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MITURU:2029 いつかこの手紙を綴ったあなたは

 コロンシリーズの世界を舞台に、二人で繋がりのある話を書いてみようという企画です。

 志室 幸太郎さんの前編を読んでからだとより楽しめると思います。


 前編【SAYA:2019 いつかこのロッカーを開けるあなたへ】

http://ncode.syosetu.com/n0757di/

 ミツル。 満。

 名は体を表すと言うが、それが事実だとほとほと呆れ返ったことを思い出す。


 幼い時分のころから何をしても上手くいく。

 スポーツ、勉学、趣味、恋愛。 努力もなく。 水が高所から低所へと流れて川を成すように、俺が何かをするとそこそこいい位置に落ち着いた。


 満ちている。 満つる。

 その名の通り、俺は産まれた時からずっと上手くいっていた。 多少の失敗にしても、放っておけば解決する。

 流れに身を任せていたらいいだけ。 幼い時分は、そう悟った。


 何をしても上手くいくこと。 それの空虚さに気が付いたのはいつ頃か。

 何をしても上手くいかない。 世間では笑われるそれと何の差があるというのだろう。


 学習性無力感という言葉がある。 自らが何をしても外界には影響がないことを覚えてしまい、動くことを止めてしまうことを指す言葉だ。


 俺はそれに近かったのかもしれない。 流れるままに幸せを享受するなど、家畜と何が違うのか。

 少なくとも俺は家畜だった。 豚と罵られてもヘラヘラと笑いながら頷いていただろう。


 そんな満ち足りた家畜が、自分の努力と結果の因果を知らない子供が、野良の獣に変わったのはいつのこと。


 ゆっくりと開けた扉はカビ臭い。 戦争の途中で打ち捨てられたこの校舎は、それ以前からも手入れされていなかったのだろう。


 積み重なった机のトンネルを潜れば、埃の被ったロッカー。 当時の恋人であった……今でも最愛の人であるサヤが描いた馬鹿みたいな落書き。 窓から見える空の景色。

 好きだと嘘っぽく吐き出される言葉。


 埃まみれでカビ臭いはずのその部屋のどこもかしこも、そのどれもが当時と何の変わりもなく映った。


 幾つかあるロッカー。 迷うことなく、その一つに手を掛けた。

 錆びて開けにくいそれを力尽くでこじ開けて、乱雑にその中にある手紙を取り出す。


 少しシミが出来ているが、読めないなんてことはないだろう。 その手紙を開けば、当時のサヤの気持ちが書かれているのかと思えば、思ったならばーーそれを開くことは叶わない。


 愛している。 醜く愛している。 愛しているなどと、口が裂けても言えないほどに、グロテスクな独占欲を抱いている。

 だからこそ、それだからこそーー。


「愛している」


 支配欲のままに、いないサヤへと嘘を吐いた。


 いつも座って本を読んでいた場所に腰を下ろす。 少しは身体が大きくなったというのに、その場所はグロテスクなほどに広く感じる。


 彼女の笑みは今でも机のトンネルから出てきそうで、ほんの少しだけ憂いを帯びた喜声は耳元を撫でるように思い出せる。


 高校生にして秘密基地なんて子供らしいことをしていたが、その実態は子供らしさからは離れていたように思う。

 親に隠れての交際。

 厳しい親の期待や半端に大人になりきれない鬱屈した感情は歪曲されて、互いの身体を求める情欲に変わった。


 十年も経った今にして、まだ彼女の熱を忘れることはない。 サヤの吐いた息が二人の汗で濡れた首筋を撫でた感触。 彼女の湿った唇を舐った舌触り。

 情事が終わったあとの、火照りが冷めていく感覚は何度繰り返されたのだろうか。


 そのどれもが、この廃墟となった校舎の、埃まみれで汚れた一室で行われていた。

 家畜のような物が、獣になったのはこの部屋のことだろう。


 褒められたことではない。 勉学に励むべき、親からも教師からもそう期待されて押し込められた校舎で、それを理由にして互いの制服を脱がし合い、背徳感に包まれながら、少女の肢体を貪る。


 そんな爛れた空間であったが、今となっても不思議と悪いことだとは思えない。 あの生活があったからこそ、戦時を生き抜けたのだとすら思える。

 親に飼い慣らされた家畜から、一端の生き物のような存在になれたのはサヤとの日々のおかげだろう。


 醜い関係だったがーー自信もなく、理屈もなく言える。


「愛している、サヤ」


 愛してしまったから、手紙を開くことは出来なかった。

 彼女とは交際していたが、それはある種言い訳でしかなかったからだ。 互いの性欲を満たすために、付き合っているという口実を作ったのに過ぎない。


 恋愛感情ありきの交際ではなく、行為のための理由付け。 だとすれば、この手紙に書かれた内容はーーサヤの本当の思いは俺の秘めていた想いとは違うだろう。


 交際していて、何度も繰り返し身体を重ねた相手に恋心を秘めていたなんて、なんて馬鹿な話だろうか。 どれほど愚かな男なのか。


 紙を無理矢理にポケットに突っ込み、少しだけ老けた顔を黒くなった窓ガラスに映しながら、教室を出る。


 もう会うことも叶わないサヤを想い、苦いため息を吐き出す。

 自分勝手、理不尽でワガママなことを思う。


 ああ。 ああ、ああーー何を思っていたのだろうか。


 “いつかこの手紙を綴ったあなたは”




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