日常編1
「ふへっ、へへへっ。いいですあ~、このさこつがまたなんとも……そそりやがるぜ……っ!」
わたしは手に持っている美男子フィギュアをまじまじと眺めながら、じゅるりっとよだれをこぼしてしまった。
こいつは仕方ないですぜ? だってあの某バレーボールアニメのちょー人気キャラなんですからなっ!
だけど実のところ、物足りなさを感じているんだなあ、こりが。どうしてだろうか……完璧なディティールなのに……。
「うーむ、こいつは迷宮入りですかな……。いや、真実はいつも一つ! このわたしが必ず解き明かして見せるぜ! 見た目は子供、素顔は女。その名は名たーー」
「うるさい! 静かにしろっての!(ゴチンッ☆)」
「くあwせdrftgyふじこlp!?」
痛ったあっ!? なにしてくれとんじゃい、こちとら可愛い可愛い小学生四年生ですぞ!? 高校生がやっていいことじゃない!
わたしは兄である一太をにらみ上げたが、彼は無視して雑誌に目をむけ続けた。
おおっと、そういえば自己紹介がまだだったねベイビーたち。
わたしの名前は望月彩子。ぴっちぴちの小学四年生だよ! 好きな食べ物は『手長海老のポワレとサフランリゾット 濃厚な甲殻類のクリームソース』で、好きな飲み物はカレーかな。
……あっ、別におデブってわけじゃないからねっ! 勘違いしないでよねっ!
あと、趣味は漫画やアニメかな。いわゆるオタクってやつだけど、にわかレベルだよん。
それでね、今わたしはアニメ『ローキュー』の主人公、陽射のフィギュアを鑑賞していたんだけど、どうも満足できなくてさ。それで悩んでたんだけど……うーん、わからないなあ……。
やむなし、兄上にでも聞くかの。
「兄貴、あんたに人生相談があるんだけど……」
「どこぞのツンデレ妹だよ。っていうか相談……?」
「おうよ。このフィギュア、すごい出来栄えなんだけど、なんか物足りなくてさ? どこだと思う?」
「……お前の人生は、フィギュアごときで左右されるのか?」
「いいから答えてよ、お兄たまたま」
「たまたまいうな!」
大声をあげてツッコみつつも、じっとフィギュアをのぞき込むたまたま。
なんだかんだ言いながらも、妹であるわたしのことが大好きなんだよね。
……ふへっ、へへへっ。
「……あっ!」
「ん、なにかわかったの?」
さすがわたしのお兄ちゃん! なにか気づいたんだね。ひゅうっ、かっけえぜ!
「こいつ、もっこりしてねえ!」
「もう、わたしの感動をかえして!(スパンッ)」
「あたっ!?」
すぐ下ネタに走っちゃうんだから、この男子高校生は! これが男子高校生の日常ってやつですかな?……男子高校生のにちっじょォォォ、ワオ♪
さてさて、本題に戻らなくては。
「ちえ、じじいに頼ったあたいがバカだったよ。9ってな!」
「何言ってるか全然わかんねえよ、お前。……っていうかさ」
「なに?」
「思ったんだがそのフィギュア、他のフィギュアとセットのやつなんじゃないか? ほら、下の台座に組みはめるようなパーツあるじゃん」
「なん……だ、と……っ!?」
雷にうたれたような衝撃をうけたわたしは、急いでマイデスクにあるマイピーシーの電源をいれた。
真っ暗な画面がパッと明るくなる。
『こんにちは、SAIKOさん』ーーはい、こんにちは。
コンピュータちゃんとあいさつを交わした後、すぐさまインターネットに接続し調べてみた。
「お、おい。うそ、だろ……?」
「おっ、なんかわかったのか?」
「…………く」
「……く?」
「く、くそッタレエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
「突然キレてどうしたっ!? どっかの戦闘民族の王子みたいになってるぞ!」
だって、だってよ……。あったんだ、このフィギュアと対になるやつが……。でも、さ……。
うっうっと嗚咽を止められないわたしをよそに、お兄ちゃんがパソコンをのぞいて、
「げっ。これは……えぐいな」
と、顔がひきつる。
わたしとお兄ちゃんが知った、たった一つの真実。
それは、
『影川トビ雄フィギュア。プレミア価格、10000円です!』
という、ネットショッピングの画面だった。
しかもこの商品、在庫が残り一つしかないという人気っぷりだ。
「ぜつぼーだ! ゼツボーダ! ああ、絶望したわたしの心から、怪物が生まれちゃうよ! お兄ちゃん、わたしの『最後の希望』になって……?」
「……な、なにが言いたいんだ、彩子さん?」
「……わらわに献上するのじゃ」
「やだよ! なんで俺がおまえにあんな高いもん買ってやらなきゃいけないんだよ!」
「バイトしてるんでしょー? お兄ちゃんの下腹部、あったかいよねえ?」
「そこはちゃんと懐があったかいって言え!」
むう……。この様子だと、お兄ちゃんにおねだりするのは無理そうだなあ。
「はあ、しかたないか。ここはいったんあきらめて、録画してたアニメでも見ようかなあ……。そうだ、今週は激アツ展開だったっけ。やべえ、はやく見なければっ!」
「お前、アニメ録画しまくるの大概にしろよ? 俺の好きなドラマが録れやしない」
「わかったよー。見たら消しとくからさー」
口うるさい兄貴だぜ、まったくよ。
わたしはぐちぐちと言いながらも、DVDプレイヤーの電源をつけ、録画していたアニメを再生した。前回までのあらすじが終わったところで、オープニングが始まる。
きたきたきた、宇宙キターーーー!!
オープニングってのはそのアニメの顔みたいなもんだからね! それにこいつを見てからじゃないと、アニメが始まった気にはなれないぜ……ふっ。
「……なに悟ったような顔してんだ。まるで奈良の大仏だぞ」
「うっさいっ! 今からアニメに集中するのっ! だまっててっ!」
「へいへい」
もう、お兄ちゃんはいっつもこれなんだから。ひとこと多いよね。
これが昨日、国語の授業で習った『蛇足』ってやつかな?
「蛇に足がついてる、これって無駄でしょ? そういうところから、無駄につけ足すことを『蛇足』っていうようになったの」
「じゃあ、せんせーに彼氏は『蛇足』ですね!」
ふっ。時間が経った今でも、クラス中の笑いをとったあの興奮が忘れられないぜ。……三十路ちゃんの鬼気迫る説教にはビビったがな。
おっと、そろそろオープニングが終わるね。さてさて、正座して集中しよっ。
と、姿勢を変えようとした時だった。
「さっちゃーん、もう十時すぎてるからそろそろ寝なさーい」
「マミー!?」
わたしはアニメを一時停止して、部屋からとびでて階段に立った。
ちなみに、わたしとお兄ちゃんは共同の部屋で、二階にありマッスル。
「ヘイマミー! 今からわたしは夢の世界にダイブするんだ! ちょっとばかし待っておくれ!」
「はあ? あんたなに言ってんの。今から寝るんだから夢の世界にダイブするでしょ。何を待たなきゃいけないの?」
「ちがくて! 夢の世界ってのはアニメのことで! 今からアニメを見たいの!」
「ダメよ、明日も学校なんだから我慢しなさい」
「ママンのけちんぼ! そんなことだからシワが増えるんだーい!」
「殺すわよ」
「……ママン」
光彩を失った瞳でにらまれたわたしは、何もいい返すことができなかった。
ーーああなったマミーはもう、人じゃない。
そんなこんなで、結局わたしは寝ることにした。
布団の中で、思わずため息をついたよ。
見たかったアニメに想いをよせて。
「前の次回予告が『場之内 死す』だったからなあ。うーん、気になって夜も眠れないよお」
……。
「……すぴー。むにゃむにゃ。やめて、場之内のライフはとっくに……。ゼーロー」
数十秒後には、夢の世界に旅立ちますた。