第一章【ハジマリ】第十七節-後編
「侵入者だ!!迎撃しろ!!」
テントの内部では大勢の神秘力者たちが各々力を、武器を構えていた。
早速の歓迎ぶりにスピルはやれやれ、とため息をつく。
「まだ入り口だっていうのに、随分ともてなしてくれるみたいだ。人気者は辛いねえ」
「VIP待遇ってこういうことを言うのかなー。弾幕以外でお迎えして欲しいけど!」
エウリューダはそう笑って神秘力を発動、不可視の障壁が彼らの前に展開される。
次々と飛んでくる攻撃は次々と弾かれては消えるか地に落ちていく。
「アキアス、地下への入り口はどの辺りだ?」
「舞台のど真ん中だ。王道っつかありきたりっつか……とりあえず適当に殴って穴開けて階段か何か見えたらビンゴだろ」
「わかった、開けてくる」
「オーケー、露払いは僕がやろう。アキアスは牽制よろしく!」
「初っ端からこの数だ、出し惜しみなしで飛ばしていくぜ!」
アキアスが神秘力を発動すると、淡く蒼い光が彼の範囲に次々と現れる。
次々現れていくそれは何十、いや何百かもしれない数の小さなエネルギー弾となり、次々とマグメールの手先たちへと向かっていく。
命中精度は大したものではなく、当たった者は武器を落としたり打ちどころによっては痛みに膝をついたり程度のダメージが与えられた程度。
しかしそれらが休む間もなく飛びかかる。牽制という言葉に相応しい弾幕でアキアスは敵の動きを抑制し続ける。
その間にスピルは先陣を切って飛び出し、道を阻む敵へ攻撃を仕掛けた。
アキアスの牽制にも気を取られ上手く動けない彼らの顎、腹、延髄といった位置を細剣の柄で、盾の縁部分で思い切り殴りつけ、気絶させていく。
そうしてできた道をレヴィンが突っ走り、撃ち漏らした敵は彼が神秘力で一人逃さずねじ伏せてそれら全てをくぐり抜けた敵からの攻撃はエウリューダが《絶対障壁》で弾く。
「……凄い……!」
仲間たちの見事な連携っぷりにトラベロは思わず感嘆の声を漏らす。
彼らの頼もしさ、心強さを改めて実感しながら、自分の中で役に立ちたいという想いがより強くなっていた。
しかし、自分にできることなど今のこの場では何も……と、思ったその時彼の背中に悪寒が走る。
嫌な予感を感じて後ろを振り向くと、いつの間にか敵の一人がこちらに回り込んでいた。
「奴さえ仕留めれば……!」
「っ、させません!!」
その言葉が何を意図しているのかは考えずとも明白だった。
エウリューダの背中を庇うように立ちトラベロは神秘力を発動、炎の壁で道を阻む。
「ちっ……!」
「よそ見してんじゃねえ、よッ!!」
炎の壁に手を止めた隙を逃さず、アキアスが敵の真横から思い切り蹴り飛ばし敵は地面に派手に転がる。
起き上がる様子はなくどうやら気絶したようだ。
「二人共ありがとう!助かったよー!」
「礼ならトラだけでいいだろ。こいつのおかげだ」
「大したことはしてないですよ。僕にできるのはこれぐらいですから……」
トラベロは照れくさそうに頬を掻く。
自分でも役に立てただけで嬉しいが、こうして感謝の意を告げられるとそれがより増す。
護り手の後ろから動けない以上、無防備な部分を補うことぐらいはしてみせなければ。
「――はあッ!!」
一方、先陣を切る二人はテントの中央、舞台の上まで辿り着いていた。
アキアスの示した舞台の中心をレヴィンが思い切り殴りつける。
神秘力で重力を倍増した一撃は舞台床一面がひび割れる程の威力を持って大きな穴を開け、一つのハッチが地表に姿を現す。
取っ手を持ちこじ開けると、そこには底の見えぬ暗闇に続く階段が一つあった。
「……ここか!」
「レヴィン、見つかった!?」
「ああ。みんなこっちだ!走れ!」
神秘力を発動しながらレヴィンは後方の仲間に呼びかける。
敵からの反撃がないよう、辺り一帯に重圧をかけて一気に動きを封じたのだ。
作ってくれた道をトラベロ、アキアス、エウリューダの三人は一気に駆け抜けて合流を果たす。
次にレヴィンは自分以外の全員に先に階段を下りるようにと促し、全員が先に下りたのを確認してから自らも飛び込みハッチを閉めた後、重力で無理やり力を入れて形を歪めた。
「……これで後方から追手は早々、こないと思う」
「それはいいんですが、帰りは大丈夫なんですかコレ」
「大丈夫、思い切り天井殴れば開く」
そう言って親指を立てるレヴィンの顔はいつもより自信が溢れている……ような気がする。
何とも言い難くトラベロが苦笑いで返すしかできない一方、エウリューダが腕を組んでううん、と唸る。
「流石双子。二人揃って変なところで攻勢だねー」
「同意だが与太話してる場合じゃねえだろ。ほら行くぞ」
「あ、ちょっと待ってください」
トラベロは神秘力を使い、自分の掌に火の玉を作り出した。
ほのかな灯りが周囲を照らす。
「暗いと足元危ないですからね。さ、行きましょう」
灯りを頼りに前へ一歩踏み出す。
先へ進む度に辺りを見回すが、分かれ道や扉などといったものはない直線の通路だけが続く。
廃墟の地下とは思えぬ程に綺麗で整った造りをしており、少なくともこの遊園地と同時期に作られたものでないようだ。
下りれど下りれど先は見えず……そんな中、ふとトラベロは思い出したように口を開いた。
「……それにしても、ここってマゴニアのどの辺りなんでしょう?」
「イリオス近郊のテュール町内辺りだね。20年程前はアミューズメントパークで有名だったのさ。こことか特に人気の遊園地だったよ」
「そんな人気の場所が今や廃墟、か……そう簡単に潰れるのか?」
「園内で殺人事件なんか起きたら寄り付く客なんてあっという間にいなくなるものさ。未だに犯人が不明なら尚更ね」
「殺人事件……スピル君、それって」
「――さあ、ね。敢えて明言はしないでおくよ、各自好きに想像してくれたまえ」
そうスピルはおどけてみせるが、表情は少し陰っている。
今彼が語った殺人事件――それはスピルがかつて殺されたそれなのだろう。敢えて想像に任せる、という言動が全員に確信させるには十分な要素だ。
つまり、ここは彼にとって因縁の地ということにもなる。
仲間が連れ去られた場所が自分とある意味関わりの深い地……スピルの心境はいかばかりのものだろうかと考えるがそんなものは本人にしかわからない。
「(……まさか、ここにずっと居を構えてたなんてなあ)」
スピルは空間を見渡し、かつての友に想いを馳せる。
瞳を閉じれば脳裏にあの無機質さを漂わせる顔が鮮明に浮かぶ。
そう、あの時――20年前、自分の胸に刃を突き立てた時も彼は同じ顔をしていた。
つい先日見たのと変わらない、冷たい顔。自分の知っている彼とは似ても似つかぬ、友だった人物のものとは思えないあまりにもかけ離れた顔を――
「ユピテル、君は本当に変わってしまったのかい……?」
ぽつりと、問いかけるように小さく呟く。
その呟きは、暗く狭い空間故に仲間たち全員の耳に入る。
彼は本当に友を心の底から想っているのだと、痛いぐらいに伝わる程その言葉には感情が篭りに篭っていた。
故に、今言葉を口にした彼の姿はひどく痛ましい。
トラベロが言葉をかけようとするが、エウリューダが肩を優しく掴み、首を横に振る。
今はそっとしといてあげよう、ということだろう。トラベロはそのまま前を向き直して道を照らした。
階段が終わりを告げると、またもや直線の通路が待ち構えていた。
同じように別通路や扉といったものは一切存在していない。
念を入れてアキアスが神秘力でざっと伏兵がいないかを探知するが、どうやらそれもないようで眉をひそめる。
「……伏兵もなし、隠し通路っぽいのもなし。逆に不気味だな」
「確かに。敵のアジトにしては人がいないな……」
「マグメールの方が規模が大きいとはいえ、何十人何百人といるワケじゃないのかもしれないね。とはいえ用心は必要だけど」
「このままちゃっちゃと終わらせて、ファナを連れて帰れればいいんだがな……行こうぜ」
引き続きトラベロが通路を照らし出し、一行は先へ先へと進む。
階段と累計して何十分程歩いただろうか、ようやく壁以外のものが目の前に現れた。
……扉だ。映画館などでよく観る大きな両開きのもので、窓がついていて中の様子が伺えるようになっている。
が、向こう側も真っ暗でトラベロが炎で照らしても全容はわからない。
試しに開けようとレヴィンが手をかけるが、固く閉ざされており全く開かない。
「……鍵がかかってるのか?全く開かん」
「鍵?ンなもん探してる暇ねえよ……ほらちょっち下がってろ」
猫を追い払うような仕草でアキアスが皆を後ろへと下げ、自身も数歩下がる。
次に両手を胸の前にし、神秘力を発動。生命の氣が手と手の間に次々と集まり、一つの球体と化す。
両手を広げれば広げる程球体は集まる量に比例して大きくなり、やがてはアキアスの身の丈とほぼ変わらぬ大きさへ。
「そぉ――らァッ!!!」
そしてその巨大なエネルギー体を、アキアスは思い切り扉に叩きつけた。
激しい轟音と光にトラベロたちは思わず耳を塞いで目を閉じる。
数秒後恐る恐る目を開けると扉などというものは木っ端微塵に砕けてなくなっていた。
蝶番の破片のようなものだけが近くに転がっているのがせめてもの存在証明をしている程度。
「……アキアスさん。派手にやりすぎじゃないですか……?」
「別にいいだろ、敵のアジトだし、帰り道塞がれる心配もなくなったし」
「なる程!逃げ道の確保は大事だよね!さっすがアキアスだよー!」
「だからエイダいちいちくっつくなっつーの!!ああもう、さっさと行こうぜ!」
エウリューダのスキンシップを振り払うようにアキアスが先頭で扉――があったハズの大きな穴――の向こうへ。
その後ろを頬を膨らませたエウリューダが続き、その次にトラベロ、スピル、レヴィン。
先程窓越しに見た通りの暗い空間は灯りがつく気配がない。
トラベロの炎で辺りを照らし、見回してみると観客席と思しき椅子の並び四方八方を囲んでいる。
一方、自分たちの道の先には何もなく、大きな広場のように広がっていた。
「これは……アリーナ……?多分ですけど」
「アリーナぁ?何でンなもんがこんなとこに」
「さあ……本当にそれなら反対側にも扉があると思います。とりあえず向こう側を見てみませんか?」
トラベロの案に全員が賛同し、向こう側へ渡ろうと進んでいく。
辺りを見回すが、特にこれといった罠がしかけられているようには見えないし、伏兵の様子もない。
このまま無事に向こう側に辿り着けそうだ……全員が思ったその時、急にこの空間に灯りが灯る。
天井にびっしりと詰められたスポットライトの眩しさに目を細める中、アキアスは何かを感じ取ったかのように上を見上げる。
「……アキアス?ねえ、どうかし――」
その様子に最初に気づいたエウリューダが声をかけようとするが、アキアスは答える素振りを見せず彼を突き飛ばした。
「いった!ちょ、いきなりどうしたのさアキ――」
刹那、一本のナイフが二人の間を隔てるように勢い良く突き刺さる。
エウリューダは思わず息を呑む。
何故ならナイフが突き刺さった位置は先程まで自分が立っていた場所だったのだ。
アキアスが突き飛ばしていなかったらこのナイフは間違いなく背中に刺さっていたことだろう。
「……走れ!向こう側まで!!早くッ!!!」
全員が一目散に走り出す。
トラベロの推測通り、自分たちが入った入り口の反対側には扉があった。
スピルが走りながら盾を思い切り投げつけると扉は勢い良く前へ後ろへと揺れる。
――鍵はかかっていない、これなら抜けられる!スピルが真っ先にドアノブに手をかけた。
その次にレヴィン、エウリューダ、トラベロと続いたところでアキアスがまた何かを感じ取ったのか距離を置いて立ち止まる。
一番近くにいたトラベロがそれに気づき、連れて行こうと踵を返すが彼は焦りの色を全面に出して叫んだ。
「バカ!!戻ってくんじゃねえ!!」
「何言ってるんですかっ、アキアスさんを置いていけって言うんですか!!」
「いいから行けつってんだよッ!!下敷きになりてえのか!?」
「え……!?」
アキアスの発言にトラベロは思わず歩を止める。
そしてその直後偶然かそれとも意図的か、天井に並ぶスポットライトの一列が外れ、トラベロのいる位置位置の一帯へ急速で落下を始める――!
「なっ――」
「トラベロッ!!」
レヴィンが急いでトラベロの腕を掴み引き寄せた瞬間、スポットライトは床に衝突。
その衝撃で突風が巻き起こり、二人はスピルとエウリューダがいる向こう側へと吹き飛ばされる。
「っつ……大丈夫か……!?」
「は、はい、僕は……でもアキアスさんが!」
落ちてきたスポットライトは舞台の一部を食い尽くすかのようにそこに鎮座しており、向こう側が全く見えなくなっている。
これではアキアスが無事かどうかわからない。焦った顔でエウリューダが何度も名を叫ぶ。
「アキアス!!アキアスっ!!無事なんだよね!?ねえアキアス!!!アキアスっっ!!!!」
「うるっせえな!!!そんな呼ばなくても聞こえてるっつーの!!」
するとすぐに聞き慣れた怒鳴り声が返ってきた。
その声を聞いた瞬間、エウリューダの口から安堵の息が漏れ、トラベロとレヴィン、スピルも心底安心したような顔を浮かべる。
「はあ……!!よかった、心配したよー……!巻き込まれちゃったのかと思ったもん」
「流石に心配かけたよ、悪かった。……トラは?」
「僕は大丈夫です!すみません僕のせいで……!」
「謝る必要ねえよ。無事ならそれでいい」
「は、はい!今からそっちに……」
「アホか、先行け。すぐには行けそうにねえから、後で追いつく」
「え!?でも――」
「…………うん、わかった。みんなで待ってる」
行くよ、とエウリューダはトラベロの手を引く。
スピルとレヴィンもアキアスの意図を汲み取ったのか、今は壁と化したスポットライトを一瞥してから扉の向こうへと進み始めた。
「ま、待ってください!アキアスさんは……!?」
「後で追いつくって言ってるから。俺たちは先に行こう、早くファナリヤちゃんを助けなきゃ」
「でも!」
「トラベロ君、お願い。アキアスのことを信じてあげて。……アキアスは絶対に約束は護る人なんだ。だから、"大丈夫"」
言霊を紡ぎ、エウリューダはトラベロの手を強く握りしめてにこりと笑う。
その暗示が効いたのか、トラベロは彼がこう言うのだから大丈夫だろうと自分に言い聞かせ、黙って手を引かれる。
本当は彼が一番助けに行きたくて行きたくて仕方ないのだろうと、自分の手を引くエウリューダの手が酷く震えているのを感じながら……
――足音が段々と遠ざかっていく。
やがては全く聞こえなくなったところでアキアスは溜息をつくと睨むような目で前を向き、構える。
「――約束は護る人、ねえ。……ふふ、護れもしない約束をどうやって護るって言うんだい?」
嘲るような笑い声にアキアスは眉をしかめる。
白い髪に紅い瞳の狂った少年がそこにいた。
くすくすと笑いながら、先程床に突き刺さったナイフを引き抜いて切っ先を向ける。
「さあな。護れねえ約束はしたことねえからわからねえよ」
「へえ。僕に勝つって言うんだ?僕は君を殺すのに?」
「おお、殺してみろよ白髪野郎。てめえが俺を殺す前に俺がてめえをぶっ飛ばして終わるがな」
「エイヴァス・ラヴレスだ。不快な呼び名をつけるな」
「生憎と敵の名前は呼ばねえ主義だ」
挑発するかのようにアキアスが笑ってみせると、エイヴァスは舌打ちして頬に指を当てる。
真っ白い指はかつてつけられた傷跡をなぞるかのような軌跡を描く。
――以前トラベロとファナリヤを救出した際、アキアスはエイヴァスに一つの傷をつけた。
その傷が今やこの少年が自分に固執する理由となっている。あのアジルターカ邸での戦闘でもそうだった。
エイヴァスは執拗にアキアスを狙い続け、アキアスもそれを逆手に取ってエイヴァスの注意をこちらに引きつけて戦った。
そうすることで仲間に及ぶ被害を最小限に抑えられると思ったからだ。
エウリューダが意識を失い、トラベロの神秘力が封じられるといったダメージはあったが実際にあの場にいた客人や依頼人に怪我は及ばずに済んだ。
そして今この状況においても、自分一人だけが逃げ道を塞がれ嫌でも対峙する状況に置かれている。
報復は必ずすると宣言した通り、アキアスを殺す為だけにエイヴァスはこの状況を作ったのだろうと想像はついていた。
「お前に傷をつけられた後、"姉さん"に会わせる顔がなくてどうしようかと思ったよ。
優しいから、僕が怪我をして返ってくるといつも心配するんだ。だから怪我をしないように気をつけていたっていうのに、お前のせいで」
ぎり、と歯軋りして憎悪に満ち溢れた目で睨むエイヴァスをアキアスは思い切り鼻で笑う。
何がおかしいと問うと、また鼻で笑ってからアキアスはこう言った。
「「姉さんに会わせる顔がない」だあ?はっ!てめえから悲しませに行くようなことしといて何抜かしてやがる」
「……何?」
「自業自得だっつってんだよ!寝言は寝て言え姉不幸者!」
ぎり、と再び歯軋り。
――やっぱりな。アキアスはそう心の中で独りごちる。
先日の戦いにおいてカンパネラが"姉"という単語を出した瞬間、エイヴァスが途端に大人しくなっていたのを思い出しながら。
今の発言からもどうやら"姉"という存在がエイヴァスにとって重要なキーワードであることがわかる。
「アキアス・ハーヴィデュー……!貴様だけは絶対に殺す!!あの時の報復を今度こそッ!!」
「それはこっちの台詞だ。――うちの可愛い後輩共をいたぶってくれやがったんだ、あの程度で返しが済むと思ってんじゃねえだろうなァ!!」
互いに拳を、ナイフを構え、生命の氣と光が舞台に満ちて行く。
アキアスVSエイヴァス。
一つの傷が作り出し、この先幾度か繰り広げられることになる因縁の戦い。
両者が最初の一歩を踏み出したその瞬間、第一ラウンドは開幕する――