表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/84

第8話 ドラゴン達の地下迷宮攻略①

「セイクリッドも来ておるな。これで全員そろったというわけじゃ。」


 ゾーハンに話しかけたのはライオットだ。人型だった。


 その後ろをもの珍しそうにきょろきょろしながら付いてくる男。

 粗雑だが、野生動物のように自然な動作に隙はなく、引き締まった肉体と燃えるような赤髪。

 腰の後ろには分厚い片刃の片手半剣(バスタードソード)を下げている。

 薄手の金属鎧(ブリガンダイン)も服も手甲(ガントレット)も全て真っ赤だった。

 金赤竜シャイアである。


「へえ!お前っち良いな!俺も人間飼ってみるかなー」


「そなたには無理じゃ。気まぐれで殺されては人間どもも寄り付くまい。」


「え、お前殺さねーの!???」


「物騒なことを言わないでください。さすがに気まぐれでは殺しませんよ。」


 呆れたように応えたのは、どこぞの王子様のように穏やかな優男だ。

 ゆったりとした白い服に部分鎧(ブレストプレート)

 緩やかにウェーブのかかった白髪に、左手の小盾(スモールシールド)と、抜身の小剣(ショートソード)

 全てに華美な装飾が施されていた。

 白金竜セイクリッドだ。


 ライオットの風の魔力は、遠方に声を届けることもできる。

 シャイアを呼びに出るついでに、見つけて声をかけておいたのだ。


 そして、この宮殿は人間がライオットのために作り上げたものである。

 彼女は神獣として一部の人間に崇められていた。

 ライオットは彼らのために外敵を払い、雨を降らせて生活も守っていた。


 こんな面倒な事になるなら、彼らの中から花嫁を作れば良かったと後悔もする。(もっと)もそれでは他の4体は協力してくれなかったであろうが。

 天空の王者である彼女は、あの息の詰まるような狭苦しい地下迷宮が大嫌いだった。


◆◆◆

 マーリンの地下迷宮にほど近いズィーエル村。そこから街道を半日ほど南下したところに城塞都市ガーランドがある。


 ガーランドは三大公の一人、アルフレッド=ガーランドの治める、北部最大の都市である。

 北の山脈からもたらされる豊かな水資源に支えられた王国最大の穀倉地帯は北の山脈を挟んで帝国領と接しているが、峻険な山脈とそこに君臨する金青竜ライオットの存在が行軍を許さないため、建国以来一度たりとも戦火にまみれたことが無い。


 一方で領内にはマーリンの地下迷宮も含むため、冒険者たちがそこから持ち帰る魔道具の数々も良い収入源となっていた。

 竜の王国とも言われるレナード王国において、最も「らしい」都市であり、本部を除けば最大の冒険者ギルド支部が置かれているのも当然である。


 それでも、3組、総勢12名ものA級冒険者が滞在するのは珍しいことだった。


 勿論、最近巷を騒がせるドラゴン達の異常行動を調べるためだ。

 S級冒険者「怪物(ギガンテス)」ソフィア=クレメンテスをリーダーとして急遽組まれた調査チームである。

 ソフィアは『冒険者は副業、本業は研究者』と公言している魔道士であり、今回の事件を調べるにおいて、一番の適任者である。


 その彼女からもたらされた報告は驚くべきものだった。

 伝説の黒鉄竜ゾーハンと思われる個体と交戦した、というのだ。


 ソフィアからの報告でなければ一笑に付しただろう。

 だが、ソフィアの使い魔(ファミリア)が撮ったと思われる交戦記録映像を見せられて疑う者はいなかった。


 ソフィアが振り回す超速の斧槍(ハルバート)を、その男は事も無げに躱していたのだ。


 それだけでも驚くべき事だった。


 ハルバートはソフィアの身長の二倍以上もある長柄武器だ。

 それを彼女は小枝のように片手で振り回す。

 A級冒険者である彼らの目にも、ソフィアのハルバートは全く捉えられない。

 ただ暴風が通り過ぎているとしか見えなかった。


 だがその男、黒鉄竜ゾーハンは腰の小太刀を抜いてすらいなかった。


 そのまま、ハルバートの間合いの外から、黒の竜吐息(ブレス)を放つ。

 ソフィアはそれをギリギリで躱して踏み込む。のに合わせてゾーハンも踏み込んだ。


 一気に0距離(ゼロきょり)になる。

 近すぎてハルバートの間合いではない。

 ソフィアがそれでも放った一閃をさらに(かわ)して、ゾーハンが手刀を叩き込む。


 しかし、その瞬間、ソフィアの姿が消える。瞬間移動だ。

 ゾーハンの背後に現れたソフィアのハルバートをさらに躱した直後、二人を黒い魔力が覆う。黒竜の使う黒の属性結界。


 黒の属性結界は範囲内の術式を破壊する。

 ソフィアの怪力は明らかに魔法の効果だ。それを破壊されては、彼女のような華奢な女性がハルバートなど振り回せるわけがない。


 初めてソフィアが飛び退(すさ)った。それをゾーハンが追う。

 その眼前に砲丸のような鉄球が現れた(・・・)

 咄嗟に躱すゾーハン。


 追撃で、四、五本の槍が飛んでくる。

 投槍(ジャベリン)ではなく、長槍(スピア)だ。

 その武器をどこから出しているのかすら分からない。

 それを躱してなお追いすがるゾーハンに、背後から(・・・・)鉄球が襲いかかった。


 初めてゾーハンの表情が動いた。だが、それすら躱す。

 ここまで両者、ただの一合も防御せず、お互いの攻撃を全て躱しきっていた。

 その瞬間、眼前に迫ったソフィアがハルバートを一閃する。


 がきいいいんっ!!!


 ゾーハンは咄嗟に抜いた小太刀で受け止めたが、止まらない。

 テニスボールのように弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 地面がクレーター状に(ひび)割れる。


 追撃のハルバート。大砲が着弾したような轟音と爆発が起こった。瞬間、それ(・・)が掻き消えた。地面ごと。

 半径5mほどの地面が消え、その両側にソフィアとゾーハンが降り立った。


 数瞬見つめ合った後、ゾーハンがふいと姿を消す。

 ソフィアは追わなかった。逃げる黒竜を捉えるのは至難だと知っていた。


 レナード王国に限らず、ドラゴンの討伐報告は数多ある。

 だがその大半は赤竜、あるいは黄竜だ。

 まれに青竜や白竜の討伐報告もあるが、黒竜の討伐報告は有史以来一度もない。

 彼らは驚異的なスピードを持つうえ、気配が無いからだ。


 ソフィアの映像はそこで終わっていた。全員が、なぜA級である自分たちが後方支援(・・・・)なのかを理解した。

 そして、なぜソフィアがこんな映像を送ってきたのかもだ。


 もしあの場にいたのが自分達であれば、5秒ともたず全滅していたはずだ。

 別次元の戦闘だった。

 しかも二人とも本気ではない。様子見の小手調べだった。

 音もほとんどない、気配もほぼ絶った状態での戦闘である。


 黒鉄竜ゾーハン。あの顔は覚えておけ。

 そしてその姿を見たら全力で逃げろ、というメッセージである。


◆◆◆

 マーリンの地下迷宮の入口に隣接する林に巨大な影が降り立った。

 といっても、ドラゴンにしては小ぶりである。

 黒鉄竜ゾーハンのドラゴン形態だ。


 その背から、3人の人影が飛び降りた。ライオットとシャイア、セイクリッドである。

 目立たないよう、気配のない黒鉄竜が運んだのだ。

 彼らを下ろしてすぐにゾーハンも人型になる。


 誰も見たことの無いといわれるゾーハンだが、実はドラゴンと認識されていないだけで、よく人里には出向いていた。それはマーリンとセイクリッドもである。

 この3体は人型の状態で冒険者登録までしていた。


 そして、セイクリッドは冒険者パーティーを組んで、この地下迷宮に挑戦したこともあったのである。当時の記録は30階層だ。しかし今回はパーティーの実力が違う。50階制覇は余裕だろう。


 周囲を見渡すが人の気配はない。やはりドラゴンが出没する今、この迷宮に挑戦する冒険者はいないようだった。


「こちらです。足元に気を付けて。」


 セイクリッドが迷宮の入口まで案内する。

 簡素な門からまっすぐに階段が降りていた。

 奥は暗くて見えない。常人であればだが。


 ライオットが溜息をつく。どう見ても人間サイズでないと入れない入口だ。

 しかもじめじめと如何にも不潔そうだ。

 彼女にとって、この狭い地下通路は牢獄のようなものである。

 いるだけで発狂しそうだ。


 何しろ、狭すぎて竜の体に戻る事さえできないのである。

 さらに彼女の得意とする風と水の魔力も、ここでは狭すぎて威力半減である。

 いや、それだけならまだいい。

 下手に威力をこめて、崩落させてしまったら…


 青竜は凄まじい魔力を持つ反面、膂力や防御力は低い。

 彼女にとって、地下迷宮は最悪の敵地(アウェイ)だった。


 しかもここは「黄金竜の」地下迷宮なのである。

 奴の生み出す魔法の罠の嫌らしさは、人間の迷宮の比ではないはずだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ