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プロローグ①

 ドアを開けて次の瞬間、好奇の目が集中する、

 いつもの事だが、未だ慣れない。

 僕は美少女だ。しかし天然物ではない。

 いわゆる「改造」というやつだった。


 本来の僕は少女ですらない、どこにでもいる平凡な少年だった。

 それが、美少女になって、駆け出し(F級)冒険者などしている。

 だが今日、冒険者ギルドに来たのは依頼を探してではない。

 情報を集めるためだ。何でも良い。この王都グラリアーナで何か奇妙な事件が起きていないか。


『ないな』


 掲示板にざっと目を通して、視界の隅で僕に負けず劣らずの美人が語りかける。

 彼女の名はマーリン。

 僕の中だけに存在する相談役、あるいは魔法やスキルの管理者だ。


 ああ。念のために言っておくけど、僕は頭のおかしな人じゃない。

 ただ、そういう能力なだけだ。


 一応受付のお姉さんにも、何か奇妙な事件があれば教えて欲しいと言い含めて、僕はギルドを後にした。


◆◆◆

『つけられておるな』

「へえ。冒険者?」

『いや子供じゃ。惚れられたか?』


 だとしたら 随分マセた子供だ。

 僕は細い路地に折れると真上に跳躍し、壁にとりつく。

 子供は僕を追って路地を折れると、とてとてと僕の下を通りすぎた。

 年のころは12歳ほどだろうか。

 帽子を目深にかぶり、足首までのマントを着ている。

 だが、体を流れる魔力に少し違和感があった。


 僕は静かに着地し、後ろから声をかける。

「何の用かな?たまたま行き先が同じって事はないよね。」


 子供は思わず飛び上がった。

 ちょっと悪趣味だったかもしれない。


「な、何で!?お姉さんが二人!?」


 子供の前にいたもう一人の僕(・・・・・・)が無表情に振り向いた。

 ああ、そいつは僕の使い魔「分身(ドッペルゲンガー)」だ。名をケイオルカという。

 さっき壁に跳躍したときに入れ替わったのだ。


「戻れケイオルカ」


 僕と瓜二つのケイオルカがたちまち剣になり、僕の手に移動する。


「で、話を戻しても良いかな?何の用だい?」


「た……助けてください!」


 人聞きの悪い……。別にとって食うつもりもないのだが。


「誰も助けてくれなかった。神殿でも治療できないって言われました。でも、あなたならできるかもって!」


 その子のマントからちらりと左腕が見えた。それは明らかに魔獣の前肢だった。


◆◆◆

 子供の名はレーティ。孤児だ。

 兄と一緒に孤児院に引き取られた。数年は幸せだったらしい。

 変わったのは数ヵ月前。

 孤児達が消えていった。引き取り手が見つかった、と聞いていた。


 そうではなかった。


 兄の番になった。仲の良かった兄だが、孤児院を去ってから何の連絡もない。

 それでも。もしかしたら孤児院のことを忘れたいのかもしれないと思った。

 そうであれば仕方ないと思っていた。


 兄の大切にしていた、父の形見だったペンダントが孤児院の焼却炉から見つかるまでは。


 ありえない!

 レーティは院長を問い詰めた。

 激昂した。その時、左腕が化け物になった。

 その時の院長の顔。

 人の良さそうな困った顔が、ゴミを見る眼に変わった。

 その口は確かにこう言った。


「お前も失敗か」


 と。


◆◆◆

 その後の事は要領を得ない。

 とにかく夢中で逃げ出して、色々な神殿を回ったり、冒険者ギルドで相談したり。

 どこでも(さじ)を投げられたそうだ。

 それはそうだろう。


 神聖魔法は魂の形から肉体を再生する。魂ごと変異されていれば再生できないのだ。

 だけど僕なら、普通の人間の腕に作り変える事が出来る。

 魂と肉体は相補的だ。肉体さえ戻してやれば、魂もいずれ戻る。


 念のために僕はレーティの体に変わったところがないか解析した。

 僕の目には魔力が見える。奇妙な術式が仕掛けられていれば分かるのだ。

 どうも人間の体と魔獣の体が(モザイク)状に混ざっている。

 最初に感じた違和感はこれらしい。


――マーリン、治せるか?

『人間の部分が残っておるなら簡単じゃ。儂にはな。』

――では、頼む。


 レーティの胸に手を当てる。レーティは少しふらついたが、いつの間にか自分の左腕が人間のものに戻っているのに気が付くと目を見開いてこちらを見つめた。

 その眼に、みるみる大粒の涙が盛り上がる。

 うん。子供はそういう顔で良いんだ。


 だが、華のように(ほころ)んだ顔が少し曇る。

「あ、でも――お金、」

「僕はF(ランク)冒険者だ。正式な依頼なら僕のランクでは受けられない。だからこれはボランティアだ。仕事じゃないから報酬はいらない。ただ、一つだけ約束してほしい。」


 きょとんとしたレーティに僕は言う。

――これから起こる事、この事件の事、僕の事。すべて忘れて決して誰にも口外するな、と。


◆◆◆

 ブバラ=ツゲッティは読んでいた本を閉じた。

 この孤児院にはもう人間はいない。

 人間でないモノは彼の命令に忠実だ。

 だから、こんな(やかま)しい騒音を立てるはずがない。


 彼は愛用の魔法杖(スタッフ)を持つと、窓の外を見た。

 先刻から降り始めた激しい雷雨の中で、彼の可愛い魔獣たちと何者かが争っているのが見えた。


◆◆◆

 信じられない剣技である。

 仮にも魔獣と呼ばれる存在が全て一刀の下に切り伏せられていた。

 フード付の雨外套(レインコート)を目深に被っているが、戦乙女(ワルキューレ)のような美しさと禍々しさは隠せない。

 

「素晴らしい!」


 ブバラは思わず歓声を上げて身を乗り出した。

 魔獣化は素材となる人間が強いほど、強力な魔獣ができる。

 こいつは素晴らしい素材になる!


「殺しても構わん! 全員総出でかかれ!」


 大声で命令して、ブバラは拘束魔法の詠唱に入った。

 もうあの美少女を解体して怪物に作り変えることしか考えていなかった。


◆◆◆

 僕は自分の迂闊さを呪った。

 大馬鹿だ。

 自分で降らせた(・・・・・・・)雨音のせいで、レーティが付いてきていることに気付いていなかった。


 気付いた時には遅かった。

 魔獣が数匹、レーティに向かう。

 ずっと目深に被っていた帽子がふきとばされ、長い金髪が広がった。

 レーティはまだ幼いが、美しい少女だった。


 魔獣の一匹が動きを止めた。


◆◆◆

「ケイオルカ! レーティを守れ!!」


 僕の手から放たれた剣がもう一人の僕になって、レーティの前に立つ。行き掛けに数匹の魔獣を切り捨てた。

 その内の一匹がまだ動く。少し間合いが遠かったせいで傷が浅かったのだ。

 いや、その魔獣には僅かに理性が宿っていた。

 それで彼女を攻撃するのに躊躇があったために間合いが遠かったのだろう。

 その魔獣が言葉を発した。


「レ、レーティ……?」

「!?」


 半端に記憶が残っているとか、どこまで未熟な改造なんだ。

 この魔獣たちは、元孤児だ。

 レーティがその事に気づいてしまった。


 武器を失った僕に魔獣の(むれ)が殺到した。


 だが、素手だろうとこんな魔獣ごとき僕の相手ではない。

 全て手刀で首筋を打って昏倒させるや、その内の一匹を、二階の窓で魔法の詠唱に入っている男めがけてブン投げた。


◆◆◆

「わ、わひい!!」


 情けない声を上げて男が転がる。

 僕は二階の窓に跳躍すると、その男の首をつかんで締め上げた。


「お前がブバラ=ツゲッティだな。聞かなくとも分かるが、一応聞いておこうか。なぜ子供たちを魔獣に変えた? お前の目的は何だ?」

「ふ、くくっ! 知りたければ私を倒してみなさい! この…最強の魔獣に勝てるなら!」


 ブバラの全身が赤い鱗に覆われる。溢れ出す炎の魔力。これは……ドラゴン!?


「あはははは! 成体の赤竜に様々な魔獣を合成して私の頭脳を埋め込んだ最強の魔獣です!」


 ブバラの肉体はみるみる巨大になる。本人の言う通り、赤いドラゴンに様々な魔獣の部位を継接(つぎはぎ)した醜い怪物だ。

 孤児院の二階が重量に耐えきれずに崩れる。


「お、お姉ちゃーん!!」


 レーティの声がする。

 落下しながら階下を見ると、魔獣はケイオルカがほとんど全滅させていた。

 本当に馬鹿だな。子供のくせに、泣きそうな顔で僕の心配をしている。


 次の瞬間、僕の全身は赤竜のブレスに包まれた。

 赤竜のブレスはこの世で最も高温と恐れられる炎の魔力だった。


◆◆◆

「ふはははは! この程度ですか!? 口ほどにも…」


 哄笑したブバラの顔が凍る。

 奴のブレスは僕の放つ黒い魔力に吸収されて、僕に届いていなかった。


「ば、馬鹿な…。ドラゴンのブレスが…!?」

「何だ。知らないのか? ドラゴンにもランクがある。変態の回数で決まるんだ。

 変態が0の成竜が成体(カラード)級、一回が金属(メタル)級、二回が宝石(ジュエル)級、三回が精霊(エレメンタル)級。

 お前成竜(カラード)だろ? 僕は宝石(ジュエル)級の黒竜、黒曜竜(オブシダンドラゴン)だ。黒竜は魔力を喰う。赤竜のブレスでもな。」


「ひっ!」


 逃げようとしたブバラの眼前に雷が落ちる。


「言い忘れていたが、僕は蒼玉竜(サファイアドラゴン)でもある。もちろんこの雷雨を呼んだのも僕だ。」

「ま、まさか、全ての属性のドラゴンの力を使えるという噂は……本当なのか?」

「噂? カノープス(・・・・・)からそう聞いていたんだろう? だから僕を釣るつもりで、レーティが神殿やギルドに行くのを邪魔しなかったんだろう?」


 ブバラがはっきりと動揺する。

「返事は良いよ。その顔で充分だ。お前、僕にそれを教えるために、カノープスに使い捨てにされたんだよ。」

「そ、そんな……」

「餞別だ。宝石級の赤竜、紅玉竜(ルビードラゴン)のブレスを教えてやる。」

「ひっひぎゃああああぁああ!!!」


 炎に耐性のあるはずの赤竜だったが、ランクが二つも違えば関係ない。

 人型のまま放った僕のブレスで、ブバラは塵も残さず消滅した。

 小悪党に相応しい、地味な最後だった。


◆◆◆

 振り向くと、レーティがまっすぐこちらを見ていた。

「僕が、怖いか?」


 レーティはふるふると否定する。

「こわくない。お兄ちゃんのかたきをうってくれて、ありがとう。」


「かたき、か。駄目で元々だから、期待はするなよ?」

「?」


――マーリン、完全に変態していないのは何体いる?

『全部じゃ。本当に一体も成功しておらんのじゃのう。』

――治せるか?

『人間の部分が残っておるなら簡単じゃと言うたぞ?』


 次の瞬間、魔獣たちが一斉に人間に戻る。

 さらに、僕の水晶竜(クリスタルドラゴン)の力は全員の傷を治療していた。


――孤児のリストと照合できるか?

『うむ。おお、運が良いな。全員揃っておる。あんな雑な実験で誰も死んでおらんかったとは!』


「えっ! ええっ!?」


――ついでだ。マーリン、壊れた建物も直してやれ。

『やれやれ。人使いの荒いご主人様じゃのう。』


「ええーーっ!?」


 こうして、季節外れの通り雨の中で起こった事件は、誰も知らない間にたった一人の死者も出さずに解決したのだった。

 あ、ブバラは死んだか。


◆◆◆

 レーティの頭をぽんぽんと撫でる、少し年上の少年。さぞかし()が大切なのだろう。

 レーティはもう帽子を被っていない。美しい金の髪だった。

 それに負けないほど輝く笑顔。こちらがきっと本来のレーティなのだろう。


 孤児院の経営は創造神神殿が引き継ぐことになり、新しい院長が近日中に派遣されるそうだ。

 僕も資金援助をしたから、職員の質も以前より上がることだろう。

 踵を返した僕に少年が叫んだ。


「あ、あの! 本当にありがとうございます!」


 レーティも叫ぶ。

「ありがとう、お姉ちゃん!あたしも!あたしもいつか!

 お姉ちゃんみたいになるから!」


 本当は「お兄ちゃん」なんだけどな。


 それに、お礼を言われるのはまだ早い。

 この事件を起こしたのは、ブバラ=ツゲッティなんて小物じゃない。

 カノープス=ミリオン。

 史上最悪の魔道士だ。


 僕もさっさと男に戻りたい。だけど、奴と戦うためには、このドラゴンの力が必要だ。


 そう、僕はドラゴンだ。しかし天然物ではない。

 いわゆる「改造」というやつだった。


 本来の僕は、どこにでもいる平凡な少年だった。

 あの事件が起こるまでは。

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