日常編3
そんなこんなで、下校タイム。
三十路ちゃんの言いつけをすっぽかしたわたしは、いつものようにユウちゃんと一緒に帰っていた。
「それでねー、昨日見るつもりだったアニメが見られなかったのよ。ママン、ひどいと思わないかい?」
「んー、といってもオレたちまだ小学四年生だぜ? みんなその時間帯には寝てるよ」
「マジっすか……? わたし、だけが特別じゃ……なかったんだ……うはっ」
「なんでそんな中二病っぽい言い回しするんだよ」
「とにかく、はやく帰ってアニメ見なきゃなの!」
「へいへい」
ほんと、この殿方はわかってらっしゃるのかね。
それからしばらく歩いたところで、後ろから二人の男女の声がきこえてきた。
「おーいー!」
「ちょっと待ってくれやーい!」
「おっあれは、チコちゃんにオンドゥル氏ではありませんか!」
「あいつらか」
横並びになって歩いていたわたしとユウちゃんが振り返ると、そこにはわたしたちの友達がいた。いわゆるイツメンってやつさ、……ふっ。
どこから走ってきたのかはわからないが、二人ともハアハアと息を荒げている。
「チ、チコちゃんやい、大丈夫?」
「はあっ、はあっ、う、うん。も、もう、だいじょうぶだよっ」
この身体の弱そうな女の子はわたしの親友、唯一無二のマブダチ、篠原ちこちゃんさ!
さらさらしたまぁるい髪の毛がすっごいきれいなんだよねえ。
んはっ、フローラルの香りが……っ!
「それにしても、オンドゥル氏のほうは全然平気そうですな!」
「おうよ! オレっちはムキムキだからな!」
こっちの、いかにも元気があり余ってますよ感を出している男の子は、オンドゥル氏。
もちろん、本名ではござらんよ。じゃあ、どうしてオンドゥルかって?
「ひ・み・てゅ☆」
「お前、誰に言ってんの?」
やっべ、ついつい口に出してしもうた。まっ、ユウちゃんだからいいよね。
ともかく、二人の友達と合流したわたしたちは、他愛のない会話を楽しみながら歩き出した。
夕焼けに染まった空の下、たくさんの赤とんぼがあっちこっちで舞っている。
同じ場所をいったりきたりするそれらが、まるでデパートで迷子になったこどもみたいで、おかしかった。
ママンどこー、ママンどこなのーってね。
家に着くまで残り100mくらいだ。ちなみに、この四人の中ではわたしの家が一番近いのだ。いいでしょー?
そんなことを考えていると、オンドゥル氏がなにかを思いついたようで、わたしたちの目の前にでてきた。
「なあ、せっかくだしさ。今からかばん持ちやらね?」
自分のしょってる青いランドセルを親指でゆびさし、にかっと笑う。
か、かばん持ちかあ……。
わたしには早急に帰ってアニメを見るという使命があるんだ。ここは場之内くんのためにも断らなくちゃ……死ぬなよ、場之内くん!
「すまぬ! わたしには帰らなくちゃいけない場所が……あるから」
「なんでそんな意味深な感じでいうんだよ。オレはやるぜー」
「あ、あたしもしようかな……」
ん……だと……っ!?
内気なチコちゃんならやめとくだろうと思ったのに……。
これじゃあ、わたしだけ仲間はずれじゃん!
「うっし、んじゃサイコ以外でやるか! またな、サイコ!」
「またね、さっちゃん!」
「ちょちょちょ、ちょっと待ちゃあ! やっぱりわたしもやる!」
「用事あるんじゃねえの?」
「いいのいいの! はやく帰ればいいんだし!」
「んーでも、なんか申し訳ねえなあ」
んもう! そんなこといいの! わたしを仲間はずれにしないでよ!
と、そこで頭のいいユウちゃんがいいアイデアをひらめいたようで提案してきた。
「それじゃあこういうのはどうだ?」
「ん?」
「ここからだともうすぐで彩子の家だろ? だったらさ、特別なルールをつくったらどうだ?」
「特別なルール……?」
その場にいる全員が首をかしげた。
ユウちゃんは続けて言う。
「今からするじゃんけんで彩子が勝てば、ランドセル置いて家に帰ってもいいぞ? オレたちがあとで持って行ってやるから」
「おお! それじゃあつばさが生えたように、軽い足取りで家に直行できるわけですな!」
「そうそう」
なんと、それではいち早くアニメが見られるではありませんか!
こいつはいいぜ!
「……ただし」
「ただ……し? 二組の佐藤正くんがどうかしたの? もしかして好きなの? ん? どうなんだい?」
「えっ!? 有馬くん、佐藤くんのことが好きだったの!? そんな! 不純だよ!」
「お前らはなにを勘違いしてんだ! さっきの『ただし』は『でも』っていう意味だよ!」
「ひどいわ優くん……。オレっちというものがありながら……ううっ」
「剣崎、お前は黙ってろ!!」
ナイスボケだよ、オンドゥル氏!
あっ、剣崎ってオンドゥル氏の本名ね。
「ったく……。んで、もしお前が負けたらだけど……お前、自分の家の前までみんなのランドセル持ってけよ?」
「……バカな。貴様、わたしは女の子だぞ……?」
「だいじょうぶだ。これ、いいダイエットになると思ーー」
「ーーおまいら、じゃんけんの用意はできたかよ?」
「……切り替えはぇな……」
ユウちゃん、わたしのウイークポイントをよくご存知で……。
さすが幼なじみといったところかしら。
ふふっ、よく考えてみればこのゲーム、わたしに都合のいいことばかりだわ。
勝てばその瞬間に帰って場之内きゅんの最期を見ることができる。
負けたとしてもダイエットになるし、帰る時間が遅くなってもアニメは見られるもんね。
これが今日習った『一石二鳥』というやつね。
……いや、違うか。
よし、ここはひとつ面白いことをしてやろう。
「おまいら、わたしはパーを出すぜよ?」
「おっ、心理戦か。上等じゃんか!」
「いやちがう。わたしはあくまで、みんなとの信頼を確認しようとしているだけなのだよ」
「……つまり?」
「わたしはパーを出すからみんなチョキを出しなよ。簡単なことだろう?」
「それが嘘だったら、オレたち全員負けるじゃねえか」
「ノンノンノン。わたしが嘘をついたことがあったかしら?」
「あるな」
「あるある」
「……あるね」
みんな即座にうんうんっと首を縦にふった。
くうううっ! 確かにうそはつくけどさ、そこはつかないねって言うところでしょ!
「と、とにかく……っ! わたしのことが信じられるんだったら、みんなチョキを出したらいいの! じゃあいくよ?」
「ったく、しかたねえな」
「だな。いっちょやってやるか!」
「うん……」
「せーの!」
わたしの掛け声とともに、みんなが腕を大振りに動かす。
こういうときのじゃんけんって、なぜか力が入って腕をふっちゃうよねー。
「「「さいしょはグー! じゃんけんーー」」」
「「「ぽいっ!!」」」
グー、←わたし
パー、←冷たい視線をむけてくるみんな
「あはん……」
さーて、ダイエットでもしよっかなあ……っと。