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ArcanAbilitiA  作者: 御巫咲絢
16/37

First Interlude

――かつ、かつ。


薄暗い廊下を歩く音。

爪を噛み、苦虫を噛み潰したような顔で早足で歩く一人の少年。

右の頬に刻まれた傷からはまだ僅かに血が滲み出ている。


「エイヴァス」


その後ろから男性の声。

エイヴァスと呼ばれた少年は足を止め、不機嫌そうに振り向いた。

その先に佇んでいるのはカウボーイハットを被り、さらにフードで顔を隠している小柄な男性。

わずかに見える瑠璃色の瞳は真っ直ぐにこちらを見つめている……



「何だ。僕は急いでるんだけど」

「また首領の命令を無視しましたね?少女は傷つけるなとの命を受けていたハズ。それに別の人間を連れ込めなどという指示もなかったハズですが」

「知るかよ。あいつがあの覚醒したてのひよっこ神秘力者に報復したいって言うから、面白そうだと思っただけだ」

「結果人員を一人失ったようなものでしょう?貴方の命令無視で戦力を減らされては困る」

「うるさいなあ……話がそれだけならさっさと帰れよ。ただでさえ帰りが遅くなったのにこれ以上遅れたら"姉さん"が心配するじゃないか」



そう言って苛立ちを表すかのように大げさに背を向け、エイヴァスは早歩きで立ち去っていく。

男はその態度にさらに立腹し、引きとめようとするが……



「よしなさい」



と、後ろの声に引き止められる。

急ぎ振り向くと、黒いフードの人物がそこにいた。

顔も身体も黒い布に包まれ、表情すらうかがい知ることのできないその人物は少年とも少女とも取れる声でこちらからは見えぬ口を開く。



「今回のことは構いません。前回といい、現状のティルナノーグの神秘力者の実力を断片的ながらも知ることへと繋がりました。

 多少の人員欠落は大目に見ても問題はないでしょう」

「ノーウィッチ様……そう仰るのであればそのようにしましょう。首領がお戻りに?」

「ええ。エイヴァスにまた諜報活動を命じたいとのことですので、後ほど首領の部屋にくるようにと伝えてください」


ノーウィッチは用件だけ告げると踵を返し、すたすたと立ち去っていく。

男も今はここに留まっても仕方がないと、ノーウィッチの後へと続いた。

薄暗く長い廊下をかつかつと歩く音だけが響き渡る中、ふと思い出したかのようにノーウィッチは男の方を振り向き口を開く。


「……ああ、そうです。ジョン・ドゥ、貴方にも外の様子を見てもらいたいと首領が仰っておりました」

「!……私が、ですか」

「ええ。例の少女を探って頂きます、可能ならばその少女と共にいる青年も。捕らえなくて構いません。

 ――もちろん、"彼ら"と接触する危険性があれば撤退してください。その時はカンパネラを派遣します。良いですね?」


ジョン・ドゥ――名無し――と呼ばれた男は複雑な感情を表すかのように沈黙する。

数秒程して、帽子をより眼深に被り黙って了承の意を示し、先を行くノーウィッチの後に続いた。






「トラベロ。コーヒー飲むか?」


あれから数日後、ティルナノーグ事務所。

机回りの資料や道具の整理をしていたトラベロにレヴィンがコーヒーの入ったカップを差し出す。


「あ、はい!ありがとうございます」

「置いとくからな」


机にことりと置かれるカップ。

その中にたゆたうコーヒーは良い香りを醸し、心地よく鼻を刺激する。

ひとまず道具を一ヶ所にまとめ、早速一口含む。程よい苦さが身も心も温めてくれるかのようだ。

思わず口元が綻び、ふうと一息漏らす。


「腕の調子はどうだ?」

「あと三週間とかからずにギプスが外せるとお医者さんが言ってました」

「そうか……よかった」

「レヴィンさんが治してくれてるおかげです、本当にありがとうございます」


アキアスがエイヴァスと名乗る少年を退けた後のこと。

トラベロは彼と駆けつけたエウリューダに連れられ病院へと搬送。

命に別状はなかったが酷く衰弱していたため2日程入院、それから今に至る。

鉄パイプで殴られた左腕は骨折、全治3ヶ月と言われる程に酷く折れていて今もギプスと三角巾で固定しているのだが、

レヴィンが毎日神秘力で治療をしてくれていた。担当医曰く、それにより想定より早く治癒が進んでいるとのことらしい。


「それにしても……レヴィンさんの神秘力って凄いですね。レヴィンさん本人は何もしてないというか、特別な動きをしていませんもん」

「ん、そうだな。私がお前の近くにいるだけで勝手に治療しているようなものだから。あの時の怪我も私はずっとお前の側で看ていただけだし」

「え、そうなんです?」

「えー、っと…」


《治癒円域》……神秘力の中でも数少ない癒しの力。

この力は使用者から一定の距離までの間に治療するための領域を展開するモノだとレヴィンは語る。

正確に言うと、領域内にいる人間や動物の自己治癒力と免疫力を促進させているだけで、実際に治しているのはトラベロ自身、ということになるそうで。

ただその促進力はかなりのものであり、少々のかすり傷等ものなら数秒程で治るぐらいには効力が高いらしい。

さらに免疫力も高まるため風邪にも効果抜群という、ある意味かなりの優れもののようだ。

ただし、万能というワケではないとレヴィンは口調を強くする。


「……この力は、怪我が重傷な程効きづらくなる。あくまで治すのは本人だ、本人が酷く衰弱していればその分治癒力も弱まる。

 病気に対しても同様だ。不治の病やかなりの重篤な症状はいくら治癒力を加速させても治らない。

 だから絶対に、無理はするな。今回は骨折だけで済んだからよかったが、もしこれ以上の怪我を負えば私で治せるという保証はないから」

「過信は禁物、ってことですよね……わかりました――ん?」


どさっ。

――何かがドアにぶつかる音がした。

入り口の方だ。

直後無造作にドアノブを触る音からがちゃりと開いたかと思うとまたどさりと倒れる音。

さらに程なくして立ち上がるも壁にごつんとぶつかる音も聞こえる。


「な……何だ……?」

「な、何でしょう……依頼かな……?」


二人して何故か恐る恐るエントランスへ向かうべく、そっと事務室のドアを開ける……と。


「ちょ、ちょっと大丈夫……!?」


偶然、丁度帰って来たマリナがその怪音の主であろう人物に駆け寄っていた。

黒い髪に黒い瞳、この辺りでは見かけない出で立ちをした少女……いや少年だろうか?

真っ直ぐにこちらを見つめていて、マリナの声にも反応しない。

どうやら何度もぶつかっているようで、頭にいくつもたんこぶを作っている。


「あっいいとこに!レヴィン治してやって!」

「あ、ああ!だ、大丈夫か……?」


レヴィンがすぐさま駆け寄り、神秘力を行使しながら人物を立ち上がらせようと手をさしのべる。

するも何も反応がなかったその人物がやっと口を開いた。


「……人」

「ん?」

「人がいらっしゃるのですか?」

「あ、ああ……ここは事務所だが」

「申し訳ございませんが、少々お借り致します」


その瞬間、ベージュ色の強いオーラがトラベロとレヴィンの眼に映る。

――神秘力者だったのか。

オーラが消えると人物は辺りを見回し、状況を把握してゆっくりと立ち上がり、深く頭を下げた。


「……たいへん失礼致しました、まさか勝手にお邪魔していたなど……」

「え、あ、ああ……」

「知らぬ内に怪我も治して頂いているようで……本当にありがとうございます」


重ね重ねとぺこりと頭を下げるもので、思わず三人揃って深く頭を下げる。

何とも不思議な人物だ。


「え、ええと……何か依頼があってこちらにきたワケじゃないんですね?」

「はい……こちらは何か頼まれ事を引き受ける場所なのですか?」

「あ、はい。そうですけど……」

「そうですか……――わたくし、ナギトと申します。恐れ入りますが一、二時間程こちらに置いて頂くことはできませんでしょうか?迎えの連絡を致しますので……」

「は、はあ……」


軽い自己紹介と共にナギトはまた深々と頭を下げ、釣られてトラベロも頭を下げた。





マゴニア首都イリオスの郊外にあるとある留置所。

その入口前にスピルは降り立った。

背後にレインとエウリューダの二人を引き連れ、淡々とした表情で中へ入る。

看守には連絡が届いていたようで、スピルたちをすぐに面会室へと案内した。

面会室の席について程なくして、別の看守が一人の男を連れてくる。


「……これはこれは」


男はくく、と笑いながら席につく。

顔の左半分が焼けただれた男……先日トラベロとファナリヤを連れ去った人物だ。


「ティルナノーグ所長スピリトゥス・フォン=プリンシパリティ……マゴニアでも有数の名家の当主、神秘力者の支援の第一人者にして転生の力を持つ屈指の神秘力者。

 そのような大それた御仁が私めにどのようなご用件で?」

「お褒め頂きありがとう。悪いけど茶番に付き合うつもりはないんだ、手短にこちらの用を済ませてもらうよ」


わざとらしく畏まる男に淡々と告げる。


「君の素性や組織内でどのような位置にいるかはどうでもいい。首領たるユピテル・ヴァリウスを始め、マグメールに所属する神秘力者について知っていることを全て吐いてもらう」

「くく……私めの情報が信頼できるというのであれば」

「意外だ。素直に吐いてくれるのかい」

「元より聞き出す選択肢しか用意しておられぬのでしょう?貴方の後ろにいる言霊使いが何よりもの証拠」


にたりと笑って男は視線をエウリューダに向ける。


「話が早くて嬉しいね。俺としても言霊を使うのは望ましく思わないもの、そっちから応じてくれるならありがたいよ」


エウリューダは下卑た視線から自らの目を逸らすことなく、至って冷静に、淡々とした声で返す。

それを聞いてまた男はくく、と笑う。尋問されるというのに余裕な素振りを見せているのは何らかの思惑があるのか。


「与太話はこれまでだ。まずは以前、こちらを襲撃した神秘力者についてだ」

「ああ、エイヴァス様……あの狂人ですか」

「狂人……?」

「マグメールは犯罪者だろうが何だろうが、首領がお見初めになった神秘力者は全て傘下に取り入れる場。しかし……エイヴァス様を越える狂人は、早々おりませんでしょうなあ」


同時に屈指の実力者の一人でもあると答えが帰る。

エイヴァス・ラヴレス。光と幻覚、催眠術を操る神秘力者。

以前レヴィンが対峙した時も、先日トラベロとファナリヤを連れ去った時も、その力によって姿を消し、かつ催眠を以て洗脳や感覚不全を引き起こしていたという。

マグメールの中でも極めて残虐的な思考及び嗜好の持ち主であり、それに傾倒したが故にこちらで退けられたと男は語った。

……つまり、本気を出せばこちらでは敵わないと、断言されたことになる。


「……随分と見くびられたものだ」


珍しく不機嫌さを露わにしてレインが呟く。

エウリューダも表情は変えぬものの決して良い印象ではないようだ。

しかし、何故こちらにあっさりと手の内を明かすのかも同時に納得がいく。

例えお前たちが知ったところで勝てはしない――そう言いたいのだ。

だからと言って引き下がるつもりは毛頭ない。


「……そのエイヴァスについてはよくわかったよ。……知っても勝てないと豪語するなら、他について教えてもらっても問題はないね?」

「ええ、構いませぬとも。我らにとっては調度良いハンデ故」

「その言葉、後で後悔することになっても責任は取らないよ。君たちは絶対に……僕が止める」


紫の瞳が、鋭く光った。





――事務所からそう遠くない飲食店街の、ある小さなカフェ。

偶然にも客がおらず、がらりとした中に店内放送で流れるジャズも相まってここだけ時間の流れが違うように感じられる。

しかし、それが何とも心地よく素敵な場所だとファナリヤは思った。


「悪いな、わざわざ付き合ってもらって」

「あ、いえ……」


アキアスに連れられて適当な席に座る。

店員が水とメニューを机に置き、そのメニューに描かれたスイーツの数々に目を輝かせる。


「今日は俺の奢りだから、好きなの頼んでいいぜ」

「ふえ!?い、いいん、ですかっ」

「ああ。この前無理やり手触っちまったからな、その詫び……になるかどうかはわかんねぇけど」


申し訳無さそうにアキアスは言う。


――むしろ謝るのはわたしの方なのに。

善意だとわかっているのに最初は拒絶したこと、そしてあの垣間見てしまった光景を思い出しこちらも申し訳なくなる。

あの光景のほとんどが、普段のアキアスという人物からは想像もつかないものばかりだった。

特に最後のあの光景は今でも思い出す度に、本人が感じたであろう悲痛さを断片的にだが感じ取ってしまい辛くなることが多い。


「……なあ、ファナ」

「はい?」

「――その時について聞きたいことがあって。……俺の心、どこまで見えた?」

「!」

「正直に、教えてくれ」


その表情はいつにもまして真剣で。

何の悪意もない、ただただ純粋にそれを知りたい。

嘘偽りが一つもない言葉……自身の心がどうなっていたかを知りたいと言われたのは初めてだった。

少し戸惑いながらも、ファナリヤは恐る恐る口を開く。

あの時見た全ての光景を、嘘偽りなく、記憶の限り説明した。

伝える度にまたあの記憶を追体験するかのような感覚に襲われ、胸が苦しくなりながらも。


「……わたしが、見たのは……ここまで……です」

「…………そうか」


水を一口飲み、アキアスは一呼吸置いてからまた口を開く。


「……悪いな、いきなり変なこと聞いて」

「あ、い、いえ……」

「正直に話してくれてありがとな」

「……あ、あの……あの、あれは……全部、アキアスさんの………?」

「…………全部、本当に起きたことだよ。――俺の力で、引き起こした事態だ。

 お前には、話さなきゃならない。俺のもう一つの神秘力……その詳細を」


もう一つの、神秘力。

神秘力者は、一人につき必ず2つの神秘力を所持している。

ファナリヤは接触感知と髪繰り。レヴィンは重力操作と治癒能力。レインは千里眼と情報操作。エウリューダは言霊と防御障壁。

スピルは漫画の物質具現と、「死んでもまた生まれ変わる」力。故に後者は見ることはないと聞いている。


――しかし、アキアスは?

そう言えば、今まで彼は一つしか神秘力を使っていなければ、もう一つについて話したこともない。

トラベロのように、まだ使えるようになっていないのかと思っていたが……


「アキアスさんの、もう一つの神秘力……」

「ああ。……《狂い笑う死神》。俺にとって全てのハジマリであり、最低にして最凶、最悪の力――」


そこから語られた内容は、とても壮絶かつ信じられないものだった。

あまりにも現実からかけ離れすぎた力に――神秘力そのものが現実離れしてはいるのだが――ファナリヤは紡ぐ言葉が見つからず、ただ目を見開いてアキアスの話を聞くことしかできなかった。

こんな力が実在するのなら、自分たちにとって当たり前であった常識の全てなんて簡単に覆せてしまうではないか。

そんな恐ろしい力を彼は所持しているなんて。


「……信じられなくてもいい。この力は発動されちゃいけないものだから。

 けど……けど、万が一発動するようなことがあれば――俺が"死んだら"、絶対に逃げろ。全力で逃げるんだ。いいな?」

「……は、はい……」

「それと、この話は他言無用だ。誰にも話さないでくれ。……ああ。でもエイダになら大丈夫だ。あいつは知ってるから」

「エウリューダさんが……?」

「あいつだけなんだ。"死んだ"俺を止めることができるのは……だから、もしその時がきたらエイダを呼べ。絶対に、あいつ以外は俺に近づかせるな」





――話は終わり、カフェを出る。

ドアを開けるとからんと鐘が鳴り、再来店を待つかのようにこちらに挨拶するかのようだ。


「悪いな、こんな物騒な話しちまって」

「いえ……大事なお話を、わざわざわたしにしてもらって……すみません」

「お前には知る権利があった、だから話した。それだけ。さ、帰るぜ」


そう言ってアキアスは帰路を辿り、それをファナリヤは小走りで追いかける。

どうも彼の歩幅は大きいのか、距離が定期的に離れては急ぐのを繰り返していると……


「あう」

「!」


路地から出てきた男性とぶつかり、尻もちをつく。


「あ、あ、ご、ごっ、ごめんなさい……!」

「ああ、いえ。私の方こそ道を見ていませんでしたから……すみません、怪我はないですか?」


慌てて謝るファナリヤに怒ることなく、優しく声をかけ手を差し伸べる。

手袋をちゃんとしているか確認してからその手を取って、初めてその顔が目に映る。

ターコイズブルーの髪に瑠璃色の瞳……何とも既視感漂う容姿をした小柄な男性。

確か、どこかで彼に似たような人物がいたような……


「ファナ、大丈夫か?」

「あ、は、はい!大丈夫、です」

「お連れの方がいるなら安心だ。では私はこれで。お気をつけて」


即座に男性は去っていく。

アキアスも顔に見覚えがあったのか首をかしげて目を細めた。


「……どっかで見たことある顔だよな」

「です、よね……」

「…………まあ、いいか。さっさと帰ろう――」


ドン!

――前を向き直してまた帰路につこうとした瞬間、アキアスに人が思い切りぶつかった。

余りにもの勢いだったのか、アキアスは尻もちをつくどころか勢い良く倒れこむ。

ぶつかったのは髪の長い青年だ。慌てて駆け寄り抱き起こしてゆさゆさと揺さぶりだす。


「わ゛――!!ごめん!大丈夫か怪我ないか!?ホント急いでてマジごめんっ!!」

「だっ、大丈夫っ、だけっどっ、前はっちゃんと、見ろっっ、やめっ、揺らすな!!気持ち悪い!!!」

「あっごめん!無事ならいいんだけどホントごめんっっ」


今度は慌てて一歩距離をとりぺこぺこと頭を下げる。

何ともまあ騒がしい男性である、まるでスピルとエウリューダを足したようなテンションだとファナリヤは思った。


「あの……そんなに、急いで……どこ、へ?」

「ぅえーっとえーっと、ティルナノーグっていう事務所!何かうちの連れが今そっちいるみたいでさっ迎えに行こうと思ったんだけど道わかんなくってさー」

「事務所は……きた道の途中に、あります、よ……?」

「マジで!?俺気付かず通り過ぎちゃった系!?うわああああやっちまったあああああああ!!!」

「(何なんだこいつ……)」


大げさにがくっとうなだれる青年。

ファナリヤも思わず苦笑するしかできず、アキアスは心底呆れたようにため息をつく。


「え、えっと……あの、わたしたち、そこの……事務員なん、です。よかったら一緒に……」

「マジで!?!?!?!?!」


青年は目を輝かせ、ファナリヤの肩をがしっと掴む。


「そうと決まればいこうぜ!お嬢ちゃん道案内しくよろー!!!さー出発しんこー!!!」

「うえ、え、あ、は、はい……!?」

「何でお前が仕切るんだよ……」


何ともまぁ快活がすぎる青年に急かされ、夕焼けに染まりつつある空の下を行くのだった。





「ナ――――――ギト――――おおおおおおおお!!!!」


着くなりドアを勢い良く開けて青年が名前を叫ぶ。

いきなりの騒音にその場にいたナギトを除く全員がびくりと肩を震わせる。

一方、呼ばれたナギトはその真っ黒な目を輝かせた。


「カンパネラ!すみません、ご心配をおかけして」

「いーのいーのナギトが無事だったらそれでもーまんたいっ!無事でよかったぜー♪

 あっ俺、カンパネラって言います!事務所の皆さんどうもあざっした!世話になりました!!」


ナギトを強く抱きしめ頬ずりしたかと思いきや、慌ててトラベロたちに向けて深く頭を下げる。

そのせわしなさにトラベロを始め、皆が苦笑したりため息をついたりと様々な反応を示す。


「でも本当に親切な人たちに助けてもらってよかったよ。ナギト、目も見えないし耳も聞こえなくて。普段は神秘力で俺と視覚聴覚共有してんだけど、はぐれちゃったらさ」

「ああ、だから最初あたしが声かけても全然反応しなかったのね」

「ええ、なので勝手ながらそちらの紅いお方のを拝借させて頂きました、重ねてお詫びします」

「あ、いや。そういう事情なら別に気にしなくていい」

「貴方様はお優しい方ですね。とても献身的で、常に仲間を思いやることのできる方、誰にも痛みを背負わせたくない方。故に癒しの力は貴方様に宿ったのでしょう」

「い、いやそんなことは……」


頬を赤らめレヴィンは目を逸らす。


「やーいレヴィン照れてるー」

「う、うるさいっ」

「彼女とご家族の存在が貴方様の力の源なのですね。いつまでも変わらぬ真っ直ぐなお心を持っていらっしゃる、とても素敵な女性です」

「や、やだ…褒めたって何も出ないわよぅ」


マリナもまた顔を赤くして茶化すように笑い、ナギトはそれを見てにこりと微笑む。

そして次にナギトはファナリヤとアキアスの二人をじっと見つめる。


「……な、何だ…?」

「貴方様は、純粋でもあり、闇を垣間見てもいる方。生命の大切さを理解していて、それと同時にその重さに押し潰されそうでもある。

 その重さを知るからこそわざと素直さも弱さも隠している。いつか貴方がその重さから解き放たれますよう……」

「……!」

「そして貴女様は、自らを知らぬ恐怖、自らに襲い掛かる恐怖に怯えながらも、誰かの役に立ちたいと懸命に頑張っておられる方。

 誰かとの絆がある限り、怖くとも立ち向かう勇気を得て進んでいけると思います」

「え、ええと……?」


二人して困惑や戸惑いを見せる。

まるで自分の中の何かを見透かされているような、そんな感覚に陥ってしまう。

けれど本人からは全く敵意を感じなければ、心を読んでいるのとはまた違う気もする。そう言うよりは、運勢を占われているような感覚だ。

ナギトは最後にトラベロを見て、優しい表情で告げる。


「貴方様は……きっといつまでも裏方ではいられない」

「へ……??」

「自らの大切な物の為に、裏方から舞台へと、剣を手に赴く日がくるでしょう。しかしそのひたむきさは、貴方様を立派な主演俳優にしてくれる。

 苦難を乗り越え、幸をその手に掴めることを祈っています」

「は、はあ……???」


理解ができずトラベロもまた首を傾げる。

それにしても、自分が劇団の裏方をやっていたとは一言も言っていないのに、何故気づきかつ、演劇に例えた言い回しを使ったのだろう。

これもナギトの神秘力なのだろうか?


「いきなりすみません。貴方様がたの心がとても真っ直ぐでいらっしゃいましたのでつい……それでは今度こそ失礼致します」

「ホントにありがとな。また会ったらよろしくっ!」


ぎゅ、と手を握り二人は事務所を出ていく。

ばたんとドアが閉まると、妙な静けさが事務所内を支配する。


「……何だったんでしょう、ね」

「…さぁ……?」


ファナリヤが首を傾げるのに釣られて、トラベロもまた首を傾げる。

――まるで嵐がきたかのような数時間だったなあと、少し疲れた気分にもなった。




二人が事務所を出た直後、一台の車が事務所内の車庫へ入っていく。

お、とカンパネラが声を上げ、立ち止まってそれを見る。

間もなくして緑髪の少年を始めとした三人が車から出てくるなり、二人を視界に入れる。

最初に声をかけたのは蒼い髪の男性だった。


「おや、お客さんですか?」

「ええ、わたくしが迷子になってしまったところをお世話になりまして」

「こいつを保護してくれてたんだ。どうもありがとう」

「そうでしたか。お役に立てたのでしたら幸いです」


にこやかに微笑み軽く会釈をする。それに二人もまた会釈で返す。

これだけなら穏やかな会話だけで終わる、ハズだった。


「本当にありがとうございました。……さ、カンパネラ。参りましょう」

「おう、帰ったら晩飯作らないとなー」


ナギトがカンパネラの名を口にしたその瞬間。


「……おいおい、大歓迎だな」


カンパネラが苦笑しながら前にいる緑髪の少年を見つめる。

三人のうち二人が即座に動き、一人はモノトーンの細剣、一人は拳銃――それぞれ獲物を手に二人を囲んだのだ。

その表情からは明らかな警戒心と敵意を感じる。


「わざわざ直接敵陣に乗り込むとはどういう目的です?カンパネラ・フェリチータ」

「おっと、俺のことをご存知で。念入りにチューンナップされた銃だなあ、それもあんたの厳選護身具グッズの一つかい?《千里眼》のレイディエンズ・リベリシオンさん」

「答えなさい、何が目的だ」

「別にないよ。今回はマジでナギトとはぐれちまって、偶然事情を知らぬ他のメンバーさんが助けてくれただけ。どうする?ここで俺を撃つ?」


その言葉と笑みは挑発か、それとも。

――そこまで言うなら撃ってやろうか。そんな衝動に駆られながらもスピルに諌められてレインは銃を下ろす。


「仮にここで僕が君たちに剣を突き立て、レインが引き金を引いたとして君はそれを全て防ぐんだろう?」

「流石所長さんわかってる。俺の《神の盾》は、純粋な性能だけで言えばそっちの《絶対障壁》を上回ってる、でも発動がめんどくさい。

 そういう意味ではそいつの方が優秀なディフェンダーじゃないかな」


そう言って次はエウリューダを見やる。

警戒は解いていないものの、カンパネラが手を出さない限りは彼は何も言うつもりはなさそうだ。

わかってくれてるな、と感じてカンパネラはまた笑う。


「大丈夫、今回のことは上には報告しない。それに上から直接叩けって命令がない限りは、俺もナギトも干渉はしない。約束する。

 信じられないならここで俺の腕の一本くらい持ってっていいぜ?」

「……いや、いい。その発言を今は信じるよ」


スピルの手に握られたモノトーンの剣が、光となって彼のファイルに吸収されていく。

剣を仕舞い終えると道を開け、無言で帰還を促す。

ありがとうと告げてその場を去ろうとして――ナギトが足を止める。


「……貴方様がたは皆、自分の信じた道の先へ辿り着くことを願い続けている。

 今までに至る因果の鎖に縛られ、歪められながらも自らの信じる物のために、辿る道を間違えぬように、足取りをしっかりと確かめている。

 皆様と戦う未来が、可能な限り回避されることを……願っています」


そう言い残して、今度こそ二人はその場を去った。

きっと、ナギトの残した言葉が叶うことはない。それは言った本人もわかっているだろう。


――彼らに、マグメールに思惑がある限り。

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