4 ガデオン団の事情…
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ガデオン団(レザレン国王都レザレン:スラム)
二日酔いの朝っぱらから、嫌な報告を受けて、カルダ・マルモルは不機嫌だった。
昨日は王都警邏隊と魔道具ギルドの下っ端の接待。
まあ地下組織なんだから、諸々コネと情報収集は大切だ。
王宮では勇者召喚とクーデター未遂事件以降、何やら雰囲気がきな臭く、近々グリディア帝国と小競り合いがあるかもしれないとのこと。
これまではグリディア側から国境紛争を仕掛けてくることが多かった。
ほとんどがグリディアが他の小国を攻める際に、レザレンに介入させないための示威行動だった。
今回はレザレン側から仕掛ける目算が高いとのこと。
レザレンがこれまでグリディアの他国侵略に介入しなかったのは、グリディアが魔族国と北方大森林帯を隔てて隣接しているからだった。
グリディアの国力が弱まり、魔族国の侵入を許せば、レザレンにとっても不利益になる。
ただあまりグリディアの力が強くなってもいけない。
要はバランスなのだ。
(グリディアがそれほど強くなっているということか?
それとも勇者召喚で王室が調子に乗っているのか?
王都の警備が手薄になっているのも、北の国境の増強のためか?
北方国境は遠い。
王都まで戦禍が及ぶことはないと思うが…あいつ等はどうしてるのか?)
カルダは、かつてひょんなことから、関わりを持ち、国外脱出を手伝った者達を思い出す。
(ヤツラが後から連れて来た二人、あれは王室と勇者絡みに違いなかった…。)
今でもよくも危ない橋を渡ったものだ思う。
ガデオン団は、王都レザレンのスラムを取り仕切る地下組織。
元は勇者がスラムの救済のために設立した自警団から立ち上がったらしいが、今はただの愚連隊だ。
でも既に百年以上の歴史を持つから、老舗の愚連隊…。
まあ、警邏隊や騎士団なんかはスラムの治安など興味ないから、こういった組織も必要だ。
麻薬や高利貸し、強盗なんかはやらないが、綺麗事ばかりでは食ってはいけない。
路上や孤児院のガキ共や、流民、解放奴隷、不具になった探索者、諸々食わしていかなくてはならない。
カルダ自身も王都のスラムの出身、元B級探索者だった。
何代か前に獣人の血が混ざってるらしく、スラム出にしては、大柄な体躯。
それと身体強化を生かした戦闘技術で、長らく盾役として名を馳せてきた。
最初は装備も揃わずただの肉盾だった。
毎日、毎日、傷だらけだ。
スラム出の孤児がB級になるのは、それはもう本当に苦労した。
それでも数年もすると、名前も上がってきて、何とか蓄えも貯まってきた。
そろそろA級か、と噂され始めた三十半ばくらいになり(カルダは自分がいつ生まれたのかよく知らない)ヘマをして両足を負傷した。
まあ、スラム出の自分がA級になれる訳はない。
A級はほぼ領主お抱えか、各国を渡り歩く自由民。
S級は伝説的なヤツらだ。
B級でもはや人事を尽くしたと言っていい。
足の負傷の方は歩けるようにはなったし、戦闘も問題なかったが、長い時間走ることができなくなった。
それてパーティーを組むのを諦め、しばらくソロでやっていたが、ソロだと、森でもダンジョンでも浅い所までしか行けない。
A級になれたら、各地を旅してみたかった。
まあ、スラム出だ。
もともと諦めてはいたが、今度こそ本当にA級になるのは諦めた。
ダンジョンや森から帰ってきても、体を休ませたり、次の探索のための準備が必要だ。
一人パーティーの分、支度に時間が余計にかかる。
休みの間に、地元のスラムで屋台を出すことに決めた。
探索で狩ってきた魔獣や動物を捌いて、串焼きにして売ってみた。
ちゃんとガデオン団にもみかじめ料を支払った。
それが、地元ということもあって、返ってガデオン団から頼られるようになった。
何度かちょっとしたイザコザをおさめたからか…。
幹部にならないか、という誘いは幾度も断った。
前の頭が引退する時になって、それじゃあいっそのこと頭になってくれ、とのことだった。
長老達からも推された。
孤児院の院長とガキ共のしけたツラを眺めていると、どうも断りにくい。
五年程前に、マルモルの名を襲名した。
元は勇者の通り名だったそうだが、ガデオン団では襲名のミドルネームとして使っている。
勇者の姓なんぞ使えば不敬罪モドキで官憲に睨まれる。
ただカルダにはファミリーネームなんてないので、マルモルが姓のようなものだ。
それで朝から不機嫌な理由は、昨日、スラムの隠し通路を何者かが使ったということだった。
なけなしのみかじめ料以外のガデオン団の収入は、主に密輸だ。
幾つかある隠し通路から行き来して、国交のない国や部族、流民の村と交易をして、闇で捌いている。
ダンジョンや遺跡に不法侵入するにも、隠し通路を使っている。探索者ギルドを通さないアイテムも結構金になる。
隠し通路はガデオン団の生命線だった。
部外者にリークされたら、もうその通路は使えない。
「それで、どんなヤツだったんだ?」
「ヘイ、それがフードを被った小柄なヤツで、不細工な犬が一緒でした…」
「荷入れしようとして、扉開けたところに、突然ワンワンやられたもんで、ビックリしてしまい、面目ねエ…」
「すぐ追ったんですが、どうやら双頭の森に入り込んだようで…」
部下達が口々に言う。
「結界は反応したのか?」
「そりゃあ、もうバチバチっとしやしたが…」
結界がおかしくなったということではないらしい。
そうなったら大事だ。
でも痕跡はなしか…凶悪な魔獣が結界を損傷することがある。
そんなことがあれば大災害だ。双頭の森の魔獣が外に出る。王都全体の問題だ。
ただ小型の魔物や人が抜ければかなりのダメージを喰らい、無事ではすまない。
普通、森の結界は「結界抜け」を使わなければ通ることはできない。
結界が反応したのなら、結界抜けは使ってない、ということか?無理に結界を通って怪我を負った状態で双頭の森を生き延びるのは難しい。
「辺りで何か変わったことは?」
「夜中、共同墓地で墓荒らしがあったそうで…」
「合葬墓の蓋が折れたらしいっス」
「ワイトかスケルトンが発生したか?確か火葬の上、聖化してるはずだが何があった?」
「魔獣の痕跡はなかったそうで…。墓の蓋も外から壊されたらしいとの…」
わからん。
様子見だな。
部下の過失探しをしても意味がない。
「とりあえず、通路を使う時には三人一組以上にしろ。
それと中に見張りを置いておけ。
通路を使う間だけでいい。他の通路も同じだ。
もし、何かおかしな気配があったら、暫くはスラムの通路は使うな。
それと…、
東の森のエルフの件はどうなった?」
「やはり、ヤツらの仕業のようです」
「マルノールのヤツらか…」
マルノール団…。
ここ数年、北方から勢力を拡大してきているシンジケートだ。
麻薬や闇奴隷の売買で阿漕な商売をしている。
もうこの王都のアサシン達にも入り込んでいると聞く。
交流のあった北方の地下組織がマルノールに壊滅させられ、北の魔族との交易も途絶えた。
今のところ、ヤツらは貴族と平民が相手。
こちらは、スラムが中心なので、利権は絡んでないが、スラムを隠れ蓑にしたいらしく、何度か持ち掛け話やいざこざがある。
どんな大物がバックにいるともわからない。
まともに相手しては勝ち目がない。
こちらは揉み手でのらりくらりだ。
「東の森のエルフには世話になっているが、今回はムリだな…。
皆んな、下がっていいぞ」
…こいつらには知らせてないが、実は裏から手を回してはいる…。
部下を下がらせると、カルダは前を向いたまま、後方に声を掛ける。
「…リチ…、いるか?」
「…ああ…」
いつの間にか、小柄な黒装束を纏った人影がカルダの後ろに現れた。
「レガノに伝えろ。
手筈通りだ。
絶対こちらの尻尾を掴ませるな。
それと、身体強化では抜けないヤツがいるかもしれん…」
「…わかった」
「まて、これを持って行け!」
「ん?」
「エルさん(東の森のエルフ)から貰った解毒ポーションと、呑んだくれババア(孤児院の院長)が作った聖水だよ」
小瓶と皮袋を受け取ると、黒い影は姿を消した。