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ArcanAbilitiA  作者: 御巫咲絢
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第一章【ハジマリ】第十六節-後編

「…………??」


トラベロは妙な違和感を覚えた。

身を斬られた、抉られたという感覚がない。一切感じられない。

もしかして感じる間もなく天国に逝ったのかとも思いながら恐る恐る目を開ける。

そこには武器を振り下ろそうとして固まっている人形たちの姿。

奥側で人形を操っていた少年も何が起きたんだというような顔で同じように動きを止められており、まるで彼らだけ時間が停まっているかのような光景が広がっている。

いったい、何が起きたのか?呆然として思考が追いつかない状況に割って入るかのように背後からエンジン音が聞こえてくる。

こちらに向かってきているようだ、音楽記号のクレッシェンドを表現するかのようにボリュームが上がり、思わず耳を塞ぐ。

それと同時に音の主が姿を現し、トラベロの真上を飛び上がった。

……一台のバイクだ。どうやら二人程人が乗っており後部座席に座っている人物がバイクを踏み台として思い切り身を乗り出す。

そして群がる人形たちに向けて真っ直ぐに、何トンもの錘が落ちてくるかという程の驚異的なスピードで降下と同時に蹴りを見舞った。

固まった蝋が砕ける音と共に人形が次々に崩れ落ちていく。

蹴りの主が着地した時にはその周囲に底の浅いクレーターが生まれており、トラベロの目の前ギリギリまでそれは広がっていた。

こんな光景を見れば通常、顔が青ざめてもおかしくないが彼は違った。

天の思し召しがきたかと言わんばかりに驚きと安堵が混ざった笑みを浮かべ、目の前に降りてきた人物の名を叫んだ。


「れっ……レヴィンさんっ!!」

「……間に合ってよかった」


そう告げてレヴィンは彼なりの柔らかい微笑みを向ける。

どことなくぎこちなさを残すその笑顔にトラベロはより安堵の息をつく。

今この時程、彼のこの顔が頼もしく、心強いと思ったことはない――普段から頼りになるのだが――。


「なっ、何!?何だよ!こんなことになるなんて聞いてない!!!」


少年はその場に縛り付けられたまま叫び、神秘力を行使する。

手に抱いた人形から蝋が大量に吐き出され、同じ姿の人形が次々に生み出され一斉にレヴィンへ突撃していく。

十数体もの相手が飛びかかるこのような状況は客観的に考えれば不利に見えるが、これに対しレヴィンは神秘力を使うことなく反撃に出た。

まずは最初に飛びかかった一体の拳を左手で安々と受け止め、腹部に蹴りで風穴を開ける。

いとも簡単に蝋が砕けるその様に少年どころかトラベロも驚愕しているが、お構いなしに次に飛びかかった三体のうち一体の腕を掴み、武器のように思い切り振り回す。

至近距離にいた二体は武器にされた人形によって砕かれ、かろうじて上下が繋がっているかというような状態で崩れ落ち、武器であったそれは地面に叩きつけられ動かなくなった。


「ひっ……!!」


呼吸一つ乱さず、自身の戦線を崩すことなく襲いかかる人形を一体また一体と仕留めていくその姿に少年は息を呑み、もう一つの神秘力を発動させる。

目の前の水素と酸素を繋ぎ合わせたかのように水が生み出され、洪水のような勢いでレヴィン目掛けて放つ。


「(……避けられないか)」


後ろにはトラベロがいる、今避けたら彼に直撃は免れないだろう。

レヴィンは神秘力を使い、自身にかかっている重力を強めた状態で水の放射を受け止める。トラベロを護らんと自身を盾にしたのだ。

重力補正をかけたことによりいくら水流をその身に浴びてもその場から動くことはないが、ダメージは確実に受ける。


「れ、レヴィンさん!」

「大丈夫だ、これぐらいすぐに治る……!」


心配そうに自身を呼ぶトラベロに振り向かぬまま返答。

《治癒円域》――レヴィンのもう一つの神秘力は耐えず発動している。ダメージを受け続けるとしてもある程度のリカバリーは可能だ。

だが少年がこの攻撃を止めぬ以上は一切身動きが取れない。そして、攻撃がこれだけで終わるハズもないと踏んでもいた。

そしてその予想通りに事態は進む。レヴィン目掛けて人形が水流の上を飛ぶように鉈を構えて襲いかかってきたのだ。

このままでは間違いなく直撃だが、避ける素振りは全く見えない。

……僕を庇ってくれてるせいだ!

トラベロは焦った顔で叫ぶ。


「レヴィンさん!!逃げてください!僕に構わず早く――」

「逃げるワケねえだろバーカッ!!」

「!!」


刹那、声が響いたと同時に人形に向かって真っ直ぐに人影が飛ぶ。

淡い光を纏った拳が胴体を貫くかのように打ち据え、真っ二つに割かれて地に落ちる。

長いアッシュブロンドの髪をなびかせ、その人物は着地と同時に拳に纏った淡い光をそのままエネルギー弾として発射。

水を放ち続ける少年に命中し、少年は数メートル程吹き飛ばされその場に転がり蹲る。

同時に攻撃も止み、重力を解除してレヴィンはその場に膝をついて後ろに立つ青年に振り向き口を開く。


「すまんなアキアス。助かった」

「今回はレインには大目に見てやるよう言っといてやるよ。まずは……」


アキアスの色の違う瞳が少年を見据える。

げほごほと咽せて起き上がる彼の手にある人形は先程の攻撃で粉々になっていた。

それに気づいた少年は絶望したかのような表情で人形だった残骸を拾う。


「あ…………ああ……お友達が……クライスがくれたお友達が……あ、あああ……」


フードが脱げて露わになった真っ白な瞳から大粒の涙を溢れさせ、少年はすすり泣く。

……完全に戦意を喪失したようだ。

その光景にトラベロは思わず罪悪感を抱きそうになるが、アキアスが声をかけてきたので考えるのをやめる。


「トラ、大丈夫か?立てるか?」

「……ちょっと、動けないですね。すみません」

「謝んなっつの。場所を変えっからおぶされ、それぐらいなら大丈夫だろ?」

「おぶるなら私がやった方が」

「今無傷な奴がやるのが妥当だろうが。レインにチクるぞ」


う゛、と声を上げてレヴィンが苦い表情を浮かべる。

――普段が普段だからこういう時でもレインさんに怒られるんだろうなあ。

そう思い苦笑しながら、トラベロはアキアスの背に身体を預けた。




「アキアスーっ!!レヴィンさーんっ!!」


それから場所は変わり、メリーゴーランド付近から離れた噴水広場跡。

トラベロをベンチに寝かせて治療しているレヴィンとアキアスの下へ一台のバイクがやってきた。

その後部座席からエウリューダがこちらへ向かって手を振っている。運転をしているのはスピルのようだ。


「!!トラベロ君っ!無事だったんだね!よかったぁ……!!」


バイクが停車し、トラベロの姿が見えるとエウリューダが一目散に駆け寄り、しゃがみ込んで安堵の息を漏らす。

スピルも心底安心したような顔を浮かべてこちらに歩いてくる。


「無事でよかった……間に合うかひやひやしてたところだったんだ」

「……すみません、心配かけちゃいましたね」

「そんなの気にしないでよー!ホントによかったよー……怪我してるの?大丈夫?」

「はい、レヴィンさんのおかげで大分楽になりましたから……あいたたっ」


起き上がり立とうとするが、足に痛みが走りベンチにぐったりと座り込む。


「多分骨までやられてる。しばらく無理に動かない方がいい」

「う、やっぱりですか……いたたたた……」


やはり人形に捕まった時無理して動いたのが祟ったようだ。

起き上がれるようになったはいいが、歩くのはしばらくできないのはどうしたものか。

レヴィンの神秘力はあくまで自然治癒を加速させるものだ、骨に影響があるとなるとすぐには治せないだろう。


「……スピル、どうする?」

「んー……あー、その前にトラベロ君。携帯持ってる?」

「え?あ、はい」

「ちょっと貸してもらっていい?」

「あ、はい。あっちょっと待って動くかな……あっ電源ついたよかった。はい、どうぞ」


ちょっとごめんね、と言ってロックの解除された携帯をスピルは慣れた手つきで操作する。

数十秒程するとうわ、と声を上げて顔を引きつらせ、それを見たトラベロは何があったのかと少し慄く。


「……あったあった。アンインストールアンインストール……」

「え、あの、僕の携帯に何か……?」

「いや、そのね?君が消えた後、レインが神秘力で君の携帯にハッキングかけて追跡アプリ入れたんだよ……」

「え゛」


2つ程とんでもない用語が聞こえたのを気のせいにしたかったが、スピルの表情から現実だとつきつけられてトラベロの顔が青ざめる。

レインの神秘力はそんなことまでできるのか。


「あの後残ってる全員で集まって色々と状況整理して作戦を立ててね。レインの推測通りなら携帯持ったままだからってことで、

 僕たちがかけつけられたのもこれのおかげなんだ。もちろん見つけたらすぐに消してって言ってたし本人も謝る気満々だったからその、大目に見てやってくれないかい……」

「あ、は、はい!大丈夫です!僕を助けるためにしてくれたことですから怒れませんし!……ん?あれ、じゃあファナリヤさんのにも」

「いや、彼女のにも同じことをしようとして弾かれたみたいだ。携帯そのものが壊れてるのか、充電が切れてるのか、はたまた……」

「そ、そうですか……あ、でも手がかり見つけたんです!これが落ちてて……」


トラベロがポケットから髪飾りを取り出すと、その場にいる全員が目を見開く。


「これは……!トラ、ちょっち貸してくれ!」

「ええ、僕もアキアスさんに見てもらおうと思ってたんです」

「……間違いねえ、ファナのだ。氣が残ってる。これなら――」


アキアスは神秘力を用い、氣の残り香からファナリヤの痕跡を辿る。

目を閉じて神経を研ぎ澄まし、彼女の氣を追いかけて、追いかけて……一分程して目を開く。


「……とうとうレインの推測通りになってきやがったぜ。ファナはこの下にいる」

「やっぱり、か……」

「え、ま、待ってください!下って、つまり地下ってことですか!?ていうかレインさんの推測って」

「ここまで全てマグメールの仕組んだ罠、かもしれないってことさ。端的に言えばね」


スピルの話によると、レインの推測の内容はこうである。


――まず、ファナリヤはマグメールに連れ去られたと見て間違いない。トラベロが連れ去られたのも同様。

二人を連れ去るとなるとそれ以外に可能性が見当たらない。

しかし、ただあちらの目的を果たすためなら因子を繋げる力を持つファナリヤだけを連れ去ればいい話でありトラベロを連れ去る理由がない。

なのにトラベロは連れ去られた……となるとこちらを誘っている、つまり罠である可能性が浮上する。

だが、二人を助け出すためにはその罠にこちらから乗るしか現時点手段はない。

この推測が当たっている場合、トラベロが連れ去られた場所を特定できるような仕組みを何かしら設けており、ファナリヤに関する手がかりか何が彼の近くにあるハズだ……


「……で、きっと行こうと思えばこちらがすぐに乗り込める場所でもあるだろうというワケなんだ」

「……なる程、携帯を奪われなかったのはそういうことなら納得がいきます」

「で、明らかに罠だろうってことで本来なら一旦撤退したいところなんだけど」

「だけど……?」

「俺らがここにきたのと同じタイミングで、事務所にマグメールが突撃してるかもな」

「えっ……!?」


マグメールはこちらを分断させ、戦力を削いだ状態で叩き潰そうとしているのだろうか?

しかし、そうなると事務所に残っているのは戦闘能力のないレインと、神秘力者ではないマリナの二人だけ。

いくらマリナが並の神秘力者相手に渡り合える程の力を持っているとは言え……トラベロの脳裏に不安が過る。


「そ、そんな!じゃあ戻らなきゃ」

「いや、戻らずに私たちはそのまま敵の本拠に乗り込む。むしろ乗り込めとレインが」

「レインさんがそう言ったんですかっ!?」

「敵はトラベロを助けてから戻ったところを狙って一気に叩いてくる可能性もある。

 それで一網打尽にされるぐらいなら戦力分断してでも直接乗り込んで叩いてしまえ、だと」

「え、ええ……!?」

「私たちが出る前にスピルに道具を用意してもらってたから、考えがあるんだろうが……

 あいつ変なところで攻勢しか取らないんだよな……」


レヴィンが呆れたように溜息をつき、他の3人も思うとこがあるような表情。

ここでそのまま突撃しろ、なんて発想をレインがするとは思わなかった。

もしかして彼は自分の思っている以上に攻撃的な人物なのだろうか……トラベロは何とも言えず苦笑いを浮かべた。


「だから俺とレヴィンに加えて、スピルとエイダもついてきたワケだ。

 トラも連れて行かざるを得ないっつーか、ファナ絡みでお前が引き下がるとは思えねえし。

 敵のアジトに乗り込むから護りも固めた状態で行きたかったんだよ」

「レインのことだ、それでも回る案を立ててるだろう。僕も色々と貸したし、マリナもいるから大丈夫さ。

 ……ということでトラベロ君、これ飲んで」


スピルはスクラップブックから神秘力を持ち出して一つの薬を取り出す。


「……これは?」

「治癒の霊薬アムリタ。「神様専属薬剤師」に出てくる薬さ。神様相手にはポーション程度の効果しかないけど人間相手にはエリクサー効果の代物。

 こういうチートじみた物は僕のポリシーに反するからあまり使いたくないんだけど、状況が状況だからね」


ぐぐっと一気に、とスピルはジェスチャー。

トラベロはごくりと唾を飲み込むと、鼻をつまんで一気に薬を飲み干す。

……気だるさが一気に吹き飛んだ気がする。試しに立ってみると足に走る痛みがすっかり消えていた。

軽く足踏みをして再度確認するが、全く問題ない。


「……本当だ。エリクサーですね」

「でしょ。さて、これで準備はOK、かな。早速行こうか?入り口の目星は大体立ててるし案内よろしく、アキアス」

「ああ。こっちだ」


アキアスの先導にスピル、レヴィン、トラベロ、エウリューダと続き、廃墟と化した遊園地の中を再び奥へと進んでいく。

太陽が正午を示す位置に昇った空の下、観覧車を背景にサーカス場の名残のような巨大なボロボロのテントが道の先から5人を見下ろすかのように佇んでいた。





――時を同じくして、マゴニア首都イリオス郊外、ティルナノーグ事務所。


一人の青年と、一人の少年が入り口の前に立っていた。

パーカーを目深に被り、不気味な人形を抱いた少年が青年の隣でぽつりと呟く。


「……バディスがやられちゃった」

「そっか……まあ、仲間が間に合えばそうなっちまうかなあ。でもあの人らは絶対に殺さないからまた会えるぜ、大丈夫だ」

「……カンパネラ様はそう思うの?」

「おう。俺たちの敵は生粋のお人好しの集まり、殺しなんて絶対にやんない人たちだし?」


カンパネラがそう言ってにかっと笑うと、少年は不機嫌そうな表情を浮かべて人形を強く抱きしめる。


「……僕、そういう奴嫌い。バディスをやられた分ここの人たちを思う存分殺していい?」

「ん~、それはもうノーウィッチさんが伝えてるだろ。俺は従うしかできないからノーコメント」

「……わかった」

「さ、何はともあれ敵陣に乗り込むんだ、十分に注意するんだぞークライス」


カンパネラが先陣を切り、意を決してドアを開け屋内へ。

入り口には人の気配は感じられずとても静かな空間が広がっている。

時が停まっているかのように音すらしない通路を進み、奥にある事務室のドアへ。


「さて……いるとしたらここか。どんな罠を仕掛けているやら……俺から離れるなよ?」


クライスと呼んだ少年の手を握り、カンパネラはゆっくりとドアノブを回し――思い切り開ける。

しかしそこに広がるのは一般的な事務室とは程遠いものだった。

グリッド線が天井と床に広がる空間。

異様な光景に思わず目を奪われていると、背後からバタンと扉の閉じる音。

振り向いた時にはドアの姿はなく、床と天井の平行線はあれど地平線が見えぬ白が続く。

いわゆる仮想空間、といったものだろう。へえ、とカンパネラは興味深そうに笑う。


「ようこそ、おいでくださいました」


低い男の声が空間中に響く。

聞き覚えのある声にカンパネラはまた笑い、問いかけるように口を開く。


「随分と用意周到だなあ。ここまで想定してたなんて流石だな?」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。……せっかくここまできて頂いたのですし、せっかくですから――」


二人の目の前には青い髪の男がいつしか立っていた。

金色の瞳が、獲物を狙うような鋭さでこちらを見据え、にたりとその口元を緩ませる。

その表情に嫌な空気と寒気を感じ、カンパネラは笑みを引きつらせて一歩後ずさる。


「一つ……私たちと、遊んでいってくれませんかねえッ!!」


そして男の手に持つマシンガンが、二人目掛けて勢い良く火を噴いた。



ティルナノーグVSマグメール。最初の全面衝突の火蓋が、こうして切って落とされたのである。

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