前編
一週間前までは根無し草で、ホームレスと対して変わらない生活をしていた。
とりあえず、一晩の寝宿とある程度の金銭が欲しかったので体を売っていた。
そうやって生きていることに虚しさを感じさえしなければ、
私は何の不便もなく、ある意味自由であった。
ところがどういうことか、私は今白い大きな部屋の一角にある白い窓辺に腰かけている。
外は驚くくらいの晴天で、窓から除く大きな庭はありとあらゆる薔薇が咲き誇る。
私はその見事な薔薇を手入れする1人の男をじっと見つけた。
変な男だ。
何をしているかだとか、何故私を連れてきたのかとか
そういうことは一切聞いたことが無い。
ただ当たり前のように男は私をこの家においている。
薔薇とは正反対に真っ白なこの家に。
ホテルを出た後、私はベンチに座っていた。
目の前で吹き上がっては丈を短くする噴水を何気なく見つめながら、
今夜の予定を考えていた。
その折ふと声をかけてきたのがその男であった。
にっこり笑って一緒においでと言われたのでにべもなく頷いた。
それから念のためと病院に連れいかれ、性病の検査をさせられた。
なんだってそんなことをわざわざしてまで私を呼び寄せたのかはいまだに分からないが、
検査を終え、食料を買い込んだ後に私はこの家に連れてこられた。
白い骨組みに巻きつく弦薔薇のアーチをくぐり、
白い飛び石を踏むと白い玄関がある。
白い扉を開くと白い廊下が続いていて、
その中で対して主張の強いわけでもないグレーのファーのスリッパが
とてもはっきりと見えた。
促されるままに私はそれをひっかけてリビングに入る。
ばかみたいに広いリビングにキッチンが隣接しており、やはり白い。
整然と並べられた食器や調理道具の色がスリッパ同様に目立って見えた。
当のリビングにはガラスボードのテーブルと、紺色の大きなソファが置かれており、
それを通り越した奥に今私がこしかけている白い窓が見えた。
驚くほど天気のいい日だったのをよく覚えている。
眩しくて目を細めるほどだった。
私はそんな感覚をここ数年ほど忘れていたような気がしたからだ。
「ご飯にしようか」
そう行ってキッチンに入っていった数分後に出てきたチーズリゾットは
恐ろしく美味しかった。
彩りに添えられた赤がやはりどこかショッキングだ。
私は一緒に出されたミネラルウォーターに口を付けた。
喉をさらりと通って、驚くほどスムーズに体に吸収されていくような感覚だった。
男はこの一週間、その日その日で別のことをしていたが、
基本的にこの薔薇の手入れと、その薔薇の絵を描いていることが多かった。
画家なの、と聞いたことがあったがどうだろうと交わされた。
それにしても単なる遊び暮らしているとしか思えない暮らしぶりだったが
おそろしく心地良かった。
窓辺にもたれかかって見る男の行動を日がな見つめるだけだった。
それが心地良かった。
男は、気が狂うほどに真っ白な部屋の中で一番強い色だった。
多くを語らないし、とりたてて声を立てて笑わなかった。
刺激的とは全く正反対の人間だったが、それが新鮮であった。
自分の話をしなかった。
この家で唯一デジタルな巨大なハイビジョンテレビを見ながら明日の天気を話した。
そんな毎日を送って一ヶ月経った。