第一章【ハジマリ】第十三節-前編
ちゅんちゅん、ちゅんちゅん……
窓の外から小鳥の歌声。
閉めきったカーテンの間から僅かに差し込む朝日がファナリヤの顔を照らし出す。
「うぅ……ん」
その眩しさにもぞりと起き上がり、目を擦る。
時刻は朝9時……本来なら遅刻している時間であるが、今日は定休日たる土曜日。
もう少し寝ることもできるが、こういう時こそ起きて何かをした方がいいかもしれない。
ベッドから降り、服を着替えて部屋を出る。
「あらファナリヤちゃん。おはよう」
部屋を出ると、一人の女性がにこやかに声をかける。
どうやら掃除をするつもりだったのか掃除機や雑巾を手にして隣の部屋のドアを開けていた。
「おはよう、ございます。おばさま」
ファナリヤは微笑みながらぺこりと頭を下げて挨拶を返し、その笑顔を見てまた女性はにこりと笑う。
彼女――トパーツィエ・サヒタリオはマリナの実母である。
マリナがファナリヤを連れて今日からここに住まわせることにしたと言った時に笑って快諾してくれたのがこの人だ。
反対のはの字も出さず受け入れたのは今でもファナリヤの記憶に強く残っている。
毎日もう一人の娘のように可愛がってくれていて、母親というのはこんな感じなのかと毎日思う。
しかし、今日は少し違うようにも感じた。
「あの……マリナさんの、お部屋のお掃除じゃないん、です?」
「ああ、それは昨日終わらせたからね。今日はこっちを掃除しようと思ってるの」
「こっち、ですか?」
マリナは私生活は割とズボラな面が多く、部屋を常に散らかしては母が掃除し始めて慌てて自分がやると代わっているのが日常茶飯事。
しかし、今回開けている部屋はマリナの部屋とは反対方向にある。
中を覗いてみるととても綺麗に整理整頓がなされており、とても掃除が必要なようには見えない……と、見せかけてあちこちにホコリが溜まっていた。
「……この部屋、綺麗ですけど……使われて、ないような」
「ええ、でも綺麗にしておかなきゃ、虫や蜘蛛が住み着いたらダメでしょう?」
「……誰か、この部屋を、使ってるんですか?」
「そうよ、今は家に帰っては……」
「ただいまー!」
下の階からドアの開閉音と共に女性の声。
マリナだ。タオルで汗を拭いながら階段を登ってくる。
身体を動かすのが趣味なようで、休みの日はこうして朝からジョギングをして帰ってくるようだ。
「あらマリナ、おかえり」
「おかえり、なさい」
「ただいま母さん、ファナリヤちゃん……あ、そ、掃除ならあたしやるわよ!?自分の部屋ぐらい自分で掃除するから!」
「それは昨日やったわよ。ちゃんと綺麗にしといたからね、今日はこっち。やるなら手伝ってちょうだい?」
「あの、わたしもお手伝いします」
「あらそう?じゃあお願いするわね」
こうして主のいない部屋の掃除が始まったワケであるが、ホコリを取って布団を干す程度のことしか必要がないぐらいの整いっぷり。
布団はマリナが軽々とベランダに持って行ったし、掃除機はトパーツィエが使っている。
ファナリヤにできることは精々掃除機では取れないホコリを取り窓を拭く程度だった。
彼女が神秘力者であることはトパーツィエも承知済み。気兼ねすることなく髪の毛を手の代わりとして隅々まで掃除をする。ふと一枚の立てかけられた写真が目に入る。
仏頂面ながらも不器用に笑う男性と、隣で笑顔を浮かべている女性。そして子供の頃のマリナであろう少女と、もう一人……彼女にそっくりな顔をした瑠璃色の瞳の少年。
――この人、どこかで見たような……
少年の顔にどことなく覚えがあり、じっと見つめて手が止まっているとトパーツィエが笑って声をかける。
「ふふ、姉弟そっくりでしょう?」
「……きょうだい?」
「ええ。トゥルケーゼ……トゥルケって言うの、マリナの弟よ。
とても生真面目で姉と違って小柄な子だったから、よくそれをからかわれては姉弟喧嘩に発展するなんて日常茶飯事だったわ」
懐かしげに、しかしどこか悲しげに語るトパーツィエ。
その話だけでファナリヤは察した。ここは、そのトゥルケの部屋なのだ。
だがしかし、この部屋はファナリヤがきてから一度も出入りが起こったことがない……正確に言うなれば、こうしてトパーツィエが掃除を始めた時ぐらいにしか行われてないのだろう。
これはいったいどういうことなのか?それを口にせずとも答えはすぐに、布団を干して戻ってきたマリナから返ってきた。
「そんなクソ真面目君が今や三年間行方不明の身だからねえ、あたしが言うのも何だけどうちも前より静かになったもんだわ」
「え、ゆ、行方不明……!?」
「そ。ちょうど三年前にまあ、警察の汚職云々の報道があってね。
うちの父さん警察でそれも結構上の方にいた人間だったからあいつそれで怒って大喧嘩、そのまま飛び出しちまって音信不通なのよ。今頃どっかで野垂れ死んでるかもね」
ぶっきらぼうにマリナは言う。
その顔には怒りと、心配……その他にも色々な想いが詰まったかのような複雑そうな表情が描かれている。
何て言葉をかけたらいいか迷うファナリヤ。マリナは直後あ、と声を上げて申し訳無さそうに言う。
「別に隠してたワケじゃないのよ!ただわざわざ言うことないじゃん?それでファナリヤちゃんが遠慮がちになっちゃうのが嫌で黙ってたの……ごめんね?」
「あ、いえ!あの、わたしの方こそ、気を、遣ってもらって……す、すみません」
「いいのいいの!うちに住む以上は遠慮はしてもらいたくないからさ。ねー母さん?」
「そうねえ。ファナリヤちゃんもうちの家族の一員になったんですものね」
「そうそう。たまたま今日の掃除で偶然知ることになっちゃっただけの話だから、謝る必要はないのよ?はいこの話はこれで終わり!」
ぱん、とわざとらしく手を叩いてマリナは話の路線を変える。
「母さん、あたし今日ファナリヤちゃんと出かけてくるからお昼はそっちで食べるわ」
「あらそうなの?わかったわ」
「お出かけ……わたしも、ですか?」
きょとん、と首を傾げるファナリヤ。
「そ!せっかくの休日だしお買い物とか色々しましょ?服とか可愛いグッズとか買ってーそれからスイーツ食べたりとか!」
「すいーつ……!」
ファナリヤの目がきらりと輝く。
やはり食いついたな、とマリナは心の中でにやりと笑う。
もちろん、反応を予測していただけで誘導したワケではないのだが、流石年頃――正確な年齢はわからないがおおよそ10代であろう――の女の子、ファナリヤはは甘いものにはとことん目がない。
可愛いグッズや洋服ももちろんだが、スイーツに関しては別格と言えるぐらいに情熱を宿らせている。
アキアスがお菓子を作ってきた時に、真っ先に彼女が目を輝かせているのを見てはメンバーが皆微笑ましく思うのは今や日常茶飯事だ。
「あたしちょっとシャワー浴びてくるから、その間にファナリヤちゃんも準備しておいで」
「はいっ!わかり、ましたっ!」
意気揚々とした足取りでファナリヤは早速部屋に戻り、勢い良くばたんとドアを閉める。
その光景を見てくすりと笑い、トパーツィエが口を開く。
「ファナリヤちゃん、よく笑うようになってよかったわ。最初にきた頃よりは随分元気になって」
「そうね、大分ここの生活も慣れてきたみたいだし。まだ話すのが苦手みたいだけど、前より大分喋れるようになった」
母娘二人でファナリヤが最初に家を訪れた時のことを思い出す。
――もうすぐ一ヶ月前になるだろうか。娘が連れてきた少女は、両手を包帯で縛り付けていておどおどとした素振りをしていた。
最初は話すことすら恐怖を覚えているかのように声をかける度にびくりとして、挨拶すら戸惑っていた子が今では明るさを前に押し出し始めている……
仕事と私生活、両方見守り続けてきただけにそれがとても喜ばしい。そんな思いを馳せつつマリナは大きく背伸びをする。
「じゃ、あたしもシャワー浴びて準備すっかなー。夜も外食になりそうだったら連絡するわね」
「はいはい。気をつけていってらっしゃい、レヴィン君とレイン君に会ったらよろしく伝えてね」
こうして、女子二人の休日が幕を開けた。
最初に訪れたのは飲食店街。
敢えて車を使わず、電車でぶらぶら出かけるのが重要だ、とはマリナの弁。駅を出てこの場所に着いた時には午前11時。
この時間帯を逃せば当分空いてる席にはありつけないのは明らかで、とりあえずまずは腹ごしらえからということでぶらりと歩き始める。
「ファナリヤちゃん何食べたい?」
「えっと……わたし、いつものとこがいいです」
「あ、やっぱり?あたしもそう思ってたのよね。他より安めでかつおいしい!」
「デザートつきの定食が、凄くおいしいですし!」
「わかる~!」
彼女たちには行きつけの店がある。彼女たちだけではなく、ティルナノーグのメンバー全員にとっても行きつけの店だ。
ワンコインで定食が食べられてかつおいしいという、平日はサラリーマンで、休日は家族で賑わうこの飲食店街の老舗。
入り口に入る前に、店の外にある食品サンプル兼メニューを見て決めてからというのが常連の中での習わしだそうで。
楽しく語らいながら歩き、店の前に近づくと。
「「最初はグー!じゃんけんぽんッ!!!」」
……聞き慣れた男二人の声がする。
お、と声を上げてマリナが少し駆け足で向かい、ファナリヤもそれに続く。
「っしゃあ!」
「ぐっ……また負けた……」
「じゃ、今日お前の奢りな」
レヴィンとアキアスだった。
自分の出したチョキを見てがくりとレヴィンがうなだれ、一方グーを出したアキアスは非常に上機嫌そうにしている。
どうやらじゃんけんでどちらが奢るかを決めていた模様。マリナとファナリヤが駆け寄ったのにいち早く気づいたのはアキアスで、こちらが声をかける前に話しかけてきた。
彼の姿にファナリヤは思わずぽかんと口を開ける。
「ん、マリナにファナじゃん。お前らも昼飯か?」
「おう。あんたら今日は引き分けだったの?」
「ああ」
「私が31勝29敗12分……なんだがぶっちゃけこれアキアスの勝ち越しなんじゃないか……」
「そりゃお前がいつまでたっても初手チョキしか出さねえからだろ……」
呆れたようにアキアスはため息をつき、ファナリヤの方を見やる。
「……で、ファナどうした?さっきからぽかんとしてっけど」
「え、あ、あの、その、えと、えと…………」
「…………ふぁ、ファナ?どうした?」
――言えない。流石に言えない。
アキアスが普通にシャツにパーカーを羽織った姿でいるのに驚きを隠せないなど。
どう言い訳を作ろうかファナリヤは自らにある知恵を全力で振り絞るがそれをよそにマリナがぶふ、と噴き出して大笑いした。
「ぶっふ!お前が服着てんのにびっくりされてやんのー!!!」
「なっ!?ファナお前もそう思ってたのか!?てかそこ笑うんじゃねえ!!」
「ちっちちちち違います!そうじゃないですっ!た、確かに……アキアスさんがおへそ出してないの、ちょっと、びっくり、しましたけど」
「ぐっ!?」
ぐさりとアキアスに言葉が突き刺さる一方、マリナはさらに腹を抱えて笑い出す。
レヴィンはファナリヤの発言にまあわからんでもない、というような感じでううんと唸り眉間にしわを寄せる。
ぺこぺこと謝るファナリヤに複雑な表情をしつつ、アキアスは複雑な顔をしながらごほんと咳払いした。
「と、とにかく!そろそろ入らねえと席なくなっちまうから!入っぞ!せっかくだし四人で食いながらくっちゃべりゃあいいだろ!」
「お、アキアスたまにはいいこと言うじゃん」
「たまにはってオイ」
「そうだな、たまにはこういうのもいいだろう」
こうして四人で食堂に入ることに。
各々いつも食べる定食の言葉を胸に、それぞれ一歩を踏みしめる。
「えーっと、カツ丼定食と天丼定食と、それからオムハヤシそれぞれ1つずつお願いします!」
「……あら、トラベロ君?」
「え?……あれ皆さん!奇遇ですね、こんなところで合うなんて」
しかしさらに偶然が重なり、トラベロも交えての5人での語らいになったのは、全員流石に予想外だった。
「トラベロ君ほんっと、よく食べるわよねえ。昔っから?」
「ふえ?」
烏龍茶をちびちびと飲みながらマリナが口を開く。
トラベロは答えようとして口に食べ物を頬張っていたことに気づき、一気にお冷で流し込む。
「んぐ。そうですねえ……気づいた頃には人一倍食べてましたね」
「お前の場合五倍六倍って言っても過言じゃねえぞ……」
「あはは、そうかもしれないです。多分元々なんだと思います。両親のことは覚えてないですけど、どっちかの遺伝かなあ?」
そう言ってトラベロは天丼を口いっぱいに頬張る。
食べている時の彼の顔は本当に幸せそうで、まるで犬の耳かのようにぴこぴこ髪が動いている……ような気がしたが全員気のせいだと思うことにした。
ファナリヤがこの光景に遭遇するのは二度目である。
しかしやはり自分のように力があるならともかく、ただ単に感情で髪が動くなんて流石にないだろうと目をこすり、オムライスを一口食べる。
「ん。……と、あの。レヴィンさんとアキアスさんは……お休みの日はいつもここに?」
「まあな。月2回ぐらいか?」
「それぐらいじゃねえかな……」
レヴィンとアキアスは、ティルナノーグにおいて力仕事を最も任される二人。
警察からの依頼で神秘力者絡みの事件に赴くことも定期的にある。
犯罪者相手にやり取りをするのだ、もちろん戦闘に発展することは多い。下手すれば命に関わる仕事だ。
依頼を終えて帰ってきたレヴィンの服についてしまった血のシミをトラベロが見てしまって倒れかけたなんてことも最近あった。
故に腕が鈍らないよう、常に定期的に二人でジムの一室を借りて組手をしているらしい。そして勝った方がその日の昼食を奢る。
引き分けだった場合は主にじゃんけんでどちらが奢るかを決めるのだが、その場合全てにおいてアキアスが勝っているそうで。
そして今日も例によってアキアスが勝ち、レヴィンが彼の分を奢ることになった丁度その時に、ファナリヤとマリナがたまたま訪れ今に至る。
「レヴィンあんた、いい加減必ず最初にチョキ出すのやめたら?」
「……そう、そうなんだがな……気づけばいつも出してるんだ……」
「無意識の癖になってるレベルかよ。今度じゃんけんで検索すれば?」
「検索して何か出るのか……?」
「さあ?」
ええ……とレヴィンは半ば引いた顔――と言っても普段の表情とは眉の動きしか変わってないが――でマリナを見るが、当のマリナは知らぬ顔をして焼き鮭の身をほぐして口に放り込む。
ティルナノーグに入ってから早一月近く、ファナリヤ、そしてトラベロには一つわかったことがある。
それは、マリナの男性への態度の極端さ……正確に言うなら、その極端な態度がレヴィンに対して特に顕著であるということ。
主に彼女の無茶振りの対象になるのはレヴィンを初めとし、スピル、アキアスの三人だが、その中でもレヴィンへの態度の辛辣さは別格だった。
聞くところによると、マリナとレヴィン、レインの双子の兄弟は幼なじみらしい。だからより辛辣なのだろう。
しかしそうするとレインに対しては何もしないのが疑問なのだが、その理由は何となくわかるので敢えて言及はせず二人のやり取りを苦笑しながら見守ることにしようと決めた。
数秒ほど沈黙が続いた後、マリナはあ、と思いついたように口を開く。
「そうだ。久しぶりにあたしとも手合わせしろよ」
「んあ?唐突だな。別にいいけど」
「だがファナリヤはいいのか?買い物にきたんだろう?」
「バーカ、別に今日しろっつってねえでしょうが」
「わたしは大丈夫、ですよ。マリナさんがやりたいなら、ついていきます」
「あらいいの?じゃあ張り切って二人をボコっちゃおっと♪」
嬉しそうにマリナは定食のご飯を口に入れるが、ファナリヤはえっ、と思わず声を上げた。
トラベロも同様、驚いた表情でオムハヤシを載せたスプーンを口に入れたまま目を見開く。
「あ、あの……ま、マリナさん、今、なんて……?」
「え?言ったままの通りだけど」
「んぐっ……や、その!マリナさん神秘力者じゃないじゃないですか!?」
「もちろん神秘力は使わない前提の組手よ。まあその反応は想定内、トラベロ君も予定ないなら一緒にきなよ。あたしの実力見せたげるから」
マリナはそう言うとかっ込む勢いでぱくぱくと残りを平らげていく。
二人は大丈夫なのか、と言いたげに呆然としてレヴィンとアキアスへ視線を向ける。
「……まあ、本人がこう言ってるから敢えてこの場では言わないでおく」
「実際に目で見て確かめてみろってやつだな。多分、今以上に口があんぐり開くだろうが」
その反応は想定内だったと言わんばかりの答えを返すと、彼らもまた残りの分を次々と平らげ始める。
当人たちがそう言うということは、つまりマリナはそれ相応の実力を持っているということになるのだろう。
しかし女一人が男二人を相手に立ち回るなんて本当に大丈夫なのか……?
トラベロとファナリヤは不安で不安で仕方なく、互いに顔を見合わせた。
――そして、それから30分後、ジムにて。
その不安は見事にひっくり返され、トラベロとファナリヤは口をあんぐりと開ける。
二人の目の前に広がっているのは、地べたにぐったりと倒れているレヴィンとアキアス……そして。
「ふぅ」
いい汗をかいたと、気持ちよさそうな表情を浮かべるマリナの姿。
ここに至るまでの過程は、何度見ても呆然とせずにはいられない光景しかなかった。
『一気にまとめてかかってきな』
と余裕そうな表情でくい、と指を動かすマリナに言葉通りレヴィンとアキアスが二人して一斉に仕掛けたのだが、
それをそれぞれ片手であっさりいなすどころか即座に反撃にまで出た。
アキアスの拳を左手で受け止めつつ腹部に蹴りを打ち込んで突き飛ばし、レヴィンの脚を受け止めた右手はそのままひっつかんで投げ飛ばし。
何度も似たような応酬が続くがマリナが優勢を譲ることなく、だいたい10分程であっさりと彼女の勝利で決着。
そして今のトラベロとファナリヤの呆然とした表情へと繋がるのである。
「……な、言ったろ……さっき以上に口があんぐり開くって」
心底ぐったりした表情で額を抑えているアキアスの言葉にトラベロとファナリヤは黙って首を縦に振りまくった。
彼のその額には大きなたんこぶ。
決着がつく最後の一撃は、脚をひっつかまれ宙ぶらりんになったアキアスが最後のあがきで勢い良く頭突きをしかけようとしたが、マリナはそれをお見通しだった。
彼が勢い良く体を起こしたその瞬間に彼女から頭突きをしかけ、あまりにも痛いのかアキアスは情けない声を上げ、涙目でその場に倒れて終了。
尚、マリナ本人の額は全くの無傷である。
「どーよ二人共。あたしの実力!」
「あっはっはい!凄かったです!何か凄すぎてどう言えばわかんないです!」
トラベロの言葉にファナリヤが続くかのようにまた首をこくこく、こくこくと縦に振る。
マリナは自慢気にふふん、と笑うとその場でぐったりとしている男二人をぎろりと睨む。
「さて、久々に手合わせして思ったことをちょっとぶっちゃけさせてもらおうか。
まあ下手すりゃ命がかかる仕事もやってんだし腕が鈍ってねえのは確かだがな……オラァてめぇら正座しろォ!!」
鶴の一声でびくりと震え上がる男二人。ぐったりと寝転ぶ暇もなくその場に正座を余儀なくされた。
それに対しマリナは仁王立ちで構え、ぎろりと睨みつける。
それだけで二人共縮こまっている辺りどれだけ恐怖なのだろうか。
「まずはレヴィン!」
「……はい」
「お前はいい加減「すぐ治るから」を前提にした動きやめろっていっつも言ってんだろうが!お前の神秘力重傷には効かねえんだろ!?ああ!?違うか!?」
「い、いえ……その、その通りです……」
「だァったら!!ちったあ自分の身を大事にしろ!!警察依頼受けてる身だって自覚をもっと持て!!何度怒られたと思ってんだ!!」
「……すいません…………」
――レインさんが怪我をした時はあんなに怒って心配してたのに。
第三者視点から話を聞いたファナリヤの第一感想がこれだった。
恐らくトラベロもそうだろう、同じ立場で聞いてる彼も非常にマリナに同意しているかのような表情を見せてうんうんと頷いた。
ここ一月だけでも嫌という程わかったことの一つに、レヴィンは自分の身を非常に軽視するきらいがあるということがある。
自分より弟のレインや仲間の方がよっぽど大事だと言わんばかりに、彼は自ら怪我をしに突っ込んでいくのだ。
よくアキアスから「血まみれで酷いから直帰させた」と連絡が入ることもある程には酷く自己犠牲的……いや、半ば自殺衝動にも近いような行動が多い。
彼が怪我をして帰ってくる方がそれよりもよっぽど大事だ、と今のマリナのように毎回レインにも怒られているのだが、当分直る気配がないようだ。
くどくどくどくど、10分程説教は続き。
「……ったく、ちったあアキアスの立ち回りを見習えっつの。こいつの方ができてんぞ」
「……き、肝に銘じておきます……」
「でまあそのアキアスは肝心なところで思考放棄するの多いからそこを敢えて考えて動け。以上」
「それだけかよ!?俺から最初に言えよ脚しびれたんだけど!?」
「知るか」
「ああ!?」
相変わらずのぞんざいな扱いにアキアスがとっかかろうとして立ち上がるが、脚の痺れでその場にばたりと倒れ込み、先程のたんこぶが床に激突。
情けない悲鳴が一室に響き、第三者二人は苦笑い。
「さ、て。じゃあお前ら、ついでにこのままあたしらの買い物付き合え。荷物持ちな」
「……お前、荷物持ちいるか?」
「ああん?ファナリヤちゃんの分誰が持つんだよ」
ぐ、と真っ先に反論したレヴィンは言葉を詰まらせる。
ファナリヤが慌てて別にいいですとマリナに訴えるもマリナは聞く耳持たず。
「あっじゃあ僕お付き合いしますよ!この後予定ないですし!」
そうトラベロが進言すれば途端にマリナは笑顔を浮かべてこう言った。
「あらありがとう!じゃあトラベロ君"にも"お願いするわねっ」
……どうやら残り二人の同行は決定事項なようだ。
トラベロとまさかこんな形で一緒に出かけることになるとは思わず嬉しさがこみ上げてくるが、それよりもファナリヤは二人への申し訳無さに慌てふためく。
「え、えと、その、あの、む、無理なら……大丈夫です、からね……わたしだからって、気にしないで、くださいね…!?」
「いやいいよ。俺も今日はもう帰るだけだったし、ついでに自分も何か買うつもりで行くわ」
アキアスから真っ先に返事が返ってくる。
こういう流れだとだいたい断るようなイメージがある彼が最初に承諾したのは意外だった。
「私も予定はないし。構わない」
「あの、あの、す、すみません……!」
レヴィンからも承諾の返事をもらい、ファナリヤは申し訳無さとみんなで一緒に遊べる嬉しさの入り混じった複雑な顔でぺこぺこと頭を下げた。
こうして旅の道連れとして、女二人のお出かけに男三人が追加されたのであった。
『神秘力者が一人後をつけてる。目配らせとくからみんなで楽しく騒いでろ』
直後、アキアスがマリナに向けて送ったメールの内容が彼が承諾した理由だった――ということはもちろん、ファナリヤはこの時知る由もない。