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a1 落ちぶれギルドと情報屋繁盛記

 レイズたちがダンジョンで鋼サソリ討伐に挑んでいた頃、エルドラはギルドの酒場で特にやる事も無くぼんやりとしていた。

 暇な時はたまにここの給仕の女の子と世間話をして時間を潰していたのだが、今は経費削減の影響を受けて給仕は全員クビになってしまっていた。

 店主もどこか寂しそうに、もくもくとグラスを磨いている。

 いっそこの店主と駄弁ろうかなんて思っていると、ロビー内にフルシの声が轟いた。


「おいっ! ロネットを見てねぇか?」


「いや、知らないな」


 フルシは片っ端からロビーにいる冒険者に、ロネットの居場所を聞いて回っていた。

 誰に聞いても同じ答えが返ってくることに、フルシは苛立つ。


「ったく……いったいどこをほつき歩いてやがるんだ!」


 特に意味もなく怒りの気配を振りまくフルシに、エルドラは大きなため息をついた。


「ロネットを探しているの?」


「おう、エルドラか。ロネットはどうした?」


「さあね。いつも一緒に居る訳じゃないし知らないわ」


「チッ、必要な時に居ねえでどうするんだ。役立たずが」


 フルシのキツい言い方が嫌で、エルドラはつい反論したくなった。


「二日間休みを取るって言ったのは貴方でしょう。休暇ぐらい自由にさせてあげれば?」


「俺は探索を休むと言ったんだ。召使のアイツが、本来の仕事まで休むことを許可した覚えはねえよ」


 それはまたずいぶんな物言いだと思った。ロネットにだって自分の時間を持つ自由はあるべきだと、エルドラは考える。


「……貴方達の家の事情に口をはさむ気は無いけど、あの子の事を物の様に扱うのは目にあまるわよ。べつに、貴方の奴隷って訳でも無いのでしょう?」


「召使だ。アイツは生まれた時から俺に仕える事が決められていた、俺の所有物だ。奴自身の自由よりも、俺の用事が優先されるのは当然の事なんだよ。俺の役に立つのが存在意義だ。その役目が果たせないのなら、生きている価値もねえ」


 何の疑いもなく、フルシはそう断言した。

 生まれながらに家の立場からそうした関係を用意された二人だが、ここまで人は横暴になれるものかとエルドラは絶句した。

 呼び方が違うだけで、フルシはロネットの事を奴隷としか見ていない。

 あまりの暴論に頭痛を覚えて、エルドラはうんざりと言葉を返す。


「……もういいわ。ただ、レイズに対する八つ当たりをあの子に向けるのだけは止めなさいよ。でないと、私もさすがに貴方についていく気力がもたないわ」


「そりゃあ、どういう意味だエルドラ?」


 フルシはエルドラにまで敵意を向ける。


「自分で考えなさい」


 とうとう耐えきれず、エルドラは席を立つ。

 親同士の取り決めとはいえ、あんな男が自分の婚約者だと思うと眩暈がする。

 元から横暴な振る舞いをする男だったが、以前はこれほどひどくは無かった。


 レイズを追い出してからというもの、何かと思惑にズレが生じている様で、それが面白くなくて子供の様に喚いているのだ。

 しかしそれも、そもそもは自分で蒔いた種なので、自業自得としか言いようがない。


 このままだと、フルシは取り返しのつかない失敗をするだろうなとエルドラは確信している。

 それを指摘したところで話を聞かないだろうという確信もあるので、彼女は忠告する気も無かった。


 ギルドの入り口で、帰還した冒険者たちとすれ違った。

 途端、体勢を崩してよろけた一人を、エルドラは支えて助けた。


「あらあら大変。大丈夫?」


 心配して声をかけると、よろけた男は困り顔で謝った。


「ああ、エルドラか。すまねぇ」


 仲間がエルドラから男を引き継ぎ、助け起こす。


「四層に行ってきたんだけどな。ちょいとしくじっちまって」


「ポーションの費用はやっぱ削るべきじゃなかったな」


 傷だらけの男たちは、そんな事を呟きながらよたよたとロビーに入っていった。

 満身創痍の様子からみて、依頼失敗と言ったところだろう。

 最近はギルドから支払われる達成報酬が渋いため、探索費用をケチった挙句に失敗する冒険者をよく見かけるようになった。

 ギルド側が報酬の取り分を通常よりも多く持っていくために、冒険者に支払われる額が落ちているのだ。


 それに加えて、ギルドマスターはギルド施設のほとんどに経費削減を言い渡し、必要な分まで削って機能不全を起こさせている。

 酒場の給仕にしてもそうだし、受付嬢も三人体制から一人になってかなり忙しそうに見える。


「なんだか荒れてきたわね……嫌な感じ」


 ギルド全体にピリついた空気が張りつめているのを感じて、エルドラはうんざりと呟いた。

 ここに居ては息がつまると外へ出た途端、彼女を呼び止める者がいた。


「エルドラさぁん!」


 見れば、通りから手を振る少年が居た。つい先日までこのギルドの鑑定部で働いていたビュークという少年だった。

 鑑定部は、冒険者がダンジョンから持ち帰った素材の買取を行う部門だ。

 直接依頼などには関わらない場合でも、冒険者の小遣い稼ぎとしてとても重要な意味を持つが、ギルドマスターはそこを真っ先に廃止してしまったのである。

 それによってこのビュークという少年も、失業してしまったのだった。


「あら、ビューク。どうしたの?」


「就職先が見つからなくて困ってるんですよ。どこのギルドも今は不景気だからって、相手にしてくれなくて」


「アナタいったいどんなギルドを回ったのよ……」


 不景気というのも妙な話だと思った。

 ダンジョンの探索地域は順調に拡大していて、今は右肩上がりに街の経済は盛り上がっている。

 こんな情勢の中に在って、利益を得る最前線にいるはずの冒険者ギルドに活気がないというのはおかしい。

 十中八九、ビュークの選び方にこそ問題がある様に思えた。

 エルドラはまだ、ギルド崩しの影響で、各ギルドが活動に慎重な姿勢を取り始めた事を知らなかった。


「エルドラさん、頼みますよ。フルシさんに頼んで、もう一度雇ってもらえるようにギルマスに取り次いでもらえませんか?」


 ビュークの頼みは土台無理な話だった。

 ギルドマスターは鑑定部を外部に委託して、経費の削減を図っている。そしてフルシにはギルドマスターの経営方針に口をはさむ発言力も、余裕もない。


「諦めなさい。このギルドにはもう、鑑定部門自体がないんだから」


「そんなぁ」


 がっくりと肩を落とすビューク。

 何の前触れもなく即日クビを言い渡された彼らには、再就職先を探す時間も与えられなかった。それを知るエルドラは、この少年を気の毒に思っている。

 だからだろうか。らしくもなく、根拠のない助言を与えてしまった。


「私に頼るより、レイズさんの所へ行きなさいな」


「レイズさんですか? あの人、今何をやってるんです?」


「彼は情報屋をやっていて、この街の事はだいたい把握してるから。相談に乗ってくれるでしょう」



      ◆



「ありがとうございました。これで間に合います」


 鋼サソリ討伐の報告をすると、バデルさんはとても喜んだ。


「お役に立てて良かったです」


「これは今回の報酬です。それと、ギルドの運営からこれを預かってまいりました」


 バデルさんは報酬の革袋とは別に、手紙を差し出した。

 それは、鉱石の採取場所などといった情報を定期的に買い取りたいので、契約を結びたいという内容だった。


「これはありがたいです。今後ともよろしくお願いいたします」


「こちらこそ。レイズさんの情報なら間違いないですから」


「そう言っていただけてありがたいです」


「それでは、私はこれで失礼いたします」


 バデルさんは最後まで笑顔を崩すことなく、ギルドから出て行った。

 途端、どこからか現れたミニケは、僕の持つ手紙を後ろから覗き込んで感心の声を出した。


「おっ、さっそく定期の収入が入るのかい? やるねレイズ君」


「前のギルドに居た時からのご贔屓さんだからね」


「へぇ、それじゃあその手の客層をこっちに引き込めれば収入はさらに上がる訳だ」


 ミニケが商売人の顔をする。


「情報の売り買いはともかく、人員がいなきゃ通常のギルド業務はできないんだ。せっかくツテができたって、依頼を受けられなきゃどうしようもないだろう」


 この手の契約の旨味は、採掘隊の護衛任務といった仕事を優先して回してもらえる事にある。前の職場ではそれを還元する事で貢献していた訳だが、このギルドにはそもそも依頼を受けられる人員が居ない。

 それを指摘すると、ミニケは渋い顔をした。


「うっ……それを言われると痛い。勧誘ガンバリマス!」


 ビシッとミニケが敬礼する。ふざけてるのか本気なのか、いまいち分かりづらいんだよな、この人。

 まあ、見えないところで相当頑張って勧誘活動はしている様なので、責める気は全く無いのだが。


「なんだか、こっちでもうまくやれている様で安心しました。なんて、私が言うのは偉そうですね」


 こちらでの仕事ぶりを間近で見て、ロネットはそんな風に微笑んだ。


「そんな事ないよ。心配してくれてありがとう、ロネットさん」


 ギルドを追い出された時と言い、何かと気にかけてくれる事には感謝しかない。味方が居るというのは心強いし、仲間との繋がりがこうして続く事は嬉しい。


「いえ、そんな……」


 ロネットは頬を朱色に染めて俯く。そういう反応をされると、こっちもちょっと恥ずかしい。


「ほほーん」


 ミニケがにやけた顔で僕らを見る。


「何だよその目は」


「別にぃー」


 まったく。いつも楽しそうだよな、この人は。

 からかう様なにやけ顔が癪なので、手刀でも打ち込んでやろうか。

 そんな事を思っていると、唐突に入り口の扉が開いて男の子が入って来た。


「あのっ、すみません! レイズさんはいらっしゃいますでしょうか!」

 

「僕がレイズですが?」


「あれ? ビュークさんじゃないですか」


 ロネットが男の子を見て、名前を出す。それで僕もピンときた。


「ああ、ロネットさんもこちらにいらしたんですね。どうも」


 ビュークという少年はロネットに会釈する。やはり前のギルドに居た職員の子だ。


「そうか。君は確か、鑑定部の―――」


「はい。以前は鑑定部で見習いをさせていただいておりました、ビュークです」


「以前という事は……」


 先日ガーランドから聞いた話を思い出す。たしか、鑑定部を外部委託するという話だったか。

 こちらの予想に、ビュークは頷いた。


「はい。鑑定部の廃止に伴い、クビになってしまいまして」


「それは気の毒でしたね」


「ありがとうございます。レイズさんも大変だったのに、数日でこんな立派なギルドを仕切られて。尊敬しますよ」


 ビュークはギルドの中を見渡して、感心した様子でそんな事を言う。

 当然、ミニケが異議を唱えた。


「仕切ってないよ! ギルマスはボクだよー!」


 ひょっこリ出てきたミニケに、ビュークは面食らう。相変わらず、初対面でも容赦のない距離の詰め方だ。そういう所は本当に尊敬する。


「えっ! そうなんですか? いや、失礼を。なにぶん、()()()()()()情報屋ギルドと聞いたものですから」


「ウチは未だに冒険者ギルドですぅー! そりゃさ、所属冒険者が一人しか居ないけどさ……」


 めちゃくちゃハイテンションで抗議した後、急に落ち込みだすミニケ。本当に元気だな、この人。とはいえ、落ち込んでるのはどうやら本当みたいで、なかなか立ち直ってこない。


「まあまあ、ミニケさん。彼も悪気があった訳じゃないんだし」


 なんとかフォローしようとしてみたが、ミニケは床に字を書いていじけていた。流石に心配してか、ロネットが慌てだす。

 ……うん。放っておこう。


「それで、要件は?」


 ビュークに向き直って、彼の話から聞く事にした。


「ああ、はい。すみません。実はお恥ずかしい話、再就職先がなかなか見つからなくてですね。自分、鑑定系のスキルは持っているんですけど、経験が浅いのであまり先方の印象が良くなくて。自分みたいな者でも、雇ってもらえる場所は無いかなって」


「それは僕じゃなくて、冒険者ギルドの連盟に問い合わせた方が良いのでは?」


 ギルド連盟は人員の斡旋も行っている。冒険者ギルドに就職したいのなら、そこに問い合わせるのが正道だ。


「それが、募集している冒険者ギルドの方からはことごとく断られてしまいまして……もういっそ別の業種でも良いので、このスキルが生かせる場所で働きたいんです。なにか、そういう情報は無いですか?」


「なるほど……」


 うちはダンジョン専門で、街の事は噂程度の情報しか持ってないんだけどな。そもそも、それこそ職業斡旋所に行くべきだとは思うけど……このまま追い返すのもちょっと可哀そうかな。


「知り合いの製鉄工場に、たぶん空きがあると思う。そこは七十過ぎのお婆さんが一人で鉱石の鑑定と選り分けをしているんだけど、最近は目が悪くなってきたとかで後継者を欲しがっているんだ。弟子入りする気があるのなら、話は聞いてくれるかも」


 とりあえず、今手元にある確実な話を伝えた。


「本当ですか! 鉱石の鑑定なら得意分野ですよ! ありがとうございます! やっぱりレイズさんに相談して良かった。エルドラさんにもお礼言わなきゃ」


 まだ受かったわけでもないのに、ビュークは大はしゃぎする。

 というか、今なんて言った?


「エルドラさんがここに来るよう言ったのかい?」


「はい。レイズさんなら、街の事は何でも知ってるからって」


「それは過大評価だなぁ……」


 何でも知ってるって……そんな超能力者みたいな事あったらどれだけ楽な事か。

 僕は残念ながら、調べたり見聞きした範囲の事しか分かりはしない。確かに調べ方は知っているけど、そういう話でもないだろう。


「あの、料金はいくらほど支払えばいいでしょうか?」


 ビュークがおずおずと聞いてきた。その様子から余裕が無いのは読み取れたので、ツケにしてあげた。


「受かってからでいいよ。話を聞く限りだと、今金欠なんでしょう?」


 予想通りの様で、ビュークが安堵する。


「はい! ありがとうございます。仕事を貰えた暁には、必ず。かならず、払いに来ますので!」


 ビュークは何度も礼を言いながら、嬉しそうにギルドを後にした。

 あれだけ喜ばれると、悪い気はしない。


「本当に、レイズさんって人が良いですね」


「商売下手っていうんじゃないの?」


 ロネットが褒めてくれる横で、ミニケが茶化す。おっ、復活したか。


「まあ、同じギルドから追い出された者同士、助けてあげたくなっちゃったんだよね」


 あのギルドマスターの理不尽を被った者として、どうしても自分と重ねて見てしまうのだ。

 そのせいか、扱っていない情報だったけど伝えてしまった。

 まあ、こんな事これっきりだろうし、たまには良いだろう。


 そんな事を考えていた翌日、うちのギルドにとんでもない数の客がやって来た。

 彼らの注文は、どれも既視感のあるものばかりだった。


「あのっ、教導部をクビになった者なんですが、冒険者ギルドには戻りたくなくって。何か経験を生かせる仕事ってないですかね?」


「配給備品の買い付けをしていた者なんですか―――」


「ポーションの配給を―――」


「整備をクビに―――」


「酒場の給仕をしていたんですが―――」


「受付業務がきつくて……」


 みんな『凪の雫』から追い出された失業者達だった。


「なっ、なんじゃこりゃあああ!」


 朝からロビーに長蛇の列ができているのを見たミニケが、悲鳴を上げた。

 その横で、クーナは暇そうに状況を説明する。


「みんなギルドをクビにされちゃったんだって」


「って事は、うちに就職希望かい?」


「そうじゃないみたいだよ」


「なーんだ」


 ガックシと、ミニケが肩を落とす。

 今日もクーナとロネットを連れてダンジョンに行く予定があるのに、これどうするんだ。二十人は居るぞ!


「ビュークのヤツ、話したなああああああ!」


 事の発端は間違いなく、昨日のあれだ。

 特に口止めしなかった僕も悪いけれども、普通そんな事話して回るか?

 あまりの忙しさに、らしくもなく叫んでしまった。

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