無限から101番目の必然
【第64回フリーワンライ】
お題:
百一匹目のサル
立体印刷可能性
破れた手紙
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
拝啓、安達あかね様
石田です。
暑かった夏も騒がしい日々とともに過ぎ去り、過ごしやすい季節になってきましたね。心なしか空気も澄んで、空が高いような気がします。
あの慌ただしい準備の最中、公私に亘って支えてくれた君の存在をありがたく感じています。後は結果を待つばかり。こうして改まって一筆したためるのは、なんとも面映ゆく、初めてのことと思います。
あの実験、非接触式脳電位走査複写装置――こうして文字に起こしてみてもやっぱりよくわからないね。臼井先生はこだわっていたけど、江川さんが言うようにブレインスキャナー/プリンターの方がわかりやすい。これなら頭に穴を開けることなく脳をそのまま読み込んで、立体構造として取り出したそれを、そっくりそのまま別な脳に書き写す、というのが直感的にわかると思う。君には今更言うまでもないことではあるけど。
君は実験には否定的でしたね。僕がコピー元に志願したものだから。心配もかけたし、申し訳なく思う。ただ、僕には僕で思うところがあったということはわかって欲しい。今まで長い間日の目を見てこなかったけれど、これはチャンスなんだ。
僕の記憶は無事に被検体――勿論、人体実験をするわけにはいかないから、研究所で飼育してきた猿だ――に定着した、それが証明出来さえすれば。ごめん、ここだけ文字が歪んでるのは、なぜだか笑ってしまったからだ。僕自身が実験台として脳モデルを提供したのだから、人体実験云々はおかしな話だった。
実験が一段落して、この研究が評価されたなら、いや、評価されるに決まってる。間違いなく僕らは世界から脚光を浴びるだろう。臼井先生なんて、もうノーベル賞授賞式のためのスーツを仕立て始めた、ともっぱらの噂です。ごめん、また笑ってしまった。
でも、これが世間に認められれば、確かにそれぐらいの価値はあるんだ。
だから、つまり、その、僕らも
*
そこで石田一郎は手紙から顔を上げた。顔を覆いたい衝動を抑えて、皺の寄った眉間を揉みながら呻く。
「これをどこで――いや、どうやって?」
手紙は味も素っ気もない明朝体で印字されていて、手書きでこそなかったが、その内容に覚えがないではなかった。白衣の胸を押さえる。その下には内ポケットがある。
長いすに腰掛ける彼の前には、仁王立ちするかのように安達あかねが立っていた。下から見上げる角度だと、ちょうど室内灯の明かりが眼鏡に反射して、彼女の表情は読めなかった。
「被検体一〇一号」
しまった。
一郎は今度こそ顔を覆った。
「江川さんの思いつきでね。冗談でハムレットを書かせてみようって、タブレットを与えてみたの」
「――で、ランダムにタイピングする代わりに、一〇一号が僕の代筆をしてくれたと」
被検体一〇一号は、彼の脳を上書きした猿だ。
思い返せば、脳スキャンの最中、極力考えないように努めながらも、どうしても実験後のことが浮かんで仕方がなかった。つまり、首尾良く行った暁のことが。強く意識してしまって、一〇一号の行動に影響したのだ。
いや、大方、江川の一計だろう。傍目にもこちらがそわそわしていたのは伝わっていたのだから。
あかねは腕組みをして、一郎を見下ろした。計るような、試すような、挑戦的な瞳。
「それで?」
参った。
一郎はパチンと両頬を叩くと、気合い一擲、立ち上がった。彼女の眼前でコピーの手紙を翳し、それを破り捨てた。
そして懐から封筒を取り出すと、改めて彼女に差し出した。
「結婚しよう」
「……うん」
『無限から101番目の必然』了
お題の「百一匹目のサル」を見た時に、ふと『101回目のプロポーズ』が脳裏を過ぎった(勿論まともに見たことはない。再放送でちらっと見たことくらいはあるかも知れないが)。それだけじゃプロットとしては足りない。猿だ。猿が百匹以上もいて何をしてるんだ、と考えてたら「無限の猿定理」を思い出した。
後はああしてこうして出来上がり。タイトルはちと無理矢理だったかも知れない。「無限の猿定理」要素が少ないのはご愛敬。