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22 奴隷の呪い

 憲兵隊がギルド『吹雪の旗』の施設を制圧し、ギルド崩しに関する証拠の押収を開始した。

 僕らは資料の箱詰めを手伝いつつ、カリアビッチに繋がる記述を探す。


「それにしても、すごい量ね」


 資料を詰めた箱の山を前にして、エルドラがややうんざり気味に呟いた。


「あのっ、早々に運び出したいので、できれば署の方でご確認願います」


 憲兵が僕らを急かす。向こうとしては早々に基地へ撤退して、逮捕者を尋問したいのだろう。


「ああ、すみません」


 僕は開いていた帳簿を箱に入れて、憲兵に渡した。

 箱詰めにした押収品を、憲兵たちが抱えて運び出していく。

 その様子を見送りつつ、僕は今後の予定をクーナに伝えた。


「僕はもう少し署の方で資料を読んでいくよ。クーナさんは、ミニケさんの傍にいてあげて」


「うん。分かった。ミニケさんはクーナがしっかり守るからね!」


 クーナが親指を突き立てる。


 ミニケが襲われる心配はもう無くなったので、どちらかと言えば、遠回しにクーナの身を案じての発言だった。

 あの戦闘力があれば心配はいらないと思うが、それでも子供には違いないので夜歩きさせるのは不安にもなる。

 口にしたら、過保護だと言われてしまうかな。


「あっ、じゃあ、私もクーナちゃんと一緒に行きます」


 彼女も同じ感覚だったのか、ロネットがそう言ってくれた。最初から頼むつもりだったので、ありがたい。


「すみません。お願いします。ロネットさん」


「任せてください」とロネットは意気込んで頷く。


「それなら、私はレイズさんを手伝うわ」


 エルドラがそう申し出る。


「良いのかい? 明日は探索隊の付き添いがあるんだろう?」


「あら。ロネットには頼んで、私はダメなの?」


 また随分と、答え方に迷う事を言う。


「……分かった。頼むよエルドラさん」


「ふふっ、ありがとう」


 エルドラはどこか嬉しそうに微笑んだ。

 礼を言うのはむしろこちらでは? どうにも、この人は何を考えているのか分かり難い。僕がそういう相手だと構え過ぎているのかもしれないが。


「それじゃあ。帰るのは遅くなるかもしれないから、待っていなくて良いからね」


「分かった!」


 僕らはクーナたちと分かれて、荷物を持って憲兵隊の列に加わる。

 クーナとの別れ際の会話から妙な誤解を生んだのか、エルドラが訝しむ顔で訊いてきた。


「……ねえ、もしかして貴方、あの女の子と一緒に暮らしているの?」


「ああ。そうだよ。色々ある子でね。一人で寝るのは心細いから嫌だって言うんだ。今日は我慢してもらわないと」


 独りが心細いからとクーナが言うので、引き取って以来ずっと同じ部屋で寝ているが、当然の様に別のベッドで寝ているし、子供に手を出すほど野蛮なつもりも無い。

 それでもなお、エルドラは疑いの目で僕を見る。

 

「ええー、本当かしら」


「変な想像はしてくれるな。ベッドは別だ!」


「ふふふっ、揶揄からかっただけよ」


 僕が必死に弁解すると、エルドラはいたずらっ子の様に可笑しく笑った。ミニケならともかく、エルドラがこの手の冗句を言うとは驚きだ。


 ただただ真面目な女性と思っていたが、探索を共にしているだけでは分からない事もあるものだ。

 今日、ロネットと共に探索している時も思ったが、フルシのパーティーにいた頃、僕らはほとんど仕事以外での会話なんてしてこなかったのだと気づかされた。


 もっとちゃんと会話していれば、フルシとの関係も少しは違っただろうか。


「今日はありがとう、エルドラさん」


「あら。どうしたの急に」


「いや、色々と助けてもらったからさ。ちゃんとお礼は言っておこうと思って。おかげで助かったよ」


「良いのよ。幼馴染の為でもあるんだから」


「幼馴染?」


「そうよ。ミニケから聞いてない? 子供の頃からの付き合いなのよ、私たち」


「そうだったのか。それで、彼女のギルドを僕に紹介してくれたのか」


 どういう関係なのかと思っていたが、それなら納得がいく。


「まあね。こんな事に巻き込まれているなんて知らなかったけれど。訪ねたのが偶然今日で良かったわ。でなければ、今頃どうなっていたか……」


 エルドラは悲痛な表情をしていた。ミニケが襲われた現場にエルドラが居合わせなかったら、最悪の状況になっていた可能性はある。

 今日一番の幸運は、その事だろう。


「貴方が、色々と彼女の助けになってくれたと聞いたわ。ミニケは結構強情だから、人に弱みを見せたりしないのだけどね。男の人の前だと、やっぱり違うのかしら。だから、礼を言うのは私の方よ。あの子を助けてくれてありがとう」


 エルドラは、どこか辛そうな顔でそう言った。ロネットとは対照的に強い人という印象があったが、やはり印象に過ぎなかったようだ。人間、やはり不安になった時はそういう顔をする。

 当然だけど、誰にだって弱い部分は在るんだな。


「役に立てたなら良かったよ。持ちつ持たれつ。僕もようやく、冒険者になれたかな」


「そうね。貴方となら、パーティーを組んでも良いわ」


「ああ。困ったら、いつでも言ってほしい。役に立てるかどうかは分からないけど、力になるよ」


 エルドラは一瞬ハッとした表情を浮かべ、顔をそらした。


「その時が来たら、お願いするわ」


 エルドラはそう言い残して、逃げるように先に行ってしまった。




         ◆




「今日は病院でお泊りかぁ。ギルド以外の場所で寝るのって久しぶりだなー」


 レイズたちと分かれたクーナとロネットは、ミニケのいる病院へ向かって夜の街を歩いていた。


「クーナちゃんって、ギルドに住んでいるの?」


 クーナの独り言を耳にしたロネットは、ふと湧いた疑問を訊ねた。


「うん。レイズさんが、その方が家賃が浮くからって言って」


 クーナのそんな返しに、ロネットの思考が急速にめぐり始める。

 レイズとクーナが息の合った戦いでダンジョンを探索する様子を、ロネットは思い出す。


 師弟と言えば収まりが良いが、どこか兄妹のようにも、親子の様にも見える。

 親しすぎるその関係を、友情とする事だって当然できるのだが、なにやらいかがわしい方向へと、ロネットの結論は暴走していった。


「そっ、そういえば二人は一緒に住んでいるんですよね。その、レイズさんとはどういう関係なの?」


「どうって――うーん。主と奴隷?」


 そのクーナのいい加減な発言が、ロネットの勘違いを決定づける。


「どっ、奴隷! えっ? えっ! どういう事!? ああっ、でもそうですよね。ギルドマスターという事は、ミニケさんとも同棲なわけで……確か、こういうのを南西の方の文化でハーレムとか言った様な。いやいや、でもでも、レイズさんに限ってそんな不純な―――」


「おーい。ロネットさん、大丈夫?」


 頭を抱えて路上にしゃがみ込んだロネットに、クーナが心配そうに声をかける。

 そんな二人の横を、憲兵隊の護送馬車が通り過ぎた。



「―――■■■■■■」



 ふと、微かに感じた呪文の気配に、ロネットは即座に反応する。

 それは回復魔法使いの彼女だからこそ最も敏感に危険を感じる、人を害する呪いの類であった。


「っ! 今のは、呪詛? 一体どこから―――クーナちゃん?」


 呪詛の出所を探ろうと周囲を見渡すロネットの目の前で、クーナの様子が変化した。

 唐突に静かな気配を纏ったクーナは、表情の無い顔で大剣を抜く。


「えっ? クーナちゃん、冗談だよね?」


 クーナの気配は不気味なほど静かで、敵意も感じない。当然、クーナが自分にそんな物を向けるなどとロネットは考えもしなかったが、それでも熟練の冒険者としての直感が身の危険を訴える。


 ロネットはクーナの首筋に光る、怪しげな紫色の魔法陣を見つけた。それは人の自我と自由を奪うと言われる、悪しき禁呪だった。


「首に奴隷紋? まさか貴女っ!」


 ロネットが異常の原因に気づいたのと同時に、クーナは大剣を彼女目掛けて振り下ろした。

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