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スキル/貴石

 スキル、あるいはアビリティ、あるいはエフェクタ、単に「能力」とか「力」とか呼ばれるそれを、人類が自由自在に使いこなせるようになったのは、ここ10年くらいのことらしい。古代からある種の貴石が不思議な力を宿していることは分かっていたが、人間は貴石から自然に放たれる力を抽出することでしかその恩恵に十分にあずかれなかった。貴石を道具の一つとしてしか利用できなかったのだ。

 人体に直接貴石を埋め込むことで、貴石のポテンシャルを存分に引き出せる――その事実に気づいたのは、500年以上昔のこと。ただし貴石を埋め込まれた人間が爆発を起こして死ぬ事故が多発したので、悪魔の所業と恐れられていた。爆発を起こして死ぬ人間と、貴石の力を引き出して活躍する人間の違いを、科学的に解明したのは100年ほど前。人間は生まれながらにスキルをどれだけ扱えるか、そのキャパシティが定められており、その容量を超えた者は爆死というかなり派手な死にざまを晒すことになる。

 スキル容量の測定方法が確立されたのは、今から30年前。それまでは、貴石を埋め込んでも本当に大丈夫かどうか、運任せだった。もちろんそんな賭けに応じるのはよほどの蛮勇だけだ。更に、貴石に含まれるさまざまな力を解析する技術も30年ほど前から急激に発達した。それに呼応して、同種の貴石を重ね合わせることで、スキルの出力を大幅に引き上げることに成功した。


「スキルに関する基礎的な知識も欠落しているみたいですね」


 大量の資料を持ち込んでいた雫石が言う。ベッドの上で本を読み漁っていた僕は、頭をかいた。


「申し訳ないです……。でも、僕が生まれた頃からあるものですよね、この貴石ってやつは。日本のこととか、一般常識とかは大体覚えているのに、どうしてスキルに関する知識は失ってしまったんでしょう」

「ふうむ……」


 雫石は本を閉じ、何冊かベッドの上に放り出した。


「スキルに関すること、もしくは魔界に関することを忘れてしまっている感じですね。魔界に来てからのことは綺麗さっぱり忘れているのに、魔界から帰ってきてまた魔界に赴くまでの間にあった日本の政治事件は覚えている」

「そうですね……」

「一から覚え直すしかないですね。思い出すのを期待するのはちょっとまずい。無防備な状態を少しでも早く解消しないと」

「無防備、ですか」

「人間はスキルの恩恵がないと、魔界ではあまりに無力です。もっと言えば、地球と魔界を繋ぐポータルを通過するのにも、肉体をスキルで強化していないと、負荷に耐えられません。だから、本来なら麒一郎さんはすぐにでも日本に送り返すべきなのですが、それさえできない。早いところスキルを使いこなして、日本に帰って記憶喪失の治療を受けてもらわないと」


 僕は今、スキルを全く付けていない。暴動事件を起こした後、一時的に剥奪されたそうだ。僕にスキルを戻してやってもいいか、砦のメンバーで協議して決めるという。僕は砦の中では危険人物として扱われていて、治安部隊からすれば粛清の対象になりかねない。


「どうして、雫石さんは僕に優しいんですか」


 僕はたまらなくなって尋ねた。雫石は首をかしげる。


「……優しくされるのは落ち着かないですか」

「いえ。本当にありがたいと思っています。しかし僕は問題行動を起こしたのでしょう」

「ええ。突然暴れ出し、何人か怪我させました。どうして暴れ始めたのかは、本人に聞いてみないと分かりませんけど」


 そして本人は記憶を失ってしまった、と。僕がどうして暴れ出したのかは全くの不明だが、どんな動機があるにしろ、人を傷つけたことは許されない。


「雫石さんは、僕を軽蔑していないのですか。僕がどんな目に遭っても、自業自得だとは思わないのですか」

「私は医師なので。負傷した人間を放っておくことはできません。それに、私は麒一郎さんが無意味に暴れるような人間とはどうしても思えなくって」

「でも僕は粗暴な人間だったんでしょう」

「ええ。しかし同時に、合理的な思考の持ち主でした。たぶん、砦で暴れたのは、彼なりに理由があったんだと思いますよ。記憶が戻ったら、真っ先にそのことについて尋ねたい。私があなたに付きっ切りで看病しているのは、そういう理由からですよ」


 にっこりと雫石は笑んだ。僕は完全に納得したわけではないが、彼女の優しさをひしひしと感じていたから、素直に感謝の言葉を口にした。


「ありがとうございます。一日も早く体を治して、スキルも使いこなせるようになりたいですね。いつまでも雫石さんのお世話になっているわけにはいかないですし」

「あら、私はいいんですよ。こんな大人しい麒一郎さんって、本当珍しいんですから。ずっと眺めていても飽きないです。うふふ」

「そ、そうですか」


 僕はその後もスキルについてレクチャーを受けた。スキルには大別して、物理系スキル、魔法系スキル、技能系スキルの三種があり、それぞれにスキル容量が存在するという。たとえば僕の場合、物理系の容量は15、魔法系の容量は8、技能系の容量は33だという。この数字は、どれだけ多くのスキルをセットできるかを示す指標で、これを超過してスキルをセットすると体が爆発四散するという。


「物理系スキル、魔法系スキル、技能系スキル……、ですか。スキルって直訳すると『技能』とか『技術』ですよね。技能系スキルを訳すと『技能系技能』となるのでは」


 僕が何となく気になって指摘すると、雫石は大笑いした。僕は少し気分を害した。


「僕、何かおかしなことを言いました?」

「いえ。以前の麒一郎さんも全く同じことを言っていたな、と。あはは、やっぱり性格は変わっても、そういうところは同じなんですねえ」

「え? ああ……、でも、気になったので」

「そもそもこの貴石から得られる能力をスキルと呼んでいるのは日本だけですね。海外ではミナラルスキン、つまり貴石を埋め込まれてぼこぼこになった人間の肌にちなんだ名前だったのが、略してスキンと呼ばれるようになって、それを漏れ聞いた日本人がスキルと聞き間違えて、スキルという名称がこちらでは一般的になったそうですよ」

「えっ。それ本当ですか」


 雫石は舌を出して笑った。


「私が独自に提唱している仮説です。貴石の能力をスキンと呼んでいる地域が海外にあるのは確かですけどね」

「なんだ……、そうなんですか」

「まあそんな細かいところは置いておいて、スキルには三種あり、それぞれに容量が定められているということ。これが押さえるべきポイントです。物理系スキルは、身体能力を向上させたり、肉体に直接作用する効果を持ったスキルとなっています。魔法系スキルは魔法に関わるスキル、技能系スキルは、まあ、色々ありますね」

「色々、ですか」

「物理系スキルと魔法系スキルは、ある程度方向性が決まっていますが、技能系スキルは本当に多種多様なんですよ。新しいスキルが発見されたってニュースがたまにあるんですけど、そのほぼ全てが技能系スキルですね。冒険者の個性を決めるのが技能系スキルとも言われています」

「そうなんですか……」

「いちいち説明するより、実例を挙げたほうがいいでしょう。麒一郎さんが記憶を失う前にセットしていたスキル一覧を作っておいたので、ご覧くださいね」


 そう言って雫石は紙を三枚差し出した。そこにはスキルが列挙されていた。どうやらそれが僕がかつて愛用していたスキル群らしい。





物理系スキル 15/15

 俊敏強化A(7)

 筋力強化B(4)

 耐久強化C(2)

 自然治癒C(2)


魔法系スキル 7/8

 魔法耐性B(4)

 隠蔽魔法C(2)

 照明魔法D(1)


技能系スキル 33/33

 地形探査S(11)

 魔剣習熟A(7)

 護符習熟B(4)

 炎弓習熟C(2)

 治療C(2)

 運搬C(2)

 環境適応C(2)

 空中歩行C(2)

 探知D(1)





「よろしいですか」


 雫石が詳しい説明に入る。


「まず、スキルの種類が三つに大別されていますね。その下に7/8とか数字が書かれていますが、これは使用容量/最大容量を示しています。麒一郎さんの場合は容量ぎりぎりまでスキルをセットしているので、これ以上別のスキルをセットしようと思ったら、別のスキルを外す必要があります。貴石は体に馴染むのに数日かかりますので、普通スキル変更は戦闘の危険がない日本本土で行います」

「スキル変更ですか……、簡単に付け替えができるんですね。人体に鉱石を埋め込んだりするんでしょう」

「普通の外科手術でやる方法もありますが、スキル変更を手軽に行えるスキルというものも存在します。というか私がそれをセットしていますので、麒一郎さんがいざスキルを変更したいというときは、私が処置しますよ」

「あ、ありがとうございます。何から何まで……」

「いえいえ。私の場合、結構スキル容量に余裕があって、普通は戦闘用のスキルに費やすべきところに、こういう便利系のスキルをセットしているんですよね。皆から『ありがとう』と言われるのが快感で快感で。うふふ」


 まあそういう感性の人は珍しくないだろうが、スキルというのは人の生き死にが関わる選択だろう。そんな理由で容量を費やしてもいいのだろうか。これはゲームの話じゃないんだぞ。と僕は思ったが、魔界で長く生き抜いているであろう雫石にそんなことを言う度胸はなかった。釈迦に説法というものだ。それに、こういう人が一人はいてくれないと、砦が拠点としての意味をなさない気もする。

 雫石は説明を続ける。


「そしてですね、スキル名の下に書かれているAとかBとかのアルファベットと数字。これはスキルのグレードとそれに応じたコストを示しています。上からSABCD、の五種ですね。昔は貴石を人体に埋め込まずに使うタイプの『出力器』というものがあって、これをグレードEと表記していたのですが、現在では全く使われていません。Eはスキル容量を全く使用しないというのが利点ですが、かさばる上に効果が薄く、実用に足りないと言われています」

「そうなんですね」

「グレードDのスキルは、貴石を一つ体に埋め込んだものを言います。それをグレードCに上げるには、同種の貴石を更に七つ追加する必要があります。つまりグレードCはグレードDの八倍お金がかかるということですね。同様に、グレードBはグレードCの八倍、AはBの八倍、SはAの八倍、貴石を要します。さて問題、グレードSにするには、貴石が何個必要でしょうか?」

「え?」


 突然問題を出されて戸惑った。八倍の八倍の八倍の八倍、つまり……。


「4096個ですか」


 すっと計算ができた。どうやら僕は暗算が得意だったらしい。雫石はにっこりと笑んだ。


「相変わらず計算が早いですね。麒一郎さんの金勘定の速さは驚異的でした。……そう、グレードSにするには貴石が4000個以上必要です。最も安価な貴石である『筋力強化』は、大体一つ一万円で取引されているので、グレードをSにするのに4000万円かかるということです」

「とんでもないですね」

「麒一郎さんがグレードSにしている『地形探査』というスキルは、たぶん数億円かかっていると思いますよ」


 途方のない話だった。僕は自分がそんな金持ちだったのかと震えてきた。もしかすると、その貴石を売り払ってしまえば魔界に潜らなくても日本で遊んで暮らせるのではないかと思った。他にもたくさんスキルをセットしていたわけだし。


「なんというか……、ピンとこないですね。それって結構な資産ですよね」

「ですね。ただ貴石をセットしたまま死ぬと、宿していた貴石が全てただの石になるので注意ですよ。まあ、自分が死んだ後のことなんてどうでもいいと考える人もいるでしょうが」


 僕は大体スキルについて理解した。問題は、スキルが宿った貴石を返してもらえるかどうかだ。僕の貴石を預かっているのは国定侑磨という人らしい。ここの砦の実質的な責任者で、もう10年以上ここフォーマルハウト基地に留まっているという。一年に一度日本に帰って親に顔を見せるらしいが、すぐに魔界に戻ってきてここを管理しているという。


「国定さんに一度挨拶しておいたほうがいいでしょうか」


 僕が言うと、雫石はうーんと考え込んだ。


「どうですかね。国定さんは良くも悪くも中立ですから。必要ないんじゃないですか? あの人に気に入られると大変ですよ。しょうもない雑談に延々付き合わされる羽目になります」

「そ、そうですか。でも魔界について知るには、雑談といえども有益な可能性が」

「麒一郎さんっ」


 雫石は頬を膨らませている。


「今、あなたのお相手はこの雫石巴菜が務めているんですよ? 不足ですか? 魔界にこんな美人、なかなかいませんよ?」

「いえいえ、そうではなく……、雫石さんの負担が大きいかな、と」

「お気遣いありがとうございます。ですがこれは私が好きでやっているんですからね」


 僕は結局、彼女のお世話になりっぱなしだった。雫石が席を外したとき、真理が気まずそうに部屋に顔を出した。そのとき僕が真っ先に尋ねたのは、雫石のことだった。


「ねえ真理ちゃん、雫石さんって、誰に対しても優しいのかな」

「……真理ちゃんって呼ぶのやめてください。有村さんは私のことを神代かみしろと呼んでいました。あるいはボンクラとか」

「いや、それはさすがに……。じゃあ神代さん。雫石さんは誰に対してもあんな感じ?」

「ええ。でも、あまり信用しないほうがいいですよ」

「え? どうして? 良い人じゃないか。真理ちゃ――神代さんはそう思わない?」

「私も良い人だと思います」


 真理は僕のことを軽侮するような目で見ていた。


「でも、あの女に気を付けろと最初に言ったのは、有村さんです。どう気を付けるべきなのかは、とうとう教えてくれませんでしたけど」

「そ、そうなんだ」

「それより有村さん、そろそろリハビリを始めるべきときだと思うのですが」


 真理の目が冷徹そのものだった。僕は悪寒を感じ、反射的に雫石が早く部屋に戻ってくることを願ったが、すぐに考えを改めた。僕に対する真理の憎悪。もしその原因が僕にあるのなら、憎悪を受け止めるのもやはり僕でないとダメなのではないか。僕はそう考えた。


「リハビリか。いいね。ベッドの上で退屈していたところだよ」


 僕はベッドから立ち上がった。小柄な真理は僕を見上げる格好になったが、まるで僕を見下ろすかのように、その視線は高圧的だった。








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