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中央区画/地図

 僕が所持している「地形探査」スキルは地図屋に必須のものだという。しかしそれをSまで上げている人間は少なく、僕の作った地図は凄まじい精度を誇り、地図にはリアルタイムで存在する魔物の位置や種類が分かる。高性能のレーダー、あるいは無数の監視カメラを敷いているも同然で、魔物から逃げ隠れるのにうってつけのものだった。

 僕は言われるがままに念じた。すなわち、一度探査した地点の地図はいつでも出現させることができるという。僕の手から紙片を丸めたものが現れた。それを広げるといびつな形で切り抜かれた地図となっていた。地図上から浮かび上がるような立体図。ちょうど飛び出す絵本のように、様々な角度から状況を確認できるらしい。

 雫石が首を傾げる。


「あれ。いつも正方形の地図が出てくるんですけど……。あれ」


 真理がいびつな形の地図を取り上げ、ふうんと眺め渡した。


「ちゃんとした地図を出現させるには、練習が必要なんですよ。私も随分有村さんにしごかれました。縮尺とか、地図の形状とか、情報量とか、自由自在なぶん、慣れないとおかしな地図が出来てしまうんです。でも初めてにしては上出来ですよ」

「そっか……、ちょっと時間をくれるかな」


 僕は懲りずにまた地図を出した。今度は四角形の地図が出来たが、中身を見ると砦の一部分しか切り取っていない地図だった。二度三度と繰り返していく内にまともな地図になっていた。とうとう砦全景とその周辺を一枚に収めた地図が出現した。

 真理が目を丸くして驚いている。


「私なんて一か月練習してやっと形になったのに……。やっぱり有村さんは有村さんなんですね」


 記憶はないはずなのに、コツのようなものは覚えていたのかもしれない。その地図には無数の魔物が砦のいたるところに現れていることが示されていたが、砦が入り組んだ構造となっているため、まだ奥深くまで侵入している個体はないようだった。


「こっちから行けば安全に中央区画まで行けるかと」


 真理が先導を始めた。それに僕と雫石が続き、玉垣がしんがりを務めた。

 僕は人数分の地図を出しておいたほうがいいだろうと思い、走りながら地図を出しておいた。良い練習にもなる。地図を雫石と玉垣に渡し、自分の分も確保した。


「太っ腹ですね麒一郎さん。いつもこれ一枚でウン百万は請求してくるのに」

「そんな価値があるのかな……、この地図に」

「地図を作るのにも、その場所を踏破しなければなりませんし、利用価値という点からも十分ですし、いいんじゃないでしょうか。買い手がつく以上は強気な価格設定でも構わないでしょう。もちろん魔界開発に貢献したいっていうのなら、もっと安くしてもいいとは思いますが」


 僕たち4人は砦の通路を疾走した。途中、通路をくねくねと曲がったり、上階や下階の間を行ったり来たりしたが、魔物を避けるためだった。ときどき魔物と遭遇したが、真理と雫石が早急に片づけてくれた。

 魔物は魔力に反応すると言っていた。僕たち人間も魔力を持っているから、恐らく砦内の魔力を使用している施設を破壊し尽くした後は、僕たちが立て籠もった場所に集まってくる。

 砦を巨大な棺桶に見立てることだってできる。もしかすると砦を脱出したほうが良かったかもしれないが、魔物は障害物のない場所なら凄まじい速度で追ってくるだろう。それに魔族が砦襲撃の指揮を執っているなら無事に逃げおおせるとは思えない。

 僕たちは中央区画に辿り着いた。そこは非常時の最終防衛施設として設計されており、巨大な障壁が三枚用意されていた。中に入った後、真理がパネルを操作して障壁を下ろした。

 中は狭かったが地下室があり、そこには幾らか食料や水が備蓄されていた。しかしあの魔物の数を考えれば、食料不足になる前に魔物との戦いを余儀なくされるだろう。


「とりあえず一休み」


 玉垣が近くにあった小さな棚の上に腰かけた。僕は床に座り込んだ。そして地図を広げる。砦に魔物が侵入し、破壊の限りを尽くしているのが地図上で確認できた。どんどん施設が消滅していくのが分かる。


「凄いですね。リアルタイムで魔物が移動しているのが分かる……」


 僕の近くに雫石がしゃがみ込んだ。そして地図上の砦の屋根に軽く触れる。すると屋根が吹き飛び、砦の下階の様子がよく見れるようになった。地図に触れることで見たい情報を選択できるようになっているらしい。よく出来た地図だ。


「雫石さんも、僕の地図を見るのはあまりないんですか」

「こうして間近で見たことは一度もないですよ。高級品ですもん。麒一郎さんだけじゃなくて、魔界の地図屋が作る地図は総じて高値です。地形探査スキルBをセットした人間の地図の相場は、確か20万円くらい。スキルAの地図は100万円くらいだったかな」

「随分値段に差異があるんですね」

「質が違いますからね。精度が違う、情報量が違う、自由度が違う。ついでに言えば、それだけの地図を完成させるのに必要な投資額も違う」


 僕はふうんと返事をしながら、地図をくまなく探した。雫石が僕が必死になって地図を見ているので、不思議に思ったか、


「何を探しているんです?」


 と尋ねてきた。僕は魔物がうじゃうじゃと涌く魔物にうんざりしながら、


「碓氷さんと箕輪さんがいないかと。彼らがどこかに隠れているなら、助けてあげたいと思いまして」

「……麒一郎さん、碓氷さんは責任感の強い人です。ああいう形で北の守りを請け負った以上、連絡もなしに持ち場を離れることはないでしょう。そして、今、連絡はない」

「……死んだってことですか」

「恐らくは。箕輪さんもそうです。国定さんたちも、逃げおおせることができたとは思いません。たぶん砦の人間で生き残っているのは私たちだけです」


 僕は大きく息を吐いた。まだ気持ちは興奮状態にあるから分からないが、落ち着いたとき、間近に人の死を見たショックが幾度も押し寄せてくるのだろう、その予感があったので憂鬱だった。


「魔界ではこういうのが日常茶飯事なんですか? それとも滅多にない?」

「滅多にありませんね。魔族が指揮を執って砦を落とそうとしていることも、稀です。もちろん私たちはまだ魔族が本当に近くにいるのか確認してませんが、魔物の統率がとれているのでほぼ間違いないかと」

「そもそも魔族とか魔物っていうのは何なんですか。どうして人を襲ってくるんです」

「魔物は魔力に反応して襲ってくるだけなので、人間をターゲットにしているのかどうか不明です。ただ、魔族は明確に人間を敵視していますね」


 雫石は淡々と言う。


「敵視している理由は分かりません。かなり昔からこういう関係は続いていますから。最近になって人類はスキルの能力を余すことなく活用できるようになりましたが、それより前は、魔族は一方的に人間を虐殺する立場でした」


 そう、そんな事実があったような気がする。僕はおぼろげな記憶の中でそう思った。

 僕は地図を眺めるのをやめた。この魔物の群れの中で生きた人間がいるとは思えない。碓氷と箕輪は死んだとみるのが妥当だった。

 僕は悲しさより虚しさのほうが強かった。たぶん、僕がかつての有村麒一郎として存分に活躍したとしても、この砦は破られていた。この圧倒的な物量を、熟練の戦士一人の力でひっくり返せるとは思えない。しかしもしかすると、この中央区画のシェルターまで、もっと多くの人間を避難させるくらいはできたかもしれない。

 あるいは、もっと僕がしっかりしていれば、地図を全員に配り、それぞれ砦を脱出することもできたかもしれない。今回は南北から魔物が押し寄せてきたが、地図を見ていれば魔物の襲来を事前に察知し、安全なルートで逃げ出せていたかもしれない。

 僕がちゃんと地図を活用できていれば……。


「えいっ」


 頬に痛みを感じた。ぎょっとして見ると、真理がそっぽを向きながら僕の頬をつねっていた。


「真理ちゃん……?」

「その呼び方、やめてください。何度言ったら分かるんですか」


 真理はそっと僕の頬から手を離し、近くの床に腰かけた。体育座りで、僕に背中を向けている。


「……有村さん、もしかして仲間が死んだのは自分のせいだとか思ってないですか」

「え。いや……、それは」


 真理はちらりと僕のほうを見て、嘆息した。


「心配しなくても、きっとあなたが記憶を失ってなかったとしても、たくさん人は死んでましたよ。あるいは、全滅してたかも。もし記憶を失う前の有村さんが事前に危機を察知していたら、誰にも言わずにこっそり逃げ出してたでしょうし」


「それは……」


 反論できなかった。話を聞く限り、そういうことを平気でやりそうなのが、記憶を失う前の僕、有村麒一郎という男だ。

 真理は背中を僕にわずかに預けてきた。軽く触れた彼女の衣服越しの体温に、なぜだか僕はほっとした。


「だから、気にしないでください。胸を張れとまでは言いませんが……、落ち込んでいる場合ではありません」

「あら、慰めてあげてるの、真理ちゃん?」


 雫石が笑っている。真理は慌てて首を振った。


「そんなんじゃ……。でも、張り合いがないのが嫌なんです。あなたは私の上司であり、師匠ということで通っているんですから、もっとしゃっきりしてくれないと、私が恥ずかしいです」


 僕は微笑した。


「ありがとう、真理ちゃん。気を遣わせてたね」

「だから真理ちゃんは……。はあ、もういいです。でもせめて『ちゃん』はやめてくれませんか? 本当、鳥肌が立つんです」

「分かった、ごめんね、真理。これでいいかな」

「はい」


 真理は居心地悪そうにうなずいた。それから体の向きを少し直して、僕のほうを向いた。


「……それで、今後の方針ですけど、ただ閉じこもっているだけだと魔物の攻撃が障壁に集中して長くもたないので、ある程度は反撃しないといけないと思うんですが」


 雫石が身を乗り出してくる。彼女は地図を指差しながら、


「そうね。できれば攪乱もしたいけど、出入り口が一つしかないから、あまりここから離れると中に戻ってこられなくなるから、つまり……」


 二人の女性が協議を始めた。僕はそれを近くで聞きながら、ふと玉垣のいるほうを振り返った。玉垣はいつの間にか持ってきたのか、保管庫にあったスチル容器の水を飲んで、のんびりしていた。

 恐怖や危機感はないのだろうか。僕は疑問に思いつつ、広げた地図に視線を戻した。

 瞬間的に目に入ってきたのは一つの点だった。

 それは無数に地図上に示される魔物の気配とは異質だった。凄まじい速度で地図外から地図の中央に向かっている。

 その黒い点はまっすぐここ中央区画に向かっていた。

 鳥肌が立った。僕は咄嗟に叫んでいた。


「何かくる!」


 次の瞬間、下ろしたはずの三枚の障壁が派手な音を立てて吹き飛んでいた。破片が部屋の中に飛び込んできて、座り込んでいた真理を襲った。もしそれが僕に向かっていたら僕はスキルで強化されていたから死ぬことはなかっただろうが負傷はしていただろう。真理は素早く手を突き出し魔法で自分を保護した。

 僕の目の前を破片が飛び去っていく。僕は立ち上がろうとしたがふらついた。雫石が脇を支えてくれて、何とか自分を立たせる。


「一瞬で破られちゃったな」


 玉垣が面白そうにぼやく。障壁に穿たれた巨大な穴から、一人の人間が姿を現す。

 いや、最初人間だと思っただけで、よく見たらそれは人間ではなかった。魔物でもない。黒い肌に紫色の八枚の翼、服を纏わぬ2メートル超の亜人。それこそが魔族の姿だった。

 魔族はゆっくりと部屋の中に入ってくる。一行を見渡し、小さく息をつく。よく見ると全身に傷を負っていた。赤黒い血がしたたり落ちている。固まった血が模様のように体表にこびりついている。

 魔族はゆっくりと話し始めた。


「カメが甲羅の中に頭をひっこめたとき、それをどう捉えるべきか……。どうぞその甲羅ごとぶっ壊してくださいというポーズだと、俺は解釈する。散り散りに逃げられることを警戒していたが、引きこもってくれたな。嬉しくて、ついはしゃいじまったぜ」


 魔族が肉の塊を部屋の中に放り投げた。咄嗟に僕は目を逸らしたが、理解してしまった。それは人のなれの果てだった。空に向かって逃げ出した国定たちの誰かの死体で間違いなかった。

 玉垣が肩を回しながら僕たちの前に立った。僕は雫石に促されて一歩二歩と下がっていった。玉垣一人だけ対峙する形になる。

 玉垣は余裕を崩さずに、


「魔族か……。その傷、虎伏さんたちにやられたんだね? やっとの思いで逃げてきたって感じかな」

「そこをどけ。お前に用はない。そこの男……、有村麒一郎を殺しにきた」


 僕は目を見開いた。いったい何がどうなっているんだ。どうして魔族が僕を殺しにくる? 真理と雫石も驚いていて、僕のことを凝視している。

 玉垣はハハハと笑った。


「残念だけどそれはできないな。今ここであんたはおれに殺される」

「雑魚が。どけ。お前からは先ほどの二人ほどの力を感じない。大人しくしていれば命だけは助けてやる」

「慈悲深い魔族なんだなあ……。残念だ。本当に残念。おれはあんたの言う通り、それほど強くない。しかし、それだけに、人より目敏いもんでね」


 玉垣の言葉に魔族は一瞬考える素振りを見せたが、すぐに戦闘態勢に入った。身を屈めて玉垣に突進する。

 玉垣はそれを余裕の表情で迎えた。僕は、一秒後、この戦いが決することを直感した。どちらが勝つにせよ、また死体を間近に見ることになるのだと思い、緊張が高まっていた。







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