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a2 それぞれの想い

「なるほど。そんな事があったんですね」


 朝の出来事をロネットに話した。

 結局一人一人に対応していたら、約束の集合時間を過ぎてしまっていたのだ。

 今日はダンジョンの前で待ち合わせる約束だったのに、申し訳ない事をした。


「遅刻の言い訳みたいで申し訳ない」


「いいえ。大丈夫ですよ。大事なお仕事ですから、そっちを優先してください」


「ありがとうロネット」


 とはいえ、あれが本業の範囲かと言うとそれも違う訳で。

 彼らが無事職について戻ってこない事を祈るばかりだ。いや、本当に。

 別にこっちは職業案内所ってわけでは無いのだから、そこに関してはネタが無限にある訳ではない。

 もういっそ、街の方の情報収集にも力を入れてみるという考え方もある。

 情報屋を名乗るなら、ダンジョン内部だけにとどまらない視野の広さがもっと必要になるかもしれない。

 それもおいおい考えていくとしよう。


「ねえ、一つ気になったんだけど、別のギルドの冒険者同士でパーティーを組むのって、大丈夫なの?」


 ダンジョンへ向かう道すがら、クーナが質問を投げてきた。

 別ギルド所属のロネットが僕らの仕事に同行する事に、問題は無いのかという事らしい。


「別に問題は無いよ。連盟に所属しているギルド間での冒険者の貸し借りは、普通に認められているんだ。連盟に報酬についての取り決めがあるから、どこのギルドから仕事を受けても取り分は普通にもらえるって訳さ」


「それって、ギルドを分ける必要あるの?」


 鋭い感想がクーナから返って来る。


「あんまりないね。そこはまあ、昔からのよく分からない体制が残ってしまってるって事で」


「ふーん。変なの。一つにまとめちゃえばいいのに」


 最初は一つのギルドだった。大昔、冒険者たちが権力や主導権を持ちたいがためにギルドが乱立した時期があった。そうした混沌状態を解決する為に連盟というまとめ役が作られ、今日に至る。

 クーナの言う様に、ギルドを一つにまとめてしまえばややこしい問題は減るのだが、そうすると権利や考え方の違いから別の問題が生まれるだろう。

 結局、今日の在り方で上手く行っているので、誰も改革なんてしようとは思わないのだ。


「うちのギルドみたいに、めちゃくちゃな運営をするところもありますから。分けてある方が良い事もあったりするんですよ」


 ロネットがそう補足を入れる。

 昨日や今朝の事を思えば想像はついたが、やはり古巣は荒れているらしい。


「そんなにひどいのかい?」


「はい。最近は報酬の取り分をギルド側が多く持っていくようになって、不満の声が大きくなってきてます」


「おいおい、それって連盟の規約違反だろう?」


 たった今クーナに説明したとおり、報酬の分配割合は連名でルールが定められている。連名所属のギルドは冒険者の不利益にならない様に、勝手に取り分を変えたりしてはならない事になっているのだ。


「ギルドマスターは、ギルドの運営のためだと一点張りで。連盟から外れる気かとも思っていたんですけど、どうも連盟の運営自体に介入しようとしているみたいで……」


「どこまで金儲けに走るんだ、あの人は……」


 なんだか頭の痛い話だ。

 ギルドマスター・ノーデンスは、貴族院から送られてきた人間で、冒険者としての経験はない。

 前任者が突然死した事で、その席をかすめ取る様にしてやって来たという印象は、割と多くの人がもっているところだ。


 ノーデンスは冒険者ギルドを組合ではなく、企業カンパニーの様に捉えている節がある。

 冒険者の活動を支援する組織を、利益を第一にする商会の様に考えているので、現場との認識の差が出てしまっているのだろう。

 僕を追い出した日の会話を思い出してもそれは明白で、彼は自分が運営する組織の基本的な役割もおそらく理解していない。


「そんな所なら、辞めてクーナたちの所においでよ。ミニケさんは信頼できる人だよ!」


 クーナはロネットを勧誘した。

 彼女の事情を何も知らなければ、僕だってそう言っていたかもしれない。


「クーナちゃん……そうですね。そうできたらどんなに良いか」


 どこか寂しそうに、ロネットは微笑んだ。そんな彼女の事を、クーナは不思議そうにして見ている。

 これは、ちゃんと説明しておかなかった僕が悪いのだろう。話を無理やり中断させ、クーナの意識を探索に向けさせる。


「話はここまでにしよう。今日は二層の環境調査だ。昨日よりも強い魔物が出るはずだから、クーナさんは気を引き締めて」


「分かった」



        ◆



 今日の仕事は、二層の環境変化の調査である。

 約13階ほどある二層エリアをざっと見て回り、以前に比べて魔物の棲息地や採取ポイントにどのような変化が起こっているのかを記録するのだ。


 あまり細かい作業では無いため、同時にクーナの指導も行う。

 昨日の鋼サソリとの戦いで、彼女の立ち回りが完璧なのは分かったので、スキルなどの使い方を教えてあげた。


「いくぞぉ! ≪強斬り≫!」


 クーナは魔物めがけてスキルの力が乗った剣を振り下ろす。

 ≪強斬り≫は剣技スキルの中でも最も基本的な技となる。剣に自分の魔力を乗せて、単純に破壊力を上げる攻撃だ。


「良いね。教えた通りちゃんとできてる」


「ほんと! やった!」


 呑み込みが早い上に素直なので、こちらとしても教え甲斐がある。この分だと、すぐに僕が教えられることは無くなるだろう。クーナには才能がある。


「でも、昨日のあれはまだ出せないんだよね。剣が赤くなるやつ」


 鋼サソリに止めを刺した一撃の事だろう。彼女の大剣が突然赤く赤熱し、鋼の装甲を溶かし貫いたのだ。

 そちらは≪強斬り≫の様な攻撃に乗せている魔力へ、属性を持たせることで発動する。

 火属性の魔法で、火の剣に。氷属性で氷の剣といった具合だ。

 自分の魔力を変質させる能力が必要なため、少し高度な訓練を必要とする。

 クーナは一度使っているので、あまり難しくはないだろう。


「≪炎剣ブレイズソード≫は中級のスキルだからね。扱うのは難しいと思うよ。けど、まぐれだとしても一度は使えたんだ。すぐにできるようになるさ」


「うん。やってみる」


 クーナが昨日の再現をしようと挑戦を始めたので、いったん進むのを止める事にした。ペース的にも休む頃合いだ。


「それじゃあ、少し休憩にしようか」


 クーナが魔力と格闘している間に、ロネットの方も様子を見る。

 彼女は僕の記録の様子を観察して、メモに取っている様だった。

 三層の調査はほぼ終わっているらしいのだが、今後の事を考えてより記録の精度を上げたいらしい。

 勉強熱心なんだなと、感心してしまう。


「調子はどう?」


「はい。順調です。すみません、私のせいで足手まといになってしまって」


 ロネットは謝るが、それほどではない。

 クーナの指導をしながらの探索なので、そもそも進むペースが遅いのは誰のせいでも無いのだ。


「大丈夫。クーナさんも初心者だから、ゆっくりなペースで行こう」


 そう励ますと、ロネットは安心した顔をする。

 フルシに何かとどやされるので、謝り癖がついているのだろう。それがなんとも不憫に思えた。


「それにしても、レイズさんはやっぱりすごいです。いつもならこの倍の速さで探索をしているのに、レイズさんは普通について来てましたよね? やっぱり、速記とか覚えた方が良いのでしょうか?」


 フルシもエルドラも戦闘職としては精鋭なので、どうしても探索のペースが速くなりがちだ。それを邪魔しない様に記録付けの速度や精度を研究していったので、ロネットの感心はもっともだったりする。

 彼女も僕がしてきた苦労を、今味わっているという訳だ。


「まあ、早くなるのは確かだね。フルシは僕の事なんか絶対待っててくれないから、足手まといにならない様にするので必死だったよ」


「そうですね……私もです」


 ロネットの表情に、疲れが垣間見えた。


「大丈夫かい?」


「もちろん。平気ですよ!」


 わざとらしくガッツポーズをするロネット。うん。どう見たって大丈夫そうには見えない。昨日より顔色は良くなっているけど、疲れた様子はそのままだ。


「……ロネットさん。出て言った僕が言えたことではないかもしれないけど、僕はみんなの事を未だに仲間だって思ってる。だから、辛い事とか悩みがあるのなら頼ってほしい。君の力になりたい」


 彼女は何かと遠慮する子なので、こちらからはっきりそう伝えた。

 こうでも言わないと、無理をして壊れてしまう気がした。


「ありがとう。その気持ちだけで、十分嬉しいです」


 ロネットは顔を逸らす。一瞬見えた泣きだしそうな表情が、胸を抉った。どうにかしなければと、気持ちが焦る。


「少し、一人になってきますね……」


 逃げるようにして、ロネットは駆け出した。そのまま離れた壁際でしゃがみ込む。

 無理に色々言って泣かせてしまった事への申し訳なさに苛まれる。何をやってるんだろうな、僕は。

 行って何かを言うべきか、そっとしておくべきか迷っていると、クーナが声を上げた。


「おおっ! 出た! レイズさん、できたよ!」


 見れば、クーナの持つ大剣が炎を纏っていた。

 こっちを無視するわけにもいかないので、迷いつつもクーナの所へ行く。

 結局ロネットが落ち着くまで、話は少し待った方がいいだろうという結論に達した。


 クーナは完全にスキルを制御している様で、昨日よりもはっきりと剣が炎を纏っていた。


「やったじゃないか! それ、意識して出せるのかい?」


「うん! もう完璧だよ!」


「やっぱり、クーナさんは戦闘の天才だね」


 これほどに呑み込みが早いのも珍しい。以前どこかで訓練でも受けていたんじゃないかと思う程だ。

 感心して素直に褒めたつもりだったのだが、クーナはそれに暗い顔をした。


「……そうだね」


「クーナさん?」


 なにか怒らせるような事でもしてしまったのだろうか。

 心配していると、クーナは突然剣を放棄してその場に座り込んだ。


「やっぱり、あんまり嬉しくない」


「どうして?」


「だって、暴力振るうのが特技ってなんかヤダ。クーナはドラゴンの娘だから、暴れる奴だとか、危険な奴だとか、みんなからそういう風にずっと言われてきたんだ。そんな事ぜんぜんないのに、クーナの事怖いってみんな言うんだ。ドラゴンなんかじゃ無ければ良かったって、本当はずっと思ってるんだよ。こんなのが人よりも上手くても、なんか悲しい!」


 少し驚きはしたが、珍しくクーナが自分の本音を口にしてくれたことが嬉しい。

 この子はあまり、本音を話すような事をしない。何が嫌だとか、何をしたくないとか、こちらに遠慮している様で、まったく話さないのだ。

 だからそれをちゃんと言ってくれるのは、信頼されてきたんだなと実感する。


「僕はそんな風に思わないよ。強い事と、悪い事はイコールじゃない。この街には強い人なんかたくさんいるけど、みんな良い人ばかりだからね」


「でもドラゴンじゃないでしょう? レイズはどうして、クーナの事平気なの? 出会った時から、ずっとそうだよね」


 きっとずっと思っていたであろう疑問を、今問いかけられる。


「そりゃあ、珍しいとは思ったけどね。怖いなんて感じた事はないな。僕はちゃんと調べてから決めるようにしてるからね」


「調べてから? 偏見を持たないって事?」


「そうだよ。見た目とか、生まれとか、噂とか、そういう事がなんにも人を決める材料にはならないんだって、僕はよく知ってるからね」


 第一印象で人を全て推し量る事はできない。ずっと一緒に居たって、分からない事はある。僕は自然と、ロネットに視線を向けていた。


「さっきの話だけどさ、ロネットさんは今のギルドを抜けられない理由があるんだ。あの子はね、代々ある貴族に仕えてきた召使いの家系なんだ。その貴族というのがフルシという男でね。この前、酒場で僕に絡んできた冒険者だよ。覚えてる?」


「うん。あのなんか感じの悪い人だね。……って、ええっ! あの人が貴族なの!? ちょっと、分かんないかも」


 クーナは正直だった。残酷なくらい、はっきり言う。


「はははっ、まあ、そうは見えないよね。けど、そういう事さ。人は見かけなんかじゃ全然分からないし、逆に肩書だけでも同じ事なんだ」


「ロネットさんは、あの人に縛られてるの?」


 クーナはロネットの事を心配している様だった。


「……そうだね。そういう家に生まれてしまって、自由が無いんだ。けど、ロネットさんからその事について話を聞いた事は無い。フルシが彼女に酷い振る舞いをするのは昔から見ているけど、それでも本心は分からない。だから僕は決めかねてるんだ」


「何を?」


「あの子をフルシから引き離していいものか。その意思があるのなら、僕は全力を尽くす気でいる。それはたぶん、エルドラさんも同じはずだ」


 けれど、勝手な事はできない。ロネットが望まない事を、僕らの善意で押し通していい理由なんか無いのだから。

 結局どんなに親しくても、完全に相手の事を知る事なんてできやしないのだ。相手が、話してくれない限りは。

 おっと、いけない。クーナの言葉にまだちゃんと答えてあげられていなかった。


「……ああ、話がそれてしまったね。ごめん。要するに、僕はドラゴンとかそういうのは関係なくクーナさんを見てる。君は僕の友達で、一緒に仕事をする仲間だ。悪い人でも怖い子でもないって、分かってる。力が君の全てだなんてそんな事言うつもりも無い。君の良い所は他にいっぱいあるって知ってるからね」


 少し照れくさかったが、本心をクーナにすべて伝えた。

 それを聞いて、彼女は機嫌が良くなったようだ。


「やっぱり、レイズさんはアイツとは違うね」


「アイツ?」


「昔の持ち主。私を戦いの道具としてしか見なかった、そういう人も居たんだ」


 その言い方が、なんとも残酷に思えた。

 『持ち主』なんてそんな言い方、自分自身を道具と見ているのと同じじゃないか。

 僕が「戦闘の天才」と褒めたのが、そもそもの原因だったようだ。

 この子の事を戦闘に有用な存在としか見ていない誰かが居たのなら、僕は違うとはっきり言わなければならない。


「ごめん、クーナさん。何も知らずに、酷い事を言ってしまったんだね」


「クーナ、レイズさんに会えてよかったよ」


 クーナはひょいと立ち上がると、謝罪に対する返答をそんな風に口にした。


「僕もだよ」


 彼女がいなければ、僕はミニケのギルドに入らなかっただろうし、今の生活は無いかもしれない。この子が、僕に道を示してくれたことは間違いないのだ。会えてよかったと本当に思う。


「クーナさん。もし冒険者が嫌なら、やらなくても良いよ。僕は、無理強いしない」


「それは平気。興味があるから、クーナは冒険者を始めたんだよ。それに、レイズさんの役に立ちたいのもクーナの意志だから」


「分かった」


「すみません。お待たせしました」


 僕らが仲直りの握手をすると、ちょうどロネットが戻って来た。目の周りを赤く腫らしているのを見て、やはり泣いていたのだと気づく。


「ロネットさん……」


「大丈夫です! 行きましょう!」


 張り切った様子で、ロネットは問題ないとアピールする。

 それに合わせたのか、クーナもロネットの真似をする。


「うん。張り切っていこう!」


 僕一人があれこれ案じて暗くなっていても仕方が無いか。


「二人とも元気だな。これなら調査を続けても良さそうだ」


 休憩を終え、僕らは探索を再開した。

 歩き出した途端、ふと自分の言葉がぶり返して胸に刺さった。


「偏見は持たないか……」


 できればそうしたいと思っているが、なかなかできていない事ではある。

 クーナにはあんなにも偉そうに語ったが、一つだけ僕にも踏み込めない一人の存在がある。

 十年前、僕が冒険者たちから睨まれる事になったきっかけは、父の殺人によるものだ。それ以来、自分は罪人の子としてずいぶん苦労した。今でこそその影響はほとんど無いが、それは僕が情報屋として奉仕し、信頼を得るために努力をしたからだ。

 他所のギルドでは、今でも僕の名前を聞いて嫌な顔をする人なんてそれなりに居る。


 父の事を、自分はおそらく恨んでいる。けれど、無実を信じたい気持ちもある。

 僕は情報屋で、それを名乗るからには調べる能力はあるつもりだ。

 ただどうしても、怖くてそこに踏み込めなかった。本当に人殺しだったなら、救い様の無い悪党だったなら、自分は今更それをどう受け止めるのか想像もできない。


 結局僕は世間の偏見に乗じて、あやふやなままで現状維持を良しとしてしまっている。

 僕もたいがい卑怯だな。こんな半端な自分が、あの子にどの面下げて信じろなんて言えるのか。


「レイズさん、どうしたの?」


「ああ、すまない。今行く!」


 クーナに呼ばれ、置いて行かれている事に気づいた。足が止まっていたらしい。

 気持ちを切り替えて、二人の後を追いかけた。

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