a3 情報屋と冒険者
僕らは二層の最下層エリアに到達した。
道中はクーナとロネットの指導をしながら進んだのでかなりゆっくりなペースだったが、特に被害や消耗が出ることなくここまで来られた。この分だと、無事に探索を終えられそうである。
今日は全体的な環境の変化を見て回るだけの作業だが、周回ルート上にある素材採取ポイントは確認していく。
この階は錬金術に使う草花が群生しているポイントがいくつかあるので、その成長具合を見て回る。
「へえ、もうこんなに咲いたのか。早いな」
湧水が地面を濡らす空洞に、大量の白い花が咲き乱れていた。
「これも素材?」
「フララ草です。花が強化ポーションの原料になるんですよ」
花を初めて見るクーナに、ロネットが説明していた。
「へぇ。じゃあ、回収した方がいいのかな?」
「いや、回収はしなくていいよ。僕らの仕事はこの場所を記して、人に教えてあげる事だからね」
「ああ、そっか」
「それに、うちのギルドには素材を捌く当てがないんじゃないかな」
考えてみれば、うちのギルドには素材の鑑定部門の様な設備がない。そもそも、人が居ないのだから当然だ。冒険者を集める以前に、職員を集めた方が良いんじゃないだろうか。いや、その資金もないのか。
詐欺師に全て持っていかれて、職員は全員解雇。居るのは経営者だけ。
……あれっ? 思った以上に詰んでない? うちのギルド。
「……うちって、実はめちゃくちゃブラックな職場なのでは?」
「いきなりどうしたんですか、レイズさん!」
思わず妙な事を口走ったせいで、ロネットがびっくりしている。
「いや、なんでもないよ」
考えてみたら、あんな状態でどうやって運営する気なんだ?
冒険者を集めても、それを回す力が無いではないか。これならノーデンスの方がまだましな運営しているぞ。
ああ、そういう事か。ミニケが最近やっているのは冒険者の勧誘じゃなくて、職員の方だったのか。
だけど、一度潰れたギルドなんて信用は完全にない。今朝あれだけ失業者が集まったのに、誰もうちで雇ってほしいと言わなかったのはそういう事なんだろう。
ミニケが職員募集の件を連合の方へ伝えていないはずがないもんな。
相談してくれればいいのに。いや、共同経営者なんだから、話さなきゃダメだろう。
どうせ、心配かけたくないとか、僕までそれを聞いて離れていくとかそんな風に思っているんだろう。
今日は帰ったら、はっきり言わねばなるまい。
「さて、次の移動で最後だ。最後まで気を抜かないでいこう」
「了解!」
要所は見て回ったので、探索も大詰めだ。後は転送装置に向かって歩いていくだけだ。
細道を抜けて大きな通りに出ると、二人の同業者が座り込んで休んでいた。
この二人は確か『凪の雫』の冒険者だ。思った通り、彼らはロネットの姿を見て、声をかけてきた。
「おっ! もしかしてロネットか?」
「ラネスさんと、ロウさん! どうしたんですか?」
「いや、それがな、依頼でここに来たんだけど、魔物の群れのせいで足止め食らっちゃって」
「おい、お前。もしかしてレイズじゃないか?」
ラネスが僕の顔を見て、驚いた反応をする。どうやら覚えていてくれた様だ。
「そうさ。久しぶりだね」
「フルシに追い出されたって聞いてたが、元気そうじゃねえか。冒険者でもはじめたか?」
「まあね。情報屋を商売として始めてみたんだ」
「そりゃいいな。お前向きだ」
ロウがそう言って笑う。
定期的な情報交換会では、彼らともよく情報のやり取りをしていた。
「なあ、だったらちょうど良い。俺たちを助けちゃくれないか?」
ラネスは真剣な様子で言う。どうもへこたれた二人の様子を見るに、窮地に陥っているらしい。
「もちろん。何が必要なんだ?」
「実はな、俺たちの依頼はこの先にある泉から、錬金術の素材を回収してくる事だったんだ」
「だが、進路を魔物の群れに塞がれて進めねぇ。マカブマンティスの群れだ。あれは二人で対処するのはさすがに荷が重い。かと言って、援軍を呼ぶほどの報酬じゃなくてな」
「なるほど。泉の場所を教えてくれ」
ロウが地図を広げて、僕らに見せる。
「この辺りだな」
彼らが指さしたのは、外れにある空洞だった。そこに行くには一本しか道が無いが、その道に魔物が群れていて進めないという事らしい。
マカブマンティスは群れで狩りをする大型昆虫で、単体であってもそれなりに手ごわい相手となる。
戦力があったとしても、余裕があるのなら群れとの衝突は避ける事を推奨するくらい、割に合わない相手だった。
「それなら、回り道がある。地図に載ってない細い道だが、魔物は出ないはずだ」
僕は自分の地図を取り出して、彼らに抜け道を教える。
連盟が発行している地図は更新が遅い上に、主要な道しか記さない。
地形の変化が絶えず起こるこの場所では、小さな空洞や細い抜け道がしょっちゅう出来ては消えてを繰り返しているのである。
そういう地形の情報を売り買いするのも、自分の仕事だ。
「本当に大丈夫なのか?」
念を押すラネスに、僕は自信を持って頷いた。
「断言していい。この細道の辺りは一か月前にマカブマンティスの群れが目撃されていた場所だ。あの魔物は定期的に群れで移動するから、二人がこの先で遭遇したのなら、もうこの辺りには居ない。時期と距離的に見て、群れが移動した直後だろう。今が一番安全だ」
「なるほど。信用しても良いかもな」
「助かった。いくら払えばいい?」
「いや、ツケでいいさ。ギルドの状態はロネットから聞いてる。厳しいんだろう?」
気を遣ったつもりだったが、ロウは少し怒って金貨を一枚差し出した。
「馬鹿を言え。俺たちにだってプライドってもんがある。これでいいか?」
「ああ。大丈夫だ」
金貨を受け取る。確かに、無礼だったのは僕の方だな。
「それじゃあ、俺たちは行く。ありがとうな」
ラネスとロウは立ち上がり、仕事に戻っていく。
ふと何かを思い出したように立ち止まり、ラネスがロネットに忠告をした。
「ああ、ロネット。今日はギルドに戻るのは止めといたほうがいいぜ。なぜか知らんがフルシの奴、昨日から妙に気が立っててな。ずっとアンタを探してたぜ」
それを聞いた途端、ロネットの顔から表情が消えた。
「……」
「休みじゃなかったのか?」
「そのはずだったんですけど……フルシ様は気まぐれな方ですから」
明らかな作り笑いだと分かるような、困った笑みをこちらに向ける。
そんなロネットの様子を気にしてか、クーナが彼女を励ました。
「クーナが守ってあげるよ?」
「ありがとう。その気持ちだけもらっておきます。でも、大丈夫ですよ。いつもの事ですから」
「そうなんだ……」
ただ笑って平気だと言い張るロネットに、クーナもそれ以上何も言えなかった。
さっきの顔は明らかに大丈夫じゃなかったが、外野の僕らに口を出せる事は限られる。本人が拒絶するのならなおさらだ。
「僕らも仕事に戻ろう」
あまり変な空気のままで探索を続けたくなかったので、各々の気持ちを切り替えるためにあえて口に出す。
「そうですね。次の行先はどこなんですか?」
ロネットの問いに答えるため、ちょうど出している地図で進む順路を説明した。
「このまま転送装置のある方角へ移動するだけだよ。ここからだと少し遠いけど、大丈夫?」
「クーナは平気だよ」
「私も大丈夫です。今日はほとんど魔法を使ってませんから」
「よし。じゃあ出発しよう」
予定通りの道を通り、転送装置へ向かう。道に想定外の変化はなく、ラネスたちの様に魔物に阻まれる事も無かった。
「あっ、ちょっと良いですか?」
道中、ロネットがそう言って立ち止まった。
「もちろん。採取?」
「はい。エルドラが撃鉄琳を欲しがっていたので」
ロネットはしゃがみ込んで、道の脇に生えている赤い草をいじり始めた。
赤い草になる、紅く丸い木の実。それが『撃鉄琳』である。
この辺りはその群生地となっていた。
「ゲキテツリンって何?」
これも初めて見るらしいクーナに、説明する。
「この丸い実の中に、可燃性の粉が入っているんだ。錬金術の素材の一つだけど、火属性の魔法を使う魔法使いの中には、これを爆弾の代わりに使う人もいるんだよ」
「へぇ。それじゃあちょっと危険な奴なんだね」
「火に近づけない限りは平気さ」
そんな話をしていると、突然ロネットが悲鳴を上げた。
「きゃあああっ!」
見れば、彼女の目の前の壁に黄色い大トカゲがいた。こいつが突然視界に表れて、びっくりしたらしい。
そんなロネットを助けようと、クーナがトカゲを手で弾いた。
「おりゃ!」
「あっ、ダメだよ―――!」
止めるのが一歩遅かった。
吹っ飛ばされたトカゲは着地すると、尻尾の袋をぷくりと膨らませる。そして―――
ジリィリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!
「うわぁ! なんだなんだ!」
けたたましい鐘の音に、クーナが耳を塞いで慌てだす。
知っている僕とロネットは顔を見合わせる。ロネットもマズいという顔をしていた。
「マズいな。逃げるぞ!」
クーナの手を引いて走り出す。
「レイズさん、あれ何なの?」
「アイツはケイショウトカゲといって、それ単体には大した力はないんだけど、危険を察知すると尻尾のふくらみを鳴らして今みたいに音を出すんだ」
「あの音には魔法効果があって、近くの魔物を興奮状態にさせるんです!」
僕の説明を引き継いで、ロネットが補足する。
「でも、クーナたちは平気だよ?」
「敵に効果は無い。あれは音じゃなくて魔法なんだ。だから厄介なんだ。あれに操られた魔物が、僕らを襲いに来るぞ!」
そんな事言っている間に、地鳴りの様な音が背後で轟き始める。
ドドドドドドドドド!
振り返ると、魔物の大群が追いかけてきていた。緑色の外骨格を持つ、六足二鎌の怪虫。
「なにあれ!」
「よりにもよって、マカブマンティスの群れだ!」
「あれはエルドラが居ないと無理ですー!」
ロネットが泣きそうな声で叫ぶ。確かにエルドラがいれば、火炎魔法で一掃できるだろう。しかし今ここには、剣士しかいない。流石のクーナでも、敵への一斉攻撃は難しいはずだ。
「なら、クーナがやるよ!」
こちらの考えに反して、クーナは剣を構えて反対方向へ突撃した。
「無理だ、クーナさん!」
「必殺! ≪炎剣≫!」
振り上げた大剣が赤熱し、炎を纏う。振り下ろした炎の一撃は、先頭に居たマカブマンティスを一撃で葬った。しかし―――
「うにゃあああああああああああっ!」
後続の群れにすぐさま対応しきれず、轢かれたクーナが悲鳴を上げながらふっ飛ぶ。
「クーナさん!」
打ち上げられたクーナは器用に空中で回転すると、天井を蹴ってこちらに戻って来た。そのまま走る僕らに再び合流する。
なにその動き、すごっ!
「あの数は無理ぃいいい!」
ちょっと涙目になりながら、クーナは疾走する。
「今は逃げるのに専念しましょう!」
先頭を走るロネットに、道を指示する。
「ロネットさん、そこを曲がって!」
「分かりましたっ!」
二手に分かれた道を片方曲がる。マカブマンティスたちも同じ道を選んで追走してきた。
前方に見えてきた地形を前に、ロネットが悲鳴のような声を上げる。
「ええっ! 行き止まりですよ!」
前は崖になっていて、その向こう側にも道が見える。この通路を横切る大きな道の真ん中を、深い溝が走った様な地形になっているのだ。
少し前までは繋がっていたのだが、こういう壊れ方をする地形ばかりなのがダンジョンだ。
崖は落ちたら下の層に真っ逆さまなので、人間なら死ぬだろう。
「マカブマンティスに跳躍力は皆無だ。あれを飛び越える!」
「そんなぁ!」
無理だと言いたげに、ロネットがこちらを見た。
確かに飛び越えるにはやや開き過ぎた溝だが、こちらにはクーナが居るのだ。
「クーナさんはいけるね?」
「うん。大丈夫!」
「なら先に頼む」
僕の意図を察したのか、クーナが速度を上げて僕らより前に出る。
「よし。ロネット、手を!」
「は、はい!」
差し出されたロネットの手をしっかり握る。
「せーので行くぞ!」
「はい!」
「せぇーのっ!」
二人で崖へと飛び込んだ。僕らの身体はあと少しで向こう岸に届くという所で、落下し始める。
「やっぱり足りない!」
「クーナさん!」
「まっかせてぇ!」
先に跳んでいたクーナは、すでに向こう岸に着地していた。僕が伸ばした手を、彼女が掴む。
「そおれぇ!」
クーナさんに引き上げられて、僕とロネットは対岸に着地。地面を転がった。
「ギギィイイ!」
僕らに追いつき損ねたマカブマンティスたちが鳴いた。彼らに感情があるかは分からないが、悔しがっている様に見えた。
「ははっ、やっぱりこっち側には来れないか」
魔法の影響は消えていないのか、撤退する様子は見られなかったが、こちらに来ることもできずに立ち往生している。
「た、たすかったぁー」
敵が追ってこなくなったと知って、クーナも大の字に地面へ倒れ込んだ。本当に、この子には助けられた。
すると突然、ロネットが笑い出した。
「ふふっ、うふふっ、あははははははははっ!」
「ろ、ロネットさん?」
急にどうしたのかと驚いていると、彼女は涙くほど笑っていた。
「すみません。でも、なんか可笑しくって。こんな楽しい冒険久しぶりです」
「クーナも面白かった!」
まだ敵が目の前に居るというのに、呑気にクーナもはしゃぎだす。
「おいおい。割と命がけだったんだぞ……でもまあ、確かにスリリングだったね」
冷や冷やしたが、過ぎてしまえば大冒険だ。これがあるから、冒険者って楽しいと思ってしまう。
「さあ帰ろうか」
「はい!」
無茶したおかげで、だいぶ帰路に近づいた。僕らは転送装置へ向かって移動を再開した。