第10話 ドラゴン達の地下迷宮攻略③
奴らの迷宮攻略が始まった。頼りになるのは迷宮のトラップと僕の属性変化。
「花嫁」は本来、自分の魔力の色を選べない。
僕が自由に属性変化できることを、奴らは知らない。
一度だけ、僕は奴らの意表を突ける、はずだった。
◆◆◆
セイクリッドは以前、冒険者としてこの迷宮の30階層まで潜ったことがある。
この迷宮には2階層以降、モンスターが出現する。
そして各階層2種類くらいのモンスターしかいない。
しかも階層ごとに出てくるモンスターは違うのだ。
つまりこの迷宮のモンスターは、自然に発生あるいは侵入したものではなく、マーリンが作成あるいは召喚したものだ。
ならば間違いなく自分たち用に変更されているはずである。
なにしろ2階層に降りる階段も昇降機に変更されていたくらいなのだ。
これもトラップかと警戒したが、無事に2階層に運んでくれたらしく、ドアが開いた。
そこは死霊の巣窟だった。
「つくづく嫌らしい男だな、マーリン!」
ゾーハンが悪態をつく。
闇属性のワイトは黒の魔力に性質が近い。
吸収能力こそないが、物理無効・魔力耐性に加え、黒の魔力も無効、そして呪いの能力を持つ。
逆にワイトの攻撃もゾーハンには効かないが、シャイアとライオットにはある程度効く。これだけの数がいれば馬鹿にはならないだろう。
ただし弱点も同じだ。つまり…
「私にまかせろ!神!聖!突撃槍!!!」
白光が迸り、邪悪な存在が打ち払われる。
白竜の魔力「破邪」の効果である。
白竜の魔力「治癒」と「破邪」は、神官や僧侶の使う神聖魔法に似ている。
唯一の違いは、神聖魔法が天使の力を借りるものであるのに対し、白の魔力は白竜自身の魔力であるという点だ。
だから勘違いされて「聖竜」などと呼ばれてもいるが、白の魔力をふるうのに信仰も信念も正義感も必要ない。
しかし悪霊に対する効果は些かの遜色もなく、一撃でほとんどのワイトが消し飛んでいた。
だが、安心したのも束の間、奥の通路から再びわらわらとワイトが湧き出してくる。今度はご丁寧に骸骨戦士まで引き連れていた。
「キリがありませんね。属性結界を張ります。
シャイアとライオットは中へ。ゾーハンは離れてください。」
セイクリッドの周りに聖気が満ちる。
神聖魔法では「神聖領域」と呼ばれる魔法だが、ドラゴンが属性結界と呼ぶものの白系だ。
破邪の魔力に満ちた空間に闇や黒の属性を持つ者は入れない。
だがいくら白金竜の魔力で生み出された神聖領域でも、これだけのワイトとスケルトンの圧力には消耗する。
「っかー!グロイなぁ…」
「……(ピキピキピキ」
シャイアが呑気な声を上げるが、目は笑っていなかった。
出番がない。
さっきからやったことと言えば、ゾーハンに右腕を食わせたことだけだ。
雑魚のセイクリッドでさえ活躍しているのに、だ。
シャイアが一番嫌いな事は嘗められる事だった。
そして、ライオットはシャイア以上にブチ切れかけていた。
『ただでさえクソ狭い、暗くて不潔な地下に、汚らしい死体じゃと!!?』
心の中とはいえ「クソ」などと言ってしまうくらいの激怒っぷりだ。
大気に静電気が走り、あわててセイクリッドがなだめる。
ワイトの数が多すぎて風の魔力が乱され、ライオットの視界が乱れている。
しかもこの階層は妙に扉が多くてブロックが区切られており、見える範囲が狭い。いちいち扉を開けて回らなければいけないのだ。
明らかに時間稼ぎだった。
「…セイクリッドの魔力を枯渇させて死霊系モンスターで押し切る作戦か?」
「ゾーハン。この階層のどこかにワイトどもを召喚する装置があるはずじゃ。
やつらが出てきた方向を辿れば、見つかるはずじゃ!」
「その装置が一つであるかは分からんがな。
次の階層へ降りる階段を探すついでに調べよう。」
このワイトだらけの空間はゾーハンには意外に居心地の良いものだった。
黒の魔力の通じない敵ではあるが、ワイトの攻撃もゾーハンには通じない。
何より、ワイトの数が多すぎて、黒の属性結界に近い効果が生まれており、ゾーハンの力と回復力が増大しているのだ。
だが、他の三人にはたまったものではない。
もし彼らがリタイアするような事があれば、対応力が格段に下がる。
幸いにもライオットは感知範囲内の相手と会話することができる。
ゾーハンは先行して探索することにした。
◆◆◆
中央学院付属学校中等部政経学科3年1組。
シリル=スタークは浮かない顔だった。
毎朝挨拶する他クラスの大人しそうな男子生徒。
最近見かけないと思って少し気にかかってはいた。
その男子の名がカラ=レイアであること、彼が例のドラゴンの異常行動の調査団に同行したことを知って意外に思いつつ、好意的に見直したものだ。
その調査団が消息不明になったことを聞いたのは今朝のことだった。
「シリル!どったの?」
リーナ=リィア。彼女の親友だ。
明るくサバサバしている様に見えて人一倍気の付く少女だった。
カラの名前を教えてくれたのも、調査団に同行したことを教えてくれたのも彼女だった。
彼女も調査団消息不明のニュースを聞いて、心配してわざわざ来てくれたのだ。違うクラスなのに。
もっとも、本人に聞いても「たまたま通りがかっただけ」と主張するだろう。
シリルは努めて明るく微笑むと、リーナに答えた。
「大丈夫。なんでもないよ。」
リーナに通じたかどうかは分からない。
◆◆◆
足の踏み場もないほど散らばった骨は、さっきまでスケルトンだったものの残骸だ。
どれだけの時間が経ったかは分からない。
私たちは迷宮の30階層まで降りてきていた。
以前挑戦した時、25階層から26階層に降りる階段の降り口に、
「この迷宮は50階層まであるが、この先はいっさい魔道具の取得ができない。
また、防衛設備の強力さはここまでの比ではない。
引き返すことをお勧めする。」
と書かれていた。
マーリンらしいと思う。
要するに25階層までは客寄せで、26階層からは本気の防衛機構なのだ。
教え魔で構って欲しがりなくせに、慎重で臆病者。
理屈っぽくて頭が良いわりに、空気が読めない。
自分のコミュ力不足を自覚していない。
何も知らないくせに、全てを理解していると思っていた。
「賢者」マーリンはそういう男だった。
今まで多くの勇者や英雄を育てているが、最後まで付き添えたことは無い。
肝心なところで信用を得られず、あるいは相手の心を見抜けず、裏切られたり捨てられたりするのだ。
奴はそのたびに幾度泣いたのだろう。
それならいっそシャイアやゾーハンの様に一人で生きるか、ライオットの様に距離をおいて接すれば良いものを、つい見所のある若者に入れ込んでしまう。
頭のいいバカだと思う。
それにしては、今回はよくやっていると言える。
セイクリッドはマーリンの狙いが分かりつつあった。
シャイアとライオットがストレスでえらい事になっているのだ。
シャイアは乱暴で短気な脳筋だ。
それが空気扱いされては、いつ爆発してもおかしくなかった。
ライオットは閉所恐怖症の潔癖症だ。
こんな汚くてグロイ場所にいるだけで堪らないだろう。
そして、アンデッド相手では、実質的に戦力はセイクリッド一人だけだ。
一番空気を読める苦労人が、短気なコミュ障どものフォローができないほど、忙殺されていた。
ただ、ライオットの読み通り、その階層の召喚装置を全て破壊すればモンスターは出てこなくなった。
それで5階層に1回休憩を挟むことにしている。
全快とはいかないし食料もない。
今まで貯めた魔力を切り崩しながらではあるが、何とか回復はできていた。
ゾーハンが号令する。休憩終了だ。
このクール男はシャイアとライオットの状態に気付いてもいないだろう。
一人一人の能力で言えばこのパーティは全員がチート級だ。
だが、パーティとしては既に三流だった。