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防壁/瓦解

 護符が自動的に防御してくれるとは言われたけれども、いまいち実感できなかった。敵の攻撃を受けないに越したことはないだろうと判断し、むちゃくちゃに突っ込むのは自重した。異形の魔物相手に全くびびらなかった、と言えば噓になるが、15歳の少女が前線で戦っているのに逃げ隠れしているわけにはいかない。


「私が追い込みます!」


 真理が雷魔法を叩き込み、怪鳥と渡り合っている。怪鳥は真理の攻撃をうっとうしいとばかりに砦の上空を旋回し、滑空して死角から攻撃を仕掛けようとしてきた。しかし真理は背中に目がついているが如く、的確に魔法で迎撃した。バランスを崩して低空に落ちてきたところに、跳躍した僕の魔剣が叩き込まれる。

 もちろん僕には剣の心得なんてないし、この物騒な黒い剣の能力を十分に引き出せているか分からないけれども、剣の刃は怪鳥の翼を断ち切り、撃退することに成功した。簡単には斬れず、手に重い感触が残る。肉と骨を断ち切る生々しい感触を掌いっぱいに感じた。


「やれるじゃないですか、有村さん!」


 真理が褒めてくれる。しかし空中で怪鳥を斬った後、着地の仕方が分からずに頭から防壁の上に着地してしまった。真理が呆れているのが分かる。


「……撤回します、もっとしゃっきりしてください。幻滅してしまいます」

「ごめんごめん」


 僕は何とか立ち上がった。玉垣や国定、雫石、他のメンバーも、懸命に魔物と戦っている。魔物の数は一向に減る気配はないが、みな愚直に砦の南方面を攻め立ててくれているので、守ること自体は容易そうだった。あとは一人も脱落することなく、戦力を維持したまま少しずつ魔物の数を減らしていけばいい。いずれ殲滅できるだろう。

 余裕が出てきたのか、真理が玉垣の隣に立って、雑に魔法をばらまく彼の手腕を批判的に見ていた。

 玉垣はへらへらと笑っている。


「ごめん、神代さん、ちょっと緊張しちゃうな。そんな風に見られると……」

「どうして玉垣さん一人だけ先に来たんです? 虎伏さんと志知さんも一緒に連れてきてくれればよかったのに」

「もちろんそれができたらそうしていたよ」


 玉垣は苦笑する。


「ほら、おれって便利な転移魔法を使えるだろう? よくそれで買い出しとかでこき使われるんだけど……。援軍要請があったとき、たまたまおれだけ別の街にいたんだよね。転移魔法は使用にインターバルが必要だったから、虎伏さんたちとは別のルートでここに向かっていたわけ。神代さんから砦が襲撃されている旨が伝わったとき、俺だけ転移魔法で先に駆け付けた、と」

「どうして有事の為に転移魔法を取っておかないんですか」

「それは虎伏さんたちに言ってくれないかな……。あの人たちの命令に逆らうと服を燃やされて氷の檻に入れられるんだよ」

「あっ、だから、いつも焦げたような匂いがするんですね。香水のセンスが壊滅的なのかと思ってました」

「ふふ、そういうこと。しかし神代さん、おれの匂いを覚えていたんだね。おれも神代さんからは常々良い匂いがすると――」

「はいセクハラ。監獄行き。罰金20万円」


 玉垣は一瞬動揺したがすぐに笑った。


「罰金20万円って、妙にリアルな金額だね。相場がどれくらいか知らないけど」

「セクハラを認めるんですね?」

「いいよ。20万円払えば神代さんの隣にいてもいいっていうなら、幾らでも払うさ」

「うわ、くさっ……」


 玉垣は迫ってきた魔物の顔面を踏みつけながら快活に、


「普段おっさん二人に扱き使われているから、女の子と一緒に戦う機会なんて皆無なんだよね! しかもあの二人で大体戦いを終わらせちゃうから、別のチームの女性とも交流ほとんどないし!」

「なんですかそれ。冗談で言ったのに本格的にセクハラ発言に突入してるじゃないですか」

「いいじゃないか! っていうかおれも有村さんの弟子になろうかな! そうしたらたぶん女性とも交流をたくさん持てるだろうし!」


 記憶喪失の人間から何を学ぼうというのか……。それだったら素直に若い女性に雇ってもらうほうがいいのでは? しかし戦いの最中、さすがに口を挟むほどの余裕は僕にはなかった。

 玉垣のちゃらい一面に辟易したがそんなことはお構いなしに戦いは進んでいった。厳しい戦いだったが何とか乗り切れる見通しが立ちつつあった。僕が魔剣を振るう機会はそれほどなかったが、真理の指示の下、無難に役割を果たした。結局、護符の自動防御とやらにお世話になることはなかった。


「死体を足場にして、どんどん魔物たちが上に来やすくなっている感じだな」


 僕の近くで戦っていた国定がぼやく。


「砦の中に乗り込まれたらあっという間に形勢が逆転しかねない。注意して戦え」

「はい。……でも具体的にどうすれば?」


 僕の質問に国定は行動で示した。近くにいた魔物を遠くに吹き飛ばし、ボウリングのピンみたいに魔物たちを一気に倒していった。そして防壁の真下にある魔物の死骸の山に風の魔法を発動させ、大雑把に山を崩した。僕は感心した。


「豪快ですね」

「昔のお前なら『少しは計算して動け』と悪態を突いてきただろうにな」


 風に吹き飛ばされて比較的軽量の魔物の死骸が浮き上がってきた。砦の防壁のふちに叩きつけられる。べっとりと血肉が付いていたが、僕は不思議とそれを難なく受け入れられた。もう嫌というほど魔物の死体を間近で見ていたから今更だが、僕はわりと死骸を見るのが平気だった。

 記憶を失う前、嫌というほど見たのか、元々耐性のある人間だったのか分からない。僕は足が滑ったらいかんと思い、防壁のふちへばりついた血肉を下に落とした。


「よし、このまま戦っていれば、そろそろ虎伏たちが到着して敵を蹴散らしてくれるだろう。あまり無茶して魔物を倒すことに執心するなよ――」


 国定が一同に声をかけたときだった。突如後方から轟音が鳴り響いた。

 はっとして振り返ると、砦の一区画に小さなクレーターが出現し、火事が発生していた。まだ小さな炎だが延焼するかもしれない。北の防壁のほうに目を凝らすと、黒い影が無数に現れて、眺めている内にもみるみる増えている。あの影は魔物の群れだと気づいたとき、僕は血の気が引いた。


「魔物が北から侵入してる……。これやばいんじゃ」


 国定が舌打ちして自分の手で口を覆う。どうやら碓氷たちとの通信を試みているようだ。


「碓氷。箕輪。応答しろ。無事か? 頼むから返事をしてくれ」


 どうやら通じないらしい。魔物を蹴飛ばしながら真理が叫ぶ。


「どうします? 中央区画の中ならまだまだ持ちこたえられるかと」

「棺桶の中に立て籠もるのはあまり気が進まない。それだったら虎伏たちが控えている南方面に遁走したほうがまだ生き残る率は高いだろ」

「で、どうします」


 国定はかぶりを振った。


「……砦を放棄して南方面に逃げるぞ。今なら魔物たちは砦に引きつけられているから、そこさえ突破すれば――」


 しかしそこで国定は気づいたらしい。南方面、うじゃうじゃとひしめく魔物の更に後方、荒野の向こうから更なる魔物の群れが見える。よくよく見れば誰かがその群れと戦っているように見える。時折火柱が走り、魔法の痕跡が見られる。


「虎伏たちが戦っている――? っていうか、魔物多すぎだろう。ここだけで500、いや600体は湧いてるぞ。フォーマルハウト中の魔物を掻き集めてもこれほどの数にはならんだろうに!」


 僕は虎伏たちが近くにいるということに喜びかけたが、国定や真理、他のメンバーも緊張しているようだった。真理がぼやく。


「この私たちをあざ笑うかのごとき波状攻撃……。明らかに私たちの反応を遠くから観察している……」

「え?」


 僕は真理の発言の意味が分からなかった。真理は僕を睨みつけた。


「魔族です。魔族が近くにいます。普通は未踏破地域の奥地でしか遭遇しない連中なんですが、魔族の中には奇特な奴もいて、たまに人間狩りに出張ることがあるようなんです」

「人間狩り……!?」

「奴らは魔物を使役して砦を攻撃します。奴らにとっては一種のゲームみたいなもので、砦を落とせるかどうか遊んでいるんでしょう。通常の防衛体制ならこちらにも勝機はあるんですが、ここフォーマルハウト基地は他の基地と距離がかなりあって、増援が到着するのにも時間がかかりますし、それでなくとも最近人数が少なくて危うい状況でした」

「つまりどういうこと……」

「私たちが砦を出たら魔族が襲ってくるでしょう。そうなったらひとたまりもありません。魔族とだけ戦うならともかく、近くには数百体の魔物……。魔族は瞬殺できるような相手ではありませんから、魔物の脇を通り過ぎることができずに物量に圧殺されます」

「……砦から出ることは自殺行為だと」

「はい」


 僕はそのとき唐突に悟った。真美も国定も他のメンバーも、魔族が近くにいる可能性については前々から考えていたことを。考えていた上であえて深く言及しなかったこと。魔族が出張ってきたなら自分たちの生存確率がかなり下がるので、対策を講じても意味がなかったということだろうか。

 僕は小さくため息をつき、国定に向かって、


「籠城できる場所があるんですね? そこに行きましょう」

「ああ。しかし、そう長い時間持つ場所ではない」

「玉垣くんの転移魔法でもっと遠くに避難するというのは……」


 玉垣は魔物を蹴飛ばしながらなぜか笑っていた。


「インターバルが必要ですから、無理ですよ。明日の朝くらいまでは使用不可です」


 玉垣だけは余裕そうだった。僕はそれを不思議に思いつつ、


「砦の中に魔物が大量に侵入した以上、もうそこに行くしかないでしょう。それともここから魔物を押し返す方法が?」


 黙り込む国定に代わって真理が答えてくれる。


「有村さん、奥に立て籠もると言っても、気休め程度の時間しか稼げないんですよ。魔族と戦ったほうがいいかもしれない。正直言って、どっちも大差ないでしょう」

「でもここでうだうだ話し合ってても――」


 防壁を這い上がろうとする魔物への対処がおろそかになり、防壁の上に何体か魔物が上がってきた。迎撃したが押し返し切れず、メンバーの一人が魔物の毒牙にかかって悲鳴を上げながら防壁の下へと落下していった。


「ちっ……。解散だ! お前ら、各自それぞれ生き残れ!」


 国定はそう言うと、空中に舞い上がった。それに呼応する他のメンバーたち。防壁の上に残ったのは僕と真理、玉垣、そして雫石だった。国定たちは南の空へと飛び去ろうとする。その後を怪鳥が何十匹と追って行った。


「飛行速度ではあの怪鳥にかなわない。あんな逃げ方じゃあ、魔族相手じゃなくても捕捉されると思います。虎伏さんたち頼みの、一か八かの賭けですね」


 真理は冷静に魔物を捌きつつ、


「有村さん、中央区画に行きましょう。障壁を利用しながら戦えば時間を少し稼げます」

「時間を稼げば虎伏さんたちが助けに来てくれるんだよね?」

「まあ、そうなんですけど、まだここから距離があるんで、あまり期待できないですね。わりと絶体絶命の状況かもしれないです」


 真理は淡々と言う。玉垣もうんうんと頷いている。この若者二人は、死が差し迫っているというのに冷静だった。

 それまで黙り込んだまま戦っていた雫石は、魔物の頭部を拳で吹き飛ばしながら、


「麒一郎さん。スキルを全て戻してもらったんですよね」

「え、あ、はい」

「そして問題なくその効果を発揮できている、と」

「はい」

「なるほど……、それなら何とかなるかもしれません」

「え? どういうこと」

「説明は後で。まずは中央区画の障壁の奥まで避難しましょう」


 雫石が近くの魔物を蹴飛ばしながら、走り出した。僕と真理、玉垣の三人はそれについていった。

 真理が雫石を睨みつけている。


「方法って……。まさか有村さんの地図を利用するつもりですか」

「あら、分かっちゃった、真理ちゃん?」

「まさかタダで利用したいなんて言いませんよね」


 僕は驚いた。よく分からないが、この期に及んでそんなことを真理が言うとは思わなかった。

 雫石は笑っている。


「商魂たくましいね、真理ちゃん。麒一郎さんもそうだった。窮地に陥っていても、そんなことを言う余裕があったよね、うんうん」


 雫石が真理の頭をぽんぽんと撫でた。真理はそれを振り払う。


「そうだね。麒一郎さんはどんなピンチな場面でも、金集めをやめようとはしなかった。そんな場合じゃないだろと言われても、きちんとした報酬がないと仕事をしなかった。真理ちゃんはそんな師匠の言動を間近で見てきたんだもんね」

「……何が言いたいんです」

「麒一郎さんならどう行動するか。真理ちゃんはそれを考えて、そんなことを言っているんだよね。でもお姉さんを手玉に取るには、ちょっと真理ちゃんは可愛すぎるかな。ふふふ」


 真理はちらりと僕を見てから、低い声で、


「……そんなんじゃありません」

「報酬は後で払うわ。それでいい? ただ、地図料金は払うけど、そっちも治療代を払ってくれるのよね、真理ちゃん?」

「……それじゃあ、これでチャラということで」

「ふふ、了解。……じゃあ麒一郎さん、お願いします」


 僕はぽかんとした。


「な、なにをです?」

「あなたの地図を使えば、この窮地を脱せる。と私も真理ちゃんも考えているわけです。ね、真理ちゃん?」

「はい」


 僕は二人の女性に見つめられてすっかり困惑してしまった。玉垣はというと、値踏みするように僕を観察している。僕はごくりと生唾をのんだ。







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