12 テスカさんの事情です…
◇◇◇ーテスカ
ケール車に揺られている。
これからどこへ行くのだろう。
あれほど恐ろしかった黒のローブの 魔道士が荷台の隅で丸まってる。
いやらしい目を向けていた茶髪の男は、御者の隣で談笑しているようだ。
金髪の男は魔導士の隣で居眠りだ。
(何をされたのだろうか?)
捕まって、死と死よりも酷いことを覚悟し、諦めてからは記憶が曖昧だ…。
隣に人族の少年がいる。
自分と同じように手足を拘束されている。
「…オイ…あんた…オイ…」
「うん?」
「ヒッ!…」
うつらうつらしていた少年が目を開けると、物凄く目付きが悪いので、驚いてしまった。
「ん?@##&&@/€$」
「は?何て言った?」
「♪$°%=$×☆○々5
…………そ…う…か」
「言葉が喋れないのか?」
「&#/@…悪い…言葉、@#@…うまくない」
「あ、ああ…そうか…」
テスカは東の森、つまりレザレン王国の東の大森林地帯の、グリディア帝国との国境地帯、実質は、東の森のエルフの自治する地域に生まれた。
百数十人程の集落でオブシ村という。
「アタシは何をされた?」
「#@/&…ま、マヤク…@#@/&奴隷に…された…らしい…」
タトル爺に外の世界のことを教えてもらった。
ずっと村の外の世界を見てみたいと思っていた。
村人は保守的だが、別に村を離れようとするのを止めはしない。
もともとが流人の村、西南の獣人国のしきたりを嫌ってここに流れ着いたのだ。
獣人の本能なのか、より強い者に憧れ、独り立ちしていきたいという思いがある。
若者で村を旅立つ者は稀ではない。
母は「ああ、そう」とあっさりと送り出してくれた。
村を出て、それから見習いの探索者として、人族の町で働いた。
「最悪だな…」
◇◇◇
とりあえず、何もわからず村を飛び出したものの、数年すると、つくづく自分の知識のなさを思い知った。
これまで勘で何とか切り抜けてきたが、パーティーを組むと、メンバーにしっかりと自分の感じていることを伝えなくてはならない。
ダンジョンや森で「こっちはヤバそうだ」と言っても、その理由を上手く伝えることができなければ、メンバーは納得しない。
こちらもその判断が正しいのか、そうでないのかは出たとこ勝負だからだ。
そうやって自分の力に伸び悩み、母やタトル爺に聞けば何かコツが分かるかもしれない、と久しぶりに村に帰ってみようと思った。
しかし森の入り口からして気配がおかしい。
幾つものケール車の轍や足跡、魔獣使いもいるようだ。
気配を殺して、村に向かうと、変わり果てた故郷があった。
あちこちから焼け焦げた匂いがし、人の気配がない。
家々は荒らされ、幼馴染や知り合いの死体があった。
よく遊んでくれたセンザンコウ種のゴリン兄の遺体を見つけた時、心の底から怒りが込み上げた。
膂力はあったが、争いをきらう、優しい人だった。
そのゴリン兄の周りには三つの黒焦げの死体。
多分ゴリン兄が戦ったのだろう。
「ゴリン兄‼︎」
(仲間の死体を燃やして証拠を消そうとするヤツラ…)
タチが悪い。
遺体まだ殺されてそれほど経っていなかった。
村人は捕まったか散り散りになったか。
(母さんは大丈夫だろうか…?)
元探索者で気配察知に優れた母なら、上手く逃げ切っているとは思うが、タートル種のタトル爺も心配だ。
襲撃者はエルフの里に向かったものと、どこか他所に向かったものに別れている。
轍から見れば、襲撃者の本隊がエルフの里へ向かい、略奪した物を運んでいるのが他所に向かったらしい。
エルフの里を襲おうという襲撃者にテスカが勝てるわけがない。
迷宮の森の対策をしているとすれば相当の手練れ達だ。
ここは運搬車を追跡して、捕まった村の者の行き先を特定するのが先決だろう。
轍を辿りながら二日間跡を追った。
向こうはケール車だが、荷を運んでる状態だ。
身体強化を使えば、追い付けなくはない。
ただ、身体強化で魔力を使い果たしてしまえば、戦闘になった時に不利になる。
着実に追えばいい、と思い、ペースを下げる。
辺りへの警戒が疎かになった時、急に目の前に黒いローブの男が現れた。
「あ」
威圧感で足が震える。何とかショートソードを抜こうとしたが…
『ここに闇の理を紐解き、汝を拘束せん、闇縛、ダークバインド…』
足元に紫色の魔方陣が浮かび、そこから黒い触手が何本も出てくる。
とっさに飛び退ろうとするが、既に足に絡みつかれた。
ショートソードで切り払っても、すぐに絡みついてくる。あえなく拘束された。
「くっ…殺せ!……」
「そんなことおっしゃる方はなかなか殺されないものですよ…」
男の凶悪な顔が笑みに歪んだ。
◇◇◇
「最悪だ…」
テスカは自分はうかつだったと思い知った。ヤツラは最初から、誰かが追って来ると思って網を張っていたわけだ。
まんまとそれにはまってしまった。
麻薬を飲ませてムリやり契約をされたか…闇奴隷落ちか…。
「オマエ…まあまあ…大丈夫らしい……クサいけど」
「ブッ⁉︎
…何だって?」
「クサい…」
(この小僧!)
ガンっ‼︎
「グハっ!」
両手のコブシで頭小突いてやった。
「…静かにしろ…」
「オマエ、ぶつから…クサいし」
「ずっと走り詰めだったんだよ…
お前だって目付き最悪じゃないか!…」
「それ…オレも…驚いた」
「ハア?…それでアタシの何が大丈夫なんだ?…」
小僧が言う「オマエ…青月隠れの生まれ。
奴隷契約効きにくい」
◇◇◇
そういえば、何年か前、村に来たエルフが珍しそうにアタシの顔を覗き込んで、「珍しいな『青月の加護』か…」と言ったことを思い出した。
美形のエルフのエメラルド色の瞳に見つめられ、ドギマギして顔を赤くしていたら、母が「コラ、エルフのお兄さん、人の子を勝手に鑑定してはダメよ」と窘めていた。
(体に何か入ってくる感じ、あれが鑑定か?)
「これは失礼。
でも、「お兄さん」とは、これでも、あなたの十倍ほどの年齢かもしれませんよ。
このお嬢さんが、少し不思議な気配をしていたものでね、つい、すみません。
お嬢さんは青月隠れの生まれですね。
『青月隠れ』は、智慧と青月の女神の加護が少ないと言われますが、逆ですよ。
青月との言葉あるのですから、素直に青月の加護があると受け止めればよろしい。
青月の守護が隠されているということですよ。
契約魔法が効きにくいとかの特徴があるから、加護が少ないと、そう勘違いされたんですね。
青月の加護持ちは、古えは、知能系や察知系の技能の成長が早いと言われています。
覚えておくとよいですよ」
「「へえ!」」
そんなことがあった。
◇◇◇
「だから…オマエ、性奴隷ならない…クサネコ…?」
ガンっ‼︎(殴った音)
「グハっ!」
「あたしはジャガー種だ…それに全然大丈夫じゃない…」
「せ…性奴隷がよかったの…か?」
小僧が興味津々な目をしている。
何か「ハァーハァー」してるようで、気味悪い。
ガンっ‼︎(殴った音)
「グハっ!」
「そうじゃない…闇奴隷だ…少しくらいできないことがあっても、どうせ使い潰される…」
ありがとうございます!