1-2 晴れ時々時雨
学校に着いた俺たちは勉強をしている人の邪魔にならないよう、それぞれの席に座る。
...と言っても、昴は俺の後ろの席なのだ。
毎日ちょっかいをかけて来るのが少し難点だが、そこを除けば、コミュニケーション能力を喪失しかけている俺にとっては、良いことなのかもしれなかった。
...どうせなら昴の後ろが良かったな、と心底思う。理由は主導権を握れるからだ。
「うわー皆さん、勉強してるねー。」
生徒の一部にでも聞こえていたら、瞬間的にクラスでの居場所を失うような発言を、昴は何の気なしに言う。
...これがもし、俺に話しかけた言葉なのだとしたら、俺も危うい。そう判断した俺は、自然な形で無視し、自分のかばんの中をあさる。
「ねぇ、春樹??」
案の定、俺にむけての発言だったらしい。
本当、何も考えてないよな、こいつ。
かばんの中から水筒を取り出し、口に水分を与えてから、俺は口を開く。
「そりゃー、当たり前だろ??明日からテストなんだから。」
俺は昴の発言をフォローしてやろうと思い、仕方なく返答した。
...が、言ってから俺は気付く。俺の発言でさえ、「お前はどうせ勉強しないんだろうけど」と反感をかう恐れがあると。
...結局、俺たちは『テスト』に関係する話をしない方が良いのだった。
「そうみたいだねー」とまたも俺の心を読んだのか、昴は気のない言い方で同意した。
...いや、今のは昴がこっちを向いてなかったから、単に俺のさっきの発言に返しただけなのだろう。
またの昴の危険な発言に、急に周りからの目線が気になり、俺は周囲を見渡すが、流石は我が校の生徒達、しょうもない会話をしている俺たちには目もくれず、黙々とノートにペンを走らせている。
我が校は偏差値が高いので、生徒のレベルも高いのである。
俺は一安心したところで、もう一度昴の方に目線を動かそうとした。そのとき、不意に違和感を感じる。
...。
「なんだ??この違和感は??」と思いながら、俺はもう一度周囲を見渡し、違和感の原因を探る。
2秒後、俺はその違和感の正体をつきとめた。
...いつも読んでいる小説などで、「違和感」を感じ、「正体をつきとめた」ときたら、そこにいるのは幽霊だったり、妖怪だったり、小人だったりが多いのだが、やはりここは現実。幽霊や妖怪や小人などいるはずもなく、ましてや、俺が発見できるなんてことがあるはずもなく、答えはシンプルなものだった。
俺の右横の列だけ、いつもより椅子と机がワンセット多いのだ。
「なぁ、なんでこっちの列だけ机と椅子が一つずつ多いんだ??」
俺は右横を指差しながら昴に聞いてみる。
「ん、それは僕も今気づいたよ。何でなんだろうね??」
あまり興味がなさそうな表情で返答が返ってくる。...この感じだと、どうやら本当に知らないらしい。
「ま、こういう時ってだいたい『昔、ここで自殺した人の~』みたいな感じの話になって、その机と椅子がその子のものだーみたいなこと言って、驚かすーみたいなやつでしょ??あんまり深く考えなくても良いんじゃない??」
...昴は心底興味がないらしい。
こんな言い方をしたが、俺だって別に興味があるわけではない。だいたいは昴の言っているような、オチが用意されているイタズラなのだ。...ただ、俺が言いたいのは。
「...そんな『レベルの低いイタズラ』が、こんな高校で起きると思うか??」
ましてや、生徒の約半数がロボットだというのに。どんなロボットがそんな『迷信』を怖がるのだろうか。ということだった。
「確かに。それは言えてるね☆」
...これほどのセリフをこんなにも感情のこもっていない声で聞くのは、人生初だった。
余程、興味がないのだろう。
「まー、妥当な線行くとしたら、『転校生』とかじゃない??」
昴は顔を少し真剣な表情に戻し、明後日の方向を見ながら、俺に言った。
...転校生。
...。
...なんかありきたりだな。
「でも、それもよく考えたら無理なんじゃないか??こんなハイレベルな学校に転校なんて、試験問題やらなんやらがあるだろ??」
そう。この学校は異常なほどに偏差値が高い。転校してくるとなれば、それなりの入学試験があるだろう。だが、それは俺らが受けた「入試」よりもはるかに難易度が上がっていることだろうし、普通に考えて転校してくるメリットなどないだろう。
「でも、もしその子がこの学校に転校してきたら、いくら春樹とはいえ、ヤバイかもね。」
昴は少し嘲笑うかのように言う。
「...俺よりもヤバイのはお前だけどな。」
つい、心の中の声が漏れてしまう。
...が、幸いなことに昴は「何か言った??」という表情をしていた。聞こえていないようだった。
「...ま、そんなやつ、いないと思うけどな。」
俺は話を元に戻すか、終わらせるかを迷ったが、ちょうどチャイムが鳴ったので、話を終えることにした。
<hr>
3分ほどたった後、先生が教室に入ってきた。別に表情はいつも通り、変わりはない。ということはやはり、転校生ではないのか。
と、推測した俺の考えも虚しく、先生から発せられた言葉に、クラス内の誰もが絶句した。
「...転校生が来ます。」
...。
...一瞬、耳を疑う。
「...今、何て言いました??」
「だから、転校生です。」
先生はいつものように落ち着いた声で言う。
だが内心、先生だって「転校生」というのはこの学校で初めてだろうし、少しは驚いているはずだ。
少し遅れてクラスメイトの声が俺の耳をつん割く。...こんなにうるさくなるのも無理はない。
なんせ、この学校に「転校生」なのだから。
「彼女はこの学校の二次試験に合格しました。通常の試験の約2倍の難易度です。」
続けて先生は衝撃的な事実を言う。
...あんな試験の「2倍の難易度」なんて、この世の中に存在するのか??
自然にクラスメイトの表情が青ざめる。入学試験のことを思い出したのだろう。
後ろを振り向いてみると、流石の昴も驚いている様子だった。口があんぐり空いている。
...何故か目が輝いているような。
「...先生、『彼女』って言いました??」
思いがけない昴の発言に、流石の先生も少し動揺する。クラスメイトは昴の言動にさらに驚き、思考が停止しているようだ。
「ええ。そう言いました。」
その言葉を聞いた途端、昴は「そうですか。」と言って口を閉じた。
こいつは一体全体何がしたいのだろうか。
結局はクラスメイトに退かれただけだった。
「では、入ってきなさい。」
その声と共に、皆の視線が一斉に教室の入り口に集中するのがわかった。
...スーッと扉が開く。
そして、『彼女』は現れた。
『彼女』は黒板に丁寧に自分の名前を書き終えると、うつむきながらこういった。
「わっ、私は細川時雨ですっ。皆さん、よろしくおねがいしますっ。」
身長は目測だが約150cm後半程度、制服を着ているから全体的に少しふっくらしているように見えるが、手や首を見る限り、細身であることは間違いない。腰まで伸びた長い髪は黒く澄んでいて、彼女の清潔さを物語っている。
...そして、何よりも。
そして、何よりも俺にはわかる。
『彼女』が『人間ではない』ということが。
チラッと後ろを見ると、すぐに昴も気づいたようで、俺にアイコンタクトで彼女がロボットであることを確認してきた。
「それでは、時雨さん。重谷くんの横の席が空いているので、そこに座ってください。」
「はい。」
細川さんは先生とそんな会話をして、まるでそれが当たり前であるかのように俺の横の席に向かう。
「...え。」
...俺の横の席が空いている??
そんなはずはない。普段、俺の横には大人しい女性型ロボットがいるはずで...
と、横を見るとその席は前にずれていた。
確かに、俺の横には誰もいなかった。
ということはつまり...
どういうことだ??
俺の頭の中が『?』で埋め尽くされている間にも、話は坦々と進んでいく。
「あなたが春樹さん...ですか??」
「...あぁ。そうですけど。」
俺は意識を頭の中の疑問に集中させつつ、返事を返す。いつもなら昴に「愛想がないなぁ~」などと言われるところだが、流石に今回は昴も言ってこなかった。
少し目を閉じて思考を再開する。
「どうぞ...よろしくお願いします。」
細川さんの方を向いていないため、どんな反応をしているのかはわからなかった。
...が、何故か言葉の途中に不自然な間があった。
「こちらこそ、よろし...」
『少し返答が無愛想過ぎたか』と心配になり、頭の中の疑問を考えることをやめ、相手の反応を伺おうと相手の方を見ると。
そこで俺はまた驚く。
なんと、『彼女』は、
泣いていた。