波乱の晩御飯
「ふぅ…やっぱ風呂上がりの牛乳は最高だな!!」
「GoG」からログアウトした後、俺は直ぐに1階に降りて風呂に入った。別に汗をかいてた訳でもない。ただ単に何だか入りたいなーって気分だったから入った。
俺は手に持った牛乳パックをテーブルに置いて友達に謝りの連絡をした。
誘ってくれたのに本当に申し訳ないなって思ってる。思ってるけどもし、「GoG」で最初に会ったのが友達だったとしたらきっとあの時のような最高の冒険は出来なかったと思う。
だからまぁ、本当に友達には悪いけどこれで良かったなのかなって部分の方が大きい。9.5割くらい…。
まぁでもアイツらは元々俺より先にやってる組だからレベル差とかの心配は要らないし何時でもできるから心配もクソもないな。家近いし。ってかガチり過ぎて2人ほど一時期学校来てなかったことがあった。その話はまた今度だな。
「さて、今日の飯の材料をゲッチュしに行くか」
そうそう。俺の両親は共に海外出張が多くて家にはほとんどいない。年に3回帰ってくるかこないかくらいだ。
だから飯の準備は俺たちでしなくちゃならない。もちろん家事もね。
んで俺は飯の準備、料理担当。音夢は家事担当って事になってる。偶に変わることもあるけど基本は俺が料理担当だ。
買い出しももちろん俺が行く。お金とかは送られてくるから困りはしない。むしろ多いくらいだ。…まぁこれも俺たちのこと心配してなんだろうけど。
俺は2階に上がってパーカーを着て財布をポケットに入れる。
「今日はカレーの気分だしカレーにするか」
「にぃ今から買い物?」
すると1階に降りようとした時、部屋の扉を少し開けて顔を覗かせる音夢が尋ねてくる。
「おう。今日はカレーだぞ」
「…私も一緒に行く」
「リビングで待ってて」と言って音夢は部屋の扉を閉める。いつもはそんな事言わないのに珍しいな。
言われた通りリビングで待つこと15分。ワンピースに麦わら帽子という夏満載の格好をした音夢が降りてきた。うーむ。普通の買い物なのに気合い入れすぎじゃないか?
元々顔立ちもいいし、スタイルもいい。おまけに家事も出来て運動もできる。人当たりも良く、欠点という欠点があまりない我が妹。
そんな美少女の数少ない欠点はというと周りの目に鈍感なことだ。
昔から何かと視線を集める音夢はそんなことお構い無しで突っ走ってくから俺がいつも守ってやらなきゃいけなかった。まぁそんな自覚当の本人にも無いんだろうけど。
「なぁなぁあの子可愛くね?」
「声かけてみるか?」
「いっちゃう?いっちゃう?」
家を出てから3分程。スーパーまでの道中、部活帰りの男子共が音夢を見てコソコソ話してるのを耳にする。ほれみたことか。
男子共の視線は完璧に音夢を捉え今にも声を掛けてきそうな雰囲気だった。俺がいるのにも関わらずだ。
「(俺のこと彼氏とかって思わないのかね。…いや、不釣り合いなのは分かってるよ?)」
兄妹だしな。それに漫画とかアニメみたいな義兄妹って訳でも、どっちかがどっちかに恋愛感情を持ってるって訳でも…いや、少なくとも俺はない。確認した事ないから音夢の方は分からないけど、まぁ0に近いだろうね。
「にぃ?どうしたの?」
俺が自虐で心を傷めていると横から覗き込むように顔を伺ってくる音夢。
まっ、こんな俺でも一応コイツのお兄ちゃんだ。そして妹を守るのは兄の役割。それに見るからにこの状況は悪い方向にしか行かなさそうだからこれをどうにかするのも俺の役目ってわけなのです。
「なぁ音夢」
「ん?なに?」
俺は音夢に笑いかけ手を取ると猛ダッシュで走る。
これが一番手っ取り早いからなー。スーパーまで早く着くし。
何もわからず手を引っ張られる音夢の顔はなんというか驚いた猫みたいな感じで凄い可愛かった。妹に恋するベタな漫画とかアニメがあるのはこういう子がいるからだとその時は少し思った。…別に俺はそういう感情持ってないよ?少なくとも音夢はそれに相応する妹ってだけだ。つまり俺は重度のシスコンってことだ。…あれ?それもそれでダメじゃないか?
「にぃ!着いたよ!」
俺がシスコンについて思考していると耳元で張り上げられた声によって我に返る。
そして前を見れば既にスーパーに着いていて、目の前では頬を膨らませプンプンと怒る音夢が立っていた。
「考え事しながら走ったら危ないでしょ!全く!先いくからね!」
そう言ってズカズカと俺を置いて中に入って行ったけど戻って来て「にぃはやく!」と急かす音夢に苦笑しながら小走りで向かった。
「にぃ、このジャガイモとこのジャガイモはどっちがいいかな?」
「うーん。こっちだな」
「この玉ねぎはどっち?」
「こっち」
「この人参は…」
「こっちだな」
こんな感じでパッパとカレーの材料を買っていき、最後に向かうはアイスのコーナー。
そろそろ家からなくなってしまうガルガル君を大補充するためだ。
ガルガル君は安いし美味しい。なにより俺と音夢がアイスの中で一番好きなのだ。
シャリシャリの食感、口に含んだときに広がる甘みと溶けだす氷達。本当によく開発してくれました。ありがとうございます。
それから会計を済ませ袋の中に買ったものを2人で詰めていると
「おぉ、神斗君と音夢ちゃん。こんばんわ」
ご近所さんのおじいさんに会った。畑仕事のあとなのか、おじいさんが着てるオーバーオールには泥が飛び散っていて顔には汗がタラっと流れていた。
「相変わらず仲がいいねぇ。どれ、そんな2人にオジサンからほんの少しのプレゼントだよ。」
そうして袋ごと出された物は「家に帰ってから開けてみてごらん」と言われたので御礼を言ってから遠慮なく受け取った。
帰り道。日暮れの空は茜色に染まりとても綺麗で、肌を撫でる風はとても心地よかった。
「ねぇにぃ!開けてみない?その袋!」
「あぁ、まぁ気になるし開けてみるか」
さっきからソワソワして袋を見ていた音夢。どうせ家まで保たないだろうなって思ってたし、それに俺も気になってたからいいか。
俺はおじいさんから貰った袋を開けてみると中には紙の袋に包まれた肉が入っていた。ただ、その肉が凄かった。
「え、にぃこれって…音夢の目おかしいのかな?」
「いや、俺の目も正常じゃないから。俺の目には黒毛和牛って書いてあるし。」
「やっぱりこれ黒毛和牛…」
…………。
しばしの沈黙。うん、どうリアクションをすればいいのか分からなくなった。
だってこれ「ほんの少し」に収まる物じゃないじゃん。明らかに「ほんの少し」の枠から飛び出てるよ。
音夢は音夢で黒毛和牛の名前をみてから口をパクパクさせて涎を垂らしそうになるのを必死に堪えていた。
「そう言えば肉買ってなかったから丁度よかったな。」
「…高級なカレーになりそうだよね」
それから家に帰ってから作られたカレーは俺が作った限りで最も高額のカレーとなった。