説明書 オーダーメイドでリヴィノイドを作る
それからというもの、私は節約生活をする羽目になった。とはいえ、そう簡単に二万円なんて貯まる額ではない。どうしたものかと頭を悩ませていた。
大学で講義の最中も、いかに節約するか、アルバイトを増やすかと考えていた。そして気が付くと、講義が終わっていた。殆どの学生が次の講義へと姿を消してしまっていたが、残っていた学生のうちの二人が私の方へとやってきた。
「ねえ、聡ちゃんの持ってるリヴィノイドをこの前見かけたんだけど、凄いカッコいいよね。どこで買ったの?」
話しかけてきたのは秋吉きらりという名前で、もう一人は梁川るきな。この二人と私は仲のいい間柄では全くない。
入学直後に行われた泊りがけのオリエンテーションで、同じ班だった。女十人の班だったのだけれど、すぐに6人と4人のグループに割れてしまったのだ。私は4人の方に、秋吉きらり達は6人の方に入っていた。それだけなら別に何とも思わなかったのだけれど、6人グループの方のリーダー格の女が、当時私が使っていた旧式のタブレットを見て私を『化石ちゃん』と呼んで馬鹿にしたのだ。
それ以来私は関わりたくなくて一切会話をしていない。
全く、どーゆー神経してるんだろう?どう間違っても馴れ馴れしく『聡ちゃん』呼ばわりされるような間柄ではない。
「あれは市販の物ではありません」
あなたと私はオトモダチじゃないという意味を込めて他人行儀な話し方をした。伝わらないであろうことはわかってるけど。
「えー、売ってないの?じゃあ、ちょうだい」
秋吉きらりの常識の無い物言いに辟易する。
この二人は裕福な家庭で育っていたらしく、お金にかなり余裕のある生活をしているという話を人伝てに聞いたことがある。だから他人を見下して、他人は自分の為に動くのは当たり前って傲慢な態度が平気で取れるんだろうな。
「オーダーメイドで作ってくれる会社にでも頼んで買ってください」
オーダーメイドは高い。自分でやれば材料費だけで済むけど、オーダーメイドは技術料と受付費が上乗せされてエライ金額に跳ね上がる。
「えぇ~、やだぁ。あれ面倒くさいし、どうやってオーダーしたらいいかわかんないんだもん。じゃあ聡ちゃんがオーダーしてよ」
この子、どうやって大学入ったんだろ?一応試験あったのに、どうやって受かったの?
所詮は三流大学の試験だけあって簡単だったけど、さすがに文字も読めないような馬鹿でも受かるようなレベルのものではなかったはずだ。未だに日本の試験制度は欠陥だらけなんだと思わずにはいられない。
「私は貴方じゃないので貴方の好みなんか知りません。よって貴方の代わりにオーダーするのは不可能です」
「えぇ~、友達なんだからわかるでしょ?」
「友達になった覚えなんてありません」
不愉快だ。これ以上会話してると頭の悪さが伝染りそう。私は早々に机に広げていた教科書やノートを鞄にしまい込んで席を立つ。
「ちょっと待ってよ。何そんな冷たいわけ~?」
それまで黙っていた梁川るきなが不快感を露わにして言った。
私は首を傾げておかしい物を見るような目で彼女達を見た。冷たくされる理由を全く理解しようとさえしないその思考回路を疑った。
彼女達は何故そんな目で見られるのかも理解してない様子で互いの顔を見合わせただけだった。
「冷たくされる理由がわからないならわからないで別に構わないんですけど、その代わり二度と声掛けないでください」
私はそれだけ言って教室から出て行った。
その翌日、私は二限の授業に出席し、昼御飯をサークルの部室で取ろうとサークル棟へ行く途中だった。
声を掛けられた時は驚いた。二人組の片割れの秋吉きらりが一人で私に声を掛けてきたからだ。
「あの、……、この前はごめん」
何だ、文句じゃないのか。
「御用件は?」
この前の件だけ謝罪されても、ね。
「ねぇ、この前のことなんだけど、本当にダメ?」
「お断りします。自分で手間暇掛けて満足いくものをせっかく作ったんだから渡したくないと思うのは当然の事だと思いませんか?」
きらりは俯いてしまった。
「じゃあ、同じ物を作って。それならいいでしょう?」
「同じ物は作らないし作る気もありません。わざわざ自作したのは他人の物と差別化を図る為でもあるので」
「ダメ?」
「駄目」
私は頷きながら駄目押しした。
「じゃあ、別のでいいから作って。それならいいでしょ?」
いやぷー。つい声に出して言いそうになったが、すんでのところで押し留めた。
「素人の私に頼まないでキチンとした業者に頼んでください。その方が後々不具合が出たりしてもすぐ無料で修理してもらえるし、その間の代替え機も用意してもらえるので。自作は自分でメンテナンス出来ないなら持たない方がいいんですよ。メンテナンスしてくれる業者があるにはあるけど、かなり法外な値段をふっかけてくる業者が多いんです。オーダーメイドを安易に引き受けても、その後のメンテナンスまでは引き受けられません。私だっていつも暇ってわけじゃないので。だからオーダーメイドを引き受ける気はありません」
「メンテナンス中は聡ちゃんのを貸してくれればいいじゃない。そうすればスグ直さなくてもいいよ」
私が甘かった。この子の馬鹿さは筋金入りだ。盛大な溜息がつい出てしまうが、取り繕う気はもうない。
「自分が逆の立場だったら、あなたは壊れた物の代わりに自分が大事にしてる物を貸せるんですか?その間にレポートの課題とかあったらレポート作れなくなるのに?」
「それは、困るのは聡ちゃんできらりじゃないから別に……」
「私にはあなたにそこまでしてあげなきゃならない義理なんてありません。それにその価値も無いのがあなたの言動でよくわかりました。そんな人からのオーダーメイドは引き受けません」
ついでに昼飯の時間を削ってまで相手にする価値もないし。さっさと御飯にしよう。私はきらりの横をさっさと通り抜けてサークル棟へ向かった。きらりはちょっと待ってとか言っていたが、無視した。
昼ごはんを済ませて次の講義へ行くと、またしてもあの二人組が教室に居た。同じ学部でしかもこの講義は必修科目だから、居ても何らおかしくはないのだけれど、出来れば顔を合わせたくなかったのに……。
二人は私に気付いて、こちらをチラチラ見ながら何やらコソコソと話をしている。構わずそこから離れた席に座っている友人達のところへ行った。
講義終了後さっさと出られるように準備して声を掛けられる前に逃げようと思っていたのだけれど、席を立ったところで声を掛けられてしまった。
「ねえ聡ちゃん、ちょっと待って」
いつの間に移動していたのか、二人組は私の背後に居た。
周りに居る私の友人達は驚いている。いつの間に仲良くなったの?とまで言われてしまった。もちろん仲良くなんてなってないとはっきり否定した。
「作らないって、言いましたよね」
私は二人組の方を向いてはっきりと拒否の姿勢をとる。
「さっきは……ごめん。もう作ってくれるだけでいいから」
秋吉きらりは殊勝そうな顔をしている。私は騙されないぞ。どう頑張ったって一時間やそこらで人間の本質なんて変わるもんじゃない。
「お断りします」
「ねえお願い。同じのじゃなくていいの。後で壊れても直してなんて言わないから!」
梁川るきなが私の腕を掴んで縋ってきた。なんなんだ、一体?
「何で私に頼むわけ?何で私がアンタ等にそこまでしてやらなきゃなんないの?散々人のこと馬鹿にしておいて今更何なの?」
いい加減腹が立って自制心をポイ捨てした言動をしてしまったが、もういい。気にするのも馬鹿らしいと思い、そのままるきなの手を払いのけた。
手を振り払われたるきなは真っ青な顔をしている。
「ごめんなさい。でも私、聡ちゃんが作ったのがいいの。だってあんなにキレイなのはお店で見たことないんだもん。オーダーメイドのお店のホームページの写真も気味が悪いし微妙だし……。だから……」
まるで駄々っ子のように梁川るきなはまた縋ってくる。
「馬鹿馬鹿しい。知るかそんなこと。そんな下らない理由で引き受けるほど暇じゃない」
「お願い!」
ふと周りを見ると、講義が終わって時間が経っているというのに大半の学生が残ってこちらを見ている。しかも何故か私が悪者みたいに言われてる。
……、非常に不愉快だ。
私はわざと大きな音が出るように手近な机の表面をぶっ叩く。
「いい加減にしろ。アンタもそこでジロジロ見てる奴も、知りもしないクセにグダグダ言ってる奴らも不愉快だ。なあアンタさ、哀れっぽく縋れば私が折れるとか思った?それとも、そこの阿保共を味方にして私を悪者に仕立て上げて折れさせるつもりなわけ?」
悪者上等。
案の定、るきなは泣き出した。はい、これで演技決定。同情の余地なし。
「酷い、聡ちゃん……。私そんなつもりじゃ……」
「はいはい、ウソ泣きお疲れ」
「聡里さん、その位で勘弁して差し上げて下さい」
いつの間に来たんだ?呼んでもいないのに。
「霜、教室にリヴィノイドは入っちゃいけないんだぞ」
「知っていますよ。ですが、もう講義は終わっていますから」
いけしゃあしゃあと……。
「霜、この女にマスターになって欲しいわけ?」
「そんな、御冗談を……。御免ですよ、こんな女がマスターだなんて。冗談でもやめてください。僕はただ、作って差し上げてはいかがですかと進言したいだけです」
「嫌だってば」
すかさず拒否の言葉を出した。それにしても霜、何て冷ややかな目で言うんだ。まるで蔑むように梁川るきなを見て言い放っていた。
何か、やっぱり変だ。私、何を間違えてこんなパーソナリティーに作ってしまったんだろう?強気に出ないと呑まれてしまいそうだ。
「ですが聡里さん……」
霜は言いながら私の傍へと近づき、耳元で囁いた。
「作って差し上げれば技術料としてお金を取ることが出来ます。そうすれば労せず僕のアレを購入する資金が得られるでしょう?」
耳元から顔を離した霜は、誰が見てもうっとりするような笑顔が浮かんでいる。
けれど今の私の目には、恐ろしい悪魔の微笑みに見えた。それだけ今の霜は異様だった。
「目的の為なら手段は選ばないの?」
「少なくとも僕が聡里さんと僕自身の事しか考えていないことはお分かり頂けたでしょう?」
梁川るきなを気に入ったからマスターなって欲しいわけでも、同情したわけでもないことはよくわかったけど……。
静かになって修羅場が去ったと思ったのか、野次馬達はそそくさと教室から出て行ってしまった。残っているのは私と霜、梁川るきなに秋吉きらり、そして私の友人達だけになった。
「ねえ聡、ちょっとだけでいいから、るきなちゃんの話を聞いてあげない?るきなちゃん、あんなに頼むくらいだから何か事情があるんじゃないかな」
「そ……そうだよね。るきなちゃんの話、聞いてあげよう。るきなちゃん、聡に今までのこと、ちゃんと謝ろう?そうすれば聡だって話くらいは聞いてくれるって」
冷え切った雰囲気を何とか和らげようと私の友人達が頑張ってくれた。巻き込んで非常に申し訳ない。
「わーかーった。ふたりがそう言うなら、話だけ聞くよ」
友人達はホッとした表情になった。
「るきなちゃん、聡が話聞いてくれるって。ほら、早く謝って話聞いて貰おう?」
友人達に促されてるきなときらりは不承不承のまま謝罪の言葉を口にした。期待はしてなかったので敢えて突っ込みは入れなかった。
「あのね、聡ちゃんのリヴィノイド、私の弟にちょっとだけ似てるの。笑った感じが」
確か以前自己紹介の時兄弟は居ないと言っていた記憶がある。つまり、その弟とやらはもうこの世には居ないわけか。
「三つ年下で、すっごい可愛がってた。でも十歳で死んじゃったんだ。交通事故で。だから、もし生きてたらこんな感じなのかなって」
色々突っ込みを入れたい箇所はあるが、悲しそうな顔をして真剣に聞いている友人達の手前やめておく。さすがに数少ない友達を失いたくはない。
「ねえ聡ちゃん、本当に同じのは作ってくれない?私、葉月の……あ、葉月って弟の名前なの。その、葉月の面影のあるリヴィノイドが欲しいの」
「同じ外見の物は作らないってば」
お前の弟はオッドアイでプラチナブロンドなのか?そんなことがあってたまるか。
「まあまあ、聡。ねえるきなちゃん、それならもっと弟さんに似た外見にしてもらったらどうかな?」
友人の一人が助け船を出した。彼女の言うことは正しい。
「成長したらこんな感じかなって姿の物がいいの?それとも十歳の頃のままの物がいいの?」
言いながらも、どちらも作製するのは手間がかかるなぁなんて思ってしまった。
「成長した姿が見たいの。それに、あの頃のままじゃパパもママも辛いと思うから」
「霜、写真からその数年後の人相を予測するようなソフト、なかったっけ?出来ればフリーで」
「はい、ございます。無料で遊び感覚で未来の自分や友達を見ることができる物があります。精度はかなり高いと思われます」
質問からノータイムで返事が返ってきた。言われる前から予測して検索をかけていたのか。
「じゃあそれを参考に作ればいいでしょ。そうすれば嫌でも違う外見にはなるだろうから。それでいいなら作ってもいい」
「本当?!」
現金なもんだ。
「その代わり、ちゃんとお金取るから。それでもいいなら作る。嫌なら話はこれでおしまい」
「いい!それでもいいから作って」
「それじゃあ交渉成立。見積もり出すから、弟さんの写真見せて。音声データも必要だな。あと、希望の身長と体型を教えて」
「え?、るきなばっかりズルイ!私にも作ってよ」
秋吉きらりが不満の声をあげる。面倒臭い女だ。
「具体的な希望がなきゃ作れない」
「何ソレ?メンドクサイ。それじゃ、ラークナインのMANON 君がいい!」
何だそりゃ?という顔で霜の方を見る。
「9人構成の男性アイドルグループです。二年程前にデビューして以来、アイドルの中では一番人気ですね」
はぁ、そうですか。すいませんね、流行に疎くて。
「著作権あるから嫌。市販で売ってるんだから買えば?」
「何でダメなの?いいじゃん」
「作った後が面倒臭いから嫌だ。版権モノは役所に行って製作者登録しなきゃいけない。何で私がアンタの為にそんな馬鹿馬鹿しいレベルで面倒臭いことをしなきゃならない?」
アニメキャラの某ロボットを作りたくて色々調べてわかったことだ。リヴィノイドの自作が流行り出した頃、著作権や肖像権を無視して作って販売して荒稼ぎする悪質な奴らが現れた。それを取り締まる為に法律が制定されたのだが、これがカナリ厳しいものなのだ。
一つの版権物に対して一人一体だけ作って良いが、製作者登録をして、更に役所に届け出ないといけない。二体目を作ってばれたりしたら、二体目は没収され、警察に捕まる。確か、2年以上の懲役刑か50万円以下の罰金刑のどちらかを食らうはず。
「……でも、売ってるのじゃつまんない……」
知るか。
「具体的にどんなもんがいいのかわかんないなら、わかってからオーダーしろ。考えてもわからないのなら、必要ないし欲しくない物ってことだ。諦めろ」
「そんなことない!ホントに欲しいもん」
「ハイハイ。じゃそれ証明してみせろ」
その後、友人達が私を窘めつつ、秋吉きらりに丁寧に質問を重ねて希望を聞き取った。
2体も作らなきゃいけなくなって正直しんどいけれど、これで節約生活から開放されて霜との約束も守れる。
部屋が足の踏み場もなくなるのを承知で、2体同時進行で組み上げることにした。
ボディーを発注して、届いた物を見てから必要なパーツを買うことにした。で、届いた物を見て、私は現実を知った。
確かに表示されていたスペック通り、中身はほぼ満点だが、肌質とその接続部分の処理と内部クリーニングシステムはお粗末そのものだった。
改めて霜が激安でありながらどれだけ恵まれた造りだったのかを実感せざるを得ない。あのネットショップ、あの値段で採算取れたんだろうか?と心配になるくらいに。
買う物をリストアップして、霜を連れて四条寺町へ向かった。
四条通り以南の寺町通りは、オタクショップや電気店が軒を連ねている。リヴィノイドのパーツを取り扱う店も多く、しかも駅前の大型量販店より取り扱っている品数も安さも上だという噂だ。
霜に荷物持ちをしてもらいながら、店を物色していく。さすがに専門店は違う。量販店では見られない細かいパーツまである。
値段を確認しつつ、厳選した品物をカゴへどんどん放り込んでいく。レジへ行く頃にはカゴがいっぱいになっていた。
帰ってきてから早速作業に取り掛かる。パーツが入っていた包装紙やらビニール袋とかを散らかしながら作業しているのに、気が付くと綺麗に片付いている。そっか、霜が片してくれてるのか。
「霜、片付けありがとう。助かる」
「そんなお礼なんて……。当然のことをしているだけですから」
そう言いながらも顔は物凄く嬉しそうだ。
「ところで聡里さん、この付け替えた外装パーツはどうなさるんですか?」
「それね……、どうしようかな?オークションかフリマで売ろうかな。欲しいって人いたらあげちゃってもいいし。持ってても絶対使わないけど、捨てるのは勿体無いというか気が引ける」
質が良くないとはいえ、新品同様だし。
「それにしても聡里さん、外装パーツを付けるのに随分手の込んだことをなさるんですね」
「だって、変な継ぎ目があるとあからさまにリヴィノイドってわかるじゃん。中のクリーニング装置がしっかりしてればそんなに継ぎ目はいらないんだよ。むしろ、変に継ぎ目が多いとそこから汚れが入るし汚れが目立つし、そこから劣化する」
「そうだったんですか。もしかして、僕も……」
「気になるトコだけ手を加えただけだよ。元が良かったからね。やっぱこのクオリティーで15万円は安かったな。この子達、同じ位の値段なのに肌全部付け替えだもん」
そういえば、霜を売っていたお店、もう販売してなかったな。そう考えると、閉店の為の在庫処分の激安販売だったのかもしれない。うん、きっとそうだ。
秋吉きらりオーダーのリヴィノイドはすぐに出来上がり近くまでこぎつけた。あとは髪をオーダー通りにするだけだ。テスト起動がてら散髪へ連れて行った。
希望通りの髪型なんて、基本的に無い。だから長めの髪を装着させて、散髪させるのが一般的なのだ。
出来上がりを見て、何か納得がいかなかった。秋吉きらりから受け取った希望の髪型、変。この子に似合ってない。ちゃらくて頭悪そう。もっと切った方がキリッとして見えてカッコイイのに……。ま、他人の物だし、私の好みなんてこの際どうでもいいよね。仕方ない。
出来上がったので、先に引き渡して御代を頂いた。あとは梁川るきなの分を終わらせればミッションコンプリートだ!
梁川るきなオーダーの葉月君は、結局それから二週間近く掛けて仕上がった。何しろ市販のパーソナリティーデータも音声データも使えないのだから仕方がない。元々生きていた一個人に似せて作らなきゃいけないから、両方とも自作するより他なかったのだ。とは言っても、梁川るきなから貰った葉月君の動画やなんかを霜に分析してデータベース化してもらえたから、かなり楽に仕事はこなせた。
梁川るきなにようやく出来上がった葉月君を引き渡すと、彼女は葉月君と少し話をしただけで、感極まって泣き出してしまった。何度もお礼を言われた。良い仕事が出来たらしい。
2体のリヴィノイドを組み上げて引き渡し、手間賃を得ることが出来た。目標金額に達したのを確認して、ひとり、京都駅前にある大型家電量販店へ向かった。
お金を持たせて霜に買いに行かせればいいのだけれど、あくまでもこれは霜に対するプレゼントだ。いくら恥ずかし過ぎる物でも、買いに行かせるのは何か違う気がした。
迷わず例の物を手に取って、そそくさとレジへ持って行った。レジは幸い空いていた。けれどレジにいる店員は、男性だった。品物を見ると店員は、微妙な顔をして私を見た。視線を避けるようにあさっての方向を見る私。拷問か、公開処刑されてる気分だ。
ポイントカードは敢えて出さず、お金を払って逃げるように店から出た。店の外まで来てから、買い物袋を鞄の中へ押し込んだ。いくら袋の色が黒くて中が透けないからといって、何処で何があるかもわからない。ウッカリなアクシデントで公衆の面前に中身を披露しないとも限らない。念には念を入れないと。
脇目も振らずに兎に角家路を急いだ。家の中へ入ってようやく安心して、玄関で屈みこんでしまった。
「聡里さん、おかえりなさい。どうかなさったんですか?」
霜も屈みこんで、私の顔を覗き込んだ。私は鞄の中から例の物を取り出して霜に差し出した。
「はい、プレゼント」
ラッピングもしていない……というより、する余裕がなかったけれど、……いやそもそもラッピングするようなものでもないかと思うから、そのままの状態で渡した。
霜は驚いた表情をしたけれど、袋の中身が何なのかに気付いたのか、袋をそっと受け取った。
「聡里さん……」
「お礼はいいから。いつもありがとう、霜」
品物や経過はどうあれ、日頃の感謝を示したくて自分から言い出したことなのだから、恨み言は言いっこなしだ。
霜は泣きそうな顔で私に抱きついた。
「お礼を……言わせて下さい。本当に……本当にありがとうございます」
本当に嬉しそうだ。頑張った甲斐があったな、とほっこりした気持ちになった。
けれど、心の奥で私は不安になった。
私、こんな設定してない。あのパーソナリティーソフトは、こんな感情多過ではなかった。私は一体どんなミスを犯してこんなパーソナリティーになるようにしてしまったのだろう?
本当にこれは私のミスでこうなったのだろうか?
それとも……。




