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ArcanAbilitiA  作者: 御巫咲絢
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第一章【ハジマリ】第十八節-前編

トラベロたちは先へ進み続けていた。

アキアスと一旦別れてから何分ぐらい時間が経っただろうか、未だ彼が追いつく気配はない。

あのアリーナから抜けて以降も敵が伏せている様子ではなく、静かな空間に自分達の足音だけが響く。

敵のアジトでありながら、この程度の音しか響くことのない静寂さが逆に気味悪く嫌な予感を感じさせてならない。


「……」


トラベロは後ろを振り返る。

――あの時、アキアスは本当に無事だったのだろうか?

もしかして巻き込まれてしまっていたのでは……?

そういった数々の不安が嫌でも頭に過り、先程から定期的に進んできた道を振り返り、彼が追いついてくるのを待ち続けた。


「やっぱり、心配?」


エウリューダが声をかけてくる。

もちろん……と答えようとしたが、トラベロは敢えてその言葉を飲み込んだ。


「……すみません」

「謝らなくていいよ、気持ちはわかるもん」

「……ですよね。エウリューダさんが一番心配してるのに、僕が不安がってちゃ」

「ううん、むしろ逆だよ。俺よりトラベロ君がその気持ちを吐き出してくれる方が全然いいもん」

「……え?」


言葉の意味がわからず、トラベロの頭を疑問符が飛ぶ。

するとエウリューダはいつものようににこりと笑い、少し茶化すようにこう返した。


「だって俺ムードメーカーだし!俺がしょげたら何かこうさあ、全体的なテンション下がっちゃうじゃん?ね?

 だからこれでいいんだよ、うん」

「え、そ、そんな理由……!?」

「うん、そんな理由。アキアスは絶対追いつくよ、そう簡単にやられるような人じゃないもん。

 だから俺たちはちゃっちゃか先へ行く!敵がどう待ち伏せてるかもわかんないしここで士気下げてらんないよー!」


そう言ってまた笑うと、エウリューダは先へと再び足を踏み出す。

待って、と声をかけようとしてトラベロは口を開くが、言葉を出せなかった。

前を向き直すエウリューダの顔から笑顔が一切消えた瞬間を目にし、言葉が何も出なくなったのだ。

普段の彼とは程遠い、不安と焦燥が全面に押し出た表情……先程の言葉は自分に言い聞かせていたものだったのだろうか。

だとしても、それをするだけで前を向けるのはそう簡単にできることではない。


「……エウリューダさんは強いですね。僕も見習わなきゃ」


トラベロがそう言って後に続くと、エウリューダは振り向いていつもと変わらぬ笑顔を見せた。





「《万華鏡》!」


エイヴァスが自身の力の名を叫んで手を翳す。

掌に光が集い、同時に陽炎がゆらめくかのように分身が次々と現れ、ターゲットをあっという間に包囲する。

最初の一人が手を振り下ろすと、同時に分身は光弾を放つ。

360度、四方八方から襲いかかる光の雨。


「(分身や姿を消すだけじゃねえってか)」


アキアスもまた自身の神秘力を発動し、弧を描くように腕を振るう。

彼の腕の描いた軌跡から次々と淡い蒼の光弾が生み出され、光の雨に立ち向かっていく。

光と光がぶつかり、相殺する度に上がる土煙。

いくら大量に分身を生み出したエイヴァスとて、土煙で姿が隠れてはすぐに姿を認識できない。

しかしこの程度でやられるような相手ではないとは理解していた。

土煙が晴れるとそこには何もなく――


「!」


刹那、背後から何かが迫りくる予感がして振り向けば拳を握り締めて懐へ飛び込まんとするアキアスの姿があった。

顔面に直接お見舞いしようとするその拳を片手で受け止める。

アキアスはそれなら、と拳を受け止められた状態でそのまま腹部目掛けて足を振り上げる。


「……がっ!」


急激な痛みと吐き気にエイヴァスが顔を歪めた瞬間、ゆらりと彼の姿が消える。

――やっぱり分身か。それを認識したアキアスは大きく身体を仰け反らせた。

大きく回る視界にきらり、先程自身の背中があった位置に銀の刃が煌めく。


「ちっ……!」

「この程度で出し抜けると思ったら……甘いんだよッ!!」


そのまま地面に手をつき、腕を軸として大きく足を振り上げる。

足の爪先が顔面に激突し、ぐらりと体が傾いたと同時にまたエイヴァスはゆらりと消え……たかと思いきや、今度は真横から鉄パイプを持ってこちらに向かう。

もちろんアキアスにはその動きは読めていた。

半ば実体を持つ分身というのは確かに厄介ではある、しかし実体が半分あるが故にやりやすくもあった。

エイヴァスがどこからくるか、自分から見てどの位置に一番その気配が強く漂っているか……それがアキアスには手に取るようにわかる。

――だが。


「(手応えがねえ)」


独りごちながら鉄パイプを片手で受け止め、そのまま勢い良く観客席へと投げ飛ばす。

土煙が上がった先にはもうその姿はない。

先程から幾度と応酬を続けているが、未だにエイヴァス本人を確実に捉えたという感覚が得られずにいた。

細かな話だが、分身と本体とでは《氣力昇華》による氣の探知には僅かな差が生まれ、アキアスはそれによって今仕留めたのが本人なのか否かを判別する。

しかし、その僅かが掴めない。

最初に見えた時も確かに時間はかかった、しかし一度捉えたことのあるものを今になって逃すワケがない。

原因があるとすれば。


「(……間違いねえ、もう一つの方が発動してやがる)」


《絶対催眠》……エイヴァスのもう一つの神秘力。

彼と対峙するにおいて一番の警戒要素。

これ以外に理由は考えられない。

こちらに自覚させない程度でこの力を用いて感覚を狂わせているのだろう。

いたぶるのが好きだというエイヴァスのことだ、本人はどこかに姿を隠し、分身と戦い続けて疲弊していくのを狙っているのかもしれない。

が、それならそれで巻き込むように攻撃を仕掛ければいいだけの話でもある。

一人一人仕留めていくのもいいが、悠長な考えをしていられる相手ではないし、何よりアキアス・ハーヴィデューという人物はそこまで気の長い人物ではなかった。


「いい加減、高みの見物してんじゃ……ねえぞッ!!」


ぱん、と手を叩く。

あっという間に無数の氣弾がフィールド上に出現する。

先程エイヴァスが分身と共に放った光弾と同じ、いやそれ以上の量がスコールのように全域に降り注ぐ。

再び上がる土煙。

どうなったか確認することができないが、エイヴァスがまだ動ける状態にあることは感じ取れる氣から確かだった。

しかしこれだけ広範囲で攻撃すれば流石に簡単には回避できないハズだと、相手の出方を伺う。


――そこで変化は訪れた。


急にライトがぱっ、と消え、再び暗闇が辺りを支配する。


「な……!?」


予想外の展開にアキアスは思わず身構える。

空間が明るくなる気配はなく、急に暗所に追いやられた視界では何も見えない。

それは相手側にも同じことが言えることでもある。だが……


「(一体何を考えてやがる……?)」


どう考えても理解が及ばない。エイヴァスの神秘力は光を操る。

これが彼の仕業であるなら、わざとアキアスに有利な状況を作ったということになる。

しかし、そんなことをするような人物ではないだろう。ならば一体何が起きたのか?

施設の急なシステムトラブルか、それとも……


「……ふふっ」


くつくつと笑う声。

やけに大きく反響して耳に入ってくるような感覚にアキアスは顔を顰める。

感じ取れる氣は一人分、分身を生み出しているような気配もない。辺りを見回すが、未だに視界が暗闇に慣れる気配はない。


「……何がおかしい。俺からしたら」

「"わざわざこんな状況を作ったお前の方がおかしい"、と言いたいんだろう?わかりやすいねえ」

「――何が目的だ」

「ふふっ……まんまと引っ掛かった姿が見たくって見たくって。思った通りの反応をしてくれて気持ちがいいよ」

「は……?」

「僕がわざわざ自分に不利な状況を作るワケないだろう?そうだな……特別に教えてあげてもいい。密かにかけておいた催眠には気づいたみたいだしね」


まさか、とアキアスの目が見開き、エイヴァスはそれを見てまたくつくつと笑う。

その笑いを崩さぬままパチン、と指を鳴らす。

ただそれだけの音がフィールド上をこれでもかというぐらい反響を繰り返してアキアスの耳に次々と入り込んでくる。

たかだか指を鳴らしただけの音が騒音のように大きく、頭痛がして頭を抱える。

同時に背後に新たな気配を感じ取るが――


「しま――」


身構えるも遅く、腹部に強い衝撃を食らうと同時に数メートル程先まで突き飛ばされ派手に転がる。


「ぐぁ……っ!!」


呻きが口から飛び出す。

……痛い。

腹部を殴られた痛みも、地面に体を打ちつけた痛みも、一つ一つが全身を引き裂くかのように痛い。

今までこんな風に吹き飛ばされて転げ落ちるなんてことは何度かあったが、こんなに痛むものではなかったハズだ。

立ち上がろうとするがその異常な痛みがそれを許さず、再び地に崩れる。

すると次は正面から髪を掴まれ無理やり引っ張られる。

エイヴァスが顔を見ようと引き寄せているのだろうが、アキアスには彼の顔が見えない。


「……てめ、え……そういう、ことかよ……!」


アキアスは確信した。

周りが暗くなったのではなく、"自分の目が見えなくなった"。

エイヴァスが《絶対催眠》でこちらの感覚を狂わせたのだ。

やけに反響する音も、たかだか殴られて転がった程度が四肢が千切れるかのように痛いのも、全てその力によるものとしか考えられない。


「ふふっ。そう、お前の感覚は今僕のモノ。僕の暗示には決して逆らえないよ?」


エイヴァスはアキアスの頬にナイフの刃を近づけ、食い込ませる。

肉が切られた痛みにアキアスはまた顔を歪ませた。

真っ赤な血が頬から滴り落ち、ナイフにも少しだけこびりついたそれをエイヴァスは舐め取ってにやりと笑う。


「ふふっ、いい顔をしてくれるじゃないか……もっと見せておくれよッ!!」


アキアスの顔面を地面に思い切り叩きつけ、呻く暇も与えぬかのように頭を強く踏みつける。

踏みつける脚に手が伸びれば、今度はその手にかかとを叩きつける。

顔を見ようとまた髪を引っ掴むと頬から溢れる血と鼻血で赤く染まった顔が姿を現す。

今は見えなくなってるオッドアイはこちらを睨み、赤に塗れた唇が皮肉を紡ぐ。


「……いい趣味してやがる」

「ありがとう」


エイヴァスはにこりと笑い、ぱっと髪から手を離す。

崩折れる顔が伏せる直前を狙い、顎から思い切り蹴飛ばした。

為す術もなく仰向けに転がれば、また腹を思い切り踏む。


「が、は……!!」


血反吐を吐きながらもその脚を掴まんとアキアスは手を伸ばそうとする。

しかしそれに気づいたエイヴァスがナイフを落とし、上げる前に手の甲を地面に貼り付けられてしまう。

思わず悲鳴を上げそうになるが、絶対に出してやるもんかと歯を食い縛る。

溢れる血がナイフの刃を、肌を、服を赤く染めていく。

異常なまでに過敏にされた痛覚はエイヴァスが嬲る度にアキアスから抵抗する力を奪い、神秘力で氣を体に取り込んでも体が思うように動かない。

だがそれで諦めるつもりは毛頭なく、せめてもの抵抗にと睨みつける。

光は奪われたが、炎はまだ消えていない……その諦めの悪さにエイヴァスはくつくつと笑う。

――これは嬲りがいがありそうだ。自身の欲を満たしてくれるであろうという期待がますます芽生え、嫌らしく笑いながらこう切り出した。


「……お前、とっても体が頑丈らしいね?」

「……何の、ことだよ」

「こんな話を聞いたのさ。『アキアス・ハーヴィデューはどんな重傷に陥っても死ぬことがない。そういった力を持つ神秘力者だ』と」

「……!」

「それが本当かどうか、実際に見てみたいんだ。お前がどれだけの痛みに耐えられるのか。《死神憑き》の神秘力はどういったものなのか……」


アキアスの顔色が途端に変わり、鬼のような形相でエイヴァスがいるであろう視線の先を睨みつける。


「あはっ、もしかして地雷踏んだ?でもそれはお互い様だよねえ?」

「てめえ……どこまで、知ってやがる……!!」

「さあて、どうだろうねえ。……ふふっ、本当にいたぶりがいがありそうで嬉しい、よッ!」


エイヴァスは笑いながら、先程ナイフを突き立てた手を踏みにじる。


「ぐ、ぁ、ああっ……!!」


傷口を抉られる痛みに耐えきれず、アキアスの口から悲鳴が飛び出す。

足を動かされる度に意識が飛びそうになる程の苦痛が襲いかかり、歯を食い縛ろうとしても耐えきれない。

今手を踏みにじられている痛みは彼にとって、例えるなら手が文字通り真っ二つに裂かれた時のような尋常ではないもの故に。


「あっはははははは!!いい顔だ、いい顔だよ!!でもこれはまだまだ序の口……簡単に気絶しないでおくれよ?」


足を離し、手を掴んで上に上げさせる。

血まみれのそれにまたナイフを突き立て、もう片方の手も同じように突き刺す。

地面にますます赤が侵食し、髪すらも染め上げていく。

アキアスが手を解放しようともがけば、刃が肉を刳りますます苦痛と血が拡がるだけ。地面にまで刃が突き刺さっているようで身動きが全く取れない。

そんな彼に馬乗りになるエイヴァス。


「……さあて、お楽しみといこうか」


三本目のナイフを取り出し、刃を舐めてにたりと笑った。





「――でぇいッ!!」


レヴィンが目の前の扉に対し蹴りを見舞う。

重力をかけた一撃は蝶番を引き裂き、扉だった鉄板は大きな音を立てて地面に倒れる。

その有様を見て、ぽつりと一言。


「……私も人のことは言えんな」

「や、形が残ってるだけ優しいと思うよ、僕は」

「うん、レヴィンさん優しい」

「優しいと思います、はい」

「…………あ、ありがとう……??」


フォローと呼ぶには少しばかり怪しい。

それはさておき、警戒しつつ先へ進む。

今度は僅かながらに灯りが灯っているようだが、かといって全貌を見れる程ではない。

目視で確認できたのは部屋の両端に近い辺りに一定の距離を保って立っている柱と上にあるギャラリー。

ギャラリーの方は両端にそれぞれ4つ程に区分されている。


「……それにしても思ったんだけどさ、ここってホント奇妙な場所だよねー。こんなの秘密裏に地下に作るなんて無理じゃない??」

「確かに。そういった力を持つ神秘力者がマグメールにいるんでしょうか……?」

「ありえなくはないね。本当にピンからキリまで、概念すらも覆す力が存在するのが神秘力だ。

 それにマグメールは常に傘下を増やしているし、そういった大規模な力を持っている人物が何人かいてもおかしくはないさ」

「この先、待ち受けてる可能性もな……」


レヴィンの発言に全員が息を呑む。

ファナリヤの下に辿り着くまで何があるかわからない、先に別れたアキアスは未だに追いつく気配がない。

今ここにいる自分たちもどのような理由で分断されるか……最悪の事態は考えれば考える程頭に浮かぶ。

そして嫌な考えが浮かべば自ずと空気も重くなってくる……と、エウリューダが唐突にわざとらしくぱん、と何度も手を叩き出した。


「やめよやめよこんな話!とにかく進もう!

 最悪のパターンばっかり考えたってしょうがないし、みんながみんなこんな気持ちでいたら助けられるものも助けられないよ!」

「……そう、だな。すまん」

「いいのいいの、こういう時にみんなを励ますのが俺の役目だから!」


そう言ってお得意の笑顔を見せるエウリューダ。

言霊は一つも乗っていないにも関わらず、彼の明るい声を聞くとこっちも明るい気持ちになってくる。

とてもとても、心強い。

全員が立ち直り、再び前を向く。歩き出そうと最初の一歩を踏みしめた時、その声は唐突に響いた。



「仲の良いことで何より」

「――!!」

「敵ながらその絆の強さ、感服します。うちにも見習わせたいものだ」

「その声……お前、まさか……!」


真っ先に反応を示したのはレヴィン。

目を見開き、信じられないと言うような顔で声の主を探し始める姿にトラベロたちは驚かずにはいられなかった。

普段表情が然程変わらぬ彼の顔にここまで感情が現れるということは余程のことなのだ。


「お前っ、今までどこに行ってたんだ!!何でマグメールなんかに……っ!!」


愕然とするレヴィン。

しかし彼の確信にも似たような想いとは正反対の答えを声は返す。


「……はて。お会いしたことがありましたでしょうか?」

「そんな嘘で誤魔化せるワケないだろう!?何で……どうしてなんだ、マリナもトパーツィエさんもずっと心配して探してたんだぞ……!!」

「ああ、前にもそんなことを言われましたね……余程探している方が私に似ているようだ」

「誤魔化すなって言ってるだろうが!!!あんなに嘘を嫌って、嘘を吐くのが苦手だったお前が!!俺を騙せると思ってないだろう!?」

「確かに私は嘘を吐くのは不得意ですが……本当に見に覚えがないのですよ」


声は困り果てたような返しを続けるだけで、レヴィンの問いには一向に答える気がない。

しかしそれでレヴィンがこれ以上の追求をやめるのか……答えは否だ。

姿が見えないというのに飛び出さんばかりに足を踏み出し始め、トラベロとエウリューダが二人で抑えにかかる。


「レヴィンさんっ!落ち着いてください!!」

「離してくれ!!あいつだけは連れて帰らなきゃ――」

「どこにいるかもわかんないのに無茶言わないで!!敵の罠かもしれないんだよ!?"絶対にダメ"!!!」

「っ……!!」


言霊が響き、振りほどこうとしていた力が抜けていく。

先程まで必死になっていた顔は熱が冷めるかのように落ち着きを取り戻し、申し訳なさそうに俯いた。


「…………すまん」


全員気にしていないと返すが、トラベロはレヴィンがここまで必死になるのが少しばかり気になった。

どうやらマリナとも関係があるようだが……考えてみれば、自分は彼らの事情をほとんど知らないなと今更ながらに気づく。

しかしそんなことを考えている場合ではない。どうやって次の敵を皆で切り抜けるかを考えなければ。

敵であろう声の主も仕切り直すかのようにまた話し始める。


「――話を戻させてもらいます。ここにきたということはエイヴァスの目を掻い潜ってきたということ」

「なっ……!!」

「彼と対峙すればただでは済まなかったでしょうに、よくぞここまで無事に辿り着かれた。

 まずは貴方がたの力に敬意を表します」


それを聞いたトラベロの顔から血の気が引いていく。

自分たちはエイヴァスと遭遇していない。遭遇していたとすれば、たった一人。

あの時アキアスがすぐに後を追わなかったのは……


「……みんなわかってるとは思うけど。助けに行くことはしないよ、アキアスが稼いでくれた時間を無駄にすることになる」


スピルの言葉にレヴィンとエウリューダは黙って首を縦に振る。

トラベロは納得ができず黙ることしかできなかった。

理解はできる。スピルの言うことが現時点で最も最善の選択であることはわかるのだ。

しかしそれでも仲間が一人で戦っているのは心苦しくて仕方がない。

とはいえ、自分が助けに行ったところで逆に足を引っ張るのも理解している。

頷くことができない代わりに視線を返すと、スピルはにこりと微笑んだ。

それでいいんだよ――そう、言われている気がする。


「エイヴァスを一人で相手するなど、なんという無茶を……生きて帰れる保証はないというのに、これも敵対した者の運命なのでしょうね。

 ……さて、上部のギャラリーはご覧になりましたか?」

「ギャラリー……?それが何だって…………!」


再び上に目を向けたスピルは思わず息を呑む。

先程見た時には何もなかったギャラリーに、いつの間にか人影と思しき物体がそれぞれ存在している。

それぞれ手にライフルを持ち、その気になればいつでもこちらを撃ってくるだろう。


「見て!アレ!!」


次にエウリューダが何かを発見したのかギャラリーのさらに上を指す。

……固定機銃だ。正面の壁の真上、天井すれすれの位置から銃口がずらりと並んでいる。

それで今ここに立ちはだかっている敵が一体誰なのかもトラベロたちは確信した。


「今から我々はこれらの銃を撃つ。同時にこの先へ続く扉も解放します。

 そちらの入り口から出口までの距離は全力で走っておよそ15秒程。それ以内に出口に辿り着き、部屋を抜けた者には一切の手出しをしないと約束しましょう」

「……時間を過ぎたら?」

「私……このジョン・ドゥを倒さない限り扉は開かない。このまま我々を相手に戦ってもらいます」


ギャラリーに立っている狙撃手たちが皆一様に銃を構え始める。

固定機銃もゆっくりと動き、こちらに狙いを定めた。

ジョン・ドゥが合図を出せばいつでもこちらに向かって銃弾が一斉に飛ぶだろう。

しかもただの弾ではない。

神秘力で軌道が不規則でどこから襲ってくるかわからない、まさに"魔弾"と呼ぶべき恐ろしいモノが。

防ぎ切れるかどうかもわからないこの状況をどう打破すべきか――そんな中、エウリューダが口を開く。


「……スピル君、ちょっと耳貸して」

「え?」


振り向くスピルの耳にエウリューダは何かを囁く。


「――」

「……!」


スピルの目が一瞬見開くが、すぐに表情を戻す。

真剣に聞いているその内容はもちろんトラベロとレヴィンには聞こえない。

が、恐らく考えあってのことだろうと内容を問うという選択肢はなかった。


「……わかった。いいんだね?」

「うん。――頼んだからね。所長のいいとこ見せちゃってよー?」

「期待されちゃあ、裏切るワケにはいかないね。任せてくれたまえよ」


最後にそう言葉をかわし、スピルは皆の先頭に立つ。

その様子をどこから伺っているのか、タイミングを見計らったようにジョン・ドゥの声が再び響く。


「覚悟はよろしいようですね。では――」


ズズズ、と重い鉄の動く音が響く。

向こう側の扉が開く音だ。ゆっくりと、少しずつ、秒数をカウントするかのように開いていく。

完全に開ききるまであと5秒。

……4秒。


3、2、1――



――ズズン。

大きな音を最後に響かせ、扉は完全に開かれる。


「みんな、"走って"ッ!!!」


エウリューダの言霊が戦いの火蓋を切り、時を同じくして銃声も反響する。

言霊はトラベロたちの足を無理矢理に動かし、鉛弾の雨の中へと飛び込ませていく。

恐れも知らぬかのように走り出す彼らへ絶え間なく飛ぶ銃弾。

このままじゃまともに喰らってしまう……!トラベロは思わず身構えるが、エウリューダがそれをさせなかった。


「"立ち止まっちゃダメ"!!"走って"!!!」


一瞬止まったトラベロの足が再び勢い良く動き出す。

そのまま正面から弾とぶつかる……かと思いきや目の前でかきん、と弾かれて地に落ちる。

斜めから、正面から、次々と銃弾が飛ぶにもかかわらず無傷のまま。

何が起こったのかと疑問が浮かぶが、すぐに答えは出た。

トラベロが後ろに目をやると、自分たちから少し離れた距離にエウリューダがいた。

《絶対障壁》……自身から見て前方からくる干渉を遮断することのできる護りの力。

それの範囲内に仲間たちが収まるよう、わざと距離を取っているのだ。

エウリューダが後ろにいる限り自分たちの被害はゼロと言っても過言ではないが、それは同時に力を発動している彼自身が無防備になるということでもある。

けれど彼を助けに行くことはできない。彼自身がきっとそれを許さない。

故に走り続けることだけが、今のトラベロに取ることのできる最善の選択肢だった。

既に扉はすぐ目の前にある、ここさえ抜けられれば後は……!


そう、希望を抱いたのだったが。


「……っ、あ……!!!」

「……!エウリューダ!!」


肉が抉れるような音と共に小さな悲鳴。

真っ先に気づいたレヴィンが振り返ると瞬く間にその顔から血の気が引いた。

肩を押さえ、小さな血溜まりの中にエウリューダが倒れ伏している。

その瞬間を目にしたレヴィンは銃弾が飛び交うのもお構いなしに彼の下へと走っていく。


「れ、レヴィンさん!エウリューダさん……っ!」

「"振り向いちゃダメ"ッ!!!"そのまま走って"!!!!」


トラベロが振り向こうとするのをエウリューダが言霊で押さえつける。

それと同時に彼の手をスピルが引っ張って連れていく。

何度も引き返そうとするトラベロの手を無理やり引っ張り、閉まりつつある扉を無理やりくぐる。

二人が走り切ったのとほぼ同時に扉はズズン!と先程以上に音を立てて勢い良く閉まった。

扉の向こうへと走っていく姿を見送った後よかった、とエウリューダは小さく呟いて痛みに蹲る。


「エウリューダ!しっかりしろ!」

「……ごめん……やっちゃった。でも、急所は外れたよ……」

「そういう問題じゃない!!」

「えへへ、そうだよね……ごめん……」


レヴィンに抱き起こされながら力なく笑うエウリューダ。

撃たれたのは左肩と左足……確かに急所を外れてはいるが、出血が酷い。これが続けば外れていようが関係がなくなってしまう。

彼を抱えてレヴィンは柱の影へと向かった。

辿り着くまでの間にも銃弾は飛ぶが、全て重力で叩き落として一目散に走る。


「待ってろ、すぐに治してやる……!」


柱にもたれ掛からせ、神秘力を発動する。

喘いで苦しんでいる姿からして傷はかなり深いのだろう、治りが遅い。

自身の力はあくまで人間の持つ治癒力を強くするだけで本人が弱っていれば総じて効果は弱まる。

しかし幸いにも柱に隠れてから銃弾がぴたりと止んでいる……治すなら、今しかなかった。




「レヴィンさん!!エウリューダさん!!大丈夫ですかっ!!」

「二人共!無事なら返事をしてくれ!」


先に部屋を抜け出したトラベロとスピルが開かぬ扉に向けて叫ぶ。

扉が閉じた直後は銃声が聞こえていたが、それも今ぴたりと止んでいる。

まさか二人ともやられてしまったのでは……そんな最悪の考えが脳裏を過るが、それを杞憂だと言うかのようにレヴィンの声が返ってくる。


「……ああ!俺もエウリューダも大丈夫だ!」

「!!……よ、よかった…………!」


声を聞き、トラベロもスピルも心から安堵し息を吐く。

しかし、部屋に閉じ込められているということはジョン・ドゥと戦わなければならないということ。

先程の様子からしてエウリューダは敵の攻撃を喰らってしまったのは間違いない。

動けない彼を抱えた状態で、かつ一人で戦うなど明らかに不利だ。

しかし、レヴィンはこう言った。


「二人は先に行ってくれ!俺たちは後から行く!」

「レヴィンさん!?」

「絶対に何とかする!!だから行ってくれッ!!」

「でも……っ!!」


と、そこでスピルがトラベロを制止するかのように手を広げる。


「レヴィン、焦ってすぐに追いつこうとはしないでいいからね?」

「……わかってるさ。エウリューダの傷が治ってから行く」

「よろしい。あとそれから」

「アキアスと合流したら治してからこい、だろう?」

「オーケー。……任せたよ。行こう、トラベロ君」


トラベロの手を引き、引っ張るようにスピルはまた走り出す。

この時言いたいことは山ほどあったが、彼だって助けに行きたくて仕方ないのはわかっていた。

こうするのが一番最善だと信じて皆動いている故に黙ってついていく。

それでも二人のことは心配でたまらず、時々振り返りながらも……




「……よかった。トラベロ君、ちゃんと先へ行ってくれて」


足音が遠ざかるのを耳にし、エウリューダが安心したかのような顔で呟いた。

まだ完全に傷が塞がってはいないが、出血量も顔色も落ち着いてきている。

これなら命の危険はないだろう……レヴィンは安堵の息を漏らす。


「ありがとうレヴィンさん。……ホントは二人と行ってもらおうと思ってたんだけど」

「バカ言うな。お前一人で戦える相手じゃないだろう」

「うん」

「素直に答えるなよ」


こつん、とエウリューダの額を軽く小突く。


「あう。酷いよー怪我人なのにー」

「怪我人なのに一人で残ろうとするバカがいるか」

「目の前に一人」


ぐさりと図星が突き刺さりぐ、と声を上げる。

が、そういったやりとりをしている場合ではない。この状況を切り抜ける策を考えなければならないのだ。

まだまともに動ける状態でないエウリューダを庇いつつ、ジョン・ドゥを倒す……しかし声だけで姿は見えない。

まさか、と考えるレヴィンを見透かしていたかのように先程まで沈黙を保っていた本人が口を開いた。


「……ご安心ください。私はこの部屋のどこかにいます」

「つまり、見つけ出せと」

「ええ。私を見つけられたならその場で敗北を認め、扉を再度開きましょう」

「……」


レヴィンは柱の影から部屋の上部を見やる。

ここからでは人影と思しき者の姿は目視できない。灯りは確かにあるが、その灯りが足りなさ過ぎる。

恐らくいるとすれば、このギャラリーのどこか。しかしそこに繋がる道を調べるにしても飛んでくる銃弾を防ぎながらでなければロクに動けない。

エウリューダは怪我をしている、自分だけで探す前提で動くべきだろう。《暴落する重力》で銃弾自体は防げるのだから。


「(だがどこから飛んでくるかはわからない……かといって常に使っていたらこっちの体力がただ減るだけだ。どうする……?)」


状況は現時点、自分たちが不利に陥っている。

――慎重に動かなければ。


「(……銃口の位置自体は変わらない、まずは改めて確認しておくべきか?)

 ……エウリューダ、そこから絶対に動くなよ」


こくりとエウリューダは頷く。

レヴィンは立ち上がり、ゆっくりと柱の影から外へと向かった。

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