった。だが、あのギルドがなぜ、北皇の連中と繋がっていると思った? お前はギルドの存在を知ってすぐに、そう断定していたな」


「それは、貴方が僕の動きに気づいたのと同じ理由だと思いますよ。この街で北皇の名を冠する物はあまりに少ない。それも当然。王国が敵対関係にあるうえに、新大陸からは位置的にも遠すぎるからだ。おまけに入国制限だってある。この街の中で北皇人はまず見かけない。なのに、最近になって北皇系マフィアが突然現れ、北皇人の経営する冒険者ギルドなんて奇妙な組織が、犯罪の黒幕として挙がった。偶然が重なったとはとても思えない」


「そうだな。私はあのギルドが出来た当初から、北皇連中の拠点と見なして監視を行ってきた。だからお前の動きに気づいたというのは確かだよ」


「実際、僕と貴方の読みは正しかった。今日の襲撃で聞き出せたことだが、あそこのオーナーはジョン・カリアビッチという北皇マフィアでした。先日僕は、その男と会っている」


「ふんっ、ふざけた名だな」


 カリアビッチの名を聞いて、オルコラがわらった。


「どういう事です?」


「北皇人に家名は無い。あの独裁国家で真に貴族と言えるのは指導者ただ一人だからな。王国の様に貴族院がある訳ではない。だから連中には、名字を名乗るという習慣そのものが無いのだ」


「じゃあ、カリアビッチは北皇人ではない? いや、それはあり得ないかと」


「いや。そうとまでは言わないさ。私が"ふざけた名"と言ったのはそれでな。王国ではジョンは一般的な人名として使われているが、北皇語では別の意味を持った言葉になる。"戦士長"つまりは、隊の指揮官という意味だ」


「隊の指揮官……北皇マフィアが軍隊の真似事をしているって事ですか?」


「そんなのは私にも分からないさ。ただ、そういう可能性があると考えた方が良い。"真似事"ではなく、本物の軍隊である可能性をな」


 オルコラの発言は、酷く突飛な物だった。


「ちょっ、ちょっと待ってください。貴方は連中が、街を侵略しに来た敵国の工作員だとでも言うのですか?」


「その可能性は大いにある。そもそも、あの国にマフィアなど在るはずがない」


「どうしてです?」


「北皇は反乱分子を徹底的に排除するために、国の監視が行き届いた社会を構築している。あの国で何かを組織する事は、不可能だと断言していい。

 30年前の戦争で、私は実際にあの国を見てきたから言っているのだ。アイツらは狂っている。何千万という国民が一人の指導者の為に働く機械として育てられる。誰一人、政府に逆らう事をしない様に、教育されるのだ。北皇というのはそういう国で、そしてそれを世界中に広める事こそ、人類が真の平和を得る道と信じている連中の国だ」


 どこか憎しみの籠った発言だった。彼にしては珍しく、感情が露わになっている。

 僕らが生まれる前に、王国と北皇国が戦争をしたという話は聞いた事がある。口ぶりからして、オルコラは当時戦地にいたのだろう。


 憎しみは時に人の妄想を肥大化させるが、その程度の男が裏社会の支配者に昇り詰められるとも思えない。

 僕は彼の言葉に、一考してみる価値があると判断した。


「……貴方の予想を確かめる方法が一つだけある。いつかは分からないが、カリアビッチが近々僕に接触してくるはずだ」


「どういう事?」


 隠していた事もあって、エルドラが少し驚いたように訊いた。


「クーナだ。僕は彼女をカリアビッチから助けるために、闇オークションへ参加するための紹介状を書くと約束した。貴方の許しを得たという紹介状だ」


 オルコラの手を借りれば、カリアビッチを捕らえる事は難しくない。これは最初から考えていた案であり、そしてできれば使いたくなかった計画だった。

 悪人の力を借りて悪人を捕まえるなんて、そんなのは僕の正義観に反する行いだ。

 だが、必要ならば信念を折るくらいはしよう。僕にできる事なんて、せいぜい情報を集めて、人の力を借りる事くらいだから。


「連中を牽制けんせいし過ぎた結果、これまでは尻尾を掴めずにいたが、わざわざ向こうからやって来るという事か」


 オルコラは僕の提案に、興味を示した様だった。


「ああ。そこではっきりさせよう。連中の正体が何者なのか」

読んでくださり、ありがとうございます!


誤字報告してくださった方、ありがとうございました。助かりますm(_ _ )m

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