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抗戦/救援

 砦の戦力はたったの7人だった。剣持が武東の遺体を日本に持ち帰ったので更に人数が減っている。また、僕の地図を買いに来た乙川のチームは昨晩既に砦を後にしていた。

 碓氷と雫石が僕のことなんてお構いなしに監視塔から降りていった。僕は必死にそれについていこうとしたが、二人は何と階段を使わず監視塔から地上へと飛び降り、砦への最短ルートを行った。さすがに自殺行為だったので真似はせず、階段を下りていくしかなかった。

 監視塔から降り切ったところで、真理が待っていた。


「有村さん、魔物が来たって……」

「うん。前回の八倍だって、碓氷さんが」

「碓氷さんと会ったんですか?」


 真理は驚いたが、そんなことを気にしている場合ではないと気を取り直したか、僕の服の袖を引っ張った。


「広間で協議が行われます。砦を放棄するかどうか」

「放棄……」

「砦を放棄したら、奪還するのも一苦労ですし、設備の修繕にも時間と労力がかかります。防衛したほうが良いに決まっているんですが、おそらく皆さん逃げる方向で話をまとめようとすると思います」

「協議に僕も参加していいの?」

「私が参加したいので近くで聞いていてください。うろちょろされて迷子になったら、助けられるものも助けられないんです!」

「は、はい」


 僕は頷いた。真理に引っ張られるようにして広間に向かった。既に他の6人が揃っていた。真理の到着と同時に、まとめ役の男――国定侑磨が話し始める。


「一分で決めたい。逃げるか否か。敵戦力は魔物が400体近く。前回の八倍だ」

「勝ち目がないとは言わないが、何人か死ぬだろうな」


 中年の男性がそう発言する。


「それに、砦への侵入を完全に阻むのは不可能だろう。ここもあちこちガタがきているからな。防壁や門の強度を盲信できない」

「7人で400体の魔物と戦うなんて、無茶ですよ。考えるまでもありません。逃げましょう。一方向から来ているんだから逃げるのは簡単でしょ? さっさと行かせてください。おれだけでも先に逃げたい」


 そう言ったのは若い男性だった。僕よりも若い。恐らく10代だろう。それに雫石が答える。


「逃げるのは賛成ですが、他の方角からも魔物が来ているかもしれません。これだけの規模となると、魔族が統率している可能性もありますし。ばらばらに逃げるのではなく、まとまって逃げたほうが良いかと」

「まとまって?」


 若い男性は僕のほうを見る。恐怖と嫌悪が入り混じった視線だった。


「……有村さんはどうするんです? まだスキルをセットしていないんでしょう。おれたちについてこられない」

「置いて行けばいい。こんな奴に付き合う必要はない」


 中年の男性が吐き捨てるようにして言った。僕はもう黙って聞いているしかなかった。自分が足手纏いなのは確かだし、自分のせいで他の人間が死ぬのを見ていられない。

 雫石が手を挙げた。


「私が抱えて持ちます。見捨てる必要はないのでは」

「雫石さんがそんな荷物を持っていたら戦力がたおちも良いところだ。まともに戦えるのか」


 中年男性が言い返す。そこで国定が自分の腕時計を見ながら言った。


「一分経った。とりあえず全員逃げるってことでいいかね」

「異議なし」

「それについては異議なしです」

「異議ありません」


 口々に言う。しかしここで真理が一歩進み出た。


「異議あり、です。ここで戦いましょう」


 真理の発言に一同が面倒くさそうに見返した。

 中年男性が嘆息する。


「勝算はあるのか? 以前お前がよくやってた無茶な修行とはワケが違うんだぞ。失敗しても誰もカバーしてくれない」

「勝算はありますよ。ただ持ちこたえればいい。一時間か、それくらい」

「一時間持ちこたえる? 何を言っている?」

「先日、剣持さんと武東さんが砦を離脱しましたよね。そのとき魔界ポータル付近でたむろしている三人組に増援を依頼したはずです。ですよね、国定さん」


 話を振られた国定は頷いた。


「……ああ。臨時に治安維持部隊の余剰人員をこちらに充ててくれると言っていた」

「その余剰人員って、たぶん、というか確実に、虎伏とらぶしさんと志知さん、それから玉垣さんの三人ですよ」


 もちろん僕はその三人を知らない。しかし一同の驚きようといったら、凄まじいものだった。全員動揺している。雫石や国定さえも驚きのあまり咄嗟に何も言えないようだった。

 碓氷が怪訝そうに真理に詰め寄る。


「なんなのそれ。虎伏って、あの虎伏獅狼? どうしてあの傭兵が治安維持部隊に手を貸してるって分かるの」

「私、よく、仲間になろうって誘われてましたから。有村とかいうワケの分からん奴のところからさっさと抜け出して、おれたちと一緒に仕事しようって。何度もスカウトされてました」

「え」


 一同が僕を見る。しかし僕もどう反応していいか分からなかった。


「結構頻繁に連絡を取り合っていたんです。ですから、最近虎伏さんが近くの魔界ポータルで治安維持部隊に雇われていたことは知っていました。もちろんここの砦に私がいるのは虎伏さんも知っていますから、自ら志願してこちらに来るのは確実ですよ」


 一同はしばらく何も言えなかった。国定が腕時計を見ながら言う。


「二分経ってしまった。方針を決定したい。虎伏獅狼とその仲間が救援に来てくれるのなら、これほど心強いことはないが。神代、虎伏と連絡は取れるのか?」

「可能です。お互いの魔紋は把握しています」

「現状を伝え、後背から魔物の軍勢を突くように指示してくれ。ここに留まるにしろ、逃げるにしろ、彼らに戦ってもらえるかどうかで大違いだ」

「分かりました。連絡を取るのに多少時間がかかるので……。逃げるか留まるかの最終決定は皆さんに任せます。私は外に出ていますね」

 真理が広間を出て行こうとした。僕の袖を引っ張る。僕はそれに従うしかなかった。

 広間を出て、真理は監視塔への通路の真ん中でぶつぶつ何か言い始めた。僕はそれをただ見ていることしかできない。

 ふと真理が僕のほうを見た。僕はなぜか少し緊張した。


「虎伏さん……、って覚えてますか?」

「いや。全然分からない」

「そうですか。今、魔界で最も強いと言われている魔法使いです。相棒の志知しち逢魔おうまさんも、日本で五指に入る冒険者と言われていて、たくさんの弟子が各分野で活躍しています」


 おうま、と言われてすぐ逢魔という字が思い浮かんだ。もしかするとかつての記憶が理解を少しだけ助けてくれたのかもしれない。


「志知逢魔……? すごい名前だね。本名?」

「本名らしいんですけど、大人になってから改名したそうです。詳しくは知りません。志知さんは雫石さんの師匠でもありますね」


 それから真理は大きく深呼吸した。僕は話しても大丈夫なのかと分かり、思い切って尋ねた。


「きみは、有村麒一郎――僕のことを嫌いなんだろう。どうして虎伏さんのスカウトに応じなかったんだい? ちょっと聞いた感じ、凄い人なんだろう?」

「凄過ぎるからですよ。もうちょっと強くなってからじゃないと……。せめて玉垣さんより強くなってから」

「玉垣さん?」

「虎伏さんの弟子です。あの人も虎伏さんにスカウトされて、彼らと一緒に仕事してますけど……。全然弱くて、足を引っ張りまくってるって話です。そろそろ玉垣さんが虎伏さんのチームに入って一年くらいになるのかな」

「そうなんだ……」


 どうしてそんな人が虎伏にスカウトされたのだろう。虎伏という人が誘ったということは、実は才能に溢れているのか、あるいは自身は強いが人の才能を見抜く目はなかったということか。


「……真理ちゃん、ありがとう」

「はい? 何がですか」

「もし真理ちゃんがああいう風に皆に言ってくれなかったら、きっと僕は逃げ遅れて死んでいただろうから」

「……雫石さんが抱えて逃げてくれたんじゃないですか。それに、有村さんのために発言したわけではないです。色々的外れですよ」

「それでも礼を言っておきたいんだよ。ありがとう。それに、きみが虎伏さんのところに行っていたら、僕はきっと無事ではいられなかった。僕の傍にいてくれてありがとう。ほんと、色々ありがとう」

「だからそれも、まだその時期じゃなかったってだけで……。ああもういいです、面倒臭い。どうでもいいですから、大人しくしててください。スキルも何も使えない有村さんは何の役にも立たないんですから。それと真理ちゃんと呼ぶのはやめてください、鳥肌立つんですよ」


 真理はそれから僕と話したがらなくなった。彼女は虎伏という人と連絡を取ろうとしている。魔法による会話を試みているようで、彼女の邪魔をそれ以上しないように黙っていた。

 やがて真理は虎伏との交信を終え、僕に向き直った。お互い何も言わなかったので気まずい空気が一瞬流れたが、ちょうど広間から雫石が出てくるところだった。僕と真理が同時に彼女のほうを縋るように見たので、彼女は驚いたようだった。


「どうしました、お二人して」

「あの、協議はどうなりました」

「ああ、ここで迎え撃つことになりました。魔物は今のところ南方からのみ押し寄せてきているようなので、防衛の形は簡単に整うと思います。あとはどれだけ相手の勢いを殺せるかですが、まあ頑張るしかないですね」

「あの、聞きそびれていたんですが、魔物がこういう形でまとまって襲撃してくることって普通なんですか」


 僕の質問に真理と雫石は顔を見合わせた。雫石が説明をしてくれる。


「……400体の魔物となると、魔界でうろうろしている魔物がたまたま集合して一斉に砦に向かってくるということは考えにくいですね。集団を統率する存在がいると考えたほうが自然かもしれません」

「さっき、魔族がどうのと言っていましたが……」

「そうですね。あ、魔族についても覚えてませんか。ざっくり言うと魔界の先住民ですよ。こちらの言葉を理解していて、たまにコミュニケーションが取れます。こちらを全力で殺しにくるので、大抵は罵詈雑言を投げかけられるだけですが」

「こちらの言葉……、日本語を理解しているということですか」

「いえ。英語とかフランス語とかドイツ語とかスペイン語とか、とにかく地球上の全ての言語を理解していますね。おそらく、言語を自動的に翻訳するスキルを使っているのではないかと言われています」

「スキル……、魔族もスキルを使うんですね」

「はい。私たち人間と同じように、貴石の力を引き出してスキルを使います」


 雫石が説明を終えたと同時に砦が大きく揺れた。僕は大きくよろめいたが、真理と雫石は根を生やしたようにその場から動かず、南方を見た。


「魔物が砦に攻撃を仕掛けてきたみたいですね。この後、砦を覆っている不可視のバリアを崩し、防壁に雪崩れ込んでくると思います」

「バリア……!?」

「砦全体が揺れるのは、衝撃と共に砦を覆っているバリアがびりびりと震動するからです。たぶんこれは数分ももちません。麒一郎さんは砦の奥で大人しくしててください」


 雫石が南の防壁へと駆け出す。真理もそれに続きかけて、ふと振り返って僕を見た。


「間違っても表に出てこないでください。スキルなしの状態で戦うことは不可能です。何の助けにもなりませんからね?」

「う、うん。分かった。気を付けて」


 真理は一瞬視線を逸らしてから、僕のほうをじっと見た。


「……どんなに嫌いでも、あなたを見捨てて自分だけ逃げるようなことはないですから。私はあなたとは違う」


 真理は駆け出した。僕はそれを見送ることしかできなかった。僕が記憶を喪失して最初に目覚めた日、外の状況を知ることもできないまま、砦の防衛の為に戦っていた武東という人が死んでしまった。たぶん今回も、僕が部屋の中でうずくまっている間に誰かが死に、僕は無様に生かされるんだろう。

 どうして自分はこんなにも無力なのだろう。広間から出てきた冒険者たちとすれ違いながら僕はそれを思う。


「有村」


 誰かに呼び止められた。振り返ると、そこには黒い巾着袋を片手に持った国定が僕を見ていた。


「何か……?」

「これを」


 国定は巾着袋を僕に渡してきた。中を覗き見ると、様々な色をした宝石が中に入っていた。


「えっと、これは」

「お前から没収した貴石だ。おれに何が起こるか分からないから一旦返しておく」

「は、はい」

「……さっさとお前にスキルを返すべきだったのかもしれない。お前が加勢してくれればこの戦いもずっと楽だったろうに」


 それはどうだろうか。スキルだけ返されても、記憶がないのだから戦い方もよく分からない。仮に目覚めた日にスキルを返されても、それが体に馴染むのは数日かかるという話だから、まともに戦えるようになっていたかどうか。

 僕は国定に一礼した。巾着袋を持って、あの日目覚めた例の部屋へと向かった。

 静まりかえったその部屋のベッドの上に腰かけて、巾着袋から貴石を取り出して眺めていた。僕には何もできない。ただ皆の無事を祈って、じっとしていることしかできない。

 遠くの音が聞こえてくる。戦いが始まったのだろうか。僕は目を閉じた。だからその異変がいつ起こったのか正確には分からない。

 近くで物音がした。僕ははっとして顔を上げた。ベッドのすぐ目の前、天井すれずれのところから黒い異物が出現していた。

 それは空間の表面にある薄皮を切り裂きそっとつまみ上げて隙間を作り出したかのようだった。異空間なんてものは見たことがないが、異空間としか表現できそうにないモノが出現している。

 長身の男がその異空間から顔を出した。髪を金色に染めた若い男で、ぞっとするほど肌が白く、細身だが筋肉質の体をしていることが服を着ていても分かる。

 男が部屋に降り立つと、異空間はみるみるしぼんでいった。僕は唖然としていた。男は服の埃を払い、それから僕に一礼した。


「有村麒一郎さんですね。お初にお目にかかります」

「き、きみは……?」

「おれは玉垣透。虎伏さんの言いつけで、加勢しに来ました」


 赤い手套をはめた彼は、不敵に笑んだ。








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