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卒業  作者: 希恵和
9/28

8ボウリングの玉をクラスメイトに投げてはいけません。

「チームわけはおれっちがしましたー。というか俺天才」


牧田うぜえ。


集合時間に15分遅れてきたそいつはまるで自分が予約したかといわんばかりに『予約してた菊池です』と決め顔で店員に告げた。

つーかお前は牧田だろ。早めに集合していた菊池さんの気持ちぐらい察しろよ馬鹿。


「……で、尾野チームは菊池、中野、広末な。後、俺チームは上田、坂口、美濃な。とりあえず愛してるぜ上田」

「俺もだよ」

 そういって抱きしめあう男子高校生二名。ほんとバカは馬鹿同士で増殖するんだろ。


「「さあ、尾野たんも」」

 そして、なぜか共鳴するバカ共。

 

 いつもならここで尾野も参入してくるんだけども、今日は違った。

「遠慮しとく。というかそろそろ始めねえと三時間で4ゲーム終わらねえだろ」

「おっおう、尾野たんまじめえーー」

 まあ、尾野君は引け目があるからね。

 本当なら自分が幹事だったのに、すっぽかして、代わりに全部の取り仕切りを菊池さんにやってもらった訳だから。

 この対応が当たり前。

 その時はそう思っていた。


 一ゲーム目、私達のチームのぼろ負け。

 というのもチームメイトの広末くんがボウリング未経験者だった。

 さすがに玉の持ち方すら知らないことには驚いた。でもって間違った持ち方のまま、投げられずに床にぼとっと落としたときはどうしようかと思った。

 案の定、広末くんはガターを連発。

 

 すかさず菊池さんがフォローに入った。

「もう罰ゲームとか無しにしない? ボウリングは広末だけじゃなく、でも苦手な女子もいるみたいだし……そういうのあるとしんどいでしょ」

 その結果、罰ゲームは無しになった。

 正直、ほっとした。私もうまいほうではないから。うん、これでよかったんじゃないかな。


 そう思った矢先、菊池さんが声を掛けてきた。

「次は中野さんの番ね」

「あ、ほんとだ。ありがとう」

 安心したのも束の間。


 菊池さんが次に口にした言葉は私を動揺させるにはもってこいだった。

「投げ終わったらさっきの話の続きをしてあげる」

 

 いきなり何を言われたのかわからなかった。

 流れ作業でボウリングの9ポンドの玉をつかみ、勢いよく投げた。


 でも、それは横にそれてしまった。

 結局ピンは4本しか倒れなかった。



「あなたも知ってるんでしょ。死んじゃった『雪柳りんご』さんのこと」


 やっぱりか。雪柳りんごさんは亡くなっていた。


 分かっていたけれど、いざぶち当たると途方もなくて。どうしようもないことだった。


「去年の10月末に雪柳さんのお母さんが学校に乗り込んできた時のことは知らないでしょうね。とても恐ろしかったわ。まるで娘は私達全員にいたぶられ殺されたといわんばかりの剣幕でね」

「そんな」

 いたぶるなんて……、一体どこのクラスが。

 菊池さんはその後、不思議なことを言った。


「そして、お母さんは最後にこう言い放ったわ。

『三年一組がウチの娘の人生をめちゃくちゃにしたんだ』ってね。その意味がわかるかしら」


 菊池さんは私に問いかけるように言った。

 三年一組ってうちのクラスのことだよ。


「なんで、うちのクラスを」

「だって彼女、4月までうちのクラスの生徒だったもの」


 なにそれ。


「あれ、知らなかった? もっとも四月の間は保健室登校で一回も教室に来なかったけれども」

「でも、開いた席なんて」

「無かったわ。でも彼女は一組の生徒だった。ほら、おかしいと思わなかった? 他のクラスは40人学級なのに、うちだけ39人。中途退学した人も転校した人いなかったのに。おかしいでしょ」


 あっけらかんと話す菊池さん。なんでこんな顔できるのかと思ったけど。

すぐに気が付いた。


 彼女にとってこれは過去の話なんだ。今じゃだれでも知ってる当たり前の情報。

 とっくに終わった話。いまさらどう反応することの無いような話。


 けれども、私は今日まで何も知らなかった。きっと紀式会長の大切な人。その人が死んでしまったことなんか知らない、何も知りませんでした。


 こころの中に空洞が出来た。無知はなんだって言うんだ。なんでもないじゃないか。

 たった一人の人間のことを知らなかったんだから。

 そのたった一人を自分の中で無いものとしていたんだから。


 最低なヤツ。それが自分だ。

 

 でも、せめて。せめて何かは。

 そんな思いで私が尋ねる。


「それで、雪柳さんはどうなったの」

「4月末に転校したわ。GW明けには通信制の高校に行ったと噂だけが立った。その時彼女はうちの高校の生徒じゃなくなった。そして8月に死んじゃった。それだけ」

「それだけお母さんが恨んでたってことは、その『自殺』とか? 」

 それしか考えられない。

 三年から保健室ってことは二年生の時に問題があったんだろう。多分いじめだ。

 ここで社会問題がでてくるとは思わなかった。うちの学校には無いものだと信じていたから。でも、他校ではよくあることなのかも。


 そう思った矢先、菊池さんは言った。


「――いや、海でおぼれたんだって」

 海? 

 って事故死ってことじゃ。不慮の事故ってことになる。

 

 それなら私達は関係ないはずだ。

 それだと疑問が残ってしまう。

「じゃあなんで雪柳さんのお母さんはそんなことを言ったのかな。『いじめ』とかじゃないの」

 率直に聞いてみた。

「え、何を言ってるの。そんなの一年のときから体育祭の事故や文化祭の時のとか字面だけ聞いたら、『娘がいじめられてる』って勘違いするのも当たり前じゃない?」

 体育祭で事故。それも知らない。

「体育祭で事故って何のこと」

「やだ。嘘でしょ」

 呆れたような顔をされた。

 むっとした。嘘でしょって知らないんだから。本当に。

 

 もう一度真剣に聞いた。

「――菊池さん。事故って何」

 今度は何故か菊池さんの額に青筋が立ったような気がした。

 

「嘘だ。とぼけてるんでしょ」

 詰問するような口調で。

 すごく怖い。


 仕方ないよ。実は私、体育祭には行ってないから。これは本当にだ。体調不良ってやつで行けなくなった。

「実は……私、一年の時体育祭休んじゃって」

 申し訳なさそうにいうと。


「え」

 菊池さんはそれだけ言って黙ってしまった。


「ああ、ごめんね。実はわたし二年の時、文化祭も休んじゃったんだ。一日目の校内で疲れちゃって、二日目の一般参加でインフルエンザにかかって……」


 そこまで言うと菊池さんは。

 先が見えない迷路に取り込まれたように怯えていた。


 どうして菊池さんがそんな顔をするの。何か変なこと言った?


「――そういえば」

 突然、菊池さんが問う。なぜか。


「――あなたの部活って何だっけ」


 そんな当たり前の問いを。


「菊池さん、さっき言ってたじゃない。私は文藝部よ。だから文藝部は事情を知ってるんでしょ。ねえ……えっ」

 なんで私は何も見えていなかったんだろう。


 菊池さんは今まで何かを知らなかったんだ。この物語の決め手である何かに。

 知ったふりをしていたんだろうか。それとも気が付いていなかったのか。

 

 きっと後者なんだと思う。



「――いやああああああああああああ」

 彼女は叫んだ。

 涙をぼろぼろとこぼしながら、怯えきった顔でコッチを見てくる。

 「嘘だ。嫌だ。嫌だ。何もなくなるなんてそんなの嫌だ。消えたくない。消えたくない。どんなにがんばったって見えてるんでしょ。ねえ、私のこと見えてる? あなた本当に見えてる? 私のこと見てた? ねえ『菊池咲』は分かるのよね。じゃあなんであの人を消してんの。いや、殺したんでしょ。ねえ、殺したって言ってよ!」

 張り詰めたような声が耳に突き刺さって。痛い。腕を掴まれた。ぎっちりと力強く。やめて。


 殺したって。

「私は何も殺してない」


 その言葉は菊池さんには届かない。余計に千切れそうになる私の精神と、一気に静まり帰ったボウリング場がより一層色を濃くした。

 

 彼女は言った。

「そうか、やっと紀式の言ってたことがわかった。犠牲者なんだ。これが物語。いやだ。死にたくない。私は死にたくない。死にたくないよお」

 なんで菊池さんが泣かないといけないんだろう。

 

 どうして彼女は私に怯えているんだろう。

 どうして知らないことが駄目なんだろう。


 知らないことくらいあったっていいはずなのに。だから、教えて欲しいだけなのに。

 ねえ、どうして。



「――魔法使いには何を言っても無駄なんだよ」


 泣き叫ぶ菊池さんを静止するような声がした。

 それに反応した彼女はぴたりと泣き止む。


 彼の声は、いつもの明るいそれではなくて、低く響く声で。


「菊池。確かにお前はいいやつだし。なんだかんだで尊敬してるよ。でもな」

 

 その声の主は、尾野くんで。

 クラス幹事のいつもなら抜けている彼が、

 いつも馬鹿みたい笑う彼が、その時ばかりは氷のような冷たい目をしていた。


「魔女狩りはあいつに任せるって決めたんだ。俺たちは紀式美鈴に一任したんだよ。だから部外者のお前はしゃしゃり出ちゃいけないんだ」

 尾野くんは胸元に菊池さんを抱き寄せた。


 そして、菊池さんはまた糸が切れたように、大声で泣いた。


「ごめんな。どうにかしないといけないって分かってたんだ。でもな、俺には無理だった。魔法使いに抗えるのは、最初の一人だけなんだ。だから、ごめんな。菊池」


  

 騒然となる。クラスメイトのほとんどが何も分かっていないというような雰囲気だった。

 私にも何がなんだか分からなかった。なんで、どうして。疑問詞が頭の中をめぐるんだ。


 視界の端で順番のまわってきた広末くんが何故か一人だけ空気も読めずに、ボールを投げようとしていた。

 彼は腕を後ろに引いたとき、つい勢いあまって、ボールをあらぬ方向に持っていき。

 その真後ろの私の足元にボールが転がった。

 

 ギリセーフでけがをしなかった。

 ほんと危なっかしいなあ広末くん。ちょっと文句言ってやろう。


 そう思って、転がったボールを取ろうとすると、何故かデジャブを感じた。

 ボールがオレンジ色のものに重なった。


『ごめんね、中野さん。その風船とってくれない?』

 会長の言葉が頭をよぎった。


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