買われました
見切り発車。これから先どうなるのか私にもわかりません。何卒長い目で見て頂きたく思います。
王都の広場に所狭しと並べられている檻。その中の一つに私はいます。今日は月に一度開催される奴隷市の日です。国中の奴隷商人が奴隷を持ち寄り王都の富裕層に売りつける目的があります。とはいってもここに出されるのは所謂、売れ残りというやつです。本当に売れる商品はこんな人目に付くような場所には置かず奴隷商人達が個人でお貴族様達に接触し高値で売買されるそうです。なんでもこの奴隷市で売った料金の一部は奴隷商人をまとめるギルドに回され実際の儲けより少なくなってしまうんだとか。なので奴隷市に売り出される奴隷たちは人気がなかったり問題があったりして高く売れない奴隷なのです。
実際私もある問題を抱えてましてお値段もこの市場の最低価格。誰も見向きもしない存在です。
さて何故私が現状をこうも振り返っているのかと言いますと――
「おやじ、この娘いくら?」
「おっ、おにいさんいい目してるねぇ。それは15万ベリルだよ。買ってくかい? お買い得だよ?」
――一人の青年が私の檻の前で売買交渉を行っていたからです。
歳は16,7歳くらいでしょうか。服装は装飾品もなく簡素で動きやすさを重視したものを着ています。お貴族様のようには見えませんが旅人さんでしょうか?
「こいつは生まれの割には顔が整ってるし凶暴なところもあるが抑え込んじまえば躾も可能だ。おにいさん見たところ冒険者だろ? 愛玩用にするも良し、モンスターをおびき寄せる餌にするも良しだ。使い勝手も良くて値段も安い。どうだ?」
私を出品した小太りの奴隷商人がこれでもかというくらい冒険者のお兄さんに迫ります。まぁ、私は長いこと買い手がつかなかったので今回の市で売れなければ子飼の魔獣に美味しく食べられてしまう予定だったので少しでも儲けにしようとぐいぐい売り込みをかけています。
私としても食べられたくないので買って頂けるのであればそれに越したことはないのですがこの冒険者のお兄さんは私がどういった存在なのかきちんと理解しているのでしょうか? 一応、檻には私の種族と年齢が付いている筈なのですが。万が一買って頂けたあとに話が違うっ! とか言われて殺されたくもありませんし。
不安に思っていると冒険者のお兄さんの後ろから男女の二人組がやってきました。
「おい、ナオキ! お前こんな所で何やってんだ! ちったぁ自分の立場を考えろ! お前がこんなところにいるのをアホな貴族連中に見られてみろ格好のネタになっちまうぞ!」
「貴族だけじゃないわ。まだ王都には貴方のことをよく思ってない冒険者だっているのに。どうして態々悪評が立つ場所に来てるのよ」
男の人の方は冒険者のお兄さんより少し年上でしょうか? 背も高くて腕も太い。一目で力持ちだとわかります。
女の人の方はローブを纏ったお姉さんです。きっと魔法使いさんです。私にもわかります。年齢は冒険者のお兄さんと同じくらいでしょうか?
話しぶりからするとこのナオキさんと呼ばれる冒険者さんが奴隷を買うことに、いえ、奴隷市にいることすら問題のようです。奴隷は安く、死ぬまで働かせることができる労働力なので少しお金のある家ならば当然のように持っている筈ですが。
それともあれでしょうか。こんな安物ばかり並べてる市にいたら周りに馬鹿にされる程身分の高い方だったりするのでしょうか? えー? あんな安物しか買わないのー? とか言われて笑われるのでしょうか?
「あ! ダフネス! エルザも見てくれよこの娘! 今日からこの娘も一緒に旅に連れて行くからよろしく!」
「よろしくじゃねぇ! お前が奴隷を連れまわすなんて許されるわけねぇだろ! ……しかもこれハーフゴブリンじゃねぇか。こんなの連れてたら宿だって使えねぇぞ」
そう私の檻には種族のところにハーフゴブリンと書かれています。ゴブリンはオークと並び世界中の女性の敵です。捕まえて、犯して、孕ませます。そうして産まれるのがゴブリンの混血種。人間との間に産まれるのがハーフゴブリンです。特徴は小さな体躯に先の尖った耳でしょうか。後は頭が悪くて凶暴なところとか?
とにかく人間の尊厳を踏みにじる存在。それがハーフゴブリンです。お仲間さんが嫌がるのも当然でしょう。
「えー、でももうお金払っちゃたし。ほら、檻のカギも」
「はぁ⁉ んなもん返品だ! 返品! おいおっさん! ってもういねぇ⁉ くそっ、逃げやがった!」
なんと、私がぽけーと考え事をしている間に既に買取は済ませていたようです。小太りの奴隷商人もさっさといなくなるあたりは流石です。返品はもう不可能でしょう。
「だー! もうどうすんだよこれ! 俺たち出発は明後日だぞ! こんなの連れて街中歩けるかよ!」
「まぁまぁ、大丈夫だって。僕フード付きのマント持ってきてるし、これ着せればただのちっちゃい女の子だよ」
ナオキさんはそういって檻から出した私にフードを被せます。……マントの丈が合わなくて転びそうですね。これ。
「隠せればいいってもんじゃないだろ。俺はバレた時のことを考えてだなぁ……。あー、もうエルザも黙ってねぇで言ってやれよ」
ダフネスさんは先程から黙っている魔法使いのエルザさんに話を振ります。
「無駄よダフネス。ナオキは昔から頑固なところがあるのは知ってるでしょ? 諦めなさい。でもねナオキ、貴方の事だから大丈夫だとは思ってるけど買ったのなら責任もって最期までちゃんと面倒見なさいよ」
「もちろん、途中で投げ出したりしないよ」
面倒見るって、私の扱いが拾ってきた犬猫並みなんですが。まぁ、実際奴隷ですから犬猫より低い位置にいますね、私。
ともかく賛成2、反対1で私は無事ナオキさんの奴隷となることが決まりました。
「これからよしくね」
差し出されたナオキさんの手をしばらく見つめようやくその意味に気付いた私は慌ててその手を取って今日初めて声を出しました。
「…………えっと、その……はい」
我ながらもっと気の利いた事を言えないのかと情けない気持ちで一杯です。