思兼神の無茶ぶり2
「さて。」
「あの……カメさんは大丈夫だったんですか?」
竜宮の従業員住居スペースに戻ってきたリュウとタニは半紙と墨を並べ床に向かい合って座っていた。
「こりゃあ仕方ねぇんだ。たぶん、カメはこないだから新作のダンスをマスターしている。少しは時間稼ぎにはなるはずだ!それよりも俺様達はこっちをやるぞ!」
リュウは切羽詰まった顔で半紙と墨と筆を指差した。
「は、はい……あの……私、壊滅的に字が下手なんですけど……。」
「じゃあ、絵を描くのはどうだ?字と一緒に書けば新たなミラクルが起きるかもしれねぇぞ。一回やってみろ。」
リュウにそう言われ、タニは唸りながら「やってみます。」とつぶやいた。
墨を硯にすって心を落ちつける。その後、筆にそっと墨をつけ半紙に向かってタニは気合を入れて絵と文字を描いた。
「おお……集中してるタニは凄そうだ!これは期待が……。」
リュウは目を輝かせた。
「で、できました!力作です!」
タニがリュウに半紙を勢いよく差し出した。
「……う……ん……お前、なんでゴキブリ描いてんだ?この小学生の絵日記みたいな文字はなんだよ……。だいたい、竜宮って書くのはいいが全部ひらがなってどういう事だ?」
「そ、それはゴキブリではありません!ドラゴンです!文字は墨だとうまく書けなくて……。だから壊滅的だって言ったじゃないですか!」
リュウはタニが書いた文字とゴキブリをじっと眺めた。
「あ、ああ……この触角は髭か。このゴキブリの足は龍の足な……。下手だ!下手過ぎるぞ!」
リュウはタニに向かって叫んだ。
「そんなあ……頑張ったのに……。」
タニはショックを受け、がっくりと首を落とした。
「俺様が例えばで書いてやるよ!」
リュウはタニとは違ってスラスラと竜宮の文字を半紙に書いた。
「おお!すごいです!きれいにバランスも整っています!ですが、リュウ先輩、このはじっこに書いてあるゴキブリはなんでしょうか?」
タニはきれいに整った文字の下の方に書いてある黒い物体を指差した。
「……それは龍だ!どう見たって龍だろ!」
「ああ、この触角みたいなのが髭でこの虫の足は龍の足ですか。……あれ?さっきと同じ会話を……。」
「俺様がお前と同じもんを描いたと言いてぇのか!ああ?」
リュウに凄まれてタニは小さくなった。
「そ、そうではありませんが……。」
「はあ……絵のレベルは同じかよ……。」
リュウは深いため息をついた。
「この竜宮に芸術神さんがいたらよかったんですけどね。」
タニもゴキブリを悲しそうに眺めながらため息をついた。
「と、とりあえず、もっと龍っぽくするぞ!」
「はいぃ!」
二神は必死に何枚も龍を描いたがすべてゴキブリになった。
「うわああ!何回描いてもゴキブリになる!だんだん元の龍の形がわかんなくなってきやがった!」
「ゴキブリ量産しましたね……。」
リュウとタニは再びがっくりとうなだれた。
「だああ!もう、俺様が竜宮の文字だけ朱印帳に書く!それが一番いい!」
「そうですね!よろしくお願いしますっ!」
リュウもタニも余計な演出をすることを諦め、おとなしく、朱印帳に文字だけ書くことにした。
「なーんか納得いかねぇんだけどなあ。」
リュウはため息交じりに朱印帳を開くと開いているページに筆で文字を書き始めた。
「うっ……やべっ。」
タニが静かに待っているとリュウから小さくうめき声が聞こえた。
「ど、どうしたんですか?」
タニが慌てて尋ねるとリュウは蒼白の顔を引きつらせてこちらを向いた。
「ああ、ははは……間違えちゃった……。」
「間違えちゃった!?」
タニはそっと朱印帳を覗く。そこには『龍』と『竜』が混ざった漢字が書かれていた。
「りゅ……リュウ先輩……これは何を書きたかったんですか……?」
「龍か竜かどっちだかわかんなくなっちまって習字だから止めらんなくてそのまま流れで書いてしまったんだ!どうしよう!タニ……。」
リュウがへなへなと蒼白な顔で座り込んだ。
「うえええっと……わ、わかりました!この後、私がアレンジして見れるように頑張ります!加筆しますね!」
タニは自分がしっかりしなければと意気込み、朱印帳と向かい合った。
リュウが持っている筆を受け取り、墨をつけてリュウが書いた謎の文字を絵っぽく改造しようとしていた。
タニは悩みながら描き、やがて満足そうにうなずいた。
「リュウ先輩!どうでしょうか!」
タニは朱印帳をリュウに自慢げに見せた。
リュウは朱印帳を見るなり顔をさらに青くした。
「お前……どうしてまたゴキブリを描いたんだ!」
「ゴキブリじゃありません!龍です!」
「さっきのゴキブリと大差ねぇじゃねぇか!くそう……間違った俺様も俺様だったが……これは……死んだな。」
リュウは半泣きで床に寝転がった。
「リュウ先輩!しっかりしてください!これからワイズ様にこれを持って……」
「行くのか?ええ?これを?……死んだな……。」
「大丈夫です……。た、たぶん。愛嬌です!愛嬌!」
タニはリュウを頑張って起こし、無理やり立たせるとワイズが待っている『お客様相談センター』へと向かった。




