シャウのお願い1
ここは神々の住まう所、高天原の竜宮城。
リュウに竜宮の案内をされてから二週間ほどが経った。タニは住み込みで竜宮で働き、この二週間は場所の確認と案内を覚える事に必死だった。まだオーナーの天津には会えていない。
タニは竜宮内の従業員生活スペースの自身の部屋で竜宮案内ガイドを必死に覚えていた。
「ひぃいん……いっぱいありすぎて覚えられない……。」
タニが目に涙を浮かべつつ、ぼやいているとドアをバンバン乱暴に叩く音がした。
ちなみに竜宮従業員スペースは洋風のホテルのようで一部屋一部屋しっかりと分けられている。
「あ……はーい!」
タニが慌てて返事をしてドアを開けた。
「よう!」
「あ、リュウ先輩!」
タニの前に奇抜な格好をしている強面の男が立っていた。黄緑色の短い髪にシュノーケルを身に着け、黒い着物は肩半分だけ出して袴は紺色だ。
「今日は仕事を持ってきてやったぜ。」
「お仕事ですか!」
リュウの言葉にタニは嬉々とした表情を浮かべた。その顔を眺め、リュウはニコニコと頷いた。
「ああ。CM撮影をしようと思うんだ。そろそろ竜宮は夏を迎える。竜宮のきれいな海とアトラクションを主にPRしていきたい。そこでだ。お前、まだ入って間もないだろ?客に顔を覚えられていないから従業員だと思われねぇ。だからお前にはCMのモデルになってもらう。子供も狙っているんだがお前はちょうどガキみてぇにちっこいしいいだろ。」
「も、モデル!?……ちっこい……。」
リュウの言葉にタニは一喜一憂した。
「まあ、とにかく来い!」
「あ、ちょっと待ってください!」
「ん?」
タニが慌てて声を上げたのでリュウは首を傾げた。
「ちょっと待っててください!着替えます!」
「……着替え?」
タニは半ば強制にドアを閉めた。リュウはぽかんとした顔で閉められたドアを見つめた。
しばらくしてタニが出てきた。
「お、お待たせしました!」
「うっ!お前、なんつー格好をしてんだよ!」
リュウはタニの格好を見て半歩後ろに下がった。
「あの……水着ですけど。」
タニは布のほとんどない水着に着替えていた。赤色のなんというか少しエッチな水着だ。
「い、いや……水着ですけどじゃねぇよ……。何がお前をそんな恰好にさせた!つーか、なんでそんなもん持ってんだよ!あ、あわわわ……。」
リュウは突然のタニの変貌に驚き、顔を真っ赤にしながら見ないように顔を背けた。
「あの……?海の撮影ですよね?ちょっと気合入れてみたんですけど。」
「馬鹿野郎!それじゃあエッチなビデオの撮影になるだろうが!やめろ!やめろ!ああ……どちらかと言えば清楚な感じのが俺様の……って何を言わすんだ!布が少なすぎるぞ!さっさと着替えろ!普通でいいんだよ!普通で!」
めちゃくちゃ動揺しているリュウは実はとてもウブなようでタニを部屋に押し込むと乱暴にドアを閉めた。
またしばらくしてタニがドアから出てきた。格好は元の着物の格好に戻っている。
「……これで海のCM撮影するんですか?」
タニはどこか不満げにリュウに言った。
「あ、ああ……びっくりした……。それで行こう。お前は子供っぽいからそっちのがあってるぜ……。」
「子供っぽい……。」
リュウは胸を撫でおろし、タニは納得がいかない顔をしていた。
「……んじゃあ、まずは海に行くぜ!」
「……は、はぃい!」
リュウのビシッと言い放った言葉にタニはピンと背筋を伸ばし、元気よく返事をした。
竜宮従業員用の鳥居からリュウに連れられて浜辺へと向かったタニは不思議そうに首を傾げた。
「……なんだか海の中から浜辺へ行くのは変な感じがしますね。」
「まあ、竜宮が海の中にあるからな。初めは変に感じるがそのうち、こんなの変に感じる事なく毎日が過ぎていくぜ。」
タニとリュウは海から浜辺に上がった。
「そういえばリュウ先輩はCMの監督さんをやるんですか?」
「ん……そうするぜ。俺様が楽しそうに海辺で遊んだり、アトラクションに乗ってたりしたらなんか変だろ?俺様はツアーコンダクターだしなあ。ほら、これ見ろ。」
リュウは目の前の空間をタッチし、アンドロイド画面を出す。フォルダから一枚の写真を画面に映した。
「う……うーん……。」
タニは複雑な顔でリュウを見た。写真はアトラクションのジェットコースターに楽しそうに乗っているリュウが映っていた。落ちる時にご丁寧に手まで上げている。
「お前、これ見てどう思うよ?」
「……仕事サボって遊んでいるようにしか見えません……。」
「……だろ。ははは!去年はこれで客から苦情が来たぜ!オーナーからも遊んでいるのと勘違いされてひでぇお仕置きを受けた。はははー!……はあ……思い出したくもねぇ。」
リュウは笑っていたが途中から頭を抱えた。
「ちょ、ちょっと待ってください!も、もし仕事で何か失敗をしたら天津様からの罰が飛ぶんですか?」
タニはリュウの顔がげっそりしていたのでプルプル震えながら尋ねた。
「え?ああ、ダイジョーブだって。まじめにやってりゃあ罰なんて飛ばねぇよ。……たぶん。」
リュウは最後自信なさそうにつぶやいた。
「たぶんって……ひぃいん……こわいよぉ……。」
自信なさそうなリュウを見てタニは目に涙を浮かべた。このCM撮影に失敗したらどんなお仕置きが待っているのかとタニは縮こまり、その場から動けなくなった。
「お、おいおい……。そんなにオーナーを怖がるなよ。お前、オーナーを化け物かなにかだと思ってんだろ?まあ、確かに神格と雰囲気は化け物級だが……女の子のミスには優しいんだぜ。正座させられて気絶するほど叱られるだけだ。安心しろ。」
「気絶……するほど……。」
リュウの言葉でタニの頭の中では恐ろしい化け物が出来上がっていた。
「ちなみに男の罰はかなり厳しいぜ……。去年のCM撮影の苦情で俺様はあの化け物級の神力を浴びながら一日中オーナーの部屋で腹筋させられてなあ……。足に神力の鎖巻かれて逃げれないようにされてな、もうありゃあ腹筋するしかなかったぜ!そんで腹筋が割れた!ははは!」
「腹筋!?無理無理!そんなの絶対にできませんよ!私、そんなに筋肉ないですよ……。ふえええん……。」
タニはまだ何も悪いことをしていないのだがメソメソと泣き始めた。
「なんでお前、撮影にミスる気満々なんだよ!……オーナーは女の子にそんな過酷な罰は与えねぇよ。これは間違いねぇってば。あの男、意外に紳士だからな。……だから泣くな。そして……おら!逃げんなよ!」
リュウは徐々に後ろに下がっているタニの肩を乱暴に掴んだ。
「ひぃいいん!」
「お前、俺様を見捨てる気なのか?ああ?お前はモデルなんだ!笑え!ほら!さっさと笑え!」
リュウはタニの頬をみょんみょん伸ばした。
「お?いい絵なんだナ!シャウ!」
ふと若い男の声が聞こえた。それと同時にカシャっと写真を撮るような音が響いた。
リュウとタニは慌てて声の聞こえた方を向いた。いつの間に来たのかすぐ目の前に眼鏡をかけ、シルクハットを被っている着物姿の青年が立っていた。