1 何だか目覚めてみた…
◇◇◇
『ちっ!…ま、しばらく楽しんでくれよっ…』
◇◇◇
(…とまあ。
……とまあって、何が「とまあ」だか?これ、何かアレだな…?}
真っ暗だ。
横たわってる。
閉じ込められてる…みたいだな。
手を伸ばしてみると、途中で硬い壁にあたる。
手足バタバタさせると上下につっかえる。
横幅は広い。
体を回転させ、ゴロンゴロンできる。
ジャリジャリと敷き詰められた砂利のような、卵の殻を硬くしたような、そんな感覚が背中や手足に当たっている。
これは骨かも…。
棺桶っぽいなぁ…。
しかし、一人用にしてはデカい。
敷き詰められているのは、砕かれた骨って感じだ。
すえた匂いがするし、しかも湿ってるし…。
やっぱ、骨だろうなあ。合葬墓ってことかな。
…スケルトンにでもなったかな?
大丈夫、肉はついてる。
…ゾンビかな?
…ああ…内臓は出てない。
目も二つ、耳も二つ、鼻は一つ。そして下半身。
…男性仕様だな。
空気とかどうなってんの?
あ、ちょいと隙間があるな。
石で蓋されてるってことか。
…っていっても息苦しい。
酸素が少ないようだ。
そういえば、こうやって目が覚める前も、朦朧として…息苦しかったり、バタついて節々が痛かったり…したような…。
人前で呻き声とか出してたらヤバいな…。
石板はうんともすんとも動かない。
うーっと、肩をつっかい棒にして押してみてもダメだ。何かが上に乗っかってるのか?
土の中なのか?
今は、昼なのか夜なのか?
真っ昼間からこんなところから這い出すゾンビなんて、浄化即死コース。
いや、外はゾンビの世界かも。
そしたら盛大にウォーキングしまくってやる。
…でも吸血鬼だったりして?
牙はないな。違ったか?
…何て考えてたら、息苦しくなった。
喉がつっかえる。
体が痙攣し始めた。苦しいワ。
手足が勝手にバタバタする。
あ、これダメだわ。意識が落ちる…。
◇◇◇
『ガウ、ガウッ!』
ガリガリッガリガリッ!
…けものチックな吠え声で目が覚めた。
棺桶、うん、間違いない。
ここは棺桶で間違いないだろう。
生き返ったのか、生まれたのか、ゾンビなのかはわからない…。
川も花畑も見ていないし、黄泉の国の記憶もないし、よくわからん。
石板の端の方からガリガリこする音が聞こえる。
獣らしき吠え声も聞こえる。
蘇ってすぐに獣に齧られるなんてのもイヤだな。
『ガウッ!』
ガリガリガリガリ
このケモノ…そんな力もないようだ。
石から振動が伝わるが石板は動かない。
どうせここにいても仕方ない。
獣でもなんでも助けてもらいますか…。
でも齧られたらどうしよう?
でもいいか…。死んでるのか生きてるのか自分自身わからんし。
獣がガリガリしてる方を当てずっぽうに探し、石をずらそうする。
(うーん!うーん!)
『ガウッ!』
ガリガリッガリガリッ!
ガリガリッガリガリッ!
ダメだ…。
動かねー。
あ、息苦しくなってきた。
思わず石板を叩く。
ドン、ドンッ!
「おいっ!ケモノ!」
空気が薄い。力抜けてきた。
ままよ!なりふり構わない。
自分がゾンビであろうと何であろうと気にしない。
大声を出す。
「おいっ!ケモノッ!」
ドンッ…
「誰かに助けを…」
『ゴルアァッ!』
巨大な吠え声とともに、バギャ!っと石板がかち割れた。
◇◇◇
スーハー、スーハー
息苦しさ解消。
フー、スーハー、スーハー
空気うまいねー…。
あ、あぶねー!
反対側にいなかったら、オレ粉砕だったわ。
こえー。
端折れた石版から、ズリズリ体を動かし、隙間から這いずり出る。
…暗がりを抜け出ると…そこはやはり墓地でした。
辺りは夜のようだな…。
月が三つあらぁ。赤、青、黄色って、信号機かな?
月明かりに大小様々な墓石らしい影が見える。
ここは大きな墓地の隅のようだ。
中央に一際巨大な尖塔のような建物がある。
満月に近い黄色…いや、金色の月、上弦の青緑の月、下弦の赤い月。
三つの月に照らされて、尖塔が金色っぽく見える。
梟みたいな鳴き声と虫のカチカチする音。
蝙蝠らしきものが飛んでいる。でも金色だ。
うん、『ハハハハハハ』とかいって、レトロダークヒーローが出てきそうだ。…「ショウワ」って何だっけ?
(…墓か…)
目の奥が痛む。
『ザザッ』っと目の奥に映像が浮かぶ。
………曇っているが、空はどこまでも見渡せそうだ。
青々とした芝生のさらに奥にはハリガネような黒い森がどこまでも続く…。
そよ風は初夏の麗らかさに包まれているが、自分は自分の力がまた弱くなっているのを感じている。
車椅子に乗った右肩に、そっと気遣わしげな掌が置かれる。その、母の掌は、前は、よく私の髪を撫でていたもの…。
目の前に広がった幾重もの小さな白い墓標を見つめる。
膝の上の何冊ものノートを思わず握りしめる。
「ごめんね、みんな」………
目の奥が痛む。
また『ザザッ』っと情景が変わった。
………宵闇の丘を、杖をつき、びっこを引きながら登って行く。
この頃、義足の調子がわるい。
もともと木製の義足、簡単な関節もどきがついただけのもの。
この体と同じで、寄る年波には勝てないか…。
息切れがして、膝に手を当て、少し立ち止まる。
冬になったらなかなか来れないだろう。
丘の頂きの隅に辿り着くと、手作りで彫られた小さな墓石がある。
小松でも御影でもない。
近くの渓流の石から掘ったものだ。
「月を見に来た。
この足だから、毎日来れないのは、勘弁な…」
帯に吊るした瓶から、酒を少し墓石にかける。
茣蓙を敷き、石にもたれ、懐から盃を取り出す。
見上げると、中秋の月が村雲の中から輝いていた。
今夜も良い月だな………。