9 いきなり捕縛されてみた…
◇◇◇
(あったま、イテー!!)
だが、頭をさすろうにも、手足が拘束されてる。猿ぐつわなんかも…。
ここは…?
どこだ?ガンガン揺れてるな。
馬車かな?
トカゲ…。二匹のトカゲが馬車、いや、トカゲ車を曳いている。
あ、トカゲ尻尾切られてやんの。
荷台の邪魔になるからか?
この世界の残酷さか…。
でもまた生えてくるのか…?
トカゲも馬刺しみたいに食われることあるのか?
トカゲ車の中には、三人の男、パツ金短髪のムキっとしたシブ男と、茶ロン毛の小柄なの、それと黒ローブの細面がいる。
御者を含めると四人。
今、オレにできる抵抗は失禁くらいだが、それもこの凶悪そうなヤツらには効きそうにない。
最凶は黒ローブだろうな。
何で目の下に過剰なアイライン。オジー(ブラック・◯バス由来)かお前?
勝てる気がしない。
(あ、もう一人…)
オレの脇に、手枷足枷された人型が転がっている。
ローブのフードと猿轡で顔は判然としないが、目付きはオレや栗ぶちのように悪くない。
怒りのスパイスが効いた魚の死んだ目だ。
絶望感にミチミチしてる。
オヤ、このふくらはぎは?
まあ、女だな…。
うん、オレ達は被害者だ。
後で仲良くしよう。
御者とパツ金短髪が話をしている。
ナゾ言語だ。
「■■■■」
「■■■■■■■」
多分オレはナゾ言語に耐性がある。
集中してみる。
異世界から来たのなら、そのくらい常備スペックにしてくれないと困る。
『…しは…』
頭の中に声が響く。スキルゲットだな…。
会話が何となく理解できるようだ。
「このヤマ終わったら…■■」
「おう、行こう行こう…■■。今回は…さんもご一緒に…■■?」
黒ローブが言う。
「コミュニケーションは大切ですね…。
首尾がよければ、少々ご助成しましょう。
私の趣向は皆さんとは違いますので、お誘いは御遠慮しますが…。
楽しんでくだされば…」
黒ローブの甲高い声に、一瞬沈黙が流れるが、
「「「「ありがとうございます‼︎」 」」」
と、皆が一斉に頭を下げる。
ガンガンとトカゲ車に揺れる間、気絶擬態モードで男達の会話に耳をそばだてる。
「ネーイグさん、それってそんなに珍しいんですかい?」
名前も聞き取れるようになったな…。
「まったくです。今回の殿軍を勤めた後、双頭の森で採取するはずのものを、そこの坊やが持ってましてね。」
(坊や?オレか?オレのことか?)
こんな目付きの悪いオレを「坊や」とは。こいつ結構いいヤツかも?
「あそこの毒ガエル(パープルディリュージョントードって聞こえた)の変異種は、生息地に近付くだけで、体内の魔素を毒や幻覚に変換する厄介な性質がありますので、捕るのに苦労するのですよ。
最低、生息地の池の水だけでもよいのですが、結界を行き来するにも、結界抜けのスクロールが必要ですし、解毒剤も消費する上、道中には凶暴な魔獣も多いです。
最悪あなた方の半数くらいの貴重な犠牲を覚悟していましたよ」
「「「…!」」」
「前回の採取では、三人持っていかれましたので、あなた方手練れなら、大丈夫とも思いますがね。
ただあのカエルの毒をドライン精製液に少量加えるだけで、麻薬を格上げすることができますので…。
『統括』様方のご命令ですから、仕方ないです。はい。」
「ネーイグの旦那。このガキ、狂ってたみたいだか、連れてきて大丈夫か?」
「リアドさん…。あなたは入ったばかりですから慣れてないでしょうが、お言葉はもう少し丁寧にお願いします。
私の影が疼いてしまいそうですよ…」
「お、おう……はい…」
「大ヤモリ(ゴールデンストライプゲッコー)の死骸があったでしょう。
何故か結界に突っ込んで自滅したようですが。
あの肉には、一時的ですが強力な混乱作用があるのですよ。
薫製にすると無毒化して誠に美味になりますが…。
あれは二つ頭の変異種なので、たぶん格別強力でしょうね。
混乱時には、同士討ちや自殺するくらいですかねえ…」
…と、リアドと呼ばれた男が、うっ、と言って、席をずらす。
今まで、布と葉っぱに包んだヤモリの尾に座っていたのだ。
(焼いてもダメだったんだな…)
「私の収納魔法はそんなに大きくないので、全部持ってこれなかったのは残念です。
でもヤモリの尾の方も大変貴重なんですよ。
夜行性なので捕獲が難しく、ほとんど市場に出ませんからね。
あの尾は上手く処理すると、麻痺の魔道具になります。
あと、モノリスクローバーも少し持ってましたね。幻の薬草です。
双頭の森にもあるとは思っていましたが、あの厄介な森で採取する暇はありませんからね。
あ、加工すると、魔物を引き寄せる珍しい薬になるそうです。
製法は失われましたが、かつては魔力回復と治癒を兼ねた上級ポーションの材料とされたそうです。
坊やの持ち物は随分秀逸ですね。
普通に全て市場に流しても、百万ルブルは下らないでしょうかね。
カエルの素材は一匹で何年も保ちますしね」
「「ひゃ、百万‼︎⁈」」
「こいつを奴隷で売っ払うよりも高いんじゃあ…」パツ金が言う。
「ザッピさん、それは鑑定してみませんとわかりませんよ。
よいスキルを持ってるかもしれませんから」
「こんな乞食のガキに鑑定のスクロール使うんですかい」
「契約の時に正確な名前がわかると都合がよいのですよ。
まったくいまいましいことで、三年前、突然、全ての鑑定持ちのスキルが使えなくなりました。
女神の声も聞こえなくなりましたね。
はい、私も鑑定持ちでしたからね。
自分の状態を確認するにもスクロールが必要になりましたよ。
忌々しい限りです、はい。
おかげでスクロール作りの魔道具屋は大繁盛。
あ、私は簡易なスクロールなら作れますので、返って随分給与も上がりましたが。あはは。
レザレンとトルキア帝国が行ったという勇者召喚の影響でしょうかね?
まあ、そんなことはどうでもいいでしょう。
さあ、獲物が網にかかる前に、どこかで休憩をとって、坊やと娘の奴隷契約をしますか?」
「旦那、奴隷契約もできるのか…ですか?」
「リアドさん、これでも私マルノールの幹部ですよ。
ま、もっとも契約のスクロールは特殊ですから、本部の作ったものを使いますがね」
(どうやらオレは奴隷にされるらしい…)
◇◇◇
とある宮殿
約三年前
「?何だ、いったい、どうなって!?」
燃える赤髪に紅の瞳の若い男が驚愕の表情で立ち上がった。
あいつらも召喚の儀を手助けしていたはずだ。
急にラインが切れた…。
女神もいるようだが、交信もできない。
仕方ない。計画に影響がなければいいが…。
大規模なサーチを行う。このような大規模術式は、探査の魔法であっても、対象に何らか影響を与えざるを得ない。
「なにっ?…あいつらどこにもいないぞ!!」
こんなことはあり得ない。あり得ないことが…。
今まで何回も何とか凌いできた。
今度こそ揺り籠が…。
復活には時間がかかる。計画が優先だ。
あり得ない…。
赤髪の男はぐったりと腰を落とした。
◇◇◇
極北の洞窟
暗闇に突然、黄金の光が二つ灯った。
炎ではない。二つの目だ。
(世界規模の術式…?使ったのは…ほう…)
目が大きく見開かれる。黄金の鱗に覆われた体が照らされる。
(これは…何頭かの同胞も気付いたようだ。
この世界もいよいよか…。
この世界を食らってどこかに寝ぐらを住み替えるか?
それとも厄災を食らうか?
この世界に慣れた我には厄災は効率が悪い。
同胞という手もあるが、彼等はどう動くか?
まずは調べてみるか…)
黄金に輝く龍が身を起こした。
◇◇◇
黒海海底地下
“ルルルルルルル”
無機質な部屋に音が響き渡る。
金属音がして、中央に置かれた虹色の棺の蓋が直角に開いた。
(まずは探査阻害じゃな…)
虹色のオーラが棺から発し、部屋を一瞬取り囲んで、基地を越え海底に広がっていった。
棺から小柄な老人が出てきた。
(世界中探しておるわ。何を探してるんじゃろうのう。おや、勇者も魔王もうじゃうじゃしとるの。思い出すのお。面白いことが起こっているわ…)
また愚かなことを繰り返すものと思っていたが、ワシでも状況がよく判明せんな。
少し前はつまらんことで起こされた。百数十年前じゃったかの。
今回起きなかったら、ワシも滅んでいたかもな。
もう滅んでいると同じじゃが…。あれ、ヤツらの数が足りん。なんじゃこりゃ⁈
老人が部屋の壁に触れると、壁に長方形の穴が開く。
穴の先は通路になっており、通路の両側には円筒形の透明なカプセルが並んでいる。
カプセルはほとんど劣化し、中に何が入っているかわからない。
上の金属の蓋から中の溶液が噴出したのか干からびたようなもの、カプセル自体が破損したもの、金属疲労を起こし、基盤が崩れたものもある。
老人がいつの間にか出した杖で、ポンと床を叩くと、そこから魔法陣が四方に広がる。
天井に明るい光が次々と灯り、破損したり傷んだカプセルが宙に浮かび、通路の奥へと消えていく。
( 経年劣化は仕方ないからの…)
また、トンと杖を床に落とすと、空きになったカプセルの場所に、新たなカプセルが生成され、液体が注入されていく。
残ったのは十五基のみか…。どれくらい保つかの?
一番がこれで約百数十年か…しかしじゃなあ。これに移るのは…。
老人の目の前には、カプセルの中で丸まった少女の姿があった。