17 来客と討伐依頼
今日は詐欺の調査を一旦休んで、クーナさんとダンジョンに潜る事になった。
装備が届いたので、今のうちに冒険者としての活動も始めておいた方が良いと考えたのだ。
あくまでもこっちが本職なので、疎かにすると稼ぎが無くなってしまう。
そんな訳で、ギルドのロビーでクーナさんの仕度を待っていると、意外な客が訪ねてきた。
「あのっ、お邪魔します」
恐る恐るといった口調で玄関の扉を開けたのは、ロネットだった。
「ロネットさん! どうしてここに?」
「レイズさんが情報屋を始めたと聞いたものですから、様子を見に来ました」
ロネットははにかんだ。気の弱い彼女はいつもこんな調子だ。
彼女に椅子を用意し、自分もテーブルを挟んでその向かいに座る。
「あれから、変わりない?」
「色々と、大変な事ばかりです」
ロネットは、僕が去ってからギルドで起こった事を聞かせてくれた。
政府主導の探索隊に、ロネットたちのパーティーが参加する事。フルシがその準備として、三層の下見を焦って始めている事などだ。
ロネットの暗い顔を見る限り、本当に忙しいらしい。彼女はその辺、正直に顔に出るタイプだった。
「……そっか。大陸政府主導の探索隊か。アストラさんの捜索にいつかは動くと思っていたよ」
「その下見にと、最近はずっと三層に入り浸っていたんですよ。目的が分かっていれば、私たちの方でも捜したのに……」
「いや、そういう可能性がある事を、フルシには言ってあったけど?」
いなくなった恋人を探すために、領主の息子が捜索隊か、大規模な依頼を出す可能性は、アストラがいなくなった時から考えていた事だ。
そうなれば、ウチのギルドで最強のフルシが出張る事になるので、準備はしておいた方が良いとは言った。
まあ、その後も六層の探索を続けていたので、本人に興味が無いのだと思っていたのだが。
「……フルシ様は、レイズさんを邪険にしていましたから。その事は憶えておられないかと」
「まあ、そうだよね」
僕の話を彼がまともに留意しているとは、確かに考えられない。
「そ、それでですね。今日は、レイズさんに記録のコツを教えていただきたくてですね」
ロネットは緊張気味にそう言って、手記の様な物をテーブルの上に出した。
どうやら、今日訪ねてきた本題はこれらしい。
「記録のコツ? もしかして、今はロネットさんが記録係を?」
「はい。三層の探索に回復役は必要ないから、記録に徹しろとフルシ様に命じられましたので」
「フルシの野郎……」
自分でやるって言ったくせに、結局人に押し付けてるのか。
ロネットが憔悴している様子だったので気になっていたのだが、そういう事だったか。
回復役は一見、後方で傷を治療するだけの役に見えるが、実際にはかなり色々な事をしている。
常に仲間の状態に気を配るのは当然として、最も後衛であるからこそ背後からの敵に警戒しなければならない。
治癒魔法は便利な代償に、使用者の体力を大きく消費するし、それ以外の補助魔法だって仲間にかける必要がある。
どんな難易度の探索であっても、最も体力を消耗する立場になるのが回復役だ。
三層と言えば中級の冒険者が手こずる難易度で、いくらフルシ達トップメンバーでも回復役が完全に要らなくなるという状況は無いはず。
様子を見るに、ロネットは結局普段以上の仕事を抱えてしまっている状態なのだろう。
「出て行った僕が言えた義理じゃないけれど、力になれる事があれば協力するよ」
「そんな。あれは、レイズさんの意思で起きた事ではないじゃないですか。……その事で、私ずっと謝らなくちゃって思っていたんです。あの日庇いきれなかった事、本当に申し訳なく思っています」
どこか辛そうに見えるほどに落ち込んで、ロネットは言う。
「いやいや、あれは別にロネットさんのせいじゃないよ。マスターにああ言われてしまったら、だれにも止められなかったさ。それに、あの場で僕の事を庇ってくれたのは貴女だけだった。あの時は本当に、嬉しかったんだよ」
「当然です。私は、レイズさんもパーティーの一員だってずっと思ってましたから。後衛の私を気遣ってくださったり、私が大変な時には補助魔法の付与を代わってくださったり、レイズさんはいつも探索で、私の事を助けてくださいました」
「そう言ってもらえると、嬉しいよ。ちゃんと役に立ててたんだね」
フルシからは足手まといという扱いで追い出されたので、少し自信が無かったのだが、昔の仲間にこう断言してもらえると、少し気が楽になった。
自分の仕事を疑った事は一度も無いが、それでも前線で戦っていない負い目はいつもあるのだ。
ロネットの手記を預かり、中を見せてもらう。
「それじゃあ、拝見します。――へえ、よく書けてるじゃないか。頑張ったんだね。ロネットさんの丁寧な性格が良く表れてると思うよ。人に伝えようとする意識がちゃんとある。問題なさそうだけどな」
少し細かすぎるきらいもあったが、詳細で正しい情報を伝えようという意思が感じられる記録だった。
こういうものは結局、自分自身が忘れたころに読み返して役に立つものでなければならないので、知らない者に伝えようとする意識が特に重要だったりする。
その点、ロネットは元の丁寧な性格もあってか、ほとんど完璧だった。
僕が感想を述べると、突然ロネットが静かに涙を流した。
「あっ、ごめん。何か余計なこと言っちゃった?」
「いっ、いえ。そうではなくて。……申し訳ありません。こんなにはっきりと褒めて頂いた事なんて、久しくなかった事ですから、つい」
指で涙をぬぐいながら、ロネットは微笑む。
まあ、普段からフルシがロネットに対して取っている態度を思い返せば、アイツが褒めるという場面は確かに浮かんでこないな。
「おまたせーって、レイズ君、また女の子泣かせてる! 君はどうして会うたびにそうなんだい?」
二階の部屋から勢いよく出てきたミニケが、僕らの様子を見下ろしてそんな事を言う。
「人聞きの悪いこと言うな!」
ロネットに変な誤解されたらどうする。
ミニケは冗談っぽくケラケラと笑いながら、下の階へ降りてくる。
後から続いて下りてきたクーナが、玄関の方を指さした。
「レイズさん、お客さんだよ」
「客? ああ、今はちょっと――」
玄関の方に人影があったが、今はロネットに対応中だ。
「私は大丈夫ですので、お仕事の方を優先してください」
客の応対をミニケに任せようとしたら、ロネットがそう言ってくれた。
「それじゃあ、ごめんね。少し待っていて」
僕は席を立って、訪ねてきた客の元へ歩み寄る。
客は中年の男性で、事務員らしい格好をしていた。
「どうも。情報屋のレイズさんとは、貴方の事ですか?」
男は僕を前にして、丁寧に辞儀をした。
「ええ。自分がレイズですが」
「わたくし、武具鍛冶師ギルドの役員をしております、バデルと申します」
「鍛冶ギルドの……立ち話もなんですからどうぞ」
バデルと名乗る男に座るよう促し、自分も彼の対面に座る。
鍛冶師ギルドは、冒険者や憲兵隊に向けた武器を造っている職人の組合だ。
ダンジョンに採掘資源を依存するこの街では、こういった生産系ギルドからの依頼が、冒険者ギルドに来ることは珍しくない。
「また、本日はどういったご用件で?」
「ええ。フォズタイトの安全な採掘場所を教えていただきたいのです。うちの採掘部門が、先日魔物に襲撃を受けましてね。これまで使っていた採掘場が鋼サソリに占拠されてしまい、使えなくなってしまったのです」
「場所の心当たりは有りますが、二層になってしまいますよ? 鋼サソリを討伐するわけにはいかないのですか?」
採掘ギルドの職人は魔鉱石採掘のプロではあるが、戦闘に心得のある者はほとんどいない。
そのため、冒険者が護衛に着くのが一般的だが、それでも危険な区域に行かなくて済むのならその方が良い。
「それが、最近はどこのギルドも三層の魔物駆除に忙しいらしく、すぐには対応できないと言われまして。こちらも仕事の予定がありますから、手が空くのを待っているとそれなりに損失が出てしまいます」
だとすれば、二層以下の護衛任務などもっての外だろう。一層ならまだ、新人冒険者が護衛についてくれる可能性はある。
「ふむ……では、こうしましょう。我々がその鋼サソリを討伐するという事でどうでしょう?」
「やっていただけますか! それなら、討伐依頼分の報酬はご用意しますので。なにとぞ、よろしくお願いいたします」
こちらの提案に乗ったバデルは、明るい表情を浮かべた。よほどの一大事という事らしい。こちらも気合を入れてかからねば。
「大丈夫なの? 鋼サソリって、結構強敵じゃない?」
さほど心配した様子も無く、ミニケが訊いてきた。
「クーナさんの腕試しには丁度いい相手さ」
あの怪力なら一層のほとんどの魔物は一撃殺だろう。むしろ相手が少し強いくらいの方が、経験にはなると思う。
「あ、あの!」
唐突に声が上がったのでそちらの方を向くと、ロネットが緊張した顔で立ち上がっていた。
「私も、同行させていただけないでしょうか?」
一瞬何故かと思ったが、彼女の依頼を思い出して合点がいく。
「……ああ! そうだね。実際に僕が作業しているのを観察すれば、参考になるかもね。もしもの時に回復役がいると安心できるし。こちらからもお願いするよ。彼女、今日が初探索なんだ」
「はい! お任せください!」
やる気を見せるロネットの元へ、クーナが駆け寄っていく。
「クーナです。よろしく!」
「ロネットと申します。よろしくお願いいたします」
二人は良い雰囲気で名乗り合い、握手を交わした。
連日の誤字報告、本当にありがとうございました。
最新話はなるべく気を付けています。(`・ω・´)9
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