15 陰謀を巡らせる者達
その日、フルシのパーティーが探索から戻ると、ギルド内が騒がしかった。
仕事終わりでほとんどの者が酒場に繰り出す時刻にもかかわらず、ギルドのロビーでは談笑する冒険者達の姿であふれかえっている。
「なんだ。今日は随分と人が多いな」
「連盟の会合でしょう」
エルドラの指摘で、フルシは合点がいったと頷く。
「ああ、そういや今日だったか」
月に一度、冒険者ギルドの連盟によって開かれる会合がある。
街の冒険者ギルドの多くが加盟しているギルド連盟では、雇用されている冒険者たち自身でダンジョン探索のルール作りなどを行っており、この会合もその一環として設けられる話し合いの場であった。
ギルドの主力パーティーであるフルシ達にも、その会合に出席する義務が課せられている。
普段からその手の予定管理もレイズに任せていたフルシは、彼の不在による手際の悪さを痛感する様で、なんだか不機嫌だった。
「よう、フルシ。探索帰りか?」
そんなフルシに、冒険者たちが声をかける。
その者たちは、他所のギルドに所属する冒険者たちだった。
連盟の会合がある日は、各ギルドから冒険者たちが会場のギルドについでに集まって、情報交換の場を設けると言う慣習がある。
俗に交換会とよばれるこの集会が、今ギルドが騒がしい本当の原因であった。
「ああ。三層回りをちょっとな」
特に交流のある知人ではなかったため、フルシは不機嫌さを隠さないままそう応じる。
「あれっ、レイズはいないのかい? みんなあの人を待ってたんだけど……」
冒険者たちにそう指摘され、フルシは怪訝な顔をした。
余所者にそんな事を訊かれるとは、思ってもみなかったからだ。
「ああっ? レイズだと? 何でアイツが……」
「そりゃあ、みんなあの人の話が聞きたいからさ。この交換会なんて、ほとんどあの人の調査成果聞くために来てるようなものだぜ」
そんな返答に、ますます気を悪くしたフルシは、体裁を捨てて冒険者たちに怒鳴り返した。
「レイズは辞めた。もうこのギルドにはいねえ! アイツの名前を出すんじゃねえ!」
「辞めた? ああっ、おいっ、ちょっと!」
フルシはそのまま構わずにロビーを突っ切った。
ただの記録係で、冒険者の仕事のおこぼれに与る恥知らず。そんなレイズに対する自分の認識が否定されていくような連日の出来事に、フルシはただただ苛立つばかりであった。
「なんでアイツの名前が出てくるんだ……」
「フルシは連盟の会合ばかりで、交換会に出た事ないから知らないでしょうけど、彼、ここじゃちょっとした有名人なのよ」
エルドラがそう説明すると、フルシは分からないという顔をする。
「アイツは俺達と六層の探索をしてただろう。深層に行かないアイツらに何話すっていうんだよ」
「あら、知らなかったの? あの人、私たちの探索が休みの日は別のパーティーに参加して、いろんな層の記録を取っていたみたいよ。ダンジョンの事は全部把握しておきたいからって」
「ハッ、そんな無駄な事をしている暇があったら、探索の腕を磨けってんだ」
戦いの腕こそ冒険者にとって最重要と信じているフルシにとって、レイズはそれを怠ける軟弱者としか映っていない。
実際、そう言ったタイプの冒険者は多く、それ故にレイズの仕事が重宝されているのだが、彼を見下すあまりにフルシにはその辺りを正しく考えるだけの余裕がなくなっていた。
「……本当に無駄なのかしらね」
そんなフルシの様子をどこか哀れに見つめて、エルドラは呟いた。
「あっ?」
「あのロネットの様子を見れば、レイズさんがどれだけの事をしていたかは、分かると思うけど?」
怪訝な顔をするフルシの視線を、背後へと促す。
エルドラの後ろに続くロネットは、二人よりもずっと疲弊した様子で歩いていた。
レイズの不在を穴埋めするために、ロネットはここ数日ずっと記録付けをやらされていた。
その間にも負傷があれば回復魔法をかけ、フルシ達が休憩を取っている間も記録の整理に追われている。ロネットの体力は限界に近づいていた。
しかし、戦闘に参加していないロネットに、そこまでの負担は掛かっていないと考えているフルシには、彼女がそんな状態になっている理由が思い当たらない。
「アイツに根性が無いだけだろう。それにしても、最近は随分とヤツの肩を持つじゃないか」
フルシはロネットの事をそう一蹴し、どこか不満げにエルドラに突っかかる。
「あら、不満? 私は普段から当たり前の事しか言って無いわ」
「不満と言や不満だが、どちらかと言えば嫉妬かね。らしくも無いが、婚約者が別の男の話をしているのなんて面白いわけないだろう」
フルシの話題が意外な方向に移り、エルドラの目つきが警戒を帯びた。
「あら、意外ね。貴方、そんなこと気にする人だったの?」
「俺だって人並みにそういう感情は有るさ。なあ、いい加減そろそろ決めないか? このまま冒険者を続けて何になるよ」
「冒険者を辞めて、貴方の妻になれって? いつも言っているけれど、あれは父親同士が勝手に決めた事で、私にその気は無いのよ」
「そうかい。だが、家の意向に逆らう気も無いんだろう?」
「それは私の家の問題よ。貴方には関係ない」
面倒な話から逃げる様に、エルドラはフルシ達を置いて先に進んで行ってしまう。
残されたフルシは話を切られた腹いせに、ロネットへ吠えた。
「やれやれ……おいっ、ロネット! 何ちんたらやってんだ。早く来い!」
◆
冒険者たちで溢れかえったロビーを上階から見下ろし、ギルドマスターのノーデンスは呆れた様に首を振った。
「野蛮人共が。もう少し上品に振舞えないものかね」
そんな風に愚痴をこぼしながら、ノーデンスは自身の執務室に入った。
部屋の中では、白いスーツ姿の男が護衛に囲まれてソファーでくつろいでいた。
ノーデンスはスーツの男に、困り顔で軽く非礼を詫びた。
「騒がしくてすまないね、カリアビッチ殿。今日はギルド間の連絡会があって、いつもより人が多いのだよ」
カリアビッチと呼ばれたスーツの男は、一度立ち上がって首を垂れた。
「いえ。こんな時に尋ねてしまった我々の方こそ謝罪を。それで、その後の様子はどうです?」
ノーデンスはカリアビッチの向かいに腰かけると、饒舌に成果を話し始めた。
「うむ。ギルドの経営は順調だよ。これほど楽に金になる仕事も無い。無知な野蛮人共が、湯水のように金を使う悪辣な環境を前にして、最初はどうしたものかと頭を抱えたがね。帝都の一流大で学んだ私が、正しい経営の在り方を示せばこの通りだ」
「いやはや、ただただ感心するばかりですよ。ノーデンス卿の経営手腕は見事な物です」
カリアビッチの世辞に、ノーデンスは機嫌を良くした様子で笑った。
「まあ、それは当然の事だが、この成功は君たちの尽力があってこそだよ。商売敵を、ああも見事に潰していってくれるとはね。職にあぶれた冒険者たちがこちらに集まってきて、利益もさらに上がる。あんな連中はいくらでも買い叩けるからな。良いことづくめだよ」
「我々もこちらでの活動資金を得られる上に、ノーデンス卿の庇護を受けて商売ができるとなれば、これ以上の事は有りません。これからも、お互い協力し合おうじゃありませんか」
カリアビッチは二つのグラスに果実酒を注ぎ、一つを手に取って掲げた。
ノーデンスも自分の分を手に取って、視線を交わす。
「もちろんだとも」
互いの利益を確かめ合って、二人は同時にグラスの中身を飲み干した。