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リヴィノイドの取扱説明書  作者: 青柳蒼
6/10

説明書 リヴィノイドと他所の御宅に訪問する

 それから三日後、荷物が届いた。中身は見なくてもわかった。ちゃんとしたお歳暮なんかで送られてくる箱に包装紙から透けて見えるロゴにしっかりとビールと書かれている。発泡酒じゃない、正真正銘のビールのようだ。差出人は赤蓮院瞳吾と書かれていた。赤蓮院……?ああ、この前の少女か。ってことは、この差出人はあの父親か。むぅ。……、まぁいいか。それにしても何でビール?

 包みを開けて中を見ると、実に色んな種類のビールが整然と箱に詰められている。そして、その上に封筒が2通入っている。可愛い文字と大人の文字のがある。

 迷わず可愛い文字の方を開けた。多分あの少女が書いた物だと思ったからだ。予想通り、少女からの手紙だった。そっかー、桜子ちゃんていうのか。名前も可愛い。手紙には、先日のお礼とまた会いたいというものだった。うんうん。可愛い子は歓迎だ。

 そして嫌々もう1通の方を開けた。あんまりいい予感はしないが読まないわけにはいかない。差出人はやはりあの父親だ。お礼を断られたが、あの時にビールをだめにしてしまったのでそのお詫びだと綴られている。まぁ、変に現金か現金的な何かを送られてくるよりはマシか。あ、こっちにも会ってお話したいって書いてある。うぇ~、面倒くさい。

「霜、どーしよ?」

 父親の方からの手紙を見せながら霜に意見を求めてみる。

「桜子さんに会いに行くついでに会ってさしあげてはいかがですか?」

 だよね。いくらおシャカにしたビールの補填とはいえ、これは明らかにもらい過ぎだ。洋物の定番から珍しい物まで、実にバラエティー豊かなこの詰め合わせ、あのビールの何倍もの値段はする。くそう。知らん顔できないじゃないか。

「仕方ない、行くか。霜、とりあえず電話お願い」

「はい。送り状の電話番号にお繋ぎします」

 呼び出し音2コールで出た。コールセンターか?!

「お忙しいところ失礼致します。私、五条聡里と申します。赤蓮院瞳吾さんから荷物を受け取りましたので、そのご連絡とお礼でお電話させて頂いたのですが……」

『五条様ですね。お電話ありがとうございます。今お繋ぎ致しますので、少々お待ちください』

 今のは誰だったんだ?

 少しの間保留音がして、相手が出た。

『もしもし、赤蓮院です。お待たせしました。わざわざお電話くださってありがとうございます』

「いえ、お忙しいところすみません。このたびは大変結構な物を送ってくださってありがとうございます」

『いいえ、何を送ったらいいのかわからず大したものを贈ることができなくて申し訳ありません』

 じゅーぶん大したモンだっつーの。ま、社交辞令はこの位でいいだろう。

「お手紙拝読させて頂きました。会って話をしたいとのことですが」

『読んで頂けたんですね。宜しければ今週か、来週の週末にでもと思うのですが、いかがですか?』

 週末か。土日はバイトだ。

「すみません、週末はいつもアルバイトなもので」

『何時に終わりますか?……、いえ、何時に始まりますか?』

「朝9時から夕方5時ですけど……」

 バイトあがりに来いって言わないよね?

『それでは夕方6時か7時ならいかがですか?他に用事がないようであれば』

「他に用事はありませんが、夕方に他所様の御宅にお伺いするのはちょっと……」

 ちょっとどころか大分無作法だよ。

『うちは全く問題ありません。是非いらして下さい』

 いや、あなたが気にしなくても私は気にする……なんて言ってもムダそうだな。

「わかりました。では、今週土曜日の6時でもよろしいですか?」

『はい。お待ちしております』

「では、失礼致します」

 やれやれ。あ、そうだ。桜子ちゃんに手紙書こう。何度も他所の家電掛けるのは流石に悪いし、こちらも精神的に疲れる。

「霜、ありがとう。土曜日のバイトあがりに桜子ちゃんの御宅に行くんだけど、付いてきてくれる?」

「ご一緒してよろしいのですか?」

「金持ちの家に一人で乗り込む勇気なんてないもん」

 霜はクスッと笑う。

「デカイ家なんでしょ?よくしらないけど」

「ええ。純和風の大きな御宅です。聡里さん、『蓮屋』はご存知ですか?」

 私は頷いた。『蓮屋』といえば、和雑貨とコスメのお店だ。女性が選ぶ京都のお土産物ランキングでトップの座に君臨している。海外でもコスメの質の良さが評判になっているとかで、近々海外展開の予定があるとかってこの前ニュースにでてたっけ。

「『蓮屋』は赤蓮院家が経営しているそうですよ。ですが、『蓮屋』はほんの一例に過ぎません。赤蓮院家は色々な分野に手を伸ばしていて、かなり大きなグループ会社になっているそうですよ」

 なるほど。金持ちなわけだ。

「説明ありがとう。それにしてもさ、呼びつけられたとはいえ、人の家に行くなら手土産くらい持っていった方がいいよね?」

「一応あった方がいいかもしれませんね。それにしても、随分と礼儀に拘っていらっしゃるようですが、どうかなさったんですか?」

「常識のない家で常識がない子に育ってるって自覚があるからね。そんな奴に説教されたって桜子ちゃんに幻滅されるのが嫌なの」

 私にだってプライドというものがある。

「聡里さんはそのままでも十分魅力がありますよ。だから幻滅されることなんてありえません」

 いつの間にこんな口の上手い子になったんだろう?いや、そんな設定したっけ?

「それより、何持っていけばいいか一緒に考えてよ」

 何がいいんだろう?アレコレと美味しいお土産物が沢山浮かぶけれど……、ここは鉄板でいこう。

「霜、土曜日は出町柳で並んでくれ」

「豆大福ですか。ぴったりだと思います。かしこまりました」

 実によくできたリヴィノイドだ。


 そして土曜日になり、着ていく服等をあらかじめ用意してからアルバイトへ向かった。アルバイト中もつい色々と気になってしまって上の空だった。

 定時きっちりに仕事を切り上げ、霜と落ち合ってから赤蓮院家へと向かった。霜の手には例の豆大福の箱がきちんとある。

 赤蓮院家は霜が言った通り、大きな純和風の御屋敷だった。塀が長い。回れ右して帰りたい。

「聡里さん、インターホンはここですよ?」

 帰りたくなっている私に気付いてかどうかは知らないが、霜は私に先を促す。

「わかってるって。押せばいいんでしょ。押せば」

 仕方なくインターホンに指を伸ばした。簡単なやりとりの後に門は自動的に開いた。中も御立派な様子だ。重要文化財ですって言われたらすんなり納得してしまいそうな位に。

 玄関には着物の女性が待っていた。話した感じから、お手伝いさんだということがわかった。なるほど。電話の時もお手伝いさんが出たのか。

 客間に通されて暫く待っていると、赤蓮院瞳吾が現れた。

「お忙しい中お呼び立てしてしまってすみません。それに手土産まで頂いてしまって」

 さっさと帰りたい。さっさと話を終わらせて帰ろう。

「いえ、それよりお話というのは?」

「はい。実は、桜子のことでご相談したいことがありまして」

 だから、それが何なのかさっさと言ってくださいよ、おっさん……なんて言えるわけない。

「桜子さんに何か問題でも?」

 無さそう。いや、無いでしょ。

「お恥ずかしい話なのですが、桜子は私の母……つまり桜子の祖母が厳しく育てていました。桜子は常に監視され、少しのミスも許されず、子供らしく振舞うことさえ許されませんでした。私も妻も母には頭が上がらず、母から桜子を守ってやることが出来ずにいました。去年母は亡くなりまして、ようやく自由になれたと思っていました。ですが、桜子は母が亡くなった後も気を張って生活していました。いくら私や妻が、もうそんなふうにする必要はないんだと言っても聞き入れてはくれませんでした」

 ああ、やっぱりそうだったんだ。この先何を言われるのか見当は付いたけど、……何かなぁ。

「だから、この前桜子さんが周りを気にせず泣いたり笑ったりしたことが意外だった、ということですか」

「その通りです。残念ながら今でも桜子は気を張って生活しています。あなたから是非、桜子にもうそんな必要は無いのだと、自由に安心して生活していいのだと言ってやってはくれませんか?」

 私はつい霜の方を見てしまった。何か言って欲しいとかいうわけじゃなくて、キレていいかしら?という意味で。

 霜はきょとんとした顔で私と赤蓮院瞳吾を交互に見た。そして、もう一度私を見て首を傾げた。伝わるわきゃないか。

 私はボリボリと頭を掻いてから、盛大なタメ息を吐き出した。金持ちなんてクソ食らえ。

「赤の他人の私が言ってどうするんですか?家族であるあなたが言わなきゃ意味が無いでしょう。お気楽な何の責任も無い平民に言われたって意味不明ですよ。私には旧家のお嬢様に生まれた人間の重圧や責任なんてものは分らないんだから、そんな奴に一般論的な慰めを言われたってピンと来るわけないですよ。それに私には彼女の普段の生活も将来も、責任なんて無いんですから。そういうのを一番良くわかっているあなたや奥様が、桜子さんが安心できるまで言い続けてあげるしかないんですよ。何でそんな簡単なことがわからないんですか?」

「仰るとおり、こんなことをあなたにお願いするのは間違っていることかもしれません。ですが、私と妻では駄目なんです。桜子を母の手に委ねてからというもの、親らしいことは何一つしてやれませんでした。あの子はもう、私達を親とは思っていないかもしれません」

 何勝手に諦めてんだ?本気でそんなこと考えてんのか?

「本気でそんなふうに思っていらっしゃるのなら、そうかもしれませんね。そうじゃなくて今からでも何とかしたいのなら、奥様と桜子さんの三人だけで時間を掛けてじっくり話をするべきですよ。お互いにどう思っているのか、どうなっていきたいのかを。ちゃんと嘘とか建前とか抜きで」

 私はそれだけ言って立ち上がった。

「あの……」

「話がそれだけならこれで失礼します。桜子さんとお会いすることはできますか?本当は今日、彼女に会いたくて来たんですけど」

「桜子なら奥の部屋に居ます。会ってやってください」

 赤蓮院瞳吾は項垂れたままだった。面倒くさいおっさんだな、全く。

「一方的にああしろこうしろって言っても、子供は聞かないものです。きちんと子供の言い分も聞いて、互いの意見を話し合わなければ伝わりません。対話して初めてお互いの気持ちを理解出来るのだと思います。そうしないと伝わらないものもあるんでしょうね」

 霜ってば、今までずっと沈黙を保っていたのに……。

 私は霜に目配せして客間を後にした。

「聡里さん、あの方、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫でしょ。霜がちゃんとフォローしてくれたわけだし」

 奥の部屋に着いて、ドアをノックする。可愛い返事と共にドアが開いた。

「あ、五条さん!来てたんですね」

「うん、お邪魔してます。久しぶりだね」

「手紙、ありがとうございます。あの、メールしてもいいんですか?」

 可愛いな。遠慮しないでいいのに。

「もちろん。電話でもいいし」

「あの……、父とは……」

「ああ、さっき話してきた。桜子ちゃんのこと、心配していたよ」

 途端に桜子ちゃんの顔が曇った。

「それは違うと思います。あの人はただ、世間体を気にしているだけなんです」

 やっぱり、この親子には会話が必要なようだ。

「そうかな?ちゃんと話をしたの?」

 桜子ちゃんは首を横に振った。

「ちゃんと話をしてごらん。聞かなくても分るってのは違うと思うよ。他人が何を考えているのかって、ちゃんと聞いてみないと分らないことの方が多いから」

 桜子ちゃんは俯いてしまった。

「ごめん。変な説教しちゃったね。ただの年寄りの経験談てだけだから。聞き流しちゃって。今日はもう遅いから帰るよ。今度、美味しいケーキでも食べに行こう。気が向いたらメールして」

 いかんいかん。説教できるほど偉くねーってのに。

「あっ、あの、私そんなつもりじゃなくて……、ごめんなさい」

「ううん、大丈夫だよ。気にしないで」



 赤蓮院家を出て家路についた。メール、来ないかもな。

 けれど、それから暫く経ったある日、桜子ちゃんからメールが届いた。美味しいケーキを食べに行きませんか、と。それに続いて近況を報告する文章が続いた。先日親子三人で温泉に行ったのだそうだ。そこでじっくりと水入らずで話し合ったとか。随分言い合いをしたらしいが、お互いの考えていたことがわかり、打ち解けることができたとのこと。

 よかった。桜子ちゃんもあの父親も、もう大丈夫だろう。私は急いで返信を返した。


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