第3話 新人研修 前編
長いです……。
新人研修一日目。
この日は俺に身体強化を施すことになる。
宇宙で仕事をする以上、宇宙環境に適した体にならなくてはならない。
そこで、身体強化ということになるのだ。
俺は、エミリーさんに案内され、宇宙船の治療室に連れてこられた。
宇宙船の中の治療室は、金属でできた大型のベッドが二つ並び、小型のモニターが取り付けられていた。
そして、枕元に、色々操作するパネルが取り付けられている。
「では加藤さん、そこにあるカプセルに服を脱いで入ってください。
……あ、自分で脱ぐのが恥ずかしいなら手伝いましょうか?」
そう言ってエミリーさんは、両手をにぎにぎしながらいい笑顔で近づいてくる。
……余計恥ずかしいでしょ!
「だ、大丈夫です。
一人で脱げますよ、大人なんですから……」
「それは残念♪」
絶対俺をからかっているだけだろうな……。
ちょっと考えればわかることだ。
おじさんの、それもメタボのお腹の出た裸など見たくないということに……。
俺は、エミリーさんが装置のセッティングを行っているうちに、素早く全裸になりベッドにうつぶせに寝る。
……やはり、美人の女性の前で全裸は恥ずかしいのだ。
もしここで、堂々と全裸になって美人の女性に裸を見せれる男がいたら、俺はそいつを尊敬する自信がある。
「エミリーさん、脱ぎましたよ……」
「では、カプセルの中に入って……加藤さん、うつ伏せではなく仰向けに寝てください。
そのままだと、大変なことになりますよ?」
「た、大変なこととは……」
「男性の大事なところが……」
そう言って、エミリーさんはニヤリと笑う。
……美人の含み笑いは、滅茶苦茶怖い。俺はすぐに仰向けに寝なおした。
すると、俺が仰向けになると同時にカプセルが覆われ、俺の裸が見えなくなる。
エミリーさんが、気を使ったのだろうか?
しかし、SF映画やアニメなんかで、こんな治療装置に入れられる患者がいたな。
何故の液体がカプセル内に入ってきて、治療したりするんだよな。
そんなことを考えていると、なんだか眠くなってきた……。
「では加藤さん、目を瞑ってください。
次に目を…開けた時には……終わって………ます……よ………」
エミリーさんの声がだんだんと遠のいていき、俺は眠ったようだ……。
▽ ▽
「意識レベルの低下を確認。眠ったようですね……」
私は、治療用カプセルの操作パネルを操作し、密閉後治療用培養液を注入していく。これで、生体強化ができるのだけど十二時間かかるのよね。
それにしても生体強化か。
今は見えない、この治療用カプセルの中で何が起きているのか……。
あまり想像したくないわね……。
生体強化と一口で言っても、どうやって普通の人間が肉体のスペックをあげて、病気などからの耐性ができ寿命まで延びるのか。
細胞にちょっと何かを施して終わるようなことじゃない。
実際は、一度肉体を溶かしながら再生させていっている。
つまり、肉体を分解しながら、すぐに再生を行っている状態。だから、生体強化後はリハビリが必要なのよ。
真新しい肉体が手に入ったも同然だからね。
「……カプセルから出たら加藤さん、驚くでしょうね。
今までのぽっちゃり体型が、引き締まった体型になっているでしょうから」
そう言って、私はクスリと小さく笑った……。
▽ ▽
新人研修二日目。
一日かけてゆっくりと生体強化をしたおかげで、体に不具合が出ることはなかった。
よくある不具合では、整形していた顔が元に戻ったりすることだが、加藤さんはそんなことを心配する必要はなかった。
通常、生体強化はもっと若い時に施して、遊んだり日常生活をすごしたりしているうちに、筋肉の動かし方などを自然と学ぶそうだ。
俺のように年を取っている人には、起きて体の動かし方を学ぶより、寝て無意識に体の動かし方を身につけさせるやり方をとるらしい。
おかげで、寝返りや寝相で部屋の中を暴れまわっていたとのこと。
勿論、ケガをしないように生体強化を施した後は、そういう豪快な寝返りなどをしても安全な部屋に移して寝かせておくようだ。
「……と言うことは、生体強化後も寝ていたってことですか?」
「ええ、だからお腹空いているでしょ?
もう少しリハビリも必要だから、ここで食事をとりましょうか」
球体に近い、衝撃吸収材を部屋一面に設置した部屋の中で、ぎこちなく体を動かす俺に、エミリーさんが食事を持ってきてくれた。
それにしても、こんな部屋が宇宙船の中にあるとはねぇ……。
エミリーさんは、持っていた鞄の中から、サンドイッチと水筒を出してくれた。
まだうまく動かせない手を伸ばして、サンドイッチと水筒を受け取ると、少し身体がフワフワする。
こんなにも、自分の体を動かせないものなんだな……。
それにしても、このパンの間に挟まれてある食材は、ちょっと見覚えのないものだったのが、エミリーさんが美味しそうに食べるので、俺も勇気を出して食べる。
……うん、結構おいしいな。
「そうだ、エミリーさんに聞きたいことがあったんですが、いいですか?」
「ええ、どうぞ?」
「俺が引っ越した社員寮なんですが、何部屋か俺と同じように引っ越し作業をしていたんですよ。
もしかして、俺以外にも宇宙船の艦長になった人がいるんですか?」
エミリーさんは、俺の質問に笑顔で答えてくれる。
「ええ、加藤さんと同じように宇宙船の艦長になった人はいますよ。
加藤さんと同じ時期に入社した人は、全部で八人います。
その八人全員が、加藤さんと同じように宇宙船の艦長として働くことになります。
今もこの宇宙空間の宇宙船で、加藤さんと同じように新人研修をしているんですよ?」
窓から外の宇宙が見えるが、そんな新人研修をしているであろう宇宙船は確認することはできなかった。
俺以外の新人に興味はあるものの、今は自分のことで手いっぱいだ。
新人研修二日目は、食後、生体強化後のリハビリを再開し、いざ寝るときには宇宙共通語を少し睡眠学習で学ぶことになった。
▽ ▽
新人研修三日目。
まずは生体強化のリハビリがてら体を動かして、スムーズに動かせるか確かめる。
まだリハビリが必要だと分かると、一日リハビリに費やす。
早く、スムーズに動かせるようになりたいね。
俺の感じでは、もう少しなんだけどね……。
リハビリで一日を終えると、今日も寝るときに睡眠学習を使う。
寝る前にエミリーさんに聞いたが、この睡眠学習で宇宙共通語を理解できるようになるそうだ。
話せるかは別だとも教えてくれたが……。
▽ ▽
新人研修四日目。
今日は、亜空間コンテナを習得する。
ファンタジー物でいう、アイテムボックスと同種のものになるらしい。
ようやく、生体強化のリハビリで日常生活に支障なしと判断され、新人研修は次の項目へ進むことができた。
「今日は、この格納庫で研修を行います」
そう言ってエミリーさんが、案内してくれた部屋は治療室とは違い学校の教室ぐらいの広さしかない。
相変わらず、宇宙船の中とは思えない天井の高さだが、格納庫というには狭い空間だ。
しかも、この格納庫にはいろいろな種類のドアが設置されている。
この格納庫に入ってきた自動ドアを入れて、全部で十六のドアがあった。
そんな大量のドアを無視して、エミリーさんは格納庫の端にあった黒色のドアを持ち上げて運んできた。
「……あの、そのドアは?」
「フフ、これが『習得ドア』と呼んでいる亜空間コンテナの習得装置ですよ。
ここのドアノブを持って、ゆっくりとひねれば加藤さん専用の亜空間コンテナが製造されます」
「えっと、ファンタジー物なんかであるアイテムボックス、でしたか?
でもドアを開けると、人が入れる大きさの出入り口ができるんですが……」
「?亜空間コンテナは、人が入っても大丈夫ですよ。
要は亜空間に固定されるコンテナ倉庫ですからね。空気もありますし。
ただ、時間停止などをつけるには専用の装置が必要になりますけど……。
あれ、高くて手が出ないんですよね~」
……どうやら亜空間コンテナは、俺が知っているファンタジー物のアイテムボックスとは違うみたいだ。
人が入って作業ができるなら、どこからでも自由に出入りできる見えないコンテナ倉庫、ということか。
「………」
俺は、恐る恐る黒いドアにあるドアノブを素手で握り、ゆっくりとひねる。
すると、頭の上で『キンコン』という音が聞こえた。何かのチャイムか?
不思議に思いながらも、ドアノブをひねりきり黒いドアを押す。
……が、開かない。
「あ、あれ?」
「あ、加藤さん、ドアは引かないと開きませんよ?」
「……」
は、恥ずかしい……。顔が熱くなる感覚が分かる。
おそらく、今俺は恥ずかしさから顔を赤くしていることだろう……。
気を取り直して、ドアを引くと今度こそ開いた。
開いたドアは、コンテナの扉ぐらいの大きさがあり、中はここの格納庫と同じぐらいの広さがある空間だった。
……コンテナにしては、大きいかな?
「加藤さん、ちゃんと亜空間コンテナができましたね。
あとは、これを……固定して………はい、終わりました」
エミリーさんは、入ってきた入り口のすぐ横の壁についているパネルを操作して、座標固定したそうだ。
俺のいる座標を登録し、固定することによって俺の側に亜空間コンテナのドアが出現するようにしたのだとか。
「えっと、これで亜空間コンテナを習得したんですか?」
俺の質問にエミリーさんは、笑顔で答えてくれる。
「ええ、加藤さん専用の亜空間コンテナが製造できました。
今からでも使えますから、ここを出たら格納庫の外で試してみてください」
この後、亜空間コンテナ利用での諸注意を受けて、今日の新人研修は終わった。
もちろん、すぐに格納庫を出ると亜空間コンテナを試す!
すると、亜空間コンテナを利用したいと考え手を伸ばすと、ドアノブらしきものに当たる。
透明な何かに当たるということが、怖くてすぐに手を引っ込めたが、これが亜空間コンテナの入り口か、と気づき再度手を伸ばしドアノブをつかむ。
そして、ひねれば『ガチャリ』とドアが開き、何もない空間に入り口が出現した。
「す、すげぇ……」
俺専用の倉庫に、まるで魔法のようだと感動してしまった……。
▽ ▽
新人研修五日目。
この日からは、現在のこの宇宙がどうなっているのか直接、エミリーさんから学ぶことになった。
といっても、専門的な宇宙のことではなく、所謂『勢力図』的なものだ。
エミリーさんは、俺を最初に転送してきた場所に連れていき、説明を始める。
「さて、加藤さん。今、日本での日付は何年の何月何日になっていますか?」
「えっと、平成25年の4月5日です。西暦でいえば、2013年になると思います」
「はい、正解です。
ですが、私たちが使う暦は違います。
私たちが使う暦では、今は宇宙歴4259年4月5日となります」
「宇宙歴、ですか?」
「はい、私たちの祖先は宇宙へ進出し一大文明を築き上げました。
その時、暦は宇宙歴に改められたのです。
それから4000年以上たち、その勢力圏はいくつもの銀河を取り込み、さらに拡大しています。
加藤さん、何故私の姿があなたと同じような姿をしているか分かりますか?」
俺と同じ姿……。
それは人間の、ということかな。
確かに、この広大すぎる宇宙で俺たちと同じ人間の姿をしているっていうのは、少しおかしいよな。
生物の進化は、その惑星の環境によって異なるものだし……。
人間である必要……いや、利点を考えれば……。
「治療のしやすさ?親しみやすさ?繁殖のしやすさ?」
「フフ、なかなか鋭い所をついていますよ。
……正解は、医療技術の進化の副作用、といったところですか」
「副作用?」
「そうです。私たちは宇宙に進出し、いろいろな宇宙に住む人たちと交流し技術を学び、人類の糧としました。
その中には、今言った医療技術もあります。
中でも、再生医療は進化をし続け、今では生きたまま体を作りかえることができるようになりました。
加藤さんが、生体強化の時に入ったカプセルがありますよね?
ああいった医療用カプセルに生命培養液を入れ、再生医療の要領で人間の体を作りかえることができたのです。
まずは純粋に、欠損部位の再生から始まり、性別変換、人類以外の宇宙人の人間への身体変換といった具合に進化していったのです。
先ほど、副作用といったのは、本来はあるはずのない人類以外の宇宙人の人間への身体変換のこと。
実はこれ、ある人類以外の宇宙人の恋から始まった研究だったんですよ。
好きになったのがたまたま、姿形の違う人間だった。
あの人と同じ姿の人間になりたい、そんな想いから再生医療を身体変換に使って成功してしまった。
この成功は、いろいろな宇宙人に衝撃を与えました」
「でもエミリーさん、そんなに人類の体になりたいものなんですか?
いろんな宇宙人がいるなら、人類の体にあこがれるなんて……」
「そこなんですよ、加藤さん。
普通はありえないんですが、人類以外の宇宙人たちは考えが寛容だった。もしくは、自身の体に執着していなかった、というところでしょうか。
私たち人類は、別の宇宙人の体になることに抵抗があったんですが、その他の大多数の宇宙人は抵抗が無かったんです。
そのため、こうして人類の体を持つ宇宙人が増えたというわけですね」
……宇宙人の考えはよくわからんが、それだけ人類の勢力圏が広がって影響を与えたってことなのかもしれないな。
新人研修は一つの話で終わらせたかったのですが、長くなったので前編後編に分けました。