笑顔で十分です
ハルベル村の大広場。
毒液を吹き散らかす巨大な体は凄まじい速度で跳躍する。
いいように振り回される俺の視線はその速度を捉えることしか出来なかった。
「ジント!後ろから来るのですよ!」
けどシェイナは亜邪蜘蛛の動きを完璧に捉え、次の行動を予測、的中させ、回避、攻撃、防御。全ての行動を可能としてた。
さすが三桁超えは凄い。何をとっても今の俺じゃシェイナに勝てる部分は無いな。
張り切って突っ走ったのはいいが明らかに戦力外の俺。今も剣を持ちながら呆然と立ち尽くしてることしかできなかった。
「ジント!この蜘蛛の動きを「視れる」のなら慣れればいいのです!」
シェイナは数十も生える蜘蛛の足を完璧に捌きながら俺に声を張り上げる。
慣れればいい。簡単に言うけど一朝一夕でどうにかなるものじゃないだろ。ましてや俺は今日が初「GoG」の初クエストだ。
その初クエストのチョイスをミスったのは俺の責任だけど無茶振りすぎると思うんだ。
まぁやるけどね。諦めるのは俺の嫌いな事だし。
今も巨大な体を暴れ回す蜘蛛を見据えジントは静かに目を閉じる。
俺はいつもこう思ってる。
為せば成る。為さねば成らぬ。何事も。
諦めなけりゃ何でも出来るってな。
だから。
「やってやるぜこのやろう!!」
無理も上等!そんなもん百も承知ですしおすし!
俺は剣を下ろし視ることだけに集中した。
周りのことなんてどうでもいい。俺に向けられた殺気なんてくそくらえ。バケモノの動作、目線、調子。全ての情報はあの戦いの中に全部ある。
シェイナは亜邪蜘蛛との戦い、それよりも瞬きすらせず自分とこの魔物との戦闘を己の持ち得る全てで見ているジントに気が移っていた。
そして生まれた疑問。
「本当にあれは新人冒険者なのです…?」
職を授かるところも潜在能力値もレベルも全部見た、知っている。
なのに何故だろう。と。
とても新人冒険者とは思えないセンス、才能。
ゲームだと括っても現実に近い。それがVRMMO。
そして大抵の人はこんな状況に陥れば逃げる、腰が引ける、気絶、失神のどれがだろう。自分より強くて圧倒的な恐怖の存在だ、仕方のない事だろう。
全部間違っていない。ただカミキタジントは普通の者達とは大分違っているだけのことだ。
「シェイナ!」
「出来たのです!?」
いつでも終わらせることの出来るこのクエスト。それを長引かせてるのはシェイナ自身の、単純な好奇心。
カミキタジントのポテンシャルを見定めたいだけ。
「ごめん!無理だわ!」
しかし、二ヘラと笑いながら返ってきた思いもよらなかった言葉に一瞬、亜邪蜘蛛の攻撃を受けそうになる。
「どんなに頑張ってもあの蜘蛛となんか張り合えねぇ!無理だわ!」
張り合えない、無理。言葉にされたジントの答えにシェイナは少しショックを受けた。
違うと言っても普通の人とは「少し」だけだった。
しかし、その考えは一瞬で霧散した。
「よし!じゃあ俺も参戦するぜ!」
「…!?何が「よし!」なのです!?」
言葉と行動が全く持って違う滅茶苦茶なジントに頭がついていかないシェイナ。
そしてその頭を混乱させた当の本人は笑いながらシェイナと蜘蛛の元へ走る。
「無理とは言った!けど諦めるなんて言ってねぇだろ!!」
…あぁ、そうか。そういうことか。
ジントという人物に最も相応しい。行き着いたシェイナの答え。
「ジントは最っ高のバカなのです!!」
シェイナは笑いながら手に持った太刀を振り下ろす。そのひとつの動作は鮮やかで美しく、振り下ろされた太刀は寸分違わず亜邪蜘蛛の胴体に刺さり真っ二つに分断した。
亜邪蜘蛛の返り血を振り落としシェイナはジントに向き直る。
ポカンと口を開け「うわー…」とでも言いたげなジントは目に見えて驚いた顔をしていた。
「もしかして私のレベル忘れていたのです?」
「…今さっき思い出したわ」
そう言えばレベル250だったな。最初の唾インパクトが強すぎて頭の中からさようならしてたわ。
俺は真っ二つになった蜘蛛を流し見して剣を収める。
「何かあれだな、俺も強くならないとって思った1戦でしたよ。」
「そうなのですよ!早く強くなるのですよ、ジント」
こうしてあっけなく幕を閉じた俺の初クエスト。
俺とシェイナはクェーグルへ戻りクリア報告の為、亜邪蜘蛛の足と目を出した。
「これでクリアなのです」
「おう、そうだな」
あ、それから聞いた話だけどあの亜邪蜘蛛ってヤツ、A等級モンスターで推定レベルが80以上らしい。
いやー我ながらアホみたいなクエスト受けたわ。
にしてもあの爽やかな受付のお兄さん。俺がこのクエスト受けた時そんな必死に止めてこなかったよな。
「死んでこいやクソがとか思ってたんじゃないのです?」
「いや怖いこと言うなよ。」
それ本当だったら俺鬱になっちゃうよ。
「あ、あの!依頼を受けてくれた人、ですか…?」
俺がショボくれてるマネをしていると後ろから子供の声が聞こえた。
振り返って見てみればあの時クエスト用紙を配ってた少女が居た。
「ん?そうだよ」
「あ、ありがとうございます!!本当に、本当に…」
少女は俺に何度も何度も頭を下げて涙を流す。
この少女は何ヶ月も前、村から追い出されてからもずっと用紙を配ってたらしい。
「それでも誰も受け取ってくれませんでした…」
「…始まりの街って事もあるのです。恐らくこのクエストに見合うレベルのプレイヤーが居なかったのだと思うのですよ。」
そして少女は腰に着けた麻袋を手に取り俺にと、その袋を渡してくる。
「村の皆が出してくれたお金、です。本当に…ありがとうございました!」
少女は満面の笑みで御礼を言った。
…ふむふむ、これはあれを言うチャンスでは?
「お嬢ちゃん、お名前は?」
俺は地面に片膝をつき少女と同じ目線にまで腰を落とす。
「ミレーユです」
「ミレーユちゃん。もう報酬はいらないよ」
「えっ…?」
俺は笑顔を作りミレーユちゃんの手を握る。
「ミレーユちゃんの笑顔を貰ったからね。報酬はそれで十分さ。むしろお釣りがくるよ」
ふっふっふ…現実で言ったらヤバい奴認定間違いなしだが今ぐらい、ゲームでならイイだろう!!
いやー言ってみたかったんだよねこのセリフ!
俺は内心はっちゃけながら頬が赤くなっていくミレーユちゃんに麻袋を渡す。
まっ、冗談はこのくらいにして。
「ミレーユちゃん。このクエストを受けたのは俺だけどモンスターをやっつけたのは俺じゃないんだ。あそこにいる、ちっちゃいお姉ちゃんなんだよ」
「なのです!?」
さっきまで棒立ちしていたシェイナを指差し俺は少女に優しく笑いかける。
「あのクソ幼…お姉ちゃんにありがとうって言ってくれたらお兄さん、すっこぐ助かるかな」
「今クソ幼女って言おうとしたのです!したのですー!!」
うるさいなあのクソ幼女は。今良いところなんだなら邪魔すんなし。
俺はミレーユちゃんの頭を撫で凄い優しいお兄さん風の笑顔で畳み掛ける。
ミレーユちゃんは頬を赤らめながら頷き、ステテテテテーと効果音でも付きそうな感じでシェイナの元へ走って行った。
まぁ実際御礼を受けるのはアイツだしな。MVPはシェイナに譲としよう。
俺は立ち上がってオドオドと喋る2人を見つめる。
「カミキタジント様」
「あ、爽やかだけど腹黒い爽黒受付お兄さんじゃないですか」
「その呼び方はちょっと…」
俺が微笑ましく2人を見ていると隣に立ち俺に声を掛けてきた受付のお兄さん。
その手には報酬金が入っていると思わしき麻袋があった。
「この度は誠に申し訳ありませんでした」
なんのことで謝ってるのかは大体察しがつく。クエスト受注の時のことだろう。必死に止めてくれなかったもんな。
この「GoG」には特別このクエストを受けちゃダメですよー的な境界がないから受付の人次第で大抵どのクエストも受けられる。らしい。シェイナが言ってた。
例えレベル差が有り得ないほど離れたクエストでも大丈夫。まぁ今日の俺のやつとかだな。
爽やかお兄さんは申し訳ない様子で話す。
「何ヶ月も前からこの近辺で用紙を配り続けるあの少女の事を考えていたらどうしてもジント様を強く止めることが出来ませんでした。私情を挟んではいけない仕事なのは重々承知していたのですが…」
重苦しく話す爽やかなお兄さん。
別に怒る気も特に無いし逆に嬉しい。こうして面と向かってちゃんと話してくれる辺り好感が持てるってな。
「アンタも1人の人間ってことだろ。別にいいんじゃないか?」
俺だってこの人の立場だったらそうするかもしれないしな。
「ありがとうございます…!」
「いえいえ」
それから話が終わったシェイナのミレーユちゃんが俺の所へ来ていつか街が元通りになったら沢山の料理で御礼をするとの事を話してくれた。そりゃあ楽しみだ。
「お兄さん!えっと、その…」
モジモジとするミレーユちゃんは顔を赤くしながら俺の裾を掴む。
「私、頑張って大人の女になります!」
「…ん?」
そう言って走っていったミレーユちゃん。何だ大人の女って、早く成人したいのか?
「早く成人したい理由がきっとあるんですよ」
「むぅ、これはダメなのですよ…」
おっとまさか少女とフラグが立ってしまうとは。罪な男よ…
「キモイのです」
「はいそこ心を読まなーい」
「仕様なのです」
「そうか、仕様ならしようがないな」
「「………」」
「おい!!爽黒お兄さんまで引くなよ!!俺寒い人みたいじゃん!」
まぁそんなこんなで無事初クエストは達成したとさ。めでたいめだい。