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ArcanAbilitiA  作者: 御巫咲絢
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第一章【ハジマリ】第十六節-前編

「ようこそ、マグメールへ」


淡々とした、少年とも少女ともとれる声がファナリヤを出迎える。

明らかな警戒心と僅かな怯えの色が一滴の冷や汗となって彼女の頬を滴り落ちた。

あの後、意識が戻った時にはそこは既に帰り道でもどこでもなく、どこかもわからぬ施設の部屋の一室。

その時点で自分は連れ去られてしまったのだと理解せざるを得なかった。

トゥルケと別れた後、知らない間に敵の罠に嵌まってしまっていたのだろうか。それとも……いや、それを考えたところで後の祭りだ。

それよりも今はどうすればいいのか。


「……」


そんな彼女を冷たい瞳が突き刺すかのように見つめる。

目の前にはこの前相対した青い髪の男が立っていた。何も告げることなく、言葉を発することなく、ただただこちらを見つめている。

その視線からはもちろん、男が何を考えているかなんてわかりはしない。


「考えが気になるなら、心を読めばいいじゃないですか」

「……っ!」


唐突に耳元で少年が囁き、ファナリヤは反射的に神秘力で髪の毛を鞭のようにしならせた。

顔面を捉えたかのように思えたが、すぐにその姿はゆらめき溶けて消える。


「おお、怖い怖い」


壁にもたれかかっている"狂人"の少年はくすくすと笑う。

ファナリヤの顔は先程以上に怯えの色を見せ、身構える。

この少年にされたことは嫌でも忘れられない。またあの時のような目に遭わされるかもしれないと思うとこうして身を護ろうと体が勝手に動く。

そんな彼女の前に一人の男が立った。フードで顔を隠した男だ。

諌めるかのように入ったこの男に舌打ちをしてエイヴァスは不機嫌そうに姿を消した。


「……うちの幹部が失礼をしました。お詫びします」

「あ……」


頭を下げる男にいえ、とファナリヤは首を振った。

この男……たしかジョン・ドゥだったか。彼の声がどうしても自身の知る人物と同じにしか聞こえず警戒心を抱ききれない。

帽子とフードの隙間から覗かせる瑠璃色の瞳も既視感がある。

もしかしたら本当に……そう思ったが敢えてその疑問から目を背けた。

やり取りが終わった後、黒衣の人物がファナリヤに向けて口を開く。


「……ファナリヤ・カナリヤ。早速ですが貴女に一つして頂きたいことがあります」

「……嫌です、って、言ったら……?」

「答えは既に貴女の中にあるのではないですか?」


その返しはつまり、拒否権はないということ。

わかりきっていたが、何をさせられるのかという不安を感じて額に脂汗が浮かぶ。

黒衣の人物が口を開く前に、首領たる男が踵を返し奥へと歩を進め始める。


「……こちらへ。然程時間のかかるものではありません。説明は着いてから致しましょう」


黒衣の人物はそう告げて男に続く。

ファナリヤはそれを訝しげに見つめ、足を踏み出そうとはしない。

何かの罠かもしれない。それこそまたあの狂人が潜んでなどいたら……


「大丈夫です。貴女に危害を加えるようなことではありません」

「……で、でも……」

「今は首領とノーウィッチ様に従ってください。貴女の身を護るためにも」


真っ直ぐこちらを見て告げる。

ジョン・ドゥのその言葉が嘘か否かは、ファナリヤでもわかる程にこちらを見つめる瞳の曇りなさが証明していた。

例え嘘だとしても彼の発言通り従うしか今のファナリヤには選択肢が存在しない。

ごくりと唾を呑み込み、先導を始めたジョン・ドゥに続いた。





「すみませんっ!ええっと、これぐらいの身長で長いピンクの髪の毛の女の子を見ませんでしたか!?」

「ううん、ごめんなさい。見かけてないわ」

「そう、ですか……ありがとうございました!」


頭を下げてトラベロは街道を急ぐ。

道行く人に片っ端から声をかけ、手がかりがないかひたすら探し続けた。


「(ファナリヤさん……どこにいっちゃったんですか……!)」


――ファナリヤが帰ってこない。

夕方頃散歩に出かけてくると言ってから帰ってきていないとマリナから連絡があり、全員で手分けして探すことにしてから早2時間近くになる。

路地裏、人気のない公園、心当たりの有無を問わずくまなく探すがファナリヤを見かけたという情報は未だ掴めないまま。

それどころかレインの《千里眼》やアキアスの《氣力昇華》にも引っ掛からない。

ただ道に迷っただけなら二人が見つけるのは容易いし、何よりファナリヤ自身から連絡が届く。

しかし、それでも見つからないということは。


「(もしかして、マグメールに……)」


最悪の事態が頭を過り、思考を振り払うかのように頭を勢いよく横に振る。

暗い考えを出している暇はないと言い聞かせ、再び足を動かして交差点へ。

会社帰りのサラリーマン、部活帰りの学生、飲んだくれの男共、様々な人が各々の帰路についていく夜の街を注意深く見回した。

が、彼女らしき人物は見えない。

あれだけ長い髪の毛だ、夜の街であろうと目立つハズだと目を凝らし続けてもそれは変わらない。

ひたすら走って、道行く人々に訪ね、横断歩道を全て渡りきったところで膝に手をつき息を切らす。


「……ファナリヤさん……いったいどこに……!」


途方に暮れざるを得ない現状に唇を噛みしめているとピリリとアラームが鳴る。

もしかして彼女か――一瞬そう期待したが、電話の主は彼女のものではなく仲間だった。

いや、きっと自分と違って何か情報を手に入れているかもしれないと別の期待を抱いて電話に出る。


『もしもし、トラベロさん?』

「レインさん!何か、何かわかりましたか!?」

『いえ……残念ながら』

「……そう、ですか……」

『すみません……ですが探し始めてから大分時間が経過しています、一度合流して各々の結果を共有しましょう。

 丁度、全員ここの交差点近くにきているようですし何か掴めた人もいるハズです。トラベロさんはその場で待っていてください』

「わかりました」


電話を切り、訪れる仲間を待つ。

誰か、せめて誰か手がかりを掴めていますように……そう願うが、レインからの連絡で何も得られなかったということに再び最悪の予想が頭を過る。

何せ情報収集に特化した彼の神秘力を以てしてもファナリヤの行方は知れぬままという事態なのだ。

が、いくら不安になろうと歯痒く思おうと焦ろうとできることは何もなく、今はただ仲間たちを待つだけしかない。

トラベロは深く溜息をついて街行く人の群れを見つめる。

もちろんファナリヤの姿は見えないが、この近くに皆が集まっているのは本当なようで、先程の電話の主が一番にこちらへと向かってきていた。

彼には自分の姿が見えているだろうとは思うが、一応手を振った方がいいだろう。


「レインさ――」


刹那、トラベロの視界がぐらりと揺れる。


「え……?」


頭に強い衝撃が加えられたかのような痛みと気持ち悪さに襲われ、意識を保つのがままならない。


「ト――さ――――ト――ロさんッ!!」


レインの声が聞こえる。……ような気がする。

反応することもできず、そのまま視界が暗転すると共に意識を手放す。

手放す直前、何かが自分の身体を抱きとめたような気がした。




「(――いったい、何が……!?)」


レインは唖然とした顔で立ち尽くす。

トラベロが声をかけようとしているのを捉えた直後、急に彼が頭を殴打されたかのように頭から前のめりになったかと思いきやその姿が急に跡形もなく消えた――

というのがレインの目に映った光景である。突然の出来事に流石に驚きと戸惑いを隠せないが、ただ一つだけ確かなことがあるのは理解できた。

……こんな現象は、神秘力なしに起きるようなものではない。


「(……間違いなく神秘力によるものだ。そしてトラベロさんに手を出す神秘力者なんて限られている……――まさか)」


レインの思考は最悪の事態を回答として導き出した。

もし自分の推測が正しければ、ファナリヤは……そして、今トラベロが消えたのは。


「レイン!!」


自分を呼ぶ声に現実に引き戻される。

……レヴィンだ。急いできたと言わんばかりに息を切らしてこちらへと駆けつける。

その数秒後焦ったような顔でアキアスが駆けつけ、その後ろからエウリューダ。スピルとマリナも三人に遅れてやってきて合流を果たす。

そして全員が全員何があった、というような表情を浮かべて辺りを見回す。

皆トラベロが先にこの場にきているというのはレインからの連絡で聞いていたが、そのトラベロ本人がどこに見当たらないのだ。


「ほ、ホントだ……トラベロ君がいないよ!」

「嫌な予感がしたが案の定かよ……くそっ!」


アキアスとエウリューダの発言は状況を説明するまでもなく事態が急変していることを全員に理解させ、レインの中にある最悪の事態の可能性を裏付ける。


「どうしてトラベロが……まさか、マグメールの」

「そんな!じゃあもしかしてファナリヤちゃんは……!!」


レヴィンとマリナも最悪の可能性に目をつける。

アキアスとエウリューダは言うまでもなくだろう、アキアスの神秘力によりレインと時を同じくしてトラベロが消えたのを知っているハズだ。

全員が動揺と焦りの色に染まる中、スピルは状況を見つめて思考する。


「レイン。この状況、どう捉えた?」

「言わずとも」

「だろうね。……一旦事務所に戻って状況を整理しよう」

「ええ。急ぎ、作戦を立てなければなりません」





「……うう、ん……」


トラベロは意識を取り戻した。

重い瞼をゆっくりと開くと、日光が目に入り眩しさに目を細める。

頭がまだ少しくらくらする……


「ここ、は……?」


ゆっくりと起き上がり、辺りを見回すとそこは全く見知らぬ場所だった。

ぼうぼうに生えた草、蜘蛛の巣がそこかしこに張られているフェンス、そして酸化ですっかり錆びてしまったコーヒーカップやジェットコースターの線路。

それらから恐らく廃園となり放置されている遊園地であろうということは理解できる。

しかし何故自分はこんなところにいるのだろうか。

確かあの時、自分は街道で仲間たちが合流するのを待っていたハズだったのだが……


「(そうだ、あの時急に頭に何かが当たって……)」


急な衝撃を受けたのまでは覚えているが、今目が覚めるまでの記憶は全くない。

恐らくあのまま気絶してここに放置された、という説が有力だろう。

つまり、自分は何者かによって連れ去られた。

そして、そんなことをする相手は限られている。


「(……間違いなくマグメールの仕業、だよね……でも、何で僕を……?)」


何故、ファナリヤではなく自分が連れ去られたのか。

何か別の意図があってなのか、それとも……考えたところで答えなど出るハズもなくどう動くかに思考をシフトさせる。

ともかくここを出て、皆の下に帰ってファナリヤを探さなければならない……まずは出口を目指すことにし、一歩一歩踏み出していく。

施設はどこもかしこも錆び朽ちており、花壇も全く整えられてない状態が何年も経過しているかのように見える。

廃園になったのは随分と前なのだろう、園の案内図を見つけたはいいが文字どころか図形すらロクに見れるものではなく、歩いて探すしかないようだ。

しかし非常に規模の大きな場所でもあるようで歩いても歩いてもキリがない。

かれこれ20分近く歩いても一向に出口がわからない程の規模の大きさにトラベロは大きく溜息をついた。


「……お腹すいたなあ……」


ぎゅるる、と腹の虫が大きく鳴る。

そう言えば昨日は夕食を取っていないのを思い出し、トラベロはぐったりとして顔を俯けた。

すると、自分の足下に何かが落ちているのが見える。


「……?何だろ――」


地に落ちているそれを手に取り、目を凝らす。そしてトラベロは思わず息を呑んだ。


「――これっ、ファナリヤさんの……!!」


拾った物は赤黒い薔薇の髪飾り。ファナリヤが常に身につけていたものと全く同じものだった。

別人の物であるという可能性はまずないと見て良かった。このような廃園に落ちているには不似合いな程に傷一つ汚れ一つない。

これがここにあるということは、つまり。ファナリヤは――


「(皆さんに知らせなきゃ……!!)」


急いでポケットから携帯を取り出し、電話帳を開きアクセスをかけようとしたところでぴたりと手を止める。


「(……あれ、何かおかしくない?)」


携帯は紛れもなく自分の物だ、特に弄られた痕跡もない。

しかしそれが凄く違和感だった。

自分がマグメールに連れ去られたなら、普通は外部への連絡手段を断たれるハズ。なのにこうして外部との連絡手段が残されている。

そして、ファナリヤの手がかりがこうしてこの場に存在して、それを自分は今手にした。


――もしかして、ここで連絡を取るのは悪手じゃないだろうか?

そんな予感がしてトラベロは一旦携帯と共に髪飾りをポケットにしまって再び出口を探し始める。

連絡をするならまずはここから脱出した方が良いだろうと急いで朽ち果てた遊園地の中を進んでいく。




「ねえ、おにいちゃん」

「!?」


ふと後ろから少年の声がして思わず振り返る。

……誰もいない。

こんな場所に人なんているワケがないだろう、気のせいかと呟いて再び前を向く。

どことなく気味の悪さを感じ、先程よりもより足早に進もうとした時、少年の声が再び響く。


「ボクはここだよ、おにいちゃん」


今度は背後からではなく真横から聞こえてくる。

目を向けると、丁度自分が通りがかった朽ちたメリーゴーランドに一人の少年が座っていた。

パーカーのフードを被り、不気味な人形を大事そうに抱いてくすくすと笑っている。

何故、子供がこんなところに……?


「ねえおにいちゃん。ボクと遊ぼうよ」

「遊ぶ……?」

「うん、鬼ごっこ。ボク"たち"が鬼をやるから、おにいちゃんは逃げてね?」

「……"ボクたち"……?」

「ボクたち、鬼ごっこは得意なんだあ……あははっ」


にやりと笑う少年を灰色のオーラが包み込む。


「(神秘力者……!?)」


トラベロは急いでその場から逃げ出した。

正直頭の理解が追いついてはいないが、今逃げなければ自分がやられるのだけは確かだった。

先日かけられた封印も解けてはいない。この期を逃せば間違いなく……!

出口など考えている暇はなく、とにかく少年の視界から入らないぐらい遠くへとひたすらに走る。が――


「いったっ!?」


何かに足を躓き、その場に転ぶ。

起き上がり目を向けると、そこには先程の少年が抱えていた人形と同じそれが地面に横たわっていた。

そしてそれはぐい、とこちらに顔を向け、ゆっくりと起き上がり始めるのだ。これがあの少年の神秘力なのだろう。

不気味な見た目故におぞましく見えて息を呑むが、腰を抜かしている暇などない。急いで立ち上がって再び走り出す。

それと同時に人形も起き上がり、トラベロ目掛けて一目散に走り出した。

それは物とは思えぬスピードでこちらへと勢い良くこちら側へ飛び込み、手に持った草刈り鎌を思い切り振り下ろす!


「うわああっ!?」


再び何かに躓き転び、同時にポケットから携帯が転がる。

幸いにもそのおかげで回避できたが地面がひび割れるような音がして恐る恐る振り向く。

人形が鎌を叩きつけた地に小さなクレーターのようなものができており、その中心に深く鎌が突き刺さっていた。

あんなもの、喰らえば絶対にタダでは済まない。

人形は幸いにも鎌を引き抜くのに躍起になっている、携帯を拾う余裕もあるハズだ。

今のうちに携帯を拾って逃げ出そうとするが何者かに足を掴まれ再び転ぶ。

鎌を持っているのと全く同じ容姿の人形が逃がさまいとこちらの足にしがみついていた。

そしてさらに背後から羽交い締めにされ動きを封じられてしまう。

しかしてそれで諦めるかと言われるとそんなワケもなく、何とかして振りほどこうとひたすらもがく。


「(神秘力さえあれば何とかなるのに……っ!)」


念じても封印されている神秘力は発動されない。

今が一番この力が必要だという時に限って使えないという現実がトラベロの前に大きく立ちはだかる。


「つーかまーえたあ」


少年が鎌を持った人形の後ろから人形を抱いてやってくる。

その後ろにはまた同じ人形がずらりと並び、少年の合図を待っているかのように佇んでいた。

斧にナイフ、くわ、鉈……様々な凶器を構えて皆一様にトラベロへとその不気味な顔を向けるその光景は軽く狂気的だ。


「おにいちゃん鬼ごっこ下手だねー。早く終わっちゃってつまんないよ」


くすくすとこちらを小馬鹿にするように笑うその顔は正気というものが感じられない。


「思ってたより早く終わっちゃったから……解体ショーやっちゃおうっと」


瞬間、人形たちが一斉にこちらに向かって構えを取る。

トラベロはますます顔が青ざめ、拘束を振り解こうと躍起になるも人形との力関係がそう簡単に覆りはしなかった。

それどころかじたばたと動くなというかのように人形のこちらを締め付ける力が強くなり、激痛を感じて小さく呻く。

何でこんな時に限って力が封印されたままなのかと自分を嘆いても状況が変わるワケもない。

人形はこちらの反応を楽しむかのようにゆっくりとにじり寄ってくる。

このまま人形の行動を許したら待っているのは間違いなく、死。その一文字である。


――ああ、僕死ぬかもしれない。


そう思った瞬間、いつぞやかのように自身の置かれた状況には相応しくない程頭が冴えてきた。

慌てすぎた果てに一転回って冷静になるというのはまさにこのことか。

いや、そんなことはどうでもいい。今はとにかく、この状況を打破する何かを考えなければ。

……力も使えない状態で打破も何もあったものではないが、今のトラベロの思考はただ一つ。


「(ここでやられるワケにはいかないんだ……!!)」


早く皆の下へ帰らなければ。早くファナリヤを探し出さなければ。

今、自分の手には彼女の手がかりとなるものがある。ここでやられてしまったらそれを渡すことすらできなくなるのだ。

手がかりが渡せなかったら、ファナリヤはこのままマグメールに連れ去られたままかもしれない。

望まぬことをさせられ続ける日々を送るかもしれないし、初めて会った時のように怯え続けなければいけなくなるかもしれない。

そんなことは絶対に嫌だった。

あの時と同じような"死ぬわけにはいかない"という"使命感"が諦めないという意志を形作る。


「おにいちゃん、そんなにじたばたしたらもっと痛いよ?」


そうして足掻き続けるトラベロを嘲笑うかのように少年が笑うと、人形がますます力を込めて身体を縛り付ける。

みし、と骨の軋む音がしたがお構いなしにトラベロはなんとしてでも抜け出そうと暴れ出す。

するとまたさらに人形が力を入れて骨の軋む音が響くが、それでもトラベロはまだまだ暴れ続けた。

正直締め付けられすぎて感覚がなくなってきている気がするが、そんな状態とは思えない程に力が溢れてくる。

段々と骨が潰されようとしているにも関わらず藻掻く姿が少年には異様に見えたのか青ざめた顔で口を開く。


「何この人。気持ち悪い……もうショーはいいからさっさと殺しちゃおうっと」


少年がかるく手を挙げると、武器を構えた人形がゆっくりと近づくのをやめ武器を構えて一斉に突撃を始める。


「僕は……っ、僕は、皆の下に帰らなきゃ……!!!」


陽の光を受け煌めく鈍色の刃が視界に入るが、それでもトラベロは最後まで諦めるつもりはない。

何でもいい、突破口を開ければそれで構わない。

刃がこちらに突き立てられるまでに、何か――!


「帰るんだ……そしてっ、ファナリヤさんを……助けにいくんだ!!!!」


最後の力を振り絞るかのように叫んだ瞬間。



――ぱきん。


と、何かが自分の中で砕けるような音がした。

まるで扉にかけられていた錠前が壊れたかのような鉄の砕けるような音。

その音が脳内に反響したその時、目の前に刃を突き立てようとしていた人形が突然激しく燃え上がった。


「な、何っ……!?」


少年が驚いた顔で一歩後ずさる。

トラベロも目を見開いてその光景を見やる。

人形は激しく燃え上がり続け、やがては持っていた凶器と共にドロドロに溶けた蝋と化した。


「き、聞いてないよこんなの!今日が封印が解ける日だなんてノーウィッチ様言ってなかったのに!!」

「!」


少年の言葉にもしや、と思いトラベロは横目で自身の手を見る。

鮮やかなオレンジ色のオーラがはっきりと見える……それも、以前の自分のそれよりは遙かに色濃く、強いオーラだ。

つまり今の人形の発火現象は自身が引き起こしたもの――神秘力の封印が解けたのだ。

こんな土壇場で、こんなタイミングで封印が解けるとはと思わずトラベロは顔を引きつらせて笑う。


「は、はは…………僕、悪運強いんだな」


あまりにもできすぎたタイミングにそう呟き、使えるようになったばかりの神秘力を発動させて自身を締め付ける人形の腕を焼き切る。

やはり人形なだけに火には弱く、ものの数秒程で人形の手はどろりと蝋を溢れさせて地に落ちた。

力の拘束が解け、急に身体が軽くなったおかげでトラベロはまたその場に転ぶが、すぐに立ち上がりその場に落ちた携帯を拾う。

そこで呆然としていた少年もやっと我に返ったのか、焦りを浮かべてまだ残る人形たちを動かし向かわせる。

これ以上は近づかせまいと、トラベロは神秘力で炎の壁を眼前に作り上げた。

すると目の前の人形たちは少年の合図に従いぴたりと動きを止める。

数秒ほど様子を見て炎の壁を前に為す術もないと判断し、再び逃げ出さんと走り出す。

それと同時に、足から激しい痛みが走り苦痛に顔を歪める。

先程の骨の軋む音は気のせいではなかったようだが、そんなことに構う暇はなく少しでも距離を引き離そうと前へ進む。

しかし痛みは確実に弊害をもたらし、最初の時よりスピードが出せないどころか一歩一歩踏みしめる度に激しく痛み、走るどころか歩くことすらままならなくなってきた。


「っ、はぁ……はぁ…………っ」


再び逃げ出してから二分とかからずその場に膝をつく。

息を切らしながら振り向くと、未だに自分の作り出した炎の壁は目の届く距離に存在している。

まだ消える気配はなさそうだ。今のうちに少しでも進まなければ……

と、思った矢先に炎の壁に突然大量の水が降り注がれあっという間に消え去ってしまう。


「な……!?」


呆然とその光景を見ていると、炎の跡から人形たちが次々とこちらに向けて走ってきた。

――ヤバい、早く逃げなきゃ!立ち上がろうとするが激痛がそれを阻む。

立てないなら這いずってでも逃げるまでだとそのまま身体を引きずって進もうとすると同時に人形が一人こちらへ向かって思い切り跳躍。

その手に持つ斧を思い切り振り下ろす!


「《燃え盛る煉獄》!」


声高に自身の力の名を叫び、トラベロは炎を盾のように展開。

斧が炎に触れると同時に人形はドロドロの蝋と化し、斧だった残骸と共に目の前に落ちる。

そのまま盾のように炎を展開していると、また大量の水流が突然真上から襲いかかった。


「わ……ぷっ……うあっ!!」


そのまま水流に押し流されるように吹き飛ばされ、地面に強く身体を打ち付け激しく咳き込む。


「よくもボクの大事なお友達をやってくれたね……許さないよ……!!」


人形の群れの中から少年が怒りを露わにして現れる。

翳された手の周りを踊るように水がうねっている……どうやらもう一つの神秘力を行使したらしい。

トラベロの頬を冷や汗が伝う。彼にとっての唯一の抵抗手段が封じられたも同然だった。

――炎は決して、水には敵わない。抗えぬ自然の摂理という壁がここで目の前に立ちはだかる。

頭はまだ回るが、これ以上考えても突破口は開けない。

身体は先程の攻撃が決め手になったのか起き上がるのすら辛い程に痛い。万事休すという四文字が脳裏に浮かぶ。

身動きもままならず、敵の攻撃を防ぐ術もなくなったトラベロに、少年の合図で一斉に人形が飛びかかる。


「(ああ、ここまでなのか……)」


目を瞑る彼に、数々の凶器が振り下ろされた。

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