タニとリュウ5
「お前、ここで俺様達と別れてここに戻るつもりか?もう竜宮には戻らないのか?」
「え……?あ……そうですね。はい。そうなりますね。私はこの村から離れてはいけなかったみたいですし。」
タニは思ったよりもあっさりと言った。
「そうですねって……俺様はかなり寂しいぞ!お前は癒しの後輩なのに!」
「うう……。」
リュウが叫んだ刹那、タニの瞳から急に涙がこぼれた。
「……タニ?」
「私だって寂しいですよ~。リュウ先輩はいつもハチャメチャでドSで黒くて乱暴で……」
「待て、俺様何にもいいところねぇじゃねぇか。」
リュウが間で突っ込みを入れるがタニはうつむいたまま続ける。
「でも優しくて頼りたくなる先輩でした。私だってまだ竜宮で働きたいです。ですけど……こういう結果を招いてしまったら竜宮では働けません。私は龍神ではなかったですし。しょうがないんです。」
タニの涙が小雨と共に流れる。
「タニ……お前は立派に神やってんだなあ。俺様達は人間の想像によって生まれた……だから私情よりも人間を見守る事の方が大事だ……確かにそうだ。だが……たまに休憩するくらいなら人間達も許してくれるだろ。人間の心はそんなに狭くないんだぜ。だから……」
「……リュウ先輩はもうちょっと真面目に仕事をした方がいいと思いますが……。」
「だあああ!なんでそこでムードを壊すんだ!今、いい感じだっただろうが!この馬鹿!」
リュウはがっくりとうなだれた。
「いままでありがとうございました……。リュウ先輩。」
タニが深呼吸してからぺこりと頭を下げた。
それを見たリュウはなぜだか無性に寂しくなり、うすく目に涙を浮かべた。
そんな状態の時、呑気にもオーナーが戻ってきた。
「……?リュウ、お前何泣いているのだ。元から変わった男だったがタマリュウの成長に感動でもしたか?」
「んなわけねぇだろ……。オーナー……空気よめっつーの……。畜生!」
リュウはどこか悔しそうに奥歯を噛みしめた。
「ときに、谷龍地。」
「は、はい!」
オーナーはリュウを不思議そうに眺めつつ、タニに目を向けた。
「谷龍地は先程の不思議な天候とタマリュウの神秘によってどうやら龍神になってしまったようだ。」
「……そうですか……。って……ええ!?」
オーナーがさらりと流したのでタニも流しそうになり慌てて声を上げた。
「家守龍が龍神の話を持ち出して村人を説得したようで村人達の谷龍地の存在意義が変わったようだ。」
「そんなに簡単に変わんの!?」
オーナーに突っ込んだのはタニではなくリュウだった。
「見ろ。」
オーナーは鳥居近くにある神社の説明書き看板を指差した。
タニとリュウは看板の方に目を向けた。そこでは神主と思われるご老人が新しく何かを書き足していた。
「あ、前場陽介さん。」
「うえ!?あのじいさんが前場陽介さんか!さっきの話は伏線だったのかよ……。とんだカミングアウトだ。てかこの神社を管理してる人間だったのか……。」
リュウがしばらく茫然と眺めていると前場陽介さんが満足げに看板前で頷いて足早に去って行った。
「……龍神という項目が追加されたようだ。つまり、谷龍地はタマリュウの神から龍神となったわけだ。
内容を読むと……タマリュウの神は神格を上げ龍神となり、タマリュウを使いとして我々村人をあたたかく見守っていらっしゃる……と書いてある。よって谷龍地は人間達によって龍神へと変わり、タマリュウを通して村を見る事ができるようになったというわけだ。」
「と、いう事はつまり……。」
「人間達がお前を都合のよいように解釈したわけだ。その場にいてもいなくてもお前はタマリュウから村を見守っていればいいことになった。だが一週間に一回はこの村にちゃんと帰ってやるのだぞ。」
「……という事はつまり……?」
「……そろそろ、自分で考えなさい。……竜宮でそのまま働いてもなんら問題がなくなったという事だ。お前は私との面接をしていないがいままで真面目に仕事をしてきたのを見ているから採用だ。後はお前の好きにしなさい。」
オーナーは優しくタニに笑いかけた。
「本当ですか……それでは……」
「いやったああああ!」
タニがオーナーに返答をしかけた時、リュウが柄にもなくデカい声で喜びを表現していた。
「なんだ、リュウ。いきなり大きな声を出すな。ついに狂ったのか?」
「な、なんでもねぇよ。話続けろよ。」
オーナーに問われリュウは恥ずかしそうにそっぽを向くとふてくされたように話を促した。
タニはリュウの反応が面白かったのでクスリと笑った。
「なんだよ。笑ってんじゃねぇよ。お前はどうしたいんだ?これからも竜宮で働くのか?働くよな?」
リュウはタニに詰め寄り、半ば強引に先を促した。
「……はい!働かせてください。私は龍神になりましたので龍神として神格をあげたいと思ってます!」
タニは最初の気持ちを思い出しながらオーナーとリュウに緊張した面持ちではっきりと言い放った。
「いよしっ!じゃあ、タニ、今夜はお前の龍神祝いだ!派手にやろうぜ!」
リュウはタニの言葉に安心したのかテンションがうなぎ上りにあがっていた。
「ああう……リュウ先輩!ちょ……ちょっと休憩を……。」
「さあ!今から行くぜぃ!」
戸惑うタニをリュウは無理やり引っ張り、引き気味のタニを笑いながら連れ去って行った。
「まったく……リュウはよほどに谷龍地が好きなのだな。これから谷龍地が壊れないように私がしっかり管理していくとしよう。」
オーナーはため息交じりにつぶやいた。遠ざかるリュウの元気な声とタニの震える声を聞きながらオーナーも竜宮へ戻るべく歩き出した。
「オーナー!」
その時、飛龍と共に消えたはずのヤモリが現れた。いつ神社への石段を上ってきたかはわからないが影が薄いためにタニにもリュウにも気がつかれなかったらしい。
「家守龍?どうした?もう終わったのだ。帰ってよいぞ。飛龍と飲むのだろう?」
「飛龍には少し待ってもらってますので大丈夫です。……オーナー、オーナーが言っていた村人に言ってほしい事はすべて言いましたが何の意味があったのでしょうか?タニさんが龍神であるとかないとか……これから龍神になるとか。」
ヤモリは麦わら帽子にかかった小雨を振り払いながらオーナーに不思議そうな顔を向けた。
「……彼女は龍神だ。もうこれでいいのだ。……仕事を頼んだ中で今回の一番の働きは家守龍、お前だ。お前がいなければタニを龍神にすることができなかったかもしれない。よくやってくれた。」
オーナーの言葉にヤモリが顔を真っ赤にしてうつむいた。完璧に照れていた。
「おーい!地味子ォ!いつまでもオーナーといちゃついてんじゃねぇよ!早くしろー!」
石段の下の方で飛龍の声が響いた。
「飛龍がお前を呼んでいるぞ。さ、今日は休みだから存分に飲んで来い。」
「……はあ……。申し訳ありませんね。オーナー。」
ヤモリはあからさまに嫌な顔をすると叫んでいる飛龍の元へと去って行った。
「私も竜宮へ戻るか……。」
オーナーが独り言をつぶやいた時、近くで静電気の弾けた音が聞こえた。
「シャウも一緒に戻るんだナ!シャウ!」
「加茂か。では一緒に竜宮へ向かおうか。」
いつの間に横に来ていたテンションの高いシャウを連れてオーナーも石段を降り始めた。




