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瓦礫/旅立ち

 国定が生きて砦に戻ってきたとき、真理は大いに驚いていた。しかし雫石は予想していたようで、


「あの人は不死身ですからね。これまでも厳しい戦いを生き抜いてきたそうですし」


 国定は僕たち一同に礼を言っていた。砦の管理者として、魔物から砦を守ってくれたことに心底感謝しているのだろう。しかし砦は半壊しており、とても守り切れたと言える状況ではなかった。


「有村さん」


 虎伏が手を振っている。黒髪、中肉中背、短めの顎鬚の男。出で立ちは普通の青年といった感じで、黒いコートを纏っている。


「あなたを守れてよかった。死なれると持ってる地図が全部紙屑になるからな。はは」


 どうやら虎伏は僕の地図をよく買ってくれているらしい。上客ということか。僕は曖昧に笑みを返した。


「どうも。こちらこそ助かりました」


 虎伏はきょとんとした。そして、ああ、と声を漏らす。


「そっか。記憶を失っているんだっけ。変な話し方をするなあ。おっ、真理。久しぶり」


 虎伏が埃だらけの真理を発見して手を振る。真理は魔物の死骸を運んで砦の外に放り投げているところだった。手を払い、虎伏を冷たい眼差しで射る。


「虎伏さん。……良かったですね」

「はい? なんだよ、いきなり」


 虎伏が首を傾げている。僕も真理の言葉の意味が分からなかった。

 真理は低い声で言う。


「虎伏さん、数か月前まではダンジョンに潜っていましたね。そして巨大な魔物の巣を発見して数百体の魔物とその幼生数万体を始末した。その功績で報奨金を貰ってましたね」

「詳しいな。もしかして俺のファン?」

「あなたが先日嬉々として報告してきたんでしょう。それだけじゃありません。ミラ基地での大規模戦闘、アルデバラン地区でのプラント奪取作戦などなど、大規模な戦いには必ずと言って良いほど顔を出していますよね」

「そうかな? 大規模かどうかは知らんが、雑魚狩りはしたかな」

「……あなたが治安部隊に手を貸すなんてこと、過去にありましたか? あなたは大きな戦いに引き寄せられる特異体質なのか、あるいは魔族の秘密通信を傍受でもしてるのか、あなたが訪れるところで必ず大きな戦いが起こり、そしてあなた自身が戦いを終結させる活躍をすることになる」


 虎伏は腕を組んでうーんと考え込んだ。


「それ俺を褒めてるのか? だとしたらサンキュー、嬉しいよ」

「誉めていません。疫病神だと言っているんです。虎伏さんがただ強いだけの傭兵なら、私はもしかするととっくにあなたのスカウトに応じていたかもしれません」

「ほう?」

「でも、正直、あなたが活躍したという話を聞くたび、私が同じ場所にいても足手纏いだっただろうなという気持ちが強くなるんです。分かりますか?」


 虎伏は首を傾げた。そこにすかさず近くにいた玉垣が、


「虎伏さんは偉大過ぎる。神代さんはそう言っているんですよ」


 おお! と虎伏は腕を大きく広げた。


「よし飛び込んでこい真理! 偉大な男がお前を受け止めてやるぞ!」

「バカなんじゃないですか」


 真理のにべもない言葉に虎伏と玉垣は苦笑していた。


「……マジメな話、真理には相当な才能があるよ。スキル容量もそうだが、俺に次ぐ魔法使いになれる可能性がある」


 虎伏はそう言うが、真理はさほど嬉しそうではなかった。胡散臭そうに虎伏と玉垣を見比べている。


「ん? どうした?」

「……あの、じゃあ聞きますけど、虎伏さんはどうして玉垣さんを弟子に? 失礼ですけど、玉垣さんはお世辞にも強いとは……」

「ああ。こいつは便利屋だよ」


 虎伏は即答した。玉垣は耳を塞ぐポーズをしてみせた。


「俺は魔法特化型、志知はスキル容量的には余裕あるけど、ごちゃごちゃいろんなスキルを入れるのが好きじゃないから、誰か助手が欲しいと思ってたんだよ。玉垣は技能系の容量がかなり多いから、重宝すると思ったんだ」


 つまり玉垣は僕と似たタイプだということか。僕も技能系の容量に余裕があるタイプの冒険者らしいし。


「ちなみにどれくらいなんですか、容量は」

「ん? ああ……、それは」


 僕が訊ねると、虎伏は言いにくそうにしている。真理が慌てて駆け寄ってきて、僕を小突いた。


「やめてください、有村さん」

「え、なんで」

「普通は秘密にするものなんです。スキル容量も、スキル構成も。同じチームメンバーならともかく……!」

「あ、そうなんだ」


 虎伏は面白そうに僕を眺めている。


「ふうむ、真理から話を聞いたときは、狡猾な有村さんが記憶を失ったフリをしているだけと思ったが、そうでもなさそうだな。あのプライドの高い有村さんが、マヌケな人間の演技をするはずがない」


 それってつまり今の僕がマヌケな人間だってことを言ってるのか? いや間違っていないけれども。

 真理が目を剝いたからか、虎伏は慌てて、


「あ、失礼しました、有村さん。いや、でもな、きっと記憶が戻ったら、有村さんは身悶えするだろうな。あのときあんな恥ずかしいことを――って」


 僕は一瞬わけの分からぬまま振舞うことの恥ずかしさを感じたが、そのときどきで正直な行いをするだけだと思い直した。どうせ分からないことのほうが多いのだから、少しずつ学んでいくしかない。

 本来ならすぐにでも日本に帰って、安全な場所で魔界について学ぶべきだが、僕はまだ砦内で傷害事件を起こした責任を取っていない。スキルを返却しなければならない。僕はそのことをいつみんなに言い出すべきか考えていた。

 玉垣にスキルを外してもらうように頼もうかと思ったが、雫石のほうが事情に詳しいし、彼女に相談がてら処置してもらうのが良いだろうと判断した。


「あの、雫石さんはどこでしょう?」


 僕が訊ねると、虎伏が砦の奥を指差す。


「バリア出力器の調子を確かめに行ってるな。砦の防衛機能が今停止しているから、すぐに復旧させないと、もう一度魔物が襲ってきたとき対処できない」

「あれ、それだと玉垣さんも……」


 玉垣は肩を竦めた。


「おれも申し出たんですが、雫石さんに断られました。自分がやる、と」

「なるほど」


 真理が歩き始める。


「こっちです。雫石さんに用件があるんでしょう。出力器の管理室まで案内します」

「ありがとう」


 僕は一同に一礼してから、真理について砦内部を移動した。

 砦内部は魔物の血や残骸で汚れていた。壁が剥がれ、天井が崩れているところもある。復旧というより新たに造り直さなければ元のようにはならないだろう。度々回り道を強いられることがあり、真理が苛々しながら迂回道を進んでいた。

 やがてバリア出力器管理室に辿り着いた。隣には出力器が置かれている保管室がある。管理室からは声がした。

 真理が躊躇する僕の代わりにドアを開いた。

 管理室の中で、志知と雫石が並び立ってなにやら機器の操作をしていた。管理室にはコンソールパネルが一面に広がっており、わけの分からぬ計器がちらちらと明滅しながら数値を表示させていた。

 志知は長身の男だった。それほど小柄でもない雫石と比べても頭一つ分以上背が高い。ちらりと僕の顔を見て、興味なさそうに正面に向き直った。浅黒い肌に長めの茶髪が野性味溢れる雰囲気を醸し出していた。

 雫石が僕に気づいてにこりと笑んだ。そして操作を終えて僕のほうに歩み寄ってくる。


「どうしました?」

「えっと、スキルについてなんですけど」

「ああ、その件ですか。もういいんじゃないでしょうか」

「え?」


 雫石は悪戯っぽく笑い、


「砦は半壊しました。正直、麒一郎さんの事件なんて可愛く思えるほどの大事です。だからもう気にする人はいないのでは」

「だからといって……」

「どうしても罰を受けたいというのなら、貴石を外してあげますけど、私は気が進みませんね。今、砦の防衛能力が満足に機能していません。スキルなしでこの砦内にとどまるのはかなり危険です」

「……それは……、確かに、足手まといに拍車がかかりそうですけど」

「日本に帰ってから考えてみてはいかがでしょう。日本には、あなたが怪我を負わせてしまった大神田さんたちがいますし」


 謝罪行脚ですね。と雫石は言った。僕は頷く。確かに雫石の言葉は正しいと思う。けれども、心に引っ掛かることが他にもあった。


「あの、魔族は言っていましたね。記憶が残っていたらお前は日本に帰ることはない、とか」

「ああ……、あの戯言ですか」

「戯言なのかな?」

「根拠のある発言とは思えないですね。麒一郎さんが魔族と知り合いってことになっちゃいます」

「じゃあ、どうして僕は魔族に命を狙われていたんでしょう。まるで僕が……」

「おい」


 志知がこちらに顔を向けていた。精悍な顔つき。まるで彫像のように美しく雄々しい顔だった。


「お前、魔族の言葉を信じるのか? あいつらは人類の敵だ。獣の鳴き声と同じ。そこに意味を見出すな」

「獣……、ですか」

「魔族がお前を狙っている理由は簡単。地図屋だからだ。それも優秀な。それ以上の理由はない」

「……本当にそうなんでしょうか」

「お前が誰の言葉を信じるかは自由だ。だが、少なくとも俺はお前に敵意を抱いていないぞ。対する魔族は、どうだった」


 僕ははっとした。そして頭を下げた。


「すみません。失礼なことを言ってしまいました」

「いや。気にしていない。記憶喪失とは難儀なことだ。俺にできることがあれば遠慮なく言ってくれ。もうしばらく俺と虎伏はここに滞在する予定だ。もしよければ、魔界ポータルまで護衛を請け負う。もちろん金は貰うが」

「ありがとうございます。真理と相談しておきます」


 僕と真理は管理室から辞去した。そしてふうと息を吐く。見ると、真理も緊張していたようで、冷や汗をかいていた。


「……真理も緊張していたの?」

「有村さんは知らないでしょうけど、志知さんといったら凄い人なんですよ。虎伏さんは親しみやすいですけど、志知さんは……」


 真理はそこで言葉を止めた。管理室までドア一枚隔てているだけなので、声が聞こえると思ったのだろう。ただでさえあちこちの壁が割れていて密閉性が失われている。

 しばらく歩いてから、真理が話し始める。


「……志知さんは、多数の弟子を取っています。日本での知名度も高くて、現代の魔界冒険家でも最高の実績を持つ人間の一人とされているんですよ。良くも悪くも破天荒な虎伏さんとタッグを組んで活動していることを心配している人もいます」

「ふうん……、そうなんだ。なんだか野性味あふれる人だったけど、凄い人なんだね」

「信頼できる人です。記憶を失う前の有村さんも、志知さんには敬意を払っていましたね。もしかすると、志知さんとのコネクションが欲しかっただけかもしれませんが」

「そうなんだ」


 僕は苦笑した。僕は早急に、記憶を失う前の有村麒一郎という男の人となりを正確に把握する必要があった。記憶を失う前の僕が何を考え、何を目的に動いていたのかを理解しなければ、今後、僕が魔界や日本で何をするにしろ、障害がどんどん出てくるだろう。


「……真理はどう思う? 志知さんに護衛を頼むべきかな」

「どうでしょう。魔物が大量に涌いてきた最近の魔界は、少し異常に感じます。安全に旅をしたいなら、そうするのもいいかと。ただ、虎伏さんたちはしばらくこの砦にとどまることになります。すぐに日本に帰りたいなら、私と二人旅をするしかないと思いますね」

「きみが抜けて、砦の守りが手薄にならないかな?」

「本気で言っていますか?」


 僕は虎伏と志知の圧倒的な実力を思い出した。あの二人なら、何百体の魔物が襲ってこようとものともしないだろう。

 僕は頷く。


「……そうだね。あの二人がいるのなら、きっと大丈夫なんだろう……」

「出発はできるだけ早いほうがいいと思います」

「ほうほう、その心は?」

「砦の復旧活動を手伝わされるからです」

「なるほど」


 僕と真理は瓦礫を避けながら通路を進んで、国定や玉垣、虎伏たちがいる砦の外壁付近に移動した。

 僕は砦を後にすることを伝えた。国定は特に反対することなく、そうか、と言っただけだった。


「おっと、有村さん、新作――フォーマルハウト地区の地図を買いたいんだが」


 虎伏が言う。僕はすっかり困ってしまって、真理のほうを見た。真理は頷く。


「売ってあげたらいかがですか。幾らでも生産できるんですし」

「でも、まだ綺麗な地図を作ることができないんだよ」

「その分安くすればいいんじゃないんでしょうか。有村さんの自由ですけど」


 そもそも僕はこの近辺の地形をどれだけスキルを使って探査していたのだろう。僕は試しに念じて地図を作った。出現した地図はここ砦を中心とした、広範囲にわたるものだった。虎伏が覗き込む。


「おお、このサイズの地図を見たのは初めてだな。縮尺10万分の1ってところか?」

「ひたすら荒野が続くだけなので、あまり役立ちませんよね……」

「いや。未探査部分を把握するのに有用じゃないか? 売り物としては、そうだな、少し価値は下がるかも」


 その地図をよくよく見てみると、確かに記述がない箇所がそこかしこにあった。未踏査で地形の記録ができていないのだろう。しかし地図の大半は埋まっており、かつての僕が記録のために練り歩いたのだと分かる。

 虎伏はふーむと考える素振りを見せた。


「なるほど。まだ本調子じゃないわけか。完全版をまた買いなおすのもあれだし、今回は購入を見送っておくか」

「すみません」

「いやいや。有村さん、あなたが育てたスキルは唯一無二だ。それを生かすことさえ考えていれば、カネに困ることはないだろうさ」


 僕は一礼して、その場を辞去した。

 僕は砦を出発する前、真理が見ている中、近辺の地図作製に挑んだ。魔界ポータルまでの道のりを全て地図で表示する。魔物の気配は希薄で、僕の地図を信じるなら、安全な旅を遅れそうだった。


「有村さん、二人で旅をするにあたり、私の能力を開示しておきます」

「え? 能力? それってつまり、スキル構成ってこと?」

「はい。元々、有村さんが私のスキル構成を指定したものですし。知っておくべきだと思います」

「……でも今の僕は、きみの信頼に足るような人物かは……」

「有村さん」


 こほん、と真理は咳払いしてから、言いにくそうにしつつも、しっかりと言葉を紡いでいく。


「……確かに、今の有村さんは頼りになりませんが、何となく、良い人だというのは分かります。前よりも好ましい人物と言えそうです」

「ええと、ありがとう」

「つまり、その……。あなたの実力は信用できませんが、人間性は信用します。ですから、えっと、私のスキル構成を知っておいてください。私が知っておいて欲しいんです」


 僕は恥ずかしそうにしている真理に笑いかけた。


「ありがとう。僕はその信頼を裏切ることがないように頑張るよ」

「……はい」


 僕と真理は歩き始めた。砦を出て魔界ポータルへ、そして日本に帰る。それはせいぜい数日の旅路となるはずだった。何もなければ、何者も邪魔しなければ。けれど僕の心の中には、僕を狙ってきた魔族の言葉が幾度も去来し、不安が巻き起こっていた。

 不安を表に出さないように努めていたが、ひょっとすると真理は気づいていたかもしれない。この優等生然とした少女は、ときどき僕を見ては顔を顰めた。最初は僕に憎しみをぶつけているのかと思っていたが、そうではない。魔界を何の力もなく彷徨う僕をその険しく厳しい眼で見守っている。それがここにきて僕には理解できたのだった。





   ※




神代真理のスキル構成


〇物理系 14/15

俊敏強化B(4)

筋力強化C(2)

耐久強化C(2)

毒耐性C(2)

打撃耐性C(2)

自然治癒C(2)



〇魔法系 41/41

雷魔法A(7)

魔法耐性A(7)

魔法チャージA(7)

炎魔法B(4)

水魔法B(4)

連携魔法B(4)

障壁破壊B(4)

罠化C(2)

照明魔法D(1)

隠蔽魔法D(1)



〇技能系 16/16

地形探査B(4)

道衣習熟B(4)

料理C(2)

聖杖習熟C(2)

探知C(2)

空中歩行D(1)

採取D(1)





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