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ArcanAbilitiA  作者: 御巫咲絢
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第一章【ハジマリ】第十節-後編

――翌日、午前7時45分。件の学校。

この高校の始業時間は朝8時45分。おおよそこの時間帯に登校する生徒はそれこそ部活の朝練で早朝からやってきている者ぐらいだそうで。

スピルが話を通していたのは教員に伝わっていたようで、ファナリヤたちは無事に校内へと入ることができた。

教員の案内によりロッシュのクラスの教室へと趣き、早速監視カメラを取り付ける。


「これでよし、と」


借り物の脚立から降り、レインはぱんぱんと手を払う。

火災報知機にカモフラージュされ、誰がどう見てもカメラだとは気づかないそれを見ながらファナリヤが疑問を口にする。


「あ、あの……ロッシュさんにカメラ、渡したんです……よね?何で、教室にも」

「所謂"念には念を"というやつです。二重に証拠を残しておき、さらにバックアップもとっておけば余程のことがない限りこちらの有利にしか傾きませんでしょう。大丈夫、彼には連絡してあります」

「そう……なんですか?」

「ええ、証拠隠滅を図られては困りますから。

 人の人生がかかっているものは、証拠はいくらでも残しておくべきなのですよ。――左右されるものが社会的意味でも、人の生死でも。身を守るためなら……ね」


そう言ってレインはにこりと笑う。……何故だろうか、ファナリヤにはその笑顔がとても悲しげに見えて仕方がなかった。

先程の言葉も、いつもの彼らしい穏やかな声で発せられているというのに、どこか重いものを感じさせる。

その重みがあるからこそより説得力があるのかもしれないが、何か心配になってしまう……のだが、その心配もただの杞憂だろうと振り払った。




――午前10時35分。

応接室に設置したノートパソコンからは、カメラを経由して必要なものを持ち教室移動をする生徒たちが映っている。

その中にはロッシュもいて、時折クラスメートにわざと小突かれながらも準備を整え、教室を出る。

現在特に生徒たちには不穏な動きは見当たらない。


「……」


ファナリヤは、水筒を取り出しそれを見つめていた。

犯人に茶を出し、一息つかせる――それが今回の自身の役目らしいが、どうして自分なのかが未だにわからない。

それに今日は……


「緊張する?」


エウリューダがファナリヤの隣に座り、そっと声をかけてくる。

そう、今日は彼がいる。言霊を使う彼がいれば犯人の事情聴取などあっさり終わるのだ。

ならば自分を連れて行く必要などないハズなのに。


「……何で、わたしが、呼ばれたのかな、って」

「レインさんには何て言われたっけ?」

「お茶を……出してあげて、って」

「……ほーほー。なる程ねー」


顎に指を当て、何かを理解したかのように呟くエウリューダ。


「でも、わたしじゃ、なくても……エウリューダさんが、できるんじゃ……」

「確かに俺の言霊があれば一発だけど、それは俺としてもレインさんとしても望むことじゃないなぁ。使わずにお話して、犯人か関係者からちゃんと言ってくれるのが一番いいし」

「そう、かもですけど……」

「レインさんはこの人にならできるって思ったことしかお願いしない人だよ。だから自信持って!大丈夫、俺もサポートす――」


ぴたりと、言葉が止まる。

二人の視界の端に映る映像に動きがあったからだ。

先程から見ているレインは目を細め、先程よりも真剣な表情で見ている。

誰もいなくなった教室に一人訪れる、黒髪の少女――それはレインが昨日見かけた少女その人だった。

他のクラスメートと同じように、必要なものを持って真っ先に教室を離れていたのは確認した。

時間帯を考えるとそろそろ移動先の教室へついているハズ……それが帰ってきたということは。


「――やはり関わっていましたか」


そう独りごちる。

こちらに見られているとは知るハズもなく、カメラに映る少女は行動に出た。

まずは自身の鞄から教科書やノートを数冊取り出して、ロッシュの座っていた机の中にそれを入れる。

次に、今度は別の生徒の机や鞄を見て周り――同じようにそれらを抜き出した。

それだけ捉えられたならば十分である。レインはファナリヤとエウリューダを促し、教室へと向かわせようと指示を出すが、同時にカメラにもう一人少年が映る。

……ロッシュだ。教室へと入り、少女に何かを言っている。恐らく糾弾の言葉だろう、少女が慌てふためいているのがよくわかる。

やがては少女がその場にへたり込んで頭を抱え出した。かなりパニック状態になっているのだろう。


このままでは話以前の問題になりかねない。

なるべく静かに、かつ迅速に。ファナリヤとエウリューダは早足で教室へと向かった。





「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい許してください……!!」

「ちょ、ちょっとあの……!」


当の教室ではロッシュが慌てたようにおろおろとしていた。

一方少女は呪詛のように謝罪の言葉を続けていてこちらの言葉など耳に入っていない。ただひたすらに頭を抱え、震えながら延々と謝り続けている……


「ごめんなさいごめんなさいっもうしませんっ許してください勉強ちゃんとしますから次のテストで全部百点取るから……!」

「あ、あの、え、え……ちょ、ちょっと、落ち着いて……」

「ごめんなさいお父さんごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!」


いくら落ち着くように促しても少女には届かない。それどころか自分ではない誰かに怯えているように見える。

多分ここで教師を呼んでも逆効果なんじゃないだろうか、でも呼ばなきゃどうしようもないのでは……

と、そんなところに助け舟がやってきた。先日依頼したティルナノーグ。その事務所にいたであろう二人の人物が教室へと入ってきたのだ。


「ロッシュ君!ごめんちょっとこっちきて!」

「え!?あ、は、はい!」

「ファナリヤちゃん!俺すぐ戻るからその子お願い!」

「は、はい、わかりました……!!」


エウリューダはロッシュを連れて即座にその場を離れる。

ぱたぱたと遠ざかる足音を聞きながら、ファナリヤは少女と対峙。未だに頭を抱えて震えているその姿は痛ましいと思わずにはいられない。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


段々嗚咽混じりになっているのがよくわかる。

映像からしてこの事件の犯人は彼女だ。ロッシュからしたらさぞ怒りが湧き出ることだろう。

しかしこのような姿を見ると、どうしても可哀想に思えてしまう。それと同時に、このようなことをしてしまう程の何かがあったであろうことがファナリヤでも想像できた。


「あの」


ファナリヤがそっと声をかけると、少女がぴくりと反応を示す。

心なしか震えが止まったように見えるが、まだ残っている。

しかしそれでも、先程ロッシュがいた時よりは段違いに震え方が違う。


"お茶を出して一息つかせてあげてください"


先日レインに言われた自分の役目を頭の中で復唱する。

そう、こういう時こそ相手がゆっくりと落ち着けるような場が必要だ。だから自分はそれを作ればいい。

水筒を持ち出し、ぎこちない手つきでカップにゆっくりと注ぎ始めると共に、教室にコーヒー豆の香りが漂う。

ゆっくりと、零さないように少女の前に座り、ファナリヤは恐る恐る、コーヒーの入ったコップを差し出した。


「……あの。……とりあえず、飲んで、ゆっくり……しません、か?」

「……」

「言いたいこと、ちゃんと……聞きます、から。飲みながら、ゆっくり……お話、しませんか?」


少女は恐る恐る、顔を上げる。

黒髪から覗かせる紫色の瞳がとても綺麗だが、涙で潤んでいる。

頭から手を離して恐る恐るそれを受け取り、しばらく見つめた後恐る恐る口に含む。


「……おいしい……」


そう一言呟いた少女の瞳から、ぼろぼろと涙が溢れ出る。

最初は嗚咽するだけだったが、コーヒーを一口含む度に感情が涙となって滝のように流れ、声を上げて泣き出した。

――この少女の姿は、彼女にとって見覚えのあるものだった。


「(……わたしと同じだ)」


始めてトラベロに出会った日のことを思い出しながら、少女の背中を優しくさすり、あやす。

あの時自分は、彼の作ってくれたお粥がおいしくて、暖かくて。それが初めてで、今までの辛さが一気にこみ上げてきて泣き出した。

少女もまた、こうして暖かさに触れたのが初めてなのだろう。どうして泣いているのかが痛い程にわかる。

レインはこの子が関わっていたと見通して、その上で自分にこの役目を託したのだ。

もちろん少女側の事情なんて知るハズはない、しかし結果としてファナリヤはこの子の気持ちを理解し、こうして受け止めている。

レインがここに自身を呼んだ意味がやっとわかった彼女は、落ち着くまでずっと少女に寄り添い続けた。





――それから数分後。少女が落ち着き、応接室にてレインと、エウリューダに連れられていたロッシュも交えての事情聴取を行った。

少女……ヘレーヌ曰く、家庭でのストレスとプレッシャーが募りすぎるあまり、手を出してしまったということらしい。

両親が離婚して父親に引き取られたが大層厳しく、学歴を気にする男性だそうで今までの進学先は全て父親に決められ、反対しようものなら酷い折檻を受けるとのこと。

勉強に関しても同じで、一つでもテストで満点を逃せば酷く叱られ、張り倒されて叩かれるのが日常茶飯事。

勉強の休憩に茶を飲もうとしても叱られ、門限を少し過ぎようものでも叱られ……そうした精神的ストレスで、ある日ついつい生徒から物を盗んだ、ということらしい。

ロッシュの机に仕込んだのは、彼が一度授業中うっかり神秘力を使ったから彼の力が勝手にやったということにしてしまえば自分が問われることはない、つまり父親に知られないと思ったからだそうだ。


「…………い、いけないって、わかってたんです……でも、一度始めたら、止まらなくなって……本当に、ごめんなさい…………」


深々とヘレーヌはロッシュに頭を下げる。本人は先程から随分と落ち着いたようでとても気まずそうに頬を掻き、詰まり詰まりに自分の要求を述べる。


「……何か、何でこんなことしたんだって怒りしかなかったんですけど……何か、その……こういう理由だって知ると、何か……なぁ。

 とりあえず……俺はその、退学とかにならなかったら別に、それで……」

「どの道教員の方々には伝えねばなりませんしね。ロッシュさんの処分の撤回、それからヘレーヌさんの処遇について。……嫌でもお父さんに合わざるを得ません。

 恐らくご本人がまずやったと伝えなければ意地でも認めず、かつ認めたとしても……」


待っているのは彼女にとって最悪の結果である。

レインが言わずともその場にいる全員が、その言葉の続きを理解していた。

自分で盗んだ、つまり自業自得の結果であるとしても、経緯を思うと流石に突き放す、責めるなどということは誰にもできない。

むしろそれで本当の本当に最悪なシナリオに至ればそれこそ後味が悪いなんてものではない。


「……とりあえず、まずは教員に報告しましょう。話はそれからです」

「で、でも、その後……どうするん、ですか…?」

「大丈夫です。何とかします。いえ……してみせます。絶対に。――親や大人の都合で子供を抑えつけるなんて、あってなるものか」


――まただ。とファナリヤは思った。彼の言葉に早朝と同じ重い何かを強く感じたのだ。

それも朝のよりもずっと重く、怒りを孕んだような声だった。それはいつもの穏やかで時々少し怖い彼とは思えない程に。

不安そうな表情でこちらを見ているヘレーヌを宥めながら、ファナリヤは心配そうに応接室を出るレインを見ていたのだった。


「――見事に地雷踏まれてるなぁ」


小声でぼそりとエウリューダが呟いたのをファナリヤは聞き逃さなかった。

どういうことかと言いたげに見ると、エウリューダは聞こえちゃったかと苦笑いする。


「まぁ、レインさんも色々あったってこと」





――夕方、5時。空が大分茜に染まりつつある下の、学校の応接室。

担任であろう教師と、生徒指導担当の教師、ロッシュと彼の両親。それからヘレーヌ。それからレインと、その隣にファナリヤとエウリューダ。

本来なら生徒と親と教師のみで行われる会話だがレインの交渉とヘレーヌとロッシュ自身から希望され、事件の調査をしたこともあり相席を許可されることとなった。

その応接室に、乱暴にドアを開けて入ってくる一人の男性。細身で眼鏡をかけた整ったスーツの男……どうやら彼がヘレーヌの父親のようだ、少しカリカリとした雰囲気を思わせる仕草から神経質な印象を受ける。

まずは教師が軽く挨拶をし、着席を促すと偉そうにヘレーヌの隣にどかりと座り込む。その音にヘレーヌが少し震えていてファナリヤが心配そうに彼女を見る。


「……うちの娘が何か?」

「あ、ええとですね。クラスで窃盗事件が連日ございまして」

「そのようなことは一切聞いておりませんが?娘とは何の関係が?」

「え、ええとですね……」

「先生、私の方からご説明致しましょうか?」


レインが確認を取ると、教師は是非お願いしますと言いたげな顔を浮かべる。

誰だと言わんばかりに睨みつける男性に対しても笑顔を崩さず、立ち上がり軽く会釈する。


「私、神秘力者支援団体ティルナノーグ職員、レイディエンズ・リベリシオンと申します。この度の窃盗事件につきまして生徒及び学校から調査の依頼を承りました」

「聞いたこともない会社ですね。神秘力??娘は持っておりませんが」

「ええ、娘さんはお持ちではありませんが、被害者の中に神秘力者の方がいらっしゃいますので。

 それと、不法団体ではありません。神秘力者が事件に関係していた場合、民事刑事問わず事件への介入が国政より許可されております故」

「それで娘に何の関係が?」

「――調査の結果、連日続いている窃盗事件は娘さんが行ったということが判明致しまして」


男性の眉間により皺が寄る。

証拠はあるのかと問い正される前にレインはプロジェクターを起動させ、接続していたパソコンからその証拠である動画を再生する。

そこには紛れも無く、生徒の鞄から物を抜き取っているヘレーヌの姿。

それを人の机に仕込む姿もあり後者は別視点から撮影したものがある――ロッシュに渡したカメラからの映像だ。

父親の目が驚きで見開く一方ヘレーヌは俯いている。


「と、盗撮だ!学校に監視カメラなど……!!」

「設置につきましては学校より直接許可を頂いておりますが」


レインが教師の方を向くと、教師は揃って首を縦に振る。

それがより男性の癪に障ったのか段々と声を荒げ始め、今にも顔に血管が浮かび上がりそうだ。


「う、嘘だ!娘がこんなことをするハズない!お前らが貶めようとしているんだろう!!そうだろうヘレーヌ!そうだろう!?」

「……」


ガタリと立ち上がった父親に肩を握りしめられ、恐怖でヘレーヌの体が震える。

誰が見てもその震えようはわかるというのに、父親は答えを急かそうと名を呼び続ける。

お前はいい子だ、バカげたことはしないハズだ……そう言うことで自分の望む答えを言わせようとしているようにしか見えなかった。

周りの声など置いてけぼりにして延々と娘を呼び続けるその姿は最早狂気でしかない。


「なぁヘレーヌ。なぁ??」

「……ち、違うの……」

「何……!?」

「ち、違うの、お父さん……私、私がやったの…自分で……」

「嘘を言うんじゃない!!!私はお前をそんな子に育てた覚えはない!!!」

「おいあんた、それが自分の子に対する態度か!!怖がってるじゃないか!!」


見かねて先に口を挟んだのはロッシュの父親だ。

被害者側である彼らからしても娘への対応が目に余るものだったのだろう。しかし相手側はさらに逆上した。


「貴様らが怖がらせているんだろう!娘に罪をなすりつけて!!」

「ち、違う!私が本当にやったの、私が悪いことしたの!」

「お前は黙ってなさい!!脅されたからって嘘を吐くんじゃない!!」


最早ヘレーヌの処遇云々を決める以前の問題となりつつある。

ヘレーヌの父はそこからロッシュとその親に対する罵言雑言ばかりが飛び出し、ロッシュの父は怒りが心頭し飛び出そうとして妻と息子に諌められる。

この場をとりもつべき教師共はどうすればいいのかおろおろと困っていて頼れるものではなく、ヘレーヌはどうすればいいのかわからず泣き出し、ファナリヤがそっと彼女に寄り添い慰めている。

そしてエウリューダが埒が明かないと言霊を用いるべく息をすう、と吸ったところで――


「ふっ、ふふ……ふふふふふ……!」


一人の男の笑い声が響く。――レインだ。

それに思わず全員が視線を向けると彼は本当に心底おかしそうに笑っている。

何がおかしい、とヘレーヌの父がレインの首根っこを掴み怒号を浴びせるとレインはまた笑う。


「……いやあ、失敬。あまりにも貴方の行動が娘さんを思ってのこととは程遠いのでつい」

「ふざけるな!私は娘のためを思って」

「口から出るのは他者への罵言雑言、娘には意見を仰いでおきながら都合が悪いと怒鳴って遮るのが"娘のため"?随分とジョークを言うのがお好きなようで。

 ――到底娘の教育に良い父親をしているとは思えない」


いつもより低く、抑揚がない淡々とした声でそう言い放つ。

表情も一切の感情が抜け落ちたかのような表情で、普段の彼を知っているなら想像もつかない程の冷たい瞳で自身に掴みかかる男性を見据える。


「そして都合がどうしようもなく悪くなればこうして掴みかかる……娘さんが非行に走る気持ちもわかりますよ」

「う、うるさい!私は娘のためを思っているんだ!愛の鞭だ!!悪いことをすれば叩いて躾けるのは当たり前だろう!暴力などと……」

「――私は「貴方が娘さんに暴力振るっている」などということは申し上げておりませんが?」

「う、うるさいっ!!」


顔を真っ赤にして男はレインを思い切り投げ飛ばす。

レインは抵抗されぬままそのまま投げ飛ばされ、パソコンが置かれている机ごとその場に倒れる。

痛みに少しだけ呻き、ゆっくりと体を起こすレインの額からは血がたらりと流れておりその赤が場を凍りつかせる。

ファナリヤが小さく悲鳴を上げて駆け寄るが……


「ふ、ふふふ……」


レインは笑っていた。ふらふらと立ち上がり、額からの血が滴った自らの頬を軽くなぞる。

後ろの散らばった机を見ると、パソコンの画面にはヒビが入り、プロジェクターのレンズも割れてしまっている。

レンズが赤色に染まっていることから、投げ飛ばされた時に丁度レンズに頭がぶつかったのだろう。


「……すっかりと壊れてしまいましたねぇ。パソコンは私の自前ですから良いですけども、こちらのプロジェクター。学校側から備品をお借りしていたものだったんですが」

「それがどうした!」

「どちらにしろ、器物損壊罪で告訴することも可能になってしまいましたよ?」

「……!!」

「まぁ告訴せずとも弁償して頂くことにはなりますが……仮にも親が教師の前でこのような行為。娘さんはよりこの学校に居づらくなるでしょうね。

 ――それでも貴方は、まだ"娘のため"と仰るか?」


先程と同じ抑揚のない声と無表情で淡々と告げる。

白い肌に流れ落ちている血がさらに恐怖をも促し、その場に男はへたり込む。

それから男が騒ぎ出すことはなく、無事とは言い難いが夜になる頃には話を終わらせることができたのだった。






「……全く、無茶しすぎにも程がある」


翌日の午後4時、ティルナノーグ事務所にて。

一連の報告を聞き、真っ先にレヴィンがレインに向けて大きく溜息をつく。

――あの後、ヘレーヌはひとまず停学処分になったが本人から自主退学すると申し出た。その後母親の下に引き取られることになりそうだと先程連絡が入ったばかりだ。

ロッシュの処分もなかったことになり、ひとまずクラスに平穏は訪れそうである。


「流石の私もあそこまでの行動に出るとは予想外でしたけどね。しかしまぁ、結果オーライというやつですよ」

「だからってあんな怪我して帰ってくるバカがいるか。体が弱いのに無茶するんじゃない」

「肝に銘じておきます。大丈夫です、もう無茶はしませんから……機嫌直してください、ね?」


むすっとしているレヴィンに申し訳なさそうに言うレインの額に傷は全く残っていない。

というのも、レヴィンの持つもう一つの神秘力により治療があっさりと終わったからである。

しかし曰く、本来なら数針程度縫わねばならぬぐらいには深かったそうで、昨日の夜からずっとレヴィンは怒っているのだとレインは困った笑みを浮かべた。


「ったく。ファナリヤちゃん凄く心配してたんだからね?昨夜帰ってきてからずーっとレインさん大丈夫かなーって」

「ご、ごめんなさい……」

「悪いのは無茶しやがったこの男よ。気にしないで」


そう言ってマリナはレインの頭をこつんと叩き、またレインは申し訳無さそうに笑う。


「たっだーいまー!ただいま依頼終わりましたーっ!」

「同じく戻りました!レインさん、お客さんです」

「こんにちはー!


とそこへ依頼を終えたトラベロとエウリューダが戻ってくる。その後ろには客人たる先日の依頼人の姿があった。


「おや、ロッシュさん。学校、どうでした?」

「はい、何事もなく終わりました!レインさんのおかげです……それと、お金も帰ってきました!帰った後親から聞いて……本当にありがとうございます!」

「そうですか、それはよかった。これで無事勉学に励めますね?」

「はい!おかげさまで!本当にありがとうございました!それだけ言いたくって……それじゃあバイトがあるんで失礼します!」


深々と頭を下げ、ロッシュは軽い足取りで事務所を出ていく。

先日きた時の暗い表情とは一変、明るさが全面に押し出ている顔だった。

あれならもう大丈夫だろう……と、思ったところでふとファナリヤは疑問を浮かべる。


「……そういや、お金……のこと、わたしたち何もしてません……よね?」

「ええ、そうですね?」

「じゃ、じゃあ何で……?」

「盗った本人が自分で首を絞めただけですよ」


レインがそう笑うと、ファナリヤの携帯からメールの着信音が鳴り響く。

慣れない手つきで送られたメールを開くと、一つのアドレスがある。

クリックした先にはSNSで自身の実名と学校を公開している状態でカツアゲした、と自慢気に言っている記事があった。

いまいち理解できていないファナリヤの後ろからトラベロがその記事を見てああ……と声をあげる。


「つまり、ネット上で犯罪自慢をしたらそれが広がって、匿名の誰かが実際に学校に通報をして、お金を返さざるを得ない状況になった。

 そして、盗まれた本人の下にお金が帰ってきた……ってことですよねレインさん」

「そういうことになります。一応私の方で犯人と思しき人物を調べておきましたが、実際に動く必要はやはりありませんでしたね」


にこりとレインは笑う。

依頼を受けた時、金も取り戻すとはっきりと宣言したのはこれを見越していたからこそ言い放ったのだ。

ここまでの想定なんて、ファナリヤには経験を積んだところで到底できそうにない。

窃盗の件に関しては先日にヘレーヌを見かけていたとしても、ここまで考えが及ぶものなのだろうか。


「レインさんは、最初から……全部わかってたん、ですか?」

「そんなまさか。未来予知なんてできませんし。ただ人より多く考えて、多く準備した。それだけです。

 あと、強いて言うならば彼女に似たようなものを感じた、ぐらいですかね?」

「…似たような、もの…?」


いまいちわからないでいるファナリヤに、レインはいつものように微笑んでこう言った。



「まぁ……私にも色々あった、ということですよ」

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