あなたを たべたい
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花――なんて、美人を例える言葉があるけれど、彼女の――妥宮凛の美しさや魅力を語るには、そんな言葉では足りない。
到底足りない。足りっこない!
言うなれば高嶺の花。あれ、高嶺の花の『花』って、何の花なんだろう?
あたしがそんなつまらない事を考えていた時だった。
教室の真新しいスライドドアが、音も立てずにスッと開く。
「おい、遅刻ギリギリだぞ」
一部の女子から絶大な人気を誇る、アラフォー数学教師であり担任の桝岡先生が、だらしのない口調で叱りつけたのは――
「サーセン、サーセン」
一人の女子生徒と――
「すいません、桝岡先生」
一人の男子生徒だった。
ああ! 妥宮さん……なんて美しいんだろう。抱かれたい、いや、むしろ抱きたい!
見るもの全てを威圧する鋭い三白眼。その上でぱつんと直線に切り揃えられた前髪。そして彼女の最大の武器は、何といっても真っ黒で艶々なポニーテイル。
あのポニー、ほどくと丁度胸が隠れる位の長さなんだよね、うん。
「り、凛ちゃん、ちょっと待ってよ」
そしてこいつ。妥宮さんの後ろを腰巾着の如く、いや、金魚のアレの如く着いて行くのは多邑春斗。
切れ長で綺麗な目に高い鼻、薄い唇、おまけに白い肌。美少年という言葉が相応しいであろうこいつは、生意気にも妥宮さんの幼馴染みだ。
邪魔。ハッキリ言って邪魔でしかない。
「多邑。お前、妥宮のこと、ちゃんと教育しないと駄目じゃないか、学級委員長だろう?」
「はい……すいません」
席に座りながら謝る多邑。多邑と妥宮さんは、出席番号も一番違いだから席は縦列。高校三年になったばかりのこの時期なのでまだ席変えはなく、憎たらしくも多邑は妥宮さんの後頭部を見つめながら授業を受けることが出来るのだ。
「佐倉原学級委員長、お前もだぞ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
突然名前を呼ばれて、変な声が出てしまった。
ていうか担任、「教育」ってあなたの仕事じゃないの?
あたしが変な声を張り上げ上げたものだから、クラスの豚共が小声で「佐倉原たん、きゃわいい」とか「最高かよ……」なんて口にし始めた。
言い忘れていたけれど、あたしは佐倉原ゆりあ。桜なの? 薔薇なの? 百合なの? ってよく聞かれるけれど、断言しよう、あたしは百合が大好きだ。
豚共があんなことを言ったのには理由がある。
何かって? それはあたしが美少女だから。
自称ではなく通称。みんながそう言うんだもん。
まあ、目は大きくてくりっとしているし睫毛も長い。髪だってさらさらのふわふわで良い匂いがする。おまけに背も低い。声だってアニメのキャラクターみたいに高くて可愛いし、胸だって……この前測ってもらったらEカップになっていた。
我ながらハイスペックだと思う。でも、こんなものは不必要なんだ。
いくらあたしが可愛くて胸が大きくて、男子からの人気が絶大でも、肝心の想い人――妥宮さんは振り向いてくれないのだから。
同性なんだもん、仕方がないよね。
「ホームルーム始めるぞー。連絡事項は――」
そんな彼女の姿を遠目に眺める。連絡事項なんて、全く頭に入ってこなかった。
「連絡事項は以上だ。委員長、号令」
朝の号令は多邑の仕事だ。あたしはぼぅっとしながら立ち上がり、頭を下げて着席をする。
「あ、やっべ。古典の教科書忘れたし。多邑、貸してくれ」
「ええ! 凛ちゃん、それじゃあ僕が困るじゃないか」
「知るか。隣のクラスの奴にでも借りてこいや」
くう、羨ましい! 多邑の奴。凛ちゃんだなんて! あたしなんて妥宮さんって小声で呼び掛けるだけで、いっぱいいっぱいになるのに。
「あー、佐倉原ちょっと」
皆が一限目の準備に取りかかる中、桝岡先生があたしの名を呼んだ。
*
「ちょっと、これ重い……」
朝、あたしが桝岡先生に言いつけられたのは、
『国語の課題図書を放課後、図書室に返却しておいてくれ』
だった。
「重いっていうか、胸邪魔」
何故、数学教師の桝岡先生がそんなことをあたしに頼むのかは謎だったが――いや、一つだけ分かっていたのは、愛しの妥宮さんが図書委員だということだ。
『妥宮には頼みにくいんだよ、頼むよ佐倉原』
桝岡め……担任失格だろうが、なんて心の中で唱えながら、三階の渡り廊下から窓の外を見る。
茶道部での活動の後、学級委員長業務を嫌々多邑と済ませた。すっかり日も暮れてしまっているので校内に残っている生徒はほぼいないようで、辺りはしん、と静まり返っている。
今日のお茶菓子は美味しかったなあ、なんて思い出していると、ようやく図書室の扉の前に到着した。
あたしがてかてかの持ち手を掴んだ、その瞬間だった。
「や……あ、だめ……やぁ……んっ」
はい?
え……えっちぃ声が聞こえた。しかも図書室の中から。
可愛い女の子の声! って違う違う。これはきっとあれだな、どうせ豚共がえっちぃ動画でも観ているんだろう。あー、やだやだ。
……待って、あたしどうしたらいいかな。
手に持った本の山。これは図書室に返さなければならない。しかし、今ここで踏み込んでいまったら……。
「あたし、犯されるんじゃないかな?」
あれ、どうしよう、どうしよう。悩んでいる間にも、時間はどんどん過ぎていく。
ん、おや?
「やだ……やだやだ、やめて……んっ、ん……ハルくん……や……」
んん? この声、ひょとして……。
あたしは意を決して、ゆっくりと扉を開いた。すぅっと身を滑り込ませ、ついでにちゃっかり鍵も締めた。
あれ……誰も、いない?
あたしは課題図書をカウンターにそっと置き、聞き耳を立てる。
「待って、待って……ごめんなさい、ハルくん、お願いだから……ちゃんと謝るから……そこは……や、あっ、あっ……ちょっと……」
声は図書準備室から聞こえた。抜足差足忍び足であたしは図書準備室の前に辿り着いた。
磨硝子がはめ込まれているので、中を覗くことはできな……あれえ?
少しドア、開いてるんですけど!
覗けと言わんばかりに! 開いてるんですけど!
あたしはもうテンションMAX、火照る体と昂る感情を抑え込みながら、その隙間に顔を近づけた。
「――――――っ!!」
えーっと、えーっと、ちょっと待って……衝撃的過ぎて、えーっと……何から説明しましょうか。
まず、あたしの覗いた先にいる人物に視線が辿り着く前に目に留まったのは、ミントグリーンのショーツだった。透けるような繊細なレースがあしらわれ、ピンク色の小花がプリントされている、見るからに可愛らしい下着だ。
そしてその持ち主と思しき人物は、あたしから見て右側の壁にびたんとその背を張り付けていた。
「ん……んっ……んっ……!」
妥宮凛。
それは愛しの、あたしの妥宮さんだった。
妥宮さん、下着可愛い! クール系な物を身に付けているイメージだったけど、女の子らしい下着派なんだね!
って、違う違う!
彼女の頬は赤く染まり、眉は苦しそうに寄せられ目も閉じかけていた。塞がれた唇からは、だらだらと唾液が滴り落ち、彼女のセーラー服の襟をも濡らしている。
あっ……。
プリーツスカートから伸びる、細い太腿の内側。そこにも唇から滴る唾液と同じ様に、艶やかな液体がべったりとまとわりついていた。
ちょっと……これ……。
「凛」
「にゃ……に……」
妥宮さんの名を呼ぶそいつは、乱暴に重ねていた唇を離し、彼女の耳を噛んだ。
多邑。多邑春人だ!
気の弱そうな態度は何処へやら、彼はいつも長い前髪で隠している額を露にし、強い語調で妥宮さんを苛める。
「濡れすぎなんだよ、馬鹿」
「だ……だって」
「だって、なんだよ」
「ハルくんがそんなっ……やっ……ぁ……そんなとこ、触るっ……から……」
ていうかハルくん!? ハルくんって何!?
妥宮さん、いつもは「おいコラ多邑」って呼んでるよね!? 多邑も「り、凛ちゃん」って呼んでるよね!?
ハルく……じゃない、多邑は――多邑の右手は、壁に押し付けた妥宮さんのセーラー服の中へと潜り込んでいた。そして左手は、プリーツスカートの裾へと差し込まれている。
に、二刀流……!
多邑は器用に両手を動かし、その度に妥宮さんがもぞもぞも体を捻り、かわいい声を上げる。
服の上からでも分かる多邑の手の動きは、完全に妥宮さんの体を弄くり回しているそれだった。
「凛、僕もう我慢出来ないけど」
「へ?」
「先生にも言われたし。お前を教育するようにってさ」
「そ、それはこういうことじゃ、ないんじゃ」
「うっせー、黙れや」
「ふぇ……や、やぁぁぁぁぁぁっ……あっ……ぅ」
あ……ああ、あああ! ちょっと、ちょっと待て多邑。お前、私の! 私の妥宮さんにこれ以上何を……何をするつもりなんだ!?
「待って、ハルくん待って……ここじゃ、声が」
「あぁ? ならこうすりゃいいだろが」
「あっ、んっ! んーんー!」
妥宮さんの制服のスカーフをほどいた多邑は、あろうことかそれを彼女の口へと突っ込んだのだ。
「これでいいだろが……よし、ちょっと待てよ……」
え、ちょ……まじで、まじで多邑……おい、おいおいおいおい! それは、ちょっと……。
「ん、んーっ! んー! んっんっんっ」
だめ、だめ、だめ!
「ちょっと待てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
……やってしまった。
バァンっと全力で引き戸をスライドさせてしまったあたし。
グ……グッジョブ!
「あぁん? ……佐倉原?」
「んんんんんっ!」
乱れきった制服を身に付けた二人を、あたしは力一杯睨み付ける。
「多邑! あたしの大事な妥宮さんに、手出してんじゃないわよ! この豚め! 捌いてトンカツにでもしてやろうか!」
「こえーよお前。そんなキャラだったのかよ?」
「好きな子の前ではキャラ崩壊など仕方のないことよ、構わぬ!」
「なんかまたキャラ変わってるし。つーか、んなことはどーでもいいんだよ。よくも俺達の楽しみを邪魔してくれたなあ?」
言いながら多邑は、つかつかとあたしに詰め寄り、制服の胸倉を掴んだ。
「お前、やっぱり可愛いよな、顔は。胸もデカいし」
「なっ……なんですって!」
「止めろや多邑!」
バチンと多邑の後頭部を殴ったのは妥宮さん。あれ、語調も戻ってる?
「いってえな、何しやがる凛!」
「何しやがるだと? そりゃこっちの台詞だ! 佐倉原、さっき何て言った?」
「さっき?」
突然そんなことを言われてもさ、えっと……。
「なに?」
「かーっ! 覚えてねえのかよ。お前は言ったぞ、『あたしの大事な妥宮さん』って」
「え……あ、あたし」
やばい。勢いで告ってしまったよ、あたし。
どどどどどどどどどうしよう!?
「お前、私のこと好きなんだ?」
「へ……え、う、うん」
うんって言っちゃった、えへへ。
じゃなくて!!
「へぇ……ふうん」
多邑を押し退け、乱れた格好の妥宮さんが、どんどんあたしに近寄ってくる。
「私はね、男でも女でもどっちでも食せるんだ」
「しょ、食す!?」
「ああ。見てたんだろ? 私とハルく……多邑がナニをしようとしてたのか」
「う……うん」
ごくりと唾を飲む。妥宮さんの指があたしの頬を、首を伝い、最後にふわりと髪を撫でた。
わ……いい匂い。
「おし、決めた」
「な、なにを」
妥宮さんは、にやぁっと唇を歪めて嗤う。ああ、もう、なんて魅惑的な顔をするんだ。
「おい、多邑」
「あ? あー、わかったわかった」
あたしの顔を、妥宮さんの両手が包み込む。そして。
「――っ!」
まじか。
ありがとう、神様。
ありがとう、妥宮様。
あたしの、初めての――――。
初恋の女の子と交わしたそれは、とても熱くて、熱くて、熱くて――体がじんじんと、彼女を求めて――更に熱く、熱く火照って――
「た……妥宮さん、好き……」
あたしを快楽の淵へと引きずり込む。
「ったく、僕にも食わせろよな、凛」
「やなこった」
妥宮さんが欲しい。妥宮さんが欲しい。
あたしは、なりふり構わず彼女のセーラー服を剥ぎ取り、ゆっくりと押し倒す。
「はッ……はッ……はッ…………んっ」
スカートにも手を掛け、セーラー服と同じ様に剥ぎ取った。もう、我慢できない。する必要もない……よね?
止まらない――――――――どうしよう、どうやって彼女を、楽しませてあげようかな。
「佐倉原……っ」
ああ、もう、駄目だよ妥宮さん、そんな顔しちゃあ。
熱い体。あたしは今、妥宮さんの腰辺りに跨がっているけれど、接しているそこが熱くて、熱くて――熱くて堪らない。
ええい、もうっ!
「早く脱ぎなよ、佐倉原」
そう言って伸びてくる妥宮さんの手。
ふ、ふふふふふふふふふ……。ああ、もう、幸せすぎて、死んじゃってもいいくらい!
妥宮さん! 妥宮さん! 妥宮さん! 妥宮さん! 妥宮さん!
「あ……さ、佐倉原……っ」
「なあに、妥宮さん」
愛しの彼女に、体を重ねながら――触りながら、苛めながら、弄くりながら、あたしは問う。
「好き」
「あたしのほうが、好きだもん」
「美味しく料理して、食べてあげるからね」
「こっちの台詞」
夢中になりすぎてて、あたしは気が付く筈がなかったんだ。
あたしの背後で、そろりとドアの鍵を閉めた多邑の――――――
多邑の口が、めちゃくちゃに裂け、広がり、涎を撒き散らしながら、あたしの頭部を飲み込もうと――食そうとしているだなんて――――
「妥宮さんっ……かわいい、好き……大好き」
気が付く筈がなかったんだ。
「はあ、食った食った」
「お前ばかりズルいじゃねーか多邑」
「凛だって食っただろう?」
「私は四肢、それに右胸しか食べてないぞ」
「十分だろうがよ」
「あー、食いたりねえな」
頭の後ろで手を組んだ少女の見つめる先――人間の血液でべたべたになった床の上には、引き裂かれてボロボロになったセーラー服――
「もう一人、食うか」
それに、真っ赤に染まった上履きが持ち主を探すかのように、血の海の上をゆらゆらと泳いでいた。
気分転換に書きましたが、短編って難しいですね。