第6話 黒の魔剣ケイオルカ
マーリンの居室は迷宮の最下層にある。転移の魔法で一瞬だった。
さすがに最下層は竜の姿でも余裕そうな広さだ。
奥に人の姿でしか入れない小部屋がある。反対側には上に上る階段。
最下層にはそれしかなかった。
けっこうな血痕が残っている。
『ああ、それ儂の血じゃ。お主を攫うのに苦労したでな。大分ダメージ受けたよ。正直、さっきも本調子ではなかった。』
「もしかして、だから俺を上の階層に放置してたのか?」
『いや、あれはお主に竜の体に慣れてもらうためじゃよ。その方が力の差が分かると思ったのじゃが…はぁ』
ちなみに、マーリンはイメージ映像つきだ。さっきの人型の姿で大仰に溜息をつく。
ただ、鎧は脱いでいて、僕の黄よりもさらに自己主張の激しい胸が服を押し上げていた。
マーリンがふと僕の視線に気づいて一度自分の胸元に視線を落とし、もう一度顔をあげて何かを悟ったようににんまりと嫌らしい笑みを浮かべた。
『あっれぇ~?ご主人様、もしかしてやっぱ私のことお嫁さんにしといたら良かったとか思っちゃってますぅ~?』
この上なくウザかった。
◆◆◆
だが実際問題、あと4体の竜をどうにかしないといけないのは事実だ。
少なくともやつらの花嫁になるのは勘弁だった。
そのためには…
『ご主人様が強くなるのと、この迷宮の罠を奴ら用に作り変えることじゃな。』
この馬鹿は「ご主人様」で通すらしい。しかも服装までメイド服に着替えていた。
さっきわざわざ人の脳内で生着替えを披露してくれたのだ。
脳内なので目もつぶれないし、グーで殴ることもできない。
『でも嬉しかったじゃろ?』
生きている時より性質が悪かった。見た目だけなら本当に魅力的な美人なのがさらに最悪だ。
だがまあ、言っている事はもっともである。
「強くなるって言っても、魔力を上げるとかは間に合わないだろう?」
『うむ。故に使いこなせるスキルを増やすこと、竜の魔力を使いこなすこと、アイテムを使いこなすこと、実戦訓練を積む、くらいかのう。
ご主人様、さっきほとんど黄しか使っとらんかったじゃろう?』
たしかに、さっきはスキルを増やす目的もあったから、黄ばっかりだった。
黒の吸収の魔力だって、知識としては知っていたけど、使ったのはマーリンを倒した時が初めてだったのだ。
『黄竜の作る魔道具は強力じゃぞ。「空間収納」の魔法を使えば大量の武具や防具、アイテムを仕舞っておける。それと…』
奥の小部屋に連れて行かれた。そこの左手の壁面は迷宮全階層を網羅するモニター画面、右手は少女趣味なベッドと、その周囲を埋め尽くす大量のぬいぐるみだった。
思わずジト目になる。こいつはいったい何を見せたいのかと。
マーリンは悪びれたふうもなく、枕元の小箱を指差した。
それを開けると、ぷるぷるした黒い液体。いや、こいつは生き物か。
「なんかスライムみたいだな。何に使うんだ?」
『こやつの名はケイオルカ。儂の作った魔剣じゃよ。不定形ゆえにどんな武器にもなれる。武器だけでなく、生き物にも擬態できるうえ、竜の魔力を摩耗なしで纏わせられる。』
「……すごいな。なんでさっき使わなかったんだ?」
『道具の力で勝っても意味なかろう。道具は奪われるからな。こやつはそのために生き物にしたのじゃが、主を判別できるほどの知性は持たせられんかった。じゃが、ご主人様なら、「使い魔創造」の魔法が使える。』
使い魔!
それは魔道士にとって最大のロマンの一つだ。
魔法で生み出される、魂を分け合った相棒である。
使い魔にすれば、ケイオルカに知性を持たせられる。
しかも魂で繋がっているので、高度な命令も可能だ。
使い魔は、一人の魔道士につき、生涯一体しか持てないという制限があるので、慎重に選ばなければならないが、こいつは使い魔として究極とも言える素体だった。
「僕ならば」というのは、おそらくマーリンはこいつを生み出した時に、既に使い魔を持っていたのだ。そしてそいつはおそらく、さっきマーリンが死んだ時に、同時に死んだはずである。
僕はケイオルカを小箱から取り出し、「使い魔創造」の魔法を発動した。
一瞬、体から何かが抜き取られたような喪失感を感じるが、次の瞬間、逆に満たされるような感覚に包まれる。
使い魔との魂の共有が成功したのだ。
ケイオルカはぷるぷると身を振るわせた後、急激に質量を増し、完全な人型になった。
僕と全く同じ姿だった。
◆◆◆
「分身」。
使い魔は、素材としての姿の他に使い魔としての姿を持つ。
その姿は7種類あって、それぞれ違う能力を持つ。
例えば「狼」であれば戦士技能、「猫」であれば盗賊技能といった具合で、主やパーティに足りない要素を補わせることが可能だ。
ただしその姿と能力は、一度生み出された後は変更することができない。
「分身」は主と同種の技能を持つ。竜で魔法剣士で、癒しの魔力まで使えるオールラウンダーな僕にとって、最高のパートナーは「もう一人の自分」である。
ましてこいつは……
「ケイオルカ。僕の声が分かるか?狼の姿になれ」
ケイオルカは僅かに頷くと、たちまち灰色の狼の姿になった。体色まで自由自在だ。こいつの擬態能力は、僕の他生物変化より上である。
そう。ケイオルカは使い魔としての姿と能力は「分身」であっても、ケイオルカ自身の変身能力で戦士技能や盗賊技能などを補えるのだ。
さらに意識を集中させると、ケイオルカの五感を共有できる。
それも使い魔の基本能力の一つだ。
ケイオルカの変身能力も僕の意志で使えそうだった。
試しに、元の姿になってみる。
可能だった。久々な気がする男の体だ。顔も元の顔である。
その状態でもマーリンが見える。
さらに腕を剣に変形させたり属性変化で雷を纏ったりしてみる。
驚いたことに、ケイオルカの体では、属性変化してもマーリンが見えるのだ。
あくまでも、主である僕は黄竜であって、ケイオルカが属性変化の能力を使用しているだけ、という事だ。
ただし、その状態では魔法系スキルは使えなかった。魔法を使うには体も黄竜でなければならないらしい。
逆に僕本体が属性変化してしまうと、意識共有自体が切れる。
魂の共有は維持されているのだが、使い魔を使い魔として制御することが黄以外の属性では不可能なようだった。
再びケイオルカに意識を移して暴れ回ってみる。
魔法やスキルも含めて、スペックは僕本体と完全に同等だった。
ケイオルカの変形能力も合わせると、こちらの方が本体より強いくらいである。
が、ふと気づくと本体が倒れていた。
どうも意識を完全にケイオルカに移すと本体が意識を無くすらしい。
かといって両方の意識を保ったままだとかなりスペックが落ちる。
普段は意識共有を切って、必要な時だけつなぐのが良いみたいだ。
ためしに意識共有を切って、ケイオルカに命令してみる。
「しょうちしました。ごしゅじんさまー」
知能は小学生くらいだろうか。
僕と模擬戦をしてみたが、身体能力はほぼ同等。スキルの性能がワンランク落ちるようだ。
連携も確認してみる。
人型にして二人用のスキルを放つことも可能だし、咄嗟に武器や防具に変形させる事も可能だ。
さらに使い魔と主の間には、常に転移門が繋がっていて、お互いの場所へ行き来できる。
戦闘中でも非常に有用な能力だ。
使い魔が一体ついただけで、恐ろしく戦いの幅が広がったと言える。
実に心強い仲間が出来たのだった。