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ArcanAbilitiA  作者: 御巫咲絢
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第一章【ハジマリ】第九節-後編

時間は経ち、夕暮れが近づき始める頃にやっと作業は終了。

落書き塗れだった薄汚れた壁はすっかり元の白さを取り戻し、日光に照り映えている。


「いやー!相変わらずレヴィンさんがいてくれると助かるっすわ!あざっした!トラ坊もな、流石はレヴィンさんの新しい舎弟」

「だから舎弟じゃねぇっつってんだろ」

「さーせん、ついつい。また俺で手に負えなかったらお願いしますわ!そんじゃ!」


ロブはドアミラーを閉め、機嫌良さそうにトラックを走らせ帰っていく。

それを見送り、自分たちもまた帰路へつこうと踵を返す。


「気さくな人ですね、ロブさん」

「昔からあんな感じだよ、あいつは。……あと、そのだな」

「わかってますよ。内緒にすればいいんですよね」

「すまんな。いつかはバレるんだけどそれでもな……ん?」


携帯の着信音が鳴り響く。

二人して携帯を取り出して確認する……どうやらレヴィンの方にかかってきたようだ。


「…マリナから?」


一昔――というにはまだ早い旧式の型であるが――前の携帯だとトラベロが思わず新鮮な目を向ける中、携帯を開いて応答する。


「マリナ、どうした」

『ファナリヤちゃん見てない?』

「いや、今依頼が終わったばかりで。何かあったか?」

『昼頃に用事がって出てったんだけど帰ってこないのよ…!

 携帯忘れてっちゃったから連絡もつかなくて。今レインとアキアスが探しに行ってくれてんだけど…』

「……!…わかった。二人は別行動か?」

『別行動は取ってないわ。その方が効率がいいから』

「わかった。すぐに探す」


ぷつん、と携帯の通信を切る。

通話が進むにつれて事態を察し、不安そうな表情を浮かべてトラベロは恐る恐る尋ねた。


「…何か、あったんですか」

「ファナリヤが迷子になったらしい。携帯も忘れて連絡がつかないそうだ……マグメールに襲われたらとんでもない事態になる」


携帯をぱたんと閉じ、レヴィンは指示を出す。


「レインとアキアスが捜索に出ているから、トラベロは二人に連絡して先に合流しろ。私は用意するものがあるから後で行く」






「(…ど、どうしよう)」


ファナリヤは困っていた。

ここはイリオスのどの辺りなのだろう。右を見ても左を見ても帰り道がわからない。

少しばかり外の空気を吸ったら帰ってくるつもりだったのに、気づけば随分と歩いてしまっていたようだ。

携帯で連絡しようとしたが、ポケットにもどこにも入っていない……どうやら事務所に忘れてしまったらしい。


「(どうしよう、みんな心配してるかな……でも、レヴィンさんを落ち込ませちゃったし)」


俯いて、人混みから外れた道の端の壁に一人ぽつんともたれかかる。

……今朝の一連の出来事がどうしても頭から離れない。

レヴィンはただ自分が恥ずかしかっただけと言うが、そもそも自分が見てしまわなければ彼が落ち込むこともなかったのだ。

彼を傷つけてしまったと、どうしても落ち込まずにはいられなかった。嫌われたかも、という考えが染み付いて離れなくなっている。

気にするなと本人には言われたが、どうしても見てしまってはいけないものを見てしまったという罪悪感が強く残って仕方がない。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん」

「ふえ…!?」


急な声にびくりと震えて顔を上げる。見た目40代ぐらいの男性だ。

見た感じからは敵意も感じなければ、神秘力者のオーラも見えない……敵ではないようだ。

心を落ち着けて、恐る恐る口を開く。



「そ、その……道に、迷って……」

「おや、迷子かい。こんなところに一人じゃ危ないよ、近くに交番があるから、そこまで案内しようか」

「……は、はい。すみ、ません」


男性に連れられ、ファナリヤは道を進んでいく。

自分の手をぎゅ、と握り締めて離さないように細心の注意を払いながら、交番が見えてくるのを待った。


――しかし、一向に交番らしきものが見える気配はない。

それどころか、先程まで人が目立った街道から人気のない路地裏に近づいている気もする。

本当にこの男性は知っているのだろうか。…不安になってファナリヤは恐る恐る尋ねた。


「あ、あの……本当に、道……」

「……」


男性は答えない。もう一度ファナリヤが聞こうとすると、ぴたりと止まってぐるりとこちらを向く。

その顔は最初に話しかけた時の優しげなものとは打って変わり生気のないようなものだ。目は虚ろで、焦点は全く合っていない。

男は白目を向きかけた顔で一歩一歩ファナリヤに近づいてくる。


「ひっ……」


震えた声を上げてファナリヤは一歩後ずさる。

まさか敵だったのかと思ったが、先程と同じように神秘力者特有のオーラは一切纏っていない。ならば何故……?

とにかく逃げなければ――踵を返して走り出すが、同じように正気を失った顔の人が次々と現れて道を塞がれる。

自身と彼ら以外に人はいない。


「ゃ……い、嫌……っ!」


恐怖のあまり壁へと後ずさる。

神秘力を用いれば抜け出せるだろう……だが、初めてイリオスに訪れた時のことを思い出してしまい足が竦む。

あの時の気持ち悪がるような街の住人の視線を思い出して震えてしまう。

一歩一歩と下がれば下がる程、正気を失った人々の群れがにじり寄る。このままでは……!


「た、すけて……誰か…っ!!」


涙をぼろぼろと零して叫んだ、その時だった。


「――!」


勢いのあるエンジン音が上から聞こえてくる。

ファナリヤが恐る恐る見上げると一台のバイクが彼女と、彼女に近寄る人々を通りすぎていく。

少し離れた距離に派手な音を立てて着地すると、ドライバーはヘルメットを乱暴に脱ぎ人だかりに投げつけた。

一人に命中し、倒れるとドミノが倒れるように何人かが巻き込まれ道が開かれる――それを逃さず一気に駆け込み、群れからからファナリヤを遮るようにして立つ。

白いリボンが結われた紅い髪が、間違いなく味方であることをファナリヤに告げていた。


「…れ、レヴィンさん……!」

「……無事でよかった」


そう告げた横顔はとても優しい微笑みを湛えている。

ファナリヤの中から一瞬にして恐怖も何もかもが消え失せていく……誰かが助けにきてくれるということの心強さがそれらを打ち払う。

今朝の件から嫌われたと思っていたからこそ、今のファナリヤにとっては強い支えだ。

しかし、この人々の群れに対するのはレヴィンたった一人……自分が加勢しなければいけないのではないかと立ち上がるがレヴィンの手がそれを止めた。

大丈夫だと告げ、眼光鋭い蒼の瞳が群れを見据える。


「……俺の可愛い後輩に手出してくれやがって。このツケは高くつくぜ」


ドスの効いた声が響き、真紅のオーラがレヴィンを包み込む。

人の群れは次々に突撃を始めていたがもう遅い。彼の左手は既にターゲットに向けて翳され、自らの力の名を声高に叫ぶ!


「――《暴落する重力》!」


――刹那、人の群れが地面に這い蹲った。

レヴィンとファナリヤを取り囲んでいる全てが抗うこともできずに地面に強く押し付けられると、レヴィンは即座に重力を解除する。

目の前に倒れている人に近づき気絶しているのを確認すると、顔を上げて何者かに話しかけるかのように口を開く。


「随分な真似をしてくれるじゃねぇか。――マグメール」

「!」


マグメール……その言葉にファナリヤは思わず震え上がりレヴィンの後ろに隠れ顔を覗かせる。

レヴィンの視線は逸れることなく真上のある一点を見据える……


「――《千里眼》の使い手がいるとは言え、ここまで早く嗅ぎつけられるのは予想外でしたね」


……くすくすと、少年の笑う声。今目の前のビルの側面の上に、人影が立っていた。

夕日の光による逆行で文字通り人を象ったシルエットにしか見えないが、そのシルエットを包み込むアクアブルーのオーラが神秘力者であることを証明している。

恐らく、人々の正気を失った様は彼によるものだろう。でなければ普通の人間が急に正気を失い人を襲う…などということはありえない。


「やはり普通の人間を駒にした程度じゃ、貴方には太刀打ちできるワケがないでしょうね。流石は《重力使いのレヴィンゼード》といったところですか」

「そんなカッコつけた二つ名は知らねぇな。俺は《ティルナノーグNo.2》のレヴィンゼード・リベリシオンだ、覚えとけ。

 それとお前らのボスに伝えろ。――この子には絶対に、手出しはさせない。もしまた手を出せば俺らの総力を上げてお前らの首をへし折るってな」

「随分と派手にもてなしてくれるようで。……今日は様子見がメインでしたし、退いてあげましょう」


そう言うと人影は姿を消し――二人の背後に一人の少年が現れた。

ファナリヤが震えてレヴィンにしがみつき、レヴィンは彼女を庇うように抱える。

白髪に紅い髪の少年は、手を出すことなくにたりと笑い姿を消した。……自らの名を告げた声を残して。



「――僕の名はエイヴァス・ラヴレス。また貰い受けにきますよ、その娘をね」





事が終わり、正気を失っていた人々も目覚めては次々に帰っていく。

帰っていく様子から何も覚えていないようで、こちらのことは対して気にかけず散り散りになっていった。


「……大丈夫か?」

「は、はい!だいじょうぶ、です」


慣れないヘルメットの重さに戸惑いながら、ファナリヤはレヴィンの乗ってきたバイクの後部座席に座り彼にしっかりとしがみつく。

髪を使うワケにもいかず恐る恐る手を回したが、いざ触れると怖さも何も感じない。

手袋を介していれば心を読むことがないのはわかっていたが、今までは怖くて触れなかった。…しかし、今こうしてしがみつくことで杞憂だということを改めて自覚する。


「…しっかり捕まってろ」


アクセルを踏み込み、派手なエンジン音を立ててバイクは走り出す。

小さく声を上げ、ファナリヤは思わず目を閉じて離さまいと手に力を入れる

最初こそ怖さがあったものの、段々と向かってくる風に心地よさを感じ、ゆっくりと目を開くと感嘆の声を上げた。

車の窓から覗く景色とはまた違う綺麗な光景が広がっている……夕日に照り映える建物達が、より間近に見えて美しい。

嬉しそうにしているのが伝わったのか、レヴィンが優しく声をかける。


「バイク、初めてか」

「は、はい…!ちょっと、怖かったですけど…今は凄く、風が、気持ちいいです」

「そうか。……なぁ、ファナリヤ。猫は好きか?」

「え?…は、はい。猫、好きです」

「…私もな、好きなんだ。猫」


ぽつりと呟いたレヴィンの姿が、ファナリヤには何故か恥ずかしそうにしているように見えた。

同じようにヘルメットを被り前を見ていてどんな表情かはわからない。

けれど姿が、声が……凄く緊張しているような、そんな気がした。


「その……昨日、帰りにな。捨て猫を、見つけたんだ。……まだ生まれて二ヶ月かそこらぐらいの、白い子猫」

「……可哀想…ですね」

「ああ。……だから放っておけなくて、今日朝、様子を見に行って、餌とかやって……猫じゃらしで遊んでやったりとか。

 その後出勤しようと思ってその場を離れたら……たまたま、お前とトラベロがいて。誰かに見られるとは思わなかったから、思わず……びっくりしただけ、だったんだ」

「…レヴィンさん」

「だから、その…お前が悪いとかそんなんじゃなくて。私が変に、お前からのイメージを気にしていた、だけだから。ファナリヤが気にすることは、ないんだ」


どこかぎこちないレヴィンの言葉に、ファナリヤは既視感を覚えた。

ロクに話したことがない口下手な自分は話す時にいつもどう喋ろうか、どう言葉を使おうか、それだけで頭がパンクしそうになる程に考えて選んで喋っている。

だから喋る度喋る度、言葉が途切れ途切れになってしまう。

――今のレヴィンは自分と同じだ。どう想いを伝えようか悩みながら口を開いている。普段から口数が少ないのもきっと、伝える言葉を決めあぐねているのではないだろうかと、そう思った。


「だから、その。もし、私に対して悪いことしたとか思ってるなら、気にしなくていいから…」

「はい。レヴィンさんが、そう、言うなら……もう気にしない、です」

「…すまないな、私がこんなのだから…その」

「そんなこと、ない…です。レヴィンさんは、優しい人、です。わたし……わかってますから」


背中に身体を預け、ファナリヤはにこりと笑う。もちろん、レヴィンにその顔は見えない。

けれど、声から表情を察することは簡単で。

彼女が自分を、優しい人だと言ってくれているのは本当だと、確信ができて。


「……ありがとう」


そう告げたレヴィンもまた、嬉しそうに笑ったのだった。


日が少しずつ沈みゆく空の下、二人を乗せたバイクは帰る場所へと車輪を走らせる。

自分たちの居場所とも言うべき小さな事務所へ。


「ファナリヤさーんっ!!」


自分を呼ぶ聞き慣れた青年の声がしてバイクが止まる。

目を向けるとトラベロを始めとした他の仲間たちの姿も見える……皆、自分を心配して探していてくれていたようだ。

――ちゃんと、謝らなくちゃ。ヘルメットを脱いで緊張した面持ちをしているとレヴィンが優しく声をかける。


「不安か?」

「い、いえ!大丈夫……です………けど、その、やっぱり」

「わかった。私も一緒に謝ろう」


安心した表情でファナリヤが頷くと、レヴィンは優しく笑って頭を撫でる。

心配そうに駆け寄る仲間たちの元へ、彼に背中を押してもらいながら歩み寄り、ファナリヤは口を開く。


「あ、あの…ごめんなさいっ!」


勢い良く頭を下げる。顔を上げようとしては怖くて躊躇うのを繰り返すとこつん、と頭を軽く叩かれて思わず顔を上げると、アキアスが色の違う瞳でこちらを覗きこんでいた。

恐らく彼が頭を叩いたのだろう、その後少し乱暴に頭をぽんぽんと撫でてくる。


「心配させた罰で明日朝一で事務所の掃除な、それが終わったらケーキ作ってやる」


そう言い残して踵を返し、軽く手を振ってすたすたと立ち去っていくと次はマリナが抱きついてくる。

トラベロも同じように駆け寄り心配そうに顔を覗きこんだ。


「ファナリヤちゃん!よかったわ無事で…っ!怪我してない!?」

「帰ってこないって聞いて心配したんですよ……!」

「すみ、ません……心配かけて…」

「いいのよ!ファナリヤちゃんが無事ならそれで…!」


ああ、散々な迷惑をかけたのにこんなにも優しくしてくれる。涙が零れそうになりファナリヤは目をごしごしと拭う。

もう、こんなことはやめよう。嫌われたと思い込んで、自分から逃げるのはやめよう。

……彼らは、受け止めてくれたのだから。

決意を込めて改めて、本当にごめんなさいと告げた。

その姿をレヴィンは優しく見守っていると、レインが歩み寄り声をかける。


「…助かりました。貴方がいち早くあの場所を通っていたおかげです」

「お前とアキアスが早くに場所を特定してくれなきゃ間に合ってない。こっちこそ助かった」

しかし、アレはどういう状況だったんです?確かに人が接触していましたが、私たちが捉えた直後は何も」

「……あの短い間で洗脳をかけた、というのが妥当だと思う」

「――つまり、あの時点でマグメールは彼女に接触していたと」


こくりとレヴィンは頷く。

…厄介な状況だとぼやき、レインは思考を巡らせる。


「もし最初からマグメールの潜伏員だとすれば間違いなく神秘力者。私が《千里眼》で捉えた時にオーラが見えるし、アキアスが《氣力昇華》で感知した氣にも何らかの違いがある。

 元から洗脳されているならば急に正気を失う確率は高くない……あの間に洗脳をかけたのが一番有力ですか」

「マグメールのエイヴァス・ラヴレス――奴はそう名乗っていた。洗脳系の神秘力だけでも十分厄介だが、隠密系の神秘力も持ち合わせてるらしい……まんまと背後を取られたよ」

「姿も気配も消されたら千里眼による探索も氣による感知も行えない。……予想以上にまずい状況ですね」

「だがやることは変わらない。そうだろう?」

「ええ」


力強く、二人して頷く。

例えどんな相手が待ち受けようと、ファナリヤを護る。

彼女をマグメールの手に渡してはならない。奴らの目的を阻むためにも……彼女の穏やかな生活のためにも。



――全面衝突のカウントダウンは、ゆっくりと……迫ってきていた。

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