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第7話 黒鉄竜ゾーハン

 マーリンの地下迷宮は全50階層だが、最下層には転移の魔方陣が設置されていて、5分で地上に出れる。

 太陽の光を浴びるのは久々だった。


 というのも、地上に出ても瞬殺されない実力をつけるのに三日もかかったからだ。

 地下迷宮の地上部は金青竜ライオットの感知範囲内なのである。

 そして金青竜の感知範囲は攻撃範囲でもある。


 奴は北の山脈にいながら、ここに電撃を(・・・・・・)発生させる(・・・・・)ことができるのだ。

 もう一度言う。北の山脈から電撃を「放つ」のではなく、この場に電撃を「発生させる」ことができるのである。


 三日しか、と言うべきかもしれなかった。

 実際、数多くの勇者や英雄を育てたという「賢者」マーリンの名は伊達ではなかった。

 たった三日で僕は主要なスキルと魔法、魔道具、ドラゴンの能力に至るまで、状況に応じて無意識に使いこなせるようになっていた。


 それでも、ライオットの前では「瞬殺されない」レベルでしかない。


 当然、地下迷宮に引きこもっている方が安全なのだが、それでも出てきたのには二つの理由がある。


 第一に、先生や騎士団の方たちの遺体をそのままにしておくことはできない。

 ドラゴンに壊滅させられた調査団の遺体を、回収に来る勇気のある者はいないだろう。


 第二に、挑発である。

 迷宮の罠は、身を守るためではなく、侵入者を倒すためのものだ。

 こちらの準備が万端なタイミングで侵入してもらわないと、勝てない。

 能力は向こうの方が上なのだ。


 僕は黒竜に属性変化して気配を消し、さらにいつでも地下迷宮に転移できるよう、転移の魔道具を準備して慎重に進んだ。

 たった数キロメートルの距離が永遠のようだった。


◆◆◆

 木の焦げた匂いがする。

 わずか四日前の惨劇だった。

 竜の気配の色濃く残るその現場には獣も近づかないようだった。

 調査団24名+僕。内訳(うちわけ)は研究班8名と護衛16名。


 遺体が残っているのは半数以下の11名だ。

 それ以外の13名は最初の金赤竜シャイアのブレスで蒸発している。

 それでも見つかる限りの遺品を一か所に集めた。

 一体々々(いったいいったい)、順番に転移させる暇はない。

 黄竜になった瞬間に、僕の居場所はライオットにバレるのだ。


 次に11名の遺体にマーキングシールを貼り付けていく。

 空間収納の座標を指定するための補助道具である。

 

 準備が終わったら一息つく。一瞬が勝負だった。

 意識を集中して、黄竜になる。その瞬間に、遺品と遺体を一気に空間収納で回収し、僕自身も地下迷宮に転移した。


 地下迷宮の最下層に戻った僕は座り込んで大きく息を吐いた。

 攻撃はされなかったが、脚ががくがく震えていた。

 たったあれだけの作業で、僕は汗ぐっしょりだった。


 もっとも埋葬はまだだ。

 空間収納された遺体は傷まない。

 全てに決着がついたら、王都グラリアーナまで届けるつもりだった。

 その日はきっと遠くないはずだから。


◆◆◆

 常に雷雲に覆われた山頂の宮殿、そこに巨大な生物が蹲っていた。

 北稜に住まう嵐の王、金青竜ライオットである。


 彼は一瞬薄く目を開くと、見えるはずのない遥か麓を睨む。

 一瞬だが同じドラゴンの気配を感じたのだ。

 黄金竜。花嫁を奪った()(もの)


「奴か?ライオット。」


 まったく心臓に悪い男だ。これほど近くにいても気配を感じない。


何時(いつ)からそこに()った。ゾーハン。」

 ライオットの呼びかけに応じて闇が揺らぐ。


 全身黒ずくめの、少年とも見える男。

 髪も目も黒く、腰の後ろに僅かに反りの入った刃物を差していた。

 東方の文化を知るものなら「小太刀」と気づいただろう。

 そして彼を見て忍者を連想したはずだ。


 肌だけが恐ろしく白く、身長は160cmほどしかない。

 人化しているが、まぎれもなくレナード王国最強のドラゴン、

 黒鉄竜ゾーハンだった。


「許せ。気配を消すのは癖だ。鼠がいたので、少々遊んでいた。」


「遊ぶ…?そなたとやり合える者がドラゴン以外で居ると云うのか。」


「いるさ。人間は厄介だ。恐ろしい技を使う。

 黄竜も同じ技を使うぞ。油断はできん。」


 ライオットの姿が小さくなる。人化である。

 そこにはゾーハンより一回り背の高い女性がいた。

 豪奢な衣服ときらびやかな宝石類。そして氷のような表情。


 ゾーハンが忍者ならば、ライオットは女王といったところか。

 ライオットは形の良い眉をひそめて溜息をつく。


「そなたより恐ろしい者などおるまいよ…。」


 黒竜が最強と呼ばれる最大の理由は「吸収」の魔力の万能性にある。

 なにしろ物質でも生命でも魔力でも吸い込んで無効化どころか回復してしまうのだ。


 だが「吸収」の魔力は神官や白竜の使う「破邪」の魔力に弱く、また、闇属性の攻撃には抵抗されやすいという欠点もある。

 そして、黒竜の体力や魔力そのものは決して高い方ではない。

 故に黒竜は「癖のある万能型」と言われるのだが、それを補うのが、その性格なのだ。


 何しろ、油断も驕りもないのである。

 領土を持たず、気配を隠し、決して隙を見せない。

 人間どもは彼奴をこう評しているそうだ。

 すなわち「誰も姿を見たことのない伝説のドラゴン」と。


 彼奴が姿を見せる時は、敵が死ぬ時なのだ。

 すなわち…


「攻めるか?ゾーハン。」


「ああ。シャイアとセイクリッドも呼ぼう。

 マーリンを殺して花嫁を取り戻す。

 後は元の予定通り、王都グラリアーナに帰す。

 それからは俺達も敵同士だ。」


 そう。花嫁は一人しかいない。

 協力して生み出しはするが、その後は取り合う予定だったのだ。


 ただしそれは一旦王都グラリアーナに帰してからだ。

 景品を準備して、よーいドンで争奪戦をするはずだった。

 マーリンさえ抜け駆けしなければ。


 あろうことか、マーリンは花嫁が竜となった直後に奪い、地下迷宮に攫ったのだ。

 ドラゴン達は激怒した。


 だが地下迷宮はマーリンのテリトリーだ。

 奴も深手を負いはしたが、簡単には手が出せない。

 それにマーリンは狡猾だ。

 当然後の対策もしてあるはずだった。


 それでも、いつまでも手をこまねいているはずはない。

 ライオットは軽く頷くと、再び竜の姿となった。

 神々しい破壊の化身、

 金青竜。


 その姿が一瞬で加速し、あっという間に見えなくなった。

 青竜の飛行速度は全色中最速だ。

 シャイアの領土である、東の平原までも数時間で往復できる。


 その姿を見送ると、ゾーハンは目を閉じた。

 先ほどの敵を思い出していた。

 明らかに人間だったが不思議な技を使う。


 お互い小手調べだったが、本気で戦っても勝てるとは断言できなかった。

 少なくとも人の姿のままでは。


 だからこそ、ゾーハンは勝利(・・)を確信する。

 シャイアやライオットも強いが人間に狩られうる。居場所が分かるからだ。

 自分は勝てない相手から逃げることが出来る。

 だからこそ最強なのだ、と。

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