2 とりあえず逃げてみた…
◇◇◇
つー?目の奥が圧迫される。
今の映像…何かの回想か?
あ、さっきのケモノはどうした?
見ると、棺桶の脇にシューっと湯気を立ててる小さな何かがいる。
フーフーいってる。
「フーッ、ガウッ!」
黄色に栗色のブチが混ざった犬のようなリカオンのような…。
いや、短足だ。
南米?とかにいる「ヤブイヌ」のような…。
小汚い痩せた、うん、小犬だな、犬にしとこう、がいた。
「ガウッ!」
「お前が助けてくれたのか?」
「ガウ…」
犬モドキがお座りしとる。
できた犬だな…。
小汚いけど、よっぽど良いブリーダーさんのなせる技か?
やんごとなき生まれだったりして…。
あ、尻尾振った。
「ありがとうな」
ただ目付きがわるい。
ものすごくわるいな。
頭ナゼナゼというより、ハリセンでスコーンしたい。
「グルゥ…」
あ、歯向きやがった。小犬には負けねーぜ。
…ところでオレはどこに埋葬されてたんだ?
棺桶の方に顔を向けると、地面の石板の上に、花立てやら賽銭箱らしきものやらが置いてある、というより、盛大にひっくり返ってる。
石板の後ろに、石碑があった。
石碑にはナゾ文字が…。
目を凝らすと読めるようだ。
いや読めないんだが意味が伝わるような。
細かいところはわからん。
でも…。
『…しまし…』
頭の中で何かが響く。
ちょっと読めるようになったような…テンプレか?
『名無しの墓』っ書いてあるような。
まあ、翻訳するとそんなような…。
…オレって行き倒れとかだったのかね?
…生きたまま埋葬されたのか?
そういえば…オレって誰?
………記憶ねーや。あ、喪失しとる。
「ガウッ!」
栗ぶち犬が吠える。
犬の吠えた先を見ると、二つほどライトがチラホラ。
人の気配か?
何かヤバそうな気がするな。
逃げるか?
でもどこへ?
ソワソワしていると、栗ぶちがまた吠える。
吠えた先を見ると、布らしきものがキチンと畳まれ、サンダルらしきものも置いてある。
あ、オレ、まっぱ(全裸)だった…。
(オレに着ろと?)
「ガウッ!」
貫頭衣(地味茶ポンチョ)と革のサンダルだな。
しかし、服畳む小犬とか、ブリーダーさん凄すぎ…。
でも犬の身でどこをどう使ったら服を畳めるんだ?
「世話んなる…」
栗ぶちがドヤ顔した。ハリセン入れたい。
…そうだ、逃げるんだった!
「ガウッ!」
栗ぶちがこちらを向きつつ走り出す。
オレも続く。
ちょっと墓を壊してしまったのは後ろめたいが…。
幾つもの墓石を抜けると、墓地の壁にたどり着く。
壁際に沿って進むと小さな排水溝。
栗ぶちが潜って行った。
…ここを抜けろと?
「ガウッ!」
ちっ、まあ元々骨まみれ、もはや泥まみれもどうってことない。
耳を澄ますと、さっきの棺桶辺りから
「◆◆◆◆◆!」
「◆◆◆!」
とナゾ言語を話す男らしき声が聞こえた。
◇◇◇
壁を抜けても、栗ぶち犬は止まらない。
オイオイちょっとまてよ、オレは病み上がり、蘇り上りなんだからな…。
ハーハー、脇腹いてー。
喉乾いた。脱水症状になるわ。
辺りは茂みから、スラムのようなところに変わっていった。
灯のついた家もあるが、ほとんどの家は寝ているらしい。
喧騒みたいなのも聞こえる。
男が叫んで、何かが壊れる音。
女の悲鳴と泣き声。
その近くから咎めるような別の声。
うっ…っと、また映像のザッピングみたいなのが起こりそうになるが、何とか耐える。
今はそんな場合じゃない。
栗ぶちは抜き足差し足でスラムを抜けて行く。
オレも抜き足差し足だ。
スラムを抜けると小川ほどの用水路があり、トンネルへと続いている。
トンネルの先には五メートルくらいの石造りの城壁。
栗ぶちは用水路の脇道にポンっと降り立ち、トンネルの中に入っていく。
あ、これ下水道っすよねー?
上水道の方がよかったなあ。
スゲー匂いじゃ…?ってほどでもないな…。
水道を見ると、何か黄色い透明ものがウニャウニャしている。
スライムか?マジスライムいんのか?
異世界かい!
あ、スライムが汚水処理しとるわ。
文明的やなあ…。
でも、こんなところから外に出れたら、都市防衛ザルすぎだろ?
ほら、水路の先は頑丈そうな鉄格子で閉まってる。
鉄格子は先が見えないほど何重にもなってるし。
あ、スライムが格子にはさまってる。
下水道詰まったりしないんかな?
あのスライム、あそこで一生過ごすんだろうか?
栗ぶちは鉄格子の手前のくぼみにうずくまり、こちらに向かって盛んに首を振り振り、目配せしている。
「ここに身を隠せと?」
「…カウッ…」
まあ、いいや。どうにでもなれ。
どうせ栗ぶちはオレより賢い。
現時点では情報通なのこの犬の方だ。
オレはただ何がなんだかわからない記憶喪失者だ。
訳がわからないんだから流されるまま…。
しばらくうずくまっていると眠くなる。
グーっと寝落ちすると、栗ぶちが尻尾で叩いてくる。
どうやらイビキかくなってことらしい。
誰かいるのか?
…と、思っていると、何か声が聞こえてくる。
ナゾ言語だ!
壁の中から?
壁の中の声が大きくなると、突然壁から長方形の光が発し、ドアのように壁が開いた。
出てきたのは三人の男達。
顔は見えないがボロい服を着ている。
ドアが閉まると、男の一人が前に立ち、ドアに向かって手をかざす。
そしてナゾ言語をつぶやいた。
「◆◆◆◆…」
すると、ドアに円がいくつか連なった模様が浮かび、ガゴッとドアが閉まった。
おお!魔法ー!
まほうじゃないかい。
魔法世界!
ラノベやなあー。
…って「ラノベ」ってなんだっけ?
まあ、記憶喪失してるんだから仕方がない。
そうやってくぼみに隠れていると、何回かドアが開いて人が出ていく。
大きな荷物持ったヤツとか、負傷してそうなヤツもいた。
栗ぶちはドアが開く度、どこか緊張しているようだ。
ここは多分、スラムの住人とか、ヤーさんとかマーさん(マフィア)とかの秘密の出入り口ってことかな。
でもこの後どうするんだ?
オレは魔法なんてできないし…。
はっ!まさか、栗ぶち犬が魔法使うとか?
…ないよなー…。
と、思っていると、またドアが開き、一人の男が急いで呪文を唱え、足早に立ち去っていく…。
その瞬間、栗ぶちが音もなくドアに近づき、まだ消え去っていない魔方陣の上を爪でこすった。
あ、ドアはまだ閉まっていない。
「…カウッ…」
…あー、隙を突くのね。
でも栗ぶち魔法をキャンセルできるとは!
何、そのスペック…。
ヨシっと、オレも飛び出してドアを少し開き、そっと中に入る。
立ち去った男は気付いていない…と思いたい。
「おい、中に人がいたらどうするんだよ?」
栗ぶちが目をそらした。
行き当たりバッタリかよ!