18 新大陸のダンジョン
ダンジョン説明回。少し設定文多めです。
50年ほど前の話になる。
エルベリカ王国の調査船が新大陸と共に発見したのは、天空に向かってそびえ立つ巨大な塔だった。
永久に光り続ける黄色い宝石を、網目状の外皮が包み込んだ様な円錐形のその塔は、明らかに人の手による創造物の範疇を超えた巨大さを誇り、しかしそれは、それまで誰も見た事の無い物体であった。
そのあまりの圧倒的な存在感と、自然界に魔力を循環させている地脈の収束点に立つ立地から、星の命を吸って成長した世界樹と呼んだ者も、当時はいたそうだ。
その塔の付け根には、塔とは全く意匠の異なる人工的な遺跡が残されており、その内部へ足を踏み入れた調査団は、その塔が空だけでなく、地下へも伸びている事を発見する。
その知らせを聞いた世界中の冒険家たちは、塔の秘密を解き明かそうと新大陸に集まり、やがて王国政府によって統率された冒険者となった。
冒険者の為に最初のギルドが組織され、彼らの為に店が建ち、ダンジョンの周囲に街が広がっていった。
そうして出来上がったのが、今や世界最大の都市と言われるダンジョンの街、エルクティリア。新大陸唯一にして最大の都市である。
そんな街の歴史を解説しながら、僕はクーナたちとダンジョンに向かっていた。
「わぁー、何これすごい!」
明らかに途中から僕の話に飽きていたクーナは、遺跡に足を踏み入れるなり、入り口の大回廊に歓声を上げた。
大はしゃぎするクーナを、同じくダンジョンに向かう冒険者たちが小馬鹿にしたような目で眺めていく。
こんな初々しくて愛らしい様を理解できないとは、無粋な連中め。
「レイズさん、すごく怖い顔されてますよ」
「おっと、これは失礼」
ロネットに苦笑いされて、我に返る。
娘を馬鹿にされた(?)様な気になって、つい通行人を睨んでしまった。何してんだ僕。
「これって、大昔にこの大陸に住んでいた人たちが造ったんだよね?」
一応僕の説明を聞いていたらしいクーナは、そう訊いてきた。
肯定しようとした僕より先に、ロネットが率先して答える。
「そうなんです! かつて1000年ほど前にこの地に暮らしていたとされる、クレール人の造った建物とされています。その用途は未だに不明で、神殿か王宮という説が有力視されていますね。この壁に刻まれた見事なレリーフを見ればそれも頷けます。1000年前にすでにこのような彫刻技術があったとは、新大陸恐るべしです! しかし、この遺跡のすごい所は美術的、歴史的な価値も然ることながら、その建築方法にあって。通常傷一つ付けられない塔の外壁にどうやって穴を空けたかなど、未だに解明されていない点も多く―――」
早口でまくし立てるロネットに、クーナは完全に気圧されていた。呆気にとられた表情のまま、どうする事もできずに固まっている。
僕としても少し……いや、これはかなり意外だった。フルシのパーティーにいた時は、こんな風に我を出す人ではなかった。彼女がこんな風に意気揚々と何かを語るのは初めて見たのだ。
「あっ、あのう、ロネットさん?」
「――ハッ!」
声をかけると、ロネットが我に返った。
直後にものすごく恥ずかしそうにして、小さく縮こまった。
「も、申し訳ございません。私、この手の話に目が無くて……お見苦しいものをお見せしました」
「全然良いよ! 誰だって好きな物はおしゃべりしたいもんね」
クーナはいつも通りの愛想のよさで、そう返す。
「く、クーナちゃん!」
たまらずといった具合に、ロネットは泣きながらクーナに抱き着いた。
「おおぅ、なんで泣いちゃったの?」
「レイズさん、この子めっちゃ良い子ですね!」
何を今更と言った感情を乗せつつ、僕は親指を立てる。
そんな馬鹿な大人たちのやり取りに、クーナは困った様な顔をした。
「ちょっ、ちょっと恥ずかしいなぁ……人が見てるよ」
「あっ、す、すみません」
ロネットも周囲の目に気づいて、恥ずかしそうにクーナから離れた。
通行人たちは既に、一周して気まずそうにしながら横を通り過ぎていく。
僕らも気まずい思いをしながら、回廊を進んだ。
「そう言えば、ダンジョンって、この遺跡の事なの?」
クーナの質問に、再びロネットが答える。
「いいえ。遺跡はあくまでも一層の一部だけです。遺跡はむしろ上に向かって造られているんですよ」
「んっ? どういうこと? 私たちはこれを上るんじゃないの?」
話の矛盾にクーナは首を傾げる。
確かに、塔に入ったのだから上に上ると思うのは当然だが、肝心なところは聞いていなかったらしい。
「いや。冒険者の探索場所は地下なんだ。外側からは塔のように見えるけど、実際には上に上がる道はこれまで確認されたことが無い。遺跡がその道を塞いでしまっているとも言われているけど、無闇に破壊するのはもったいないからね」
「へぇ、この下ってそんなに深いんだ。確か、六層ってところが今一番深い探索場所なんだよね」
「ああ。それでもまだ、底ではないとされている。どのくらい深いかも分からず、人によっては地下に埋まっている部分は、地上に出ている部分よりも巨大だと言うね」
「うーむ、浪漫だ!」
僕の説明を一通り聞いたクーナは、楽し気にそう締めくくった。
そんなクーナの様子に、ロネットは微笑む。
「なんだか、クーナちゃんがいると賑やかでいいですね。こんな楽しい雰囲気の探索って、すごく久しぶりな気がします」
「僕もだよ。最近は六層みたいな危険地帯の探索が多かったから、こんなに気は抜けなかったしね」
「……そうですね」
ロネットは何か含みがありそうに、そう頷いた。
彼女が何を考えているのかについては、予想がつく。彼女を日常的に追い詰めているのは、きっと探索などではない。
だが、外野の僕から何かを言うべきではないだろうし、結局は彼女自身で解決しなければならない問題なのだろう。
「ここを降りて行くの?」
下の階に続く階段を見て、クーナが訊いてきた。
「いや。転送装置を使うよ。一層と一言で言っても、階に数えると20階くらいにはなるからね。ある程度開拓されたエリアには、転送用の魔法装置が設置されているんだ。今日向かうのは一層の12階だよ」
階段の先にある小部屋へ向かうと、政府が設置した巨大な魔道具がある。
ダンジョン内に設置された別の装置と繋がっていて、探索済みの各階に転送してくれるという便利な装置だ。
層と階を装置に入力すると、僕らの足元に魔法陣が浮かんで、一瞬で周囲の景色が変化した。
「おおっー! すごいすごい! 一瞬で移動した!」
「魔法使いの造る道具はすごいよな」
十年もの間、ほぼ毎日使い続けて慣れてしまっていたので、クーナの反応は新鮮だ。初心を思い出す様で、新人冒険者との探索が思ったよりも楽しい。
「でも、こんな装置まであるくらい探索が進んでいるのに、今更ここを探索する意味ってあるのかな? 私たちは魔物を退治しに行くから良いけど、普段から一層や二層を仕事場にしている冒険者もいるんでしょう?」
ダンジョンの特性を知らなければ、クーナの疑問はもっともだ。
「つまり、それだけ探索する場所がまだあるって事さ。ダンジョンは上下に降りるよりも、横の範囲を移動する方がはるかに大変だ。面積がとにかく広いからね。
それにダンジョンには探索を阻む魔物が生息している。昨日まで安全に通れた道が、今日は魔物の巣になって塞がってしまっている――なんて事は本当によくある事なんだ」
「つまり、レイズさんはその変化を記録しているって事?」
「そうだね。その他にも、魔物の生態とか、ダンジョンの環境とルートの変化とか、ダンジョンに関する事は全部記録しているよ」
「魔物はなんとなく分かるけど、ダンジョンのルートって変化するの?」
「するよ。ダンジョン内の構造物は年間を通して緩やかだが動いている。この塔はね、文字通り"生きている"のさ。そうして道や空間が動くのと同時に、魔物の生息域や環境が激変する」
それが定期的に記録を更新しなければならない、最大の理由だった。
数年単位で全く別の場所へと変化していくダンジョンは、冒険者たちの探索を阻む一番の障害だ。
既に下の層に行けるのだから一見問題はなさそうだが、一層と二層の資源に依存している街の状態を維持し続けるためにも、結局は上層の探索も続ける必要がある。
だからこのダンジョンは発見以来50年が経っても、底に到達した者が一人もいない。行く手を阻む物が大きすぎるうえに、とても厄介なのだ。
「ええっ、じゃあ、ここってダンジョンのお腹の中なんだ。ひぇっ」
クーナが少しだけ青い顔をした。その気持ちはよく分かる。慣れれば麻痺してしまうが、僕らが得体の知れない物の中にいるのはどうしたって事実なのだ。
「まあ、消化はされないから安心していいよ。さあ、ダンジョンに関する授業はこんな所で良いだろう。そろそろ探索を始めようか」
「了解!」
冗談交じりに話を締めくくると、クーナは張り切った様子で応えた。
誤字報告ありがとうございました。
先日、最新話は大丈夫と宣言してしまった作者は、失った信用を取り戻せるのか。次回「たぶん明日も同じ事書いてる」オイッ(o゜Д゜)=◯)`3゜)
読んで下さり、ありがとうございます!