19 VS鋼サソリ
「それっ!」
掛け声と共に、クーナがトカゲ系魔物に剣を振り下ろした。
大刃の大剣に叩き潰されて、魔物は一撃で息絶える。
ここに来るまでに十体以上の魔物と遭遇したが、その全てをこんな風に一撃で返り討ちにしていた。
ダンジョンは屋内なので、大剣を振り回すのに適さない場所も当然あるのだが、そういう時は持ち前の身体能力と怪力で対応し、素手で撃退している。
ここ数日そういった戦闘の知識を教え込んでいたが、いきなりの実戦でそれを実践できる人などそうはいない。
クーナには、やはり戦闘職としての才能があるらしい。
「やったよ、ロネットさん!」
やり遂げた顔で戻って来たクーナは、ロネットとハイタッチを交わす。二人はすっかり意気投合した様だった。
「すごい! 一層の魔物はクーナちゃんの敵じゃないですね。――あっ、傷ができてますよ」
ロネットがクーナの右足に傷を発見した。何かの拍子に擦ったような切り傷だった。
「あれ? ああ、本当だ。いつできたんだろう?」
「少し待っていてくださいね。今、治しますから」
ロネットはクーナの前で膝をつき、その脚に治癒魔法をかけはじめた。
ロネットの両手から発された、温かな魔法の光に照らされて、クーナの傷が塞がっていく。
「おおっ! 一瞬で塞がった! すごいすごい!」
治癒魔法を初めて見るのだろう。クーナは大はしゃぎだった。
「いえ、こんなの大した事では――」
「大した事だよ。おかげでクーナは助かっちゃった」
いつも通りの前向きなクーナに、ロネットは少し驚いている様だった。
確かに、控えめなロネットとは、そういうところが正反対なのかもしれないな。
「クーナちゃんは前向きですね」
ロネットは微笑んで、クーナにそう返す。
この関りが、ロネットに対しても良い方向に働くと良いのだが。
そんな事を思いつつ、ダンジョンの様子を手記に書いていると、ロネットが駆け寄って来た。
「あっ、見せていただいてもよろしいでしょうか?」
もちろんと、手記をロネットに渡す。
中を見て、ロネットが困惑した様な表情を見せた。
「これ、外国語ですか?」
「いや、速記だよ。この簡単な線の羅列に、暗号みたいに意味が入ってるんだ。普段はこれを使わないと、パーティーを待たせる事になっちゃうからね。ロネットさんの参考になるのはこっちじゃないかな」
ミミズみたいな線の羅列を見たら、確かに面食らうだろう。
僕は普通の文字で記した頁を開いて、ロネットに渡した。
「単語ばっかり。思ったよりも簡単なんですね」
「未知の物に遭遇したりすれば、細かく観察記録は取るよ。でも、継続して観察しているものに関しては、目に付いた変化だけを記録すればいい。とにかく、重要だと思った事だけを簡潔に書いて、必要だと思ったらそこに補足も付けておく。細かい記録付けはその記録を元にして、戻ってから作ればいいんだ」
「ああ、確かに。ちゃんと書かなきゃいけない気がして、最初からびっしりと記録を書いていた気がします」
「実はそれをやっちゃうと、書く作業に忙しくて、あんまり記憶に残らないしね」
記録の伝達には正しい資料と、正しい理解が必要だ。文字で読むよりも、人から聞いた方が理解し易いといった場合も多々あるので、伝える者自身が情報を正しく把握しておくのは特に大事な事である。
「さて、小休止終わり。それじゃあ進もう。地図によれば、目的地はすぐそこだ」
「武器の点検もバッチリ。いつでも戦えるよ」
クーナは自信満々に、武器を担ぐ。
「たのもしいね。ただ、この先にいる鋼サソリは強敵だから、いままでの様にはいかないと思う。気を付けてね」
「うん。頑張る」
クーナを先頭に、僕らは件の採掘地に足を踏み入れた。
道が続いた先に、広い空間が現れる。白く輝く水晶が、地面と壁を覆い尽くすその空間は、地下とは思えない程に明るかった。
「この光っているのが、フォズタイト?」
珍しそうに水晶を見て、クーナが訊いた。
「そうだよ。魔力に干渉し易い鉱石で、魔道具の材料なんかに使われるんだ。光っているのも、自然界の魔力に反応しているからだね」
「へえ、レイズさんは物知りだね。冒険者はやっぱり、そのくらい知識が無いと駄目?」
「まあ、最低限の知識として、自分達が採取している物が何なのかくらいは、知っておいた方が良いかもね」
僕がそう返すと、隣のロネットが気まずそうにする。
「すみません。私も知りませんでした」
「少しずつで良いから覚えて行こうね」
まあ、その辺適当にやってる冒険者の方が実際多いし、別に恥ずかしい事ではない。
「はい。精進します」
ロネットもやる気の表情で、胸の前で両拳を握った。
直後、クーナが構えた。
「っ! 来たよ!」
穴でも開いているのか、天井の暗がりから巨大なサソリが姿を現した。
僕達の前に降り立ったそれは、人間一人を容易く切断できそうな大鋏を開閉させて、威嚇するように唸った。
「そぉれぇっ!」
クーナが剣を構えて突撃する。大剣で鋏を切りつけたが、鈍い金属音を響かせて剣は弾かれてしまう。
弾かれた反動でバランスを崩したクーナは、襲い来る反対側の鋏をギリギリのところで回避して、距離を取った。
「ひゃっ! 危ない危ない」
「鋼サソリの外殻がへこんだ!」
ロネットが驚愕の声を上げる。
弾かれたとはいえ、剣で打ち付けられた結果、サソリの鋏はわずかに変形していた。
熟練の魔法使いの大火力を受けても耐え抜く外殻を、クーナはたった一振りで歪ませたのだ。通常、あり得ない事だった。
加えて言えば、その負荷に耐え抜いたあの大剣もどうかしている。
「だが、弾かれているのは変わりない。クーナさん、事前の打ち合わせ通りに!」
「了解!」
クーナに危険な立ち回りをさせたくはないので、僕も加勢する。
鋼サソリの討伐方法については、ダンジョンに入る前からクーナと打ち合わせをしていた。
「そらっ、こっちだ!」
敵に投げつけて使う簡易式の魔法発動玉を使って、火の魔法でサソリの注意を引き付ける。
威力は大したことないが、鋼サソリは金属製の外殻が傷つくのを嫌うため、火属性の魔法にはどんなものでも反応してしまう傾向がある。その特性を突く。
「くらえ!」
サソリの注意がこちらに向いたと同時に、クーナが腕の関節部分へ剣を振り下ろした。
外殻がどれほどに強固であっても、動くために関節部が脆くなる。
切断された鋏が地面に転がり、サソリが悲鳴を上げた。
その隙に、僕はサソリの脚関節に斬撃のスキルを叩き込む。
「≪強斬り≫!」
刃の短いショートソードでもスキルを乗せれば、丸太のような足を切断する事が出来る。
足を一本失ったサソリは、瞬間的に怯んでバランスを崩した。
「いっくぞおおおお!」
クーナが飛び上がり、サソリの口元へ剣を突き下ろす。
大剣がオレンジ色の光を帯びて、赤熱した。
燃える剣に口元を貫かれたサソリの頭部は赤熱し、溶けて破裂する。
そのまま巨体を墜落させて、サソリは動かなくなった。
「あれは、スキルか?」
初めて見るクーナのスキルに驚いていると、使った当の本人も戸惑っていた。
「おおっ、なに今の!」
「おそらくスキルだよ。戦士が使う魔法に似た力だね。止めの一撃を振り下ろす時、無意識に剣へ魔力を込めていたんだと思う。今の感覚をものにすれば、必殺技として使える様になるかもしれないよ」
「必殺技! カッコイイね! 帰ったら練習する!」
やはり若者はその手の技に憧れがあるのか、クーナが一層やる気を見せた。
それにしても、クーナさんが優秀過ぎる。スキルなんて、かなり訓練を積まないと身に付かない物なのだが。これは亜人種特有の成長速度なのだろうか。竜人恐るべし。
「皆さん、お怪我は有りませんか?」
後ろで有事に備えていたロネットが、駆けてきた。
「僕は大丈夫」
「えーっと、クーナも平気だよ」
さっきの事もあるからか、念入りに自分の身体を見てからクーナは言葉を返した。
「そうですか。良かった」
安心した様子で笑顔を浮かべ、ロネットはサソリの死骸を見上げる。
「それにしても、大きな個体でしたね」
「ああ。このサイズなら、連盟が良い値を付けてくれそうだ」
「魔物の死骸を、ギルドが買うの?」
不思議そうにするクーナに、ロネットが説明する。
「鋼サソリの様に、甲殻が金属などの素材に転用できる物は、買い取ってくれるんですよ」
「そうなんだ。じゃあ、今日はミニケさんも入れて四人で、戦勝祝いだね」
「戦勝って……まあ、初仕事にしては十分過ぎる働きだったしね。クーナさんへのご褒美に、今日はステーキにしようか」
「やった! お肉お肉!」
クーナが嬉しそうに飛び上がる。彼女はとにかく肉に目が無い。
「あのっ、私も良いんですか?」
クーナがロネットを頭数に入れた事に、少し戸惑っている様だった。
「そりゃあ、もちろん。今日はロネットさんも仲間でしょ?」
クーナは当然と言った風に言う。
僕としても、彼女のこういった姿勢は評価したいところだ。
「そういう事。ああ、他に予定があるなら無理強いはしないけど、そうでないなら来てくれると嬉しいな」
せっかくクーナに友達が増えたのだから、その縁は大事にしたい。僕としても、ロネットとは因縁も何もないので、できれば仲良くしていきたいと思っていた。
「そうですか……なら、私もお供させていただきます」
気恥ずかしいのか、ロネットは少し赤くなりながら小さな声でそう応じた。
また沢山誤字報告をいただき、ありがとうございました。冗談で言ったのに本当にあって恥ずかしい。( 〃..) 気を付けます。
読んでくださり、ありがとうございます!